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第一話

 昼下がりの喫茶店。

 穏やかな午後の時間をお茶でも飲みながら満喫しようと集まってきたんだろう、なかなかの人数の客が、あちらこちらの席でガヤガヤと話しこんでいる。見たところ、客層は主婦や若人が主。……まあ、平日のこの時間にすることがないのは、その辺りの人間だろう。

 俺はガラス越しにそんな店内の状況を確認しつつ、店の中に入っていった。

 別に俺は、紅茶片手にゆったりと時間を過ごすためにこの店に入ったわけじゃない。現在の俺にはそんな余裕はないのである。できるだけ早く、ギルドでリストを睨みつつ次の仕事を決めなければならないのだ。

 それでも俺がわざわざここに来たのは、ようは呼び出しを食らったからである。その呼び出された相手というのが、これまた意外で――


「――ダルク、こっちですわ」


 奥の方の四人掛けの席で、俺に手を振ってくる奴がいた。ロール巻きの金髪に、黄色いドレスをまとった女の子――――ウェリィである。

 俺は呼ばれるままにそっちへ向かい、ウェリィの向かい側に腰を降ろした。

 イスにふんぞり返っていたウェリィは、俺の顔をじとりと見つめると、

「……まったく、遅刻ですわよ。女性を――しかも、よりによってわたくしのことを――待たせるとは、あなた一体何様ですか?」

 つんとした声で言ってくる。

 店内の壁時計を見ると、針が示してる時間は二時三十分二十八秒。約束の時間は二時半だったんだから――

「――遅刻って三十秒だけだろ。それに俺だって暇じゃないんだ。そっちが呼び出したんだし、お前にそこまでなじる権利はな――」

「で、今日呼び出した用件ですが」

 ……俺の主張を軽快に無視しやがった。

「まず、ワイトの件については、あの娘の左腕は――」

「……ああ、昨日直接聞いたよ。義手をつけるんだろ?」

「ええ。業者にはすでに発注していて、来週には完成するそうです。ですので、その取り付けが終わるまで、あの娘はしばらく仕事に参加できなくなります。……というか――」

 ワイトは眉をぴくりとひそめて、

「――あなた達、わたくしの知らないところでようも頻繁に会っているようですね? 別にとがめるつもりはありませんが、あなた、〈そのつもり〉ならば、あの娘のことをしっかりと考えなければなりませんよ? 人生も将来のことも。早急に女性一人を養っていく甲斐性をつけてください」

 いやいや、それは話が飛びすぎだろうに……。

「……しかしまあ、〈この前のこと〉については、あの娘から聞きました。その〈背景〉も。もしあの時、家にあの娘一人だった場合、一体どうなっていたか分かりませんでしたからね。ですから、同じチームのメンバーとして、一応あなたに礼は言っておいてさしあげましょう――――ありがとうございました」

 あごを引いて、会釈のような仕草をするウェリィ。

 ……ここまで尊大なお礼なんて初めてだ。まあ、こいつにお礼を言われること自体がレアなことだがね。知り合って一年の付き合いだが、これが初めてだ。

 というか――

「――それだけのために俺を呼び出したのか?」

「違います。本件は別です。今日あなたに来ていただいたのは、人に――――あ、来ました」

 ふと、ウェリィは俺の背後、通路の方に視線を動かした。

 誰が来たのかと振り返ろうとしたところで、ジャラジャラと軽金属がぶつかる音が俺の耳に入ってくる。

 そしてその金属音が俺の横を通り過ぎ、いよいよ俺の視界に〈そいつ〉が入ったところで――――俺は全身の筋肉を強張らせた。それは、Tシャツにサンダル、チャーンを首にまきつけて、黒いニット帽の脇から紫の髪をはみ出させた、卑しくいやらしい笑みを浮かべた男――


