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第十五話

ラストということで長いです。すいません……。

 ムツナを追って不死鳥の間の奥の扉を出ると、その後はほぼ一本道だった。

 左右にいくつかドアが並んでいたが、そこには開閉した雰囲気はない。そこにムツナが逃げ込んだとも思えない。隠れているとも思えない。ムツナはこの通路の先へ行ったんだろう――――と直感的に思い、俺は真っ直ぐに廊下を走っていった。

 そして数分走った後、一つの部屋に突き当たった。

 さっきの広間の五分の一くらいの広さ。さすがに六十人が入り乱れるには狭すぎるが、それでも十分広い。十数人くらいならこの中で何かしらの作業ができそうなものだ。

 そして壁際には机が並んでおり、その上にはビーカーやフラスコ、その他何かの計測器のようなものが無造作に並べられている。ところどころ白や黒の色がついた固体も落ちていて、それらは恐らく――――『石』の類だろう。

 ――ここは『銀石』の研究所?

 そんな確信に限りなく近い疑惑を抱えながら部屋を見回していると、奥にぽっと現れた人影――――口元を歪めて笑っているムツナだった。

「……うふふ。やっぱり来たわね」

「当たり前だ。お前もカザミドリの幹部の一人。逃がすわけにはいかないさ。……さあ、そろそろ観念しな。そのうちアンディさんもここへ来る。お前にはもう、抗う術はない」

「ふふ。子供ばかりのところで動いてただけあって、やはりあんた達はまだまだ甘いわね。甘すぎよ」

「何がだ」と俺が言おうとした瞬間、ムツナは右の壁に向かって赤い石を投げつけた。

 ガコン――――とその石が壁にぶつかった瞬間、炎が巻き起こる。

「お、おい! 何するんだ!」

「うっふふ。別に? 見ての通りよ」

「見ての通りって、お前――」

 問答しているうちに石の炎は机上の紙に引火し、机に引火し、そしてビーカーを赤く包んだ――――その瞬間、


 ――ドゴォンッ


「うわ!」 

 爆発。机が吹っ飛ぶ。顔に降りかかる爆風を俺は思わず腕で遮った。この威力、まるで爆弾――――いや、それ以上だ。これはまさか――

「――ぎ、『銀石』か!」

「うふふ。ご名答」

 赤々と燃える机を笑顔で眺めながら、ムツナは平然と答える。

「この部屋は、お察しの通り『銀石』の研究所。そこら辺の容器には、生成途中、あるいは生成したばかりの『銀石』が入ってる。だから、その容器に熱を与えれば当然『銀石』が発動するわ」

「ぎ、『銀石』を発動? そんなことして、お前、一体――」

「『何をするつもりなんだ』? うふふ。決まってるじゃない。この基地をすべて消すのよ」

 ……基地を……消す?

「ええ。ここにある『銀石』だけでも、この周囲数百メートルを消し去るには十分だろうし、地下に保管されてるやつも連鎖的に反応すれば、全部あとかたもなく消えるでしょう。……このままじゃあ、この基地が賞金稼ぎに潰されるのも時間の問題だし。それに辛うじて生き延びたとしても、ロット君に色んな情報をリークされた後じゃ、どのみちカザミドリは長くないわ。だったら、ここが引き際としてちょうどいいじゃない」

「ちょ、ちょうどいい? ――――って、お前、いいのかよ? これじゃあ、お前も――」

「私? ふふ。私は別に構わないわよ――


 ――あなたが死んでくれるなら、ね」

 

 言いながら、ムツナは瞳を鋭く光らせて、俺をじっと睨みつけてくる。まるで、俺に対して恨み――――あるいはそれ以上の感情を抱いているような表情だ。

 ……いや、しかし、俺がムツナと初めて会ったのはたかだか数週間前だ。その後だってそこまで頻繁に会ったわけでもない。会話したのだって、この前のコロノ山の時ぐらいで、それ以外はほとんどしていない。そんな関係で、俺がここまで忌み嫌われる理由なんて思い当たらないが……。

