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第十二話

「こっちよ! 早く!」

 何やら高級そうな石の壁に挟まれた回廊。前後左右には俺達しかおらず、足音がやたら反響している中、俺達の先頭を走るムツナが、振り返りながら呼びかけてくる。

 俺は背中にずっしりとかかっている大剣の重量に耐えつつ、それを追いかけながら、

「……なあ、こっちで合ってるのか? 俺達が目指してるのは『銀石』の保管庫だぞ? 倉庫だぞ? 倉庫って言ったら、普通、飾り気がないもんだろう。なのに、進めば進むほど壁の装飾品が増えてるじゃないか……。おい、本当に合ってるのか?」

「う、うん。……多分」

 視線をそらすように、首を前へ向けながら答えるムツナ。

 ……いや、多分て。

 ここまで走ってきたのが無駄足だとか、そんなオチは困るぞ。なんせ、今回俺はロットの剣『グレン』をわざわざ持ってきたんだ。それを背負ったまま走ってるんだ。これがやたらと重くて、もう余分な持久力なんか残ってない。来た道を戻るとか、そんなのは勘弁だ。……というか、ロットはよくもまあこんな重たいもんを担いで年がら年中走り回ってたもんだ。

 俺は少しばかり息を切らしながら、

「おい。敵陣のど真ん中で迷子なんて、シャレにならないぞ。そんなの即ゲームオーバーだろ。潜入して三十分も走りっぱなしなんだ。もう、どこから来たかなんて覚えてねえよ。お前が持ってる見取り図だけが頼りなんだからな。頼むぞ? 本当に大丈夫なのか?」

「ええ、恐らくこちらで間違いないでしょう」

 ふいに、前方のムツナではなく、俺の隣を走るギーンが答えてきた。

「壁や床の汚れ具合から見て、この辺りは人通りが少ないことが見て取れます。つまり、この先に入るのは限られた人間だけ――――重要なものがこの先に置いてあることは間違いないでしょう」

「そ、そう! そうよ! それを私も言いたかったの!」

 振り返りながら、ひきつった笑顔で言ってくるムツナ。……ウソつけ。さっきまでやたらと地図を回転させるばっかりで、廊下の様子なんて見る素振りもなかったじゃないか。

 ……しかしまあ、ギーンの保障がついたことで少しばかり安心した。やっぱりギーンは頼りになる。このままちゃんと『銀石』の保管庫にたどり着き、そこにある『石』を全部押収してしまえば、俺達の職務は完遂される。


 ――カザミドリ本隊殲滅作戦。


 これに組み込まれた俺達のミッションは、あくまで戦闘ではない。まあ当然だろう。ここはカザミドリの本隊。中規模な組織でならトップになれるような猛者が何人もいるんだ。そんな強者を相手に――剣技に秀でたロットならいざ知らず――俺達みたいな別段戦闘が得手でもない人間が真っ向勝負を命令されるわけもない。

 その辺りは全部、現在ここに集結しているランキング上位の七名の賞金稼ぎが相手をしてくれる。

 敵がそこに戦力を割いている最中に、俺達は隙をついて、敵の虎の子を確保すればいい。敵を避けて、逃げて、『銀石』の保管庫にたどり着ければいい。それだけが俺達の任務だ。

 幸い、本職が情報屋であるムツナが手に入れた(裏ルートを経由して入手したそうだ。本作戦に加わっている上級賞金稼ぎの人の協力を得て、何とか確保したらしい)この建物の見取り図がある。それを頼りに保管庫へと向かえばいいだけだ。敵との遭遇にさえ気をつけていれば、それ以外に問題はない。

 カザミドリの本陣に突入ということで、一体どうなることかと思っていたが、思ったよりもすんなり進みそうだ。現在の俺は緊張もしていないし、不安も抱えていない。むしろ気が抜けてるくらいだ。それというのも、今回のメンバーが見知ったというか見飽きたメンツばかりで――