 ――イヴァリー=シャルだった。


「や、元気してた?」

 俺の向かい側、ウェリィの隣にどっかりと座りながら、イヴは晴れ渡る午後にふさわしい陽気なあいさつをしてくる。

 ――しかし俺は、反応できない。

「ふはは、一週間ぶりくらいかな。まさか、オレのこと忘れたなんてことはないよね? あれ、結構インパクトの大きい現場だったもんね」

 ――まだ俺は、反応できない。

「〈あいつ〉も一応元気なんだってね? いや、失敗例だとしても、元〈所持者〉の一人としては、あいつの行く末はある程度気になったりもしてるんだ。もちろん、興味としての範囲でだけどさ」

 ――やはり俺は、反応できない。

「……というか、どうしたの、我が親愛なるダルク君? 元気ないねえ。反応薄いよ?」

 どうしても俺はイヴに対して反応できず、その隣のウェリィへと視線を動かして、

「……ど、どういうことだ? なぜお前が、こいつと知り合いなんだ……?」

「別に、知り合いというわけではありません。わたくしとこいつは、ただの――」

「元カノさ」

 ウェリィの声にかぶせ、イヴがにたり笑いで言ってくる。

 しかしウェリィは、その笑顔をわななきながら睨みつけ、

「で、でたらめを言わないでください! いつわたくしがあなたなんぞと――」

「だって、デートしたじゃん」

「してません! ただ二、三度食事に付き合っただけです! 断じてデートなどではありません!」

 いきり立ち、ツバを飛ばしながら叫ぶウェリィ。

 それをけらけらと笑って眺めるイヴ。

 俺は双方の反応の違いに戸惑いつつ、

「……どういうことだ?」

「どうもこうもありません! 以前からわたくしはこいつの顔と名前を知っていたという、ただそれだけのことです!」

「……でも、何でお前がこいつと? だってこいつは、カザミドリの――」

「ですから、わたくしが〈それ〉を知る前に、仕事で知り合っただけです! ……こいつらの常套手段なのですわ。正体を明かさないまま将来有望な人間にそれとなく近づき、そして――」

「――勧誘する」

 再度、イヴがウェリィの発言にかぶせてきた。

「……勧誘? って、まさか、カザミドリに?」

「そうさ」

 悪びれる様子もなく、イヴはこくりと首を縦に振る。

「二年くらい前かな? オレはウェリィにアプローチをかけてたんだ。オレの隊の副隊長っていうポストを空けてね。でも、見事にフラれちゃったのさ。両方の意味で。そりゃあ、もうショックだったよ。初恋だったし。半年間にわたるオレの努力が、見るも無残に砕け散ったんだから。それから数ヶ月、食事がのどを通らなかったよ」

 苦笑しながら説明するイヴ。しかし俺には、その表情が演技にしか見えない。

 俺は再度、コップの水を口に入れているウェリィの方へ顔を向け、

「……いや、以前からの知り合いだったとしても、こいつの〈本性〉が分かっていながら、ようもお前はこいつとの付き合いを継続できるな。悠長にこいつの隣に座って。……分かってるのか? こいつがワイトをあんなにした張本人なんだか――」

「これが『悠長』に見えますか?」

 そう言いながら、ウェリィは右手に握ったコップを俺の方に差し出してきた。

 高さの七分目までなみなみと入った水。その水面を見ると――――小刻みに波打っている。……ウェリィの手が、震えてる?

「わたくしの神経はいたって正常ですわ。こいつのそばにいるだけで吐き気をもよおしますし、ワイトの世話役として怒りも覚えています。……しかしわたくしは、このイヴァリーの本性を知っているからこそ、必死に感情を自制しているという、それだけのことです」