「……な、何だ? その言い方、まるで死んででも俺だけは殺したい、みたいなニュアンスじゃないか? そんなに一杯食わされたのが悔しかったのか? それとも、別な――」

「うふふ。最後に一ついいことを教えてあげましょうか。私の本名――――私の本名はね、ムツナ=レーガーって言うのよ」

 ムツナ……レーガー? レーガー? どこかで聞いたファミリーネームだ。レーガー、レーガー……ええと……そうだ! マーレット=レーガーってのがいた。そいつはカザミドリの十三番隊隊長で、一ヶ月前に――


 ――俺が殺した


 ようやく俺は思い至り、一本糸が繋がり、そこから生まれる推測に俺の思考が硬直した瞬間――


 ――ドスリッ


 俺の腹に熱い感触。

 いつの間にかムツナが俺の正面に来ていて、その手にナイフを握っていて、その刃が俺の右脇腹に突き刺さっていた。

 ムツナはそのまま俺の胸ポケットに手を突っ込むと、そこからトランシーバーを取り出した。そしてそれを思い切り床にたたきつける。当然のごとく、トランシーバーは粉砕。一瞬でスクラップになった。

「うふふふ! そうよ! そうなのよ、『闇鳥』! ようやくわかった? あなたなのよ! あなたが私のお父さんを殺したのよ!」

 かみ締めるように言いながら、ムツナはナイフの柄をぐるりと回す。

 ぼたりと、俺の足元に血がこぼれ落ちる。

「あんたなのよ! あんたが私の大切なものを、心のよりどころを、幸せを、安らぎを奪ったのよ! あんたのせいで、私は悲しんだのよ! 悔やんだのよ! 全部が全部あんたのせいなのよ、『闇鳥』!」

 感情に任せて叫ぶムツナ。

 まるで脳を直接揺らすように、俺の脳にその声が響き渡る。

 ……し、知らなかった。そんな関係性があったなんて。

 そんな繋がりがあったなんて。

 確かに、俺はムツナの父親が死んだことは聞かされた。

 コロノ山のロッジの中で聞かされた。

 あの時の俺は、それを何ともなしに聞いていた。

 友人の不幸話の一つとして、それ以上は何も思わずに聞いていた。

 それ以上は、何も思う必要はなかった。

 そもそも、俺とムツナは仕事で偶然出会っただけだ。

 ギーンを介して、偶然見知っただけだ。

 俺は、ムツナがカザミドリだと知らなかった。

 ムツナは、俺が『闇鳥』だと知らなかった。

 そのせいで――――そのせいで、俺は今の今まで……

 と――

 ――ズルリッ

 俺の腹部からナイフが抜かれた。

 俺は腹を押さえたまま、どさりと床に倒れる。

「……うふふ。どうせなら、私の手で直々に殺してあげる」

 そう言って、ナイフを振り上げるムツナ。そのまま俺の脳天を目掛けて振り下ろしてくる――――が、

 ――パシリッ

 さすがに素人の太刀筋。俺は左手一本でその刃を止めた。腹に痛みが走っていても、意識が朦朧としていても、来ることが分かっている華奢な女の攻撃なら片手で止められる。これくらいなら、まだ何とかなる。

「くっ……」

 ナイフが止まり、忌々しい表情になるムツナ。しかし――

 ――ドゴォンッ

 ――ドガァンッ

 部屋の隅で大き目の爆発が二回。また机が吹き飛んだ。別の『銀石』が反応したんだろう。すでに四方八方に火の手が上がっていて、もはやどこから次の爆発がくるのか分からない状態だ。

「……ふん。まあ、いいわ。どのみち『銀石』の暴発でこの周囲はみんな消え去るんだから。どうせ時間の問題よ」

 ……くそっ、やばい。

 痛みで意識が薄れかけている。ナイフを止めるのに集中するだけで精一杯。ムツナを突き飛ばそうにも、これ以上腕に力が入らない。

 早く、早く他の誰かにこのことを知らせなければ。伝えなければ。逃げるよう言わなければ。ここにいるみんなが一瞬で消し飛んじまう――――なのに、トランシーバーは壊されたし、ここから走っていくほどの余力はもうないし。どうすれば……。

