最終話
カザミドリ壊滅のニュースは、瞬く間に全世界に広がった。
それはそうだろう。全部で七つもの町や村を消し飛ばしたせいで、その存在はすでに世界中の人間に知れ渡ってたんだ。一体いつ自分の居住区が狙われるのか、そんな不安を人々に抱かせていた。このところの、世界中の人間の第一の関心事項だったんだ。
そして、その不安が一気に取り除かれた。
取り除いたのは、ギルドに属する賞金稼ぎ達。
今まではただの便利屋か、もしくは粗野な用心棒くらいにしか認知されていなかった賞金稼ぎが、この業績のおかげで少しばかり見直され始めたらしい。賞金の相場が数十ドル上がったところもあるそうだ。懐が厳しい新米にはありがたい話だろう。ロットやルー達にとっても、この上ない朗報である。
しかし、俺にはもう関係ない。
俺はもう、ギルドに足を踏み入れない。賞金稼ぎを名乗らない――――そう決めたんだ。
しかし、そんな決心を抱えながらも、カザミドリ壊滅作戦の後、俺は一旦アステルに帰ってきた。別にそこまで急かなければならないような状況でもなかったし、それにまだ何も準備をしてなかった。家のことや大きな荷物に関してはラキなんかと話し合わなければならないだろうが、それ以外にも旅支度はせねばなるまい。この家に二度と戻らない可能性だってあるんだ。適当に済ませるわけにもいかないだろう。ちゃんと考えなきゃならない。
そんなわけで、俺は他のメンバーと共にアステルに戻った。
そして、我が家で一晩休んだ。
次の日の午前中は、両親の墓参り――加えて、ヒューミッドを討ったことの報告――をしたロットに付き添った。ロットは十分以上、墓の前で手を合わせたまま黙り込んでいた。俺の知る限り、寝てるとき以外で(いや、就寝中だってたいがいうるさいものだったが)、ロットが沈黙を保った最長時間だ。そんなに長い間一体何を思っていたのか、何を伝えていたのか、俺は別に聞いたりはしなかったが。
午後にはクルート博士が町に帰ってきて、ルーと数年ぶりのご対面。そこに居合わせた俺は、再び喜び泣くルー一家を眺めることになった。ルーの母親が一緒にお祝いしようと夕飯に誘ってくれたのだが、俺は遠慮した。久方ぶりの家族水入らずを他人が邪魔するのも悪いだろう。とりあえず俺は「おめでとうございます」とだけ言って、そそくさとルーの家をあとにした。
とまあそんな風に、その日は一日完全に潰れてしまい――
――さらに次の日。
いつものようにギルドへ次の仕事を探しにいこうと、俺の家にまで迎えに来たロットとルーと道を歩きながら、俺はようやく――
「……なあ、ロット、ルー。ちょっと話があるんだが」
――と、切り出した。
一応、言わないで行く――――という選択肢もあった。その方が変に気を揉まなくて済むだろうし、色々とスムーズに行くだろう。しかし内情が内情だ。これからのことを考えれば、特にこの二人には俺に関するすべての情報を秘密にしておいて貰う必要がある。きちんと頼んでおく必要がある。別に二人を信頼してないわけじゃないが、面と向かってちゃんと伝えておいた方がいい。
だから俺は、周囲に他の誰もいないのを確認しつつ、言葉を続けた。
「あのさ…………俺はもう、ギルドに行くつもりはないんだ」
「何だ? 急にどうした? 五月病にでもかかったのか? ……まったく、仕事にかける熱意が足りとらんのだ。そんなんでは後世に名を残すなど、夢のまた夢だぞ。むしろ末代までの恥さらし者として語り継がれてしまう」
「……言っとくが、俺は一度も後世に名を残したいなんて言っったことはないぞ。それはお前の目標だろ。俺まで巻き込むな。……つうか、話の腰を捻じ曲げるな。まじめな話なんだから。ええと、だから、俺はもうギルドを辞めるんだ。辞めて――――暗殺者『闇鳥』として生きてくことにしたんだ」
「は?」
「へ?」
きょとんとした顔で、ロットとルーが振り返ってきた。
「何だ? どうした? この前の仕事で、いよいよ自信がなくなったのか? ……まあ、無理もない。あんな情報屋の小娘一人を、三人がかりのフォローがあってようやく捕まえるにいたったんだからな。自分の能力がいかに未熟かを思い知らされただろう……。しかし、お前もまだ十六だ。アリンコの眉間程度にはまだ伸びシロもあるだろう。だから諦めず精進して――」
「違う! つか、失礼なこと言うな! イヴ相手にてこずってたお前を助けてやったのは誰だと思ってるんだ! 俺はそこまで落ちぶれてない! ……というか、頼むから話を進めさせてくれ。つまりだな、俺は元々暗殺者としてのスキルを磨いていた人間で、『闇鳥』なんぞと呼ばれてたってのは話しただろう? そしてこの前のことで他の数人の賞金稼ぎにもこの事実を知られちまった。だから、俺はギルドを辞めるんだ」