 ウェリィはかすかに声を震わせながら説明してくる。

 しかしイヴは、緊張も激情も微塵もないような声音で、

「まったく……ウェリィってば、『イヴァリー』だなんて他人行儀だなあ。普通にイヴって呼んでよ。ねえ? 前はそう呼んでくれてたじゃん」

「……不可能ですわね。あなたの本性を知ってそれでも愛称を用いるなんて、まともな人間の所業ではありませんわ」

 ……少々耳が痛い。しかし自分から見ても、俺が社会一般から見てまともではないことは否定しようもない真実なので、反論はない。

 いや、今気にするべき問題はそこじゃない。そこじゃなくて――

「――なぜお前が、再び俺の目の前に現れた? 何が目的だ?」

「いや、情報屋のムツナっち伝いで、ウェリィからオレに連絡――というより、この前のことの確認――が来てさ、その際にウェリィと君が知り合いだってことも聞いたんで、呼び出してもらったんだ」

「で、用件は?」

「ふはは。そんなせっつかないでよ。もっと会話を楽しも――――あ、もしかして時間無いのかな? この後用事あるの? だったら悪かったね。よし、分かった。味気ないけど、早く本題に入ろう。……ええとね、オレが聞きたいことは、まあ至極単純なことでさ、君はイエス・ノーで答えてくれればいいだけなんだけど、つまるところの我が敬愛するダルク君、君さぁ――


 ――カザミドリに入らない?」


 テーブルにひじを乗せ、あごの下で手を組みながら、冗談めかした口調をすべて消しさって、静かに、イヴはそう言ってきた。

 しかしそれに対する俺の返答は、確認するまでもなく分かりきったもので、

「……嫌だよ」

「拒むなら、オレは君のことを実力行使で連れて行く――――って脅しても?」

「この前、俺に潜伏を見破られたのはどこの誰だ? 俺とお前にはそこまで圧倒できるほどの実力の差がないことは、お前も分かってるんじゃないのか? 俺を殺しにかかってきて、お前も五体満足でいられると思ってるのか?」

「……ふはは、思ってないさ」

 イヴは表情を和らげ、肩をすくめながら答えた。

「あーあ、またフラれちった。正直、君ら三人の評価は、カザミドリの中でも最近上がってきてるんだ。段々注目されてきてる。……ただ、ルーさんは事情が事情だけに誘えないし、ロット君の方も――彼の生きる〈目的〉を聞いた限りじゃ――オレ達に加わってくれないことは明白だからね。誘うならダルク君、君だと思ってたんだけど。……あーあ、失敗か」

「……用件はそれだけか? なら、俺はこれで――」

「いや、もう一つあるんだ」

 立ち上がろうとした俺を、イヴが制してくる。

 俺はもう一度イスに腰を降ろしながら、

「何だ?」

「いやさ、これは君からのリアクションが欲しいわけじゃなくて、オレから君――というより、君のチームのメンバー三人――への一方的な発言だから、ただ聞いてくれればいいだけなんだ。だから何も考えず耳を向けてくれればいいんだけどさ。……こほんっ。行くよ? ええと、ダルク君、およびロット君とルーさん。君らがオレ達に加われないことは理解した。ということで、前回は見逃してあげたけど、今度会うときは、オレ達カザミドリは――


 ――君らのこと、本気で殺しに行くからね?」


 あくまであくまで穏やかにニコヤカに――しかしそれとはまったく相反した意味の文言を――イヴは口にした。

 ――俺は反応できない。

「……ふはは。じゃあ、そういうことだから、それまでお元気で。間違っても、オレ以外の相手に不覚をとらないでよ? オレも楽しみにしてるんだから。君らとのコ・ロ・シ・ア・イ。ふはは、ではでは、失礼」

 どこまでも楽しそうな声でそんなことを言いつつ、イヴはテーブルの上に十ドル札をひらりと置きながら、イスから立ち上がってすたすたと出口へと向かっていった。

 眼前では、ウェリィが俺のことを――というより、実際はロットのことを心配しているのだろう――不安げな表情で見つめてくる。

 俺はその顔から視線を外すように下を向き、まるで頭を悩ませているように、あるいは後悔するように、手の平で顔を包んだ――――が、ウェリィの死角となった手の影の下、自分でも不気味なほど自然に――


 ――不自然な笑みが、俺の顔に浮かんだ。

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