「うふふふふふふ。もう、あなたに打つ手はないわよ! 後悔して、後悔して、後悔して、このまま死になさい! その忌々しい『闇鳥』の名ととも――」


 ――ドスンッ


「きゃっ」

 口上の途中、いきなり目の前のムツナが後方へ飛ばされた。

 白んでいる視界を上に向け、一体何が起こったのかと見ると、俺の眼前、そこには白髪のショートヘアーとダボダボのパーカー――しかし、左手には木製の義手を装備した――


 ――ワイトが立っていた。


「……ワ、ワイト!」

 俺は右手で腹を押さえつつ、左手で上体を起こしながら叫んだ。

「お、お前、何でここへ?」

「……何とか……間に合った」

 ワイトは首から上だけを俺の方に向け、相変わらずの静かなトーンで答える。

「私は……義手が……まだ思うように動かせないから……この作戦には……参加……できなかった。……マスターに……止められた。……だから……方々手を尽くして……ようやく……この場所を……突き止めた。……この場所に……たどり……着いた。……私は必ず……あなたを……守る。……あなたを守るために……私は……できうるすべてのことを……する」

 ――ドゴォオオオオオンッ

 またも爆発。今までのよりも大きい。壁が一瞬で黒くなった。

 しかし、ワイトはまったく動じる様子もなく、俺に包帯の塊を投げてくる。

「……ここにある『石』は……研究で……変色してて……ここから……すべての『銀石』を探し出すのは……私達には……至難。……もはや……逃げるしか……ない。……ムツナは……私が……抑える。……あなたは……これで止血して……他の皆と……逃げて」

「逃げてって――――お前、左手使えないんだろ? それであいつを止められるのかよ。向こうは刃物もちだぞ?」

「……何とか……止める」

 呟くようにそう言うと、首を前に戻し、ワイトは前へと駆け出した。

 相変わらずの俊敏な動きでムツナの方へ向かうワイト。

 ムツナまであと五メートル――――といったところで、ムツナは懐から赤い石を取り出し、それをワイトに向かって投げつけた。

 ワイトはそれをひらりと左に跳んでかわしながら、さらにムツナへと近づいていく。

 ワイトがムツナの眼前に達した瞬間、ムツナがナイフを振った――――が、ワイトは右手でそれを白羽取り。刃が肌に触れ血を滲ませながらも、その軌道を完全に止める。

 ワイトはそのまま足を振り上げ、ムツナに蹴りを加えようとする――――が、ムツナは残りの左手を再び懐に入れ、今度は黄色い石を掌握。そのままワイトに投げつけた。

 至近距離の攻撃で避ける術もなく、石はワイトの上体に直撃。バチチチッと電撃が走り、ワイトは片膝をつく。が、辛うじてナイフは止まったままだ。

 俺は思わずワイトの方へ駆け寄ろうとする。が、前足に力が入らず、ふらりと俺は床に伏した。

「……わ、ワイト」

「早く……逃げて。……ここは……私が……何としても止める……から」

「だって、それじゃ、お前が……」

「……私は……大丈夫」

 ワイトは俺に後頭部を見せたまま、声だけで答える。

「私は、あなたにも……誰にも見限られたくない。……見限られるのが……怖い。……だから……私は……誰も……見限らない。……ウェリィも……ギーンも……ロットも……ルーも……そして…………あなたも」

 ナイフを受け止めている華奢な後ろ姿。しかし力強い声で、

「……あなたを守るのが……私の幸せ。……ウェリィを守るのが……私の幸せ。……ギーンを守るのが……私の幸せ。……みなを守るのも……私の幸せ――――みなを守る自由があって……私はすごく――――幸せ」