「は?」
「へ?」
再びきょとんとするロットとルー。
ロットが首を傾げながら、
「お前が『闇鳥』であることは分かってるが――――だからって、何でお前がギルドを辞めるんだ?」
「いや、だから、当然だろう……」
俺はがっくりと肩を落としながら答えた。
「暗殺屋が普通に仕事ができるわけないだろう? 俺はいつか、暗殺稼業で食っていくことになる。その時に、俺の素性がバレてるのはまずいんだ。だから、それが公になる前にそれを隠す必要がある」
「しかし、この前のカザミドリ壊滅作戦では、アンディさんが根回ししてくれたおかげで、必要以上にその秘密は広まらなかったのだろう? 知られたのは、三、四人の上級賞金稼ぎのみだ。カザミドリの残党も誰一人取り逃がさなかったらしいし。秘密は守られてるのではないか」
「いや、万が一ってこともあるだろう? 特に残党を全員捕まえたかなんて、百パーセント把握しようがないんだから」
「すると、何か? お前は、アンディさんの力量を疑っているということか?」
「い、いや。そういうわけじゃないが……」
話が変な方向に転がり、俺は思わず言い淀んでしまう。
「……つか、俺は言うなれば人殺しなんだ。そんな人間が、大っぴらに仕事ができるわけないだろう?」
「別にお前は、まだ踏み外したわけじゃないだろう。カザミドリの人間など、元々デッドオアアライヴの賞金首だったわけだし、な」
「それはそうだが…………それにしても、だ。問題は、俺は人に向かって思慮なく、考慮なく、遠慮なく、躊躇なく刃を振り下ろせる人間だってことだ。俺は今までそういう風に仕込まれてきた。俺は立ち止まらないんだ。立ち止まれないんだ。俺にはそういうストッパーがないってことなんだ。普通の人間にはあるものが、俺にはないんだ。当然のようにあるはずのものが、まるで当然のように俺の中には存在しないんだ。たとえ今はまだ賞金稼ぎの範疇の中で済んでいても、それは運がいいか、機が熟していないだけ。問題がないわけじゃない。解決されてるわけじゃない。何の保障もない。これからのことは分からない。……いや、済まなくなる可能性の方が高い。分かるだろう?」
俺は話を俺のペースに戻そうと、説明を続ける。
「目の前に死体があろうが、血しぶきが上がろうが、断末魔が上がろうが、俺は何も思わない。何とも思わない。刃を振るう。刃を振り続ける。人を殺して後悔している人間に、俺は共感できない。その気持ちが分からない。分かってあげられない。そういう人間なんだ。そういう道の上を歩く人間なんだ。一線を越えた人間なんだ。ボーダーラインの向こう側の人間なんだ。お前らとは違う。違いすぎる。だから俺は――」
「ふん、ダルク、お前――」
ふいに俺の言葉の途中、ロットが鼻で笑いながら俺の方を見やり、
「――よほど人殺しに戸惑ってるんだな」
「……へ?」
……俺が戸惑ってる? 人殺しに? ……いや、何を言ってるんだ? それは、逆だろう……――
「毎度ながらのお前の非生産的な話だが、今日はこと長ったらしくて敵わん。『自分はギルドを辞めるべき』。その結論を見つけるために、よくもまあ、それだけの言葉を尽くしてくれたものだが。……逆に言えば、お前はそれだけの言葉を用いなければ、そういう結論にたどり着けないということだろう? 『自分はギルドを辞めるべき』だと言い切れないのだろう?」
…………。
「結局のところ、お前が笠に着ようとしている理由は、どれも不十分だということだろう。現時点では決断の根拠にするには足らない。アンディさんがお膳立てしてくれたおかげで秘密はある程度守られているし、お前はまだ人の道を踏み外してはいないし、な」
「人の道を踏み外していないって、しかし、俺の内面にはそういう要因が――」
「要因など、私の知ったことではない。言っただろう? 私は結果しか見ないのだ。結果しか認めないのだ。結果しか求めないのだ。現在の結果では、お前はまだこちら側だ。それ以上でも以下でもない。それ以外の何ものでもない。それ以外は、私は知らない。私には関係ない。……ふん。結局、問題は簡単だろう。単純だろう。ようは、一言で済む。ワンクエスチョンで済む。ダルク、お前は――
――賞金稼ぎを続けたいのか?」
いつもの底抜けた声で、ロットはあっけらかんと俺に問いかけてきた。
突然の質問。
問われて、俺は考える。
考える、考える、考える。
考え込む、考え込む、考え込む。
……俺が、賞金稼ぎを続けたいか?