 ……相変わらず朦朧としている俺の意識。

 しかしその片隅で、俺は確信した。

 ――誰も見限らない。

 ――みなを守るのも私の幸せ

 やはり、ワイトはボーダーラインの向こう側の人間だ。どう転んでも、こちら側には来ない人間なんだ。こちら側に来るべき人間ではないんだ。

 過去の自分を悔やみ、恐れ、震え、そして泣いていた。

 思えば、そんな人間がこちら側のはずもない。

 どんな過去があろうとも、ワイトはずっとラインの向こう側の人間だったんだ。

 ワイトが俺と共に歩む可能性はない。

 お互いにどんな感情を抱いていようと、歩む道は別。

 俺はやっと思い至った。

 確認した。

 確信した。

 そして思った――――


 ――ワイトには、もっと生きていて欲しい。


 道を踏み外した人間を見限らなかったのは、むしろ俺じゃなくてワイトの方だったんだろう。

 俺の本性を知って、それでも俺の側にいてくれたのはワイトだったんだ。

 甘えていたのは俺で、甘やかしてくれたのはワイトだったんだ。

 救われたのは俺で、救ってくれたのはワイトだったんだ。

 きっとワイトなら、もっと大きな幸せを見つけることができる。

 もっと幸せになれる。

 ――だから、ここで散らせたくない。

 俺はそう思い――――包帯で腹の止血をしながら、ふらつく足に力を込めながら、一歩一歩とワイトの方へと進んでいく。

 力比べ――――というより根比べを続けているワイトとムツナ。

 俺はその背後にたどり着くと、ワイトの襟首に手をかけた。

「……え?」

 それに驚きワイトのての力が弱まった一瞬、俺は現在のあらん限りの力でワイトの首筋をつかむと、そのまま後方へ投げ飛ばした。

 そのまま、研究所の扉から外へと投げ出されるワイト。

 俺はワイトが起き上がる前に扉の方へ行き、バタンと閉めた。当然のごとくカギもかける。

「……え? ……ちょっと……ダルク?」

 ドア越しに聞こえるワイトの声。

「……な、何するの……ダルク……ダルク!」

 外からドンドンと叩きながら、声が届く。

「ダルク! ダルク! な、何するの! ダルク!」

 必死なワイトの叫び。

「ダルク! ダルク! ダルク! ダルクーッ!」

 ……思えば、ワイトの叫び声なんて初めて聞いた。一年以上の付き合いだが、これが最初だ――――そして、最後だ。

 俺はドアから離れ、ムツナの方へと進んでいった。

 ムツナはナイフを握ったまま、ぽかんと

「ちょっと、何? 何のつもり?」

「……交換条件だ」

 俺はまだ収まらない腹部の痛みに耐えつつ、静かに答えた。

「お前の望通り俺は死んでやる――――だから、お前も死ね」

「…………は?」

 口を丸く開け、立ち尽くすムツナ。

 しかし俺はそれ以上の説明はせず、壁際の棚の方へと歩き出した。

 そこに数十枚積んであるのは、黒い板――――恐らく『黒石』の板だろう。石ころ程度の量を手に入れるのにも苦労する『石』だっていうのに、こんな塊を何十枚も確保しているとは。つくづく、カザミドリってのは恐ろしい集団だ。

 俺はその板を慎重に――誤って発動させてしまわないように、慎重に――持ち上げると、それをそのまま壁に立て掛けていった。一枚、二枚、三枚と、四方を包むように隙間なく置いていく。

「……な、何してるの?」

「バリケードさ」

 俺は手を休めないまま答える。

「『黒石』で防御壁を作れば、もしかしたら『銀石』の影響を遮れるかもしれない。……天井と床まで覆うのは難しいが、ここは地上階だし、入口からの距離からして、恐らくこの上には賞金稼ぎは誰もいないはずだ。だから、横さえ塞げれば誰も死ななくて済む」

「……で、でも、『銀石』っていうのは、空間を歪めるのよ? それを『黒石』で止められるなんて、そんな話聞いてない。そんな研究結果は聞いてないわよ。一体なんの根拠があって――」

「別に、俺だって確信があるわけじゃないさ」

 俺は言いながら、入口のドアにも『黒石』の板を立て掛けた。

 聞こえていたワイトの叫び声が少し弱まる。

「ただ、もしかしたらっていう可能性にかけてるだけさ。防ぎきれればラッキー。無理ならしょうがない。それだけだ」

 ……まあ、だからと言って、考えなしにこんなことをしてるわけじゃないがね。

 以前、ギーンに聞いたことがある。『黒石』の特性『分断』は、エネルギーを消し去ることによって起こるんだと。分子と分子、原子と原子の結合のエネルギーが消えることで、ものが分断される。だから『黒石』は刃物なんかに使うと効果を発揮するが――――しかし、その根源的な特性は、あくまでエネルギーを消し去ること。

 ――もし空間を歪めるエネルギーを消し去ることができれば、『銀石』の暴発を止めることができるんじゃないか?

 俺はそういう予見を持ってこういう行動をしているのである。……確信がないのは変わらないが。

「……どちらにしろ、ここの『銀石』が発動した瞬間、俺達は死ぬんだ。あとはどうなっても、どうしようもないさ。責任の取りようはない。とにかく、俺も死んでやるから、お前もこのバリケードを壊すなってことだ」

 俺は三十五枚目の『黒石』の板を立て掛けた。これで、四方の壁がすべて覆われたことになる。

「な、何で――」

 まだ納得が言っていないような顔で、ムツナが呟いた。

「――何であなたはこんなことするの? だって、普通、この状況なら、私をどうにか行動不能にして、自分は仲間と一緒に逃げようって、そういう行動をするものでしょう? なのに、何であなたはこんなことをするの? 何でわざわざ、自分が死ぬような選択肢を選ぶの?」

「……別に、俺の勝手だろ」

 俺は答えながら、入口のドアの前に座った。

 そこら中の机や棚が燃え盛る音で、もはやワイトの声は聞こえてこなくなった。

「……それよりも、もっと喜んだらどうなんだ? せっかく親の仇の俺が死ぬんだ。目の前で死ぬんだ。お前の念願が叶うんだ。お前にとっちゃあ、もう少し嬉しがる場面だろう?」

「……う、うん」

 戸惑ったように返事をするムツナ。と――

 ――ドゴォオオオオオンッ

 ――ドゴォオオオオオンッ

 ――ドガァアアアアアンッ

 ――ドゴォオオオオオンッ

 あちこちで爆発。すでに部屋の中は真っ赤で、やたら暑く息苦しかった。……もしかしたら俺達は、窒息で意識を失うのが先かもしれない。

 ――ドガァアアアアアンッ

 ――ドゴォオオオオオンッ

 いよいよ、『銀石』の粒の発動がひっきりなしに起こるようになってきた。

 轟音が響くたびに、ムツナが肩を震わせている。……まあ、無理もない。もしかしたらその爆発の瞬間が、自分の最期かもしれないんだ。村を一個消滅させるほどのポテンシャルを持った『石』。その百分の一の大きさでも、俺達は跡形もなく消え去るだろう。

 ――ドゴォオオオオオンッ

 ――ドガァアアアアアンッ

 俺は爆発音を聞きながら、ため息を一つこぼした。

 ……俺がこんな最期を迎えて、ロットは、ルーは、どう思うだろう? ギーンは、ウェリィは、どう思うだろう? ラキはどう思うだろう? アンディさんはどう思うだろう? 笑うだろうか? 馬鹿にするだろうか? 嘲るだろうか? 軽蔑するだろうか? ……泣くだろうか?

 一体、俺は今まで何のために生きてたんだろうか?

 何のために賞金稼ぎをしてたんだろうか?

 何のためにアサシンのスキルを教え込まれていたんだろうか?