俺は、『賞金稼ぎ』をどう思ってる?
俺がギルドに登録してから今までの、二年ちょっとの期間。
そこまで長くはないが、しかし決して短くもない。
どんなことがあったっけ。
どんな人に出会ったっけ。
どんな時間を過ごしたっけ。
楽しかったこともあった。おもしろかったこともあった。
つまらなかったこともあった。退屈なこともあった。
悩んだこともあった。苦しんだこともあった。
呆れたこともあった。怒りを覚えたこともあった。
悔しかったこともあった。後悔したこともあった。
死にかけたこともあった。疲れ果てたこともいくつもあった。
そんな出来事を、ロットとルーと一緒に駆け抜けてきた。
果たして俺は、これから――――どうしたいんだろう?
……よく、分からない。
分からない、分からない、分からない。
考えが巡るだけで、答えが出ない。
俺は、一方で自分を暗殺者と認識しながら暮らしてたんだ。
そんな単純な日々ではなかったんだ。
そんな単純な問題じゃない。
そんな簡単な問題じゃない。
俺の中では、なかなか結論が出ない。
結論が出せない。
何も言えない。
何も答えられない。
俺は答えあぐね、黙り込んだ。
黙り込んでしまった。
しかし――――しかし、なぜかロットの中では、俺の中よりもあっさりと、迅速に、シンプルに結論が出たらしく――
「――ほれ、早く行くぞ」
と言って、俺に背を向け歩き出した。
ふと、俺の顔を楽しそうに眺めていたルーが、
「うふふっ。そりゃあ、ダルクの心の中は、ダルクにしか分からないんだろうけどさあ…………でも、今までずっとチームを組んできて、ダルクを別な世界の人だなんて一度も思ったことはないよ。あの時、ダルクがムツナと一緒に死のうとしたのも、その重大さを理解してたからじゃないの? 少なくともムツナよりは、それをちゃんと受け止めてたからじゃないの? ……それにさ、ダルクが本当はどんな人間でも、今まで私達が一緒に仕事をこなしてきた事実は覆せないんだよ。時間は巻き戻せないんだよ。うふふ。ダルク、あなたがどんな人間でもね――
――あたしは愛してるよ」
両手を背中越しで組み、はにかむように言ってくるルー。
そしてくるりと振り返り、ロットを追って歩き出した。
俺の前を進んで行く二つの背中。
赤い短髪と青い長髪。
俺もその後を追おうとして――――ふいに、頬のむずがゆい感触に気付いた。
手の甲でそれを拭うと、それは――――涙。
何でまた――――と俺は一瞬戸惑ったが、すぐに分かった。
その涙の意味を理解した。
――そうか。俺はこの二人と一緒にいられて、嬉しかったんだ。
いつも文句ばかり言って、呆れてばかりいて、ため息ばかりついていたけど、結局はそういうことだったんだ――――文句ばかり言って、呆れてばかりいて、ため息ばかりついていたにも関わらず俺がこの二人とチームを組んでいたのは、そういうことだったんだ。
俺は両目をごしごしと拭った。
そして、二人の背中を追いかけていく。
はぐれないようについていく。
『闇鳥』ことこの俺、ダルク=アーシムは、もう少しだけ、このはた迷惑な厚顔無恥男ロットと、能天気で天然無邪気な少女ルーと共に、
泣いて、
歌って、
飛んでいくことにした。
〈闇鳥 END〉
あとがき
ということで『闇鳥のナキカタ』及び『闇鳥シリーズ』の完結とあいなりました。
このシリーズの第一作、トビカタは、式織が生まれて二つ目に書いたものでして、まさかここまで続けるとは当時(一年ちょっと前ですが)思っておりませんでした。実は、トビカタを書き終えた段階では、このお話はデッドエンド(withワイト)だったのですが、その後思い直しこのような結末になりました。
ナキカタ単体としましては、異世界ファンタジーでミステリチックなことをしたのが、果たしてアリなのかナシなのかが悩みましたが。まあ、趣味の範疇ですし、これくらいはいいかな、と。
とにもかくにも、長々とお付き合いくださってありがとうございました。
また別作品でもお会いできればと思います。