 本当、バカバカしい。バカバカしすぎる――――が、俺は――

 ――と、


 目の前、ムツナがいきなり立ち上がった。


 そしてこっちに向かって――出入り口のドアに向かって――駆けてくる。

 俺の横を通り過ぎ、そのままドアを蹴破ろうとする。

 俺はその襟首を後ろから掴み、そのまま地面に押さえつけた。

「は、離しなさいよ!」

「……何だよ、お前、いきなり。ドアをあけてどうするつもりだ?」

「ど、どうするって――」

 ――ドガァアアアアアンッ

 部屋の隅で爆発。それに反応し、ムツナが肩をびくりと振るわせる。

「――だ、だって、このままここにいたら…………死んじゃうじゃない!」

「……は? 何言ってるんだ? だからこその交換条件だろ」

「し、知らないわよ! そんなの! わ、私は死にたくないもん!」

 腕に力を入れ、何とか立ち上がろうとするムツナ。

 俺は全体重をかけ、上から押さえつける。

「だ、だって、私、死にたくないもん! 死にたくないもん! 死にたくないもん!」

「……死にたくないって、先に俺と心中しようとしたのはお前だろ。それに、今さらそんな理屈が通ると思ってるのか?」

「死にたくないもん! 死んじゃだめだもん! だって、この命は、お父さんがくれたものなんだもん! 私の大切なお父さんが残してくれたものなんだもん!」

 ムツナの叫びが、段々涙声になっていく。

 俺は嘆息しながら、

「……つったって、お前、カザミドリとして、今まで何万人の命を奪ったと思ってるんだ? そんだけの人間を殺しておいて、今さら死にたくないなんて、どうして言えるんだ」

「だって、そんなの他人じゃない! ただの背景じゃない! 私の世界には関係ないじゃない!」

 ――他人はみんな背景。

 確かにそんなことは言っていたが。

 そうか、結局こいつは、そういう理屈にたどり着くわけか。

 そういう理屈で動いていたわけか。

 そういう理屈で、カザミドリに組してたわけか。

 こいつの言い分、何となくは分かるが、納得はできない。

 納得はできないが、何となくは分かる。

 因果なもんだ。俺も、こいつも。

 最期の道連れがムツナだなんてどうかと思うが――――いや、俺にはちょうどいいのかもしれない。これも因果なのかもしれない。

 血が足りないのか、酸素が足りないのか、いよいよ頭がくらくらしてきた。

 いつの間にか、下のムツナは動かなくなっている。意識が飛んでしまったのだろう。

 俺もそろそろだ。

 あと何秒、俺の意識はもつだろうか。

 カウントダウンが聞こえてくる。

 とにかくみなさん、さようなら、さようなら、さようなら、さようなら、さようなら、さようなら、さようなら――



 ――さようなら。



 ……



 …………



 ………………



 ……………………



 …………………………



 ………………………………



 と――



「――〈火炎斬鉄〉!」



 いきなり、壁越しに聞こえてくる声。

 直後、入口のドアが破かれ、立て掛けてあった『黒石』の板が俺の方に吹き飛んでくる。

 俺は思わずそれを避けた。見ると、『黒石』の板の下の床が粉々になっている。『黒石』の性質は『分断』。つまり、その表面にぶつかれば粉々になるということで、もし俺が避けてなかったら、俺の体は……

「ダルクー! 無事かー?」

「お前に殺されそうになったわ!」

 俺は思わず突っ込んだ。……いや、もとい、

「ロット、お前、何でここに?」

「いや、ピンチの香りがしてな。参上してやったぞ」

「そりゃ、どんな香りだよ。……つか、ここじゃ『銀石』が暴発してるんだ。なのに、お前、せっかくのバリケード壊しやがって」

「ふむ。それはワイトから聞いた。大丈夫だ。心配はいらんぞ」

「心配いらんて、一体――」

 と、いきなりロットの横から部屋に入ってきた人影。青い銃を右手に握った、青いロングヘアーの女の子――――ルーだ。

 ルーは炎を避けつつ、机の上のビーカーを手に取る。そしてその中を睨みつつ、その中身を『サイキ』の中に詰め込んでいく。

「お、おい! ルー! 何してるんだ?」

「んー? 『銀石』を集めてるの」

「『銀石』って……ここにある『石』は、研究途中で色々変色してるんだ。どれがどれだか分からないのに、お前、分かるのか?」

「まーねっ。これでも科学者のはしくれだからっ」

 そう言いながら、ルーはぽいぽいと『石』を判別していく。

 ……もし一緒に『赤石』なんかを入れようもんなら、すぐさま大爆発を起こしそうなもんだが。しかし十数個のビーカーをひっくり返してるのに何も起こらないのは、識別がうまくいってるってことなんだろうか。

 鼻歌でも歌いそうなノリで四方の棚を回っていくルー。そして数分後、

「うん、これで全部だね。……じゃあ、窓開けて」

「了解」

 言いながら、ロットが『黒石』の板をどかし、閉め切っていた雨戸を開け、窓を開け放した。

 差し込む太陽光。久しぶりに見たような気がする、晴れ渡る青空。

 遠方に山がうっすら見えるだけで、眼下には緑色の平原しか見えない。

 ルーはその窓の外へ『サイキ』の銃口を向けると、そのまま引き金を引いた。

 ――ズドンッ

 発射される弾。

 コルート博士の設計通り、『銀石』は暴発しなかったみたいだ。

『サイキ』の銃口から続いて、青空に軌道が描かれる。

 そして数秒の後、


 ――ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオンッ


 まるで花火のように、空にキレイな閃光が瞬いた。

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