「――おっと。分かれ道ですよ。どうします、ムツナさん?」

「ええと、ここは右ね」

 ギーンからの呼びかけに、ムツナは図面を見下ろしながら答えた。

 そして、そのT字路を曲がった瞬間――


「――こっから先は行かせねえ!」


 叫び声と共に、逆立った髪と釣り上がった目をした男が正面に現れた。

 タイミングを合わせていたように、振りかざしていた斧を先頭のムツナに向かって勢いよく振り下ろしてくる。

 俺は急停止しつつ、反射的に腰元のナイフに手をかけた――――が、それを取り出す前に、

「とりゃあっ」

「邪魔です!」

 そんな声が俺のすぐ後方から響き、ついで青い弾丸と黄色い電光が釣り目の男に向かっていく。

 斧が振り下ろされる前に、後方へ数メートル吹き飛ばされる大男。床に衝突して、それ以上動かなくなった。右半身は氷付け。左半身からは黒い煙が昇っている。

 俺がちらりと振り返ると、青い銃を構えたルーと、黄色いロッドを握ったウェリィ。双方とも鼻息を荒くして、その気絶男を見下ろしている。

 ルーは黒目だけを左側に動かしながら、

「……ふん。余計なことしないでよ、スパゲッティ。あたし一人でもどうにでもなるんだから。むしろ邪魔よ。家で引きこもってればいいのに」

「あーら、何をおっしゃいますやら。わたくしにはロット様の仇を討つという使命があるのですから。引きこもったりはいたしません。必ずやここで、敵将の首を討ち取って差し上げるのです。……そちらこそ、ギルドを辞めるんじゃなかったのですか?」

「ま、まだ辞めないよ! ロットのためにも、カザミドリは絶対潰してやるんだから! それに、保護者として、ダルクをこれ以上危険なところに単独で行かせられないもん」

 ……いつからお前は俺の保護者になったんだ。

 こんなシリアスな仕事にこのメンバーは場違いな気がしないでもないが、しかしまあ、なってしまったものはしょうがない。成り行きというか、なし崩し的に、この五人が集まってしまったのである。

 俺とギーンは、アンディさんの推薦。

 ムツナは、元々つてがあり見取り図入手の時にも世話になったという上級賞金稼ぎ、ヒマリさんの推薦。

 そしてルーとウェリィは、組むなら見知った人間の方がいいと言うムツナの推薦である。

 時と場所が変わっても、顔ぶれも会話も雰囲気も変わらないメンバーだ。いまいち――いや、正直に言えば、まったくもって――俺は緊張感が保てない。保てていない。

「というか、いい加減スパゲッティなる呼称はやめてください。この絹のような髪を食べ物に例えるなんて言語道断ですわ。まったく、食い意地が張りっぱなしですわねえ、カッパは」

「そ、そっちこそカッパカッパ言うのやめなさいよ! あ、あたし知ってるんだからね! カッパが頭にお皿が乗ってる変な生き物だって! ちゃんとダルクに教わったんだから! そんなの、あたしに全然似てないもん!」

「うふふふ。ぴったりじゃないですか。食い意地が張ってるから、頭からお皿が取れなくなってしまったんでしょう?」

「違うもん! 何よ! そっちこそ、ちぢれたラーメンみたいな頭のくせに!」

「ち、ちぢれたラーメンッ? スパゲッティの次はラーメンとは! 訂正なさい! この、言うに事欠いて――」

「……はあ」

 俺は二人の相変わらずのやり取りを眺め、嘆息した。

 ……まあいい。理由はどうあれ、とにかく二人とも本調子を取り戻してくれたみたいだし。気を揉む要素が一つ減ってくれたと考えれば、いくらか救われる。

「――とにかく、先に進むぞ」

 四人に呼びかけるように言いつつ、俺は再度走り出した。


 ――そして回廊をさらに五分ほど走った後、目の前に扉が現れた。


 爆弾でもこじ開けられそうにないくらい、分厚く重そうな鉄の扉。幅も高さも十メートルくらいあるだろう。そしてその表面には鳥やら馬やらが彫られていて、周囲の壁以上に豪奢な造りになっている。

 俺はその扉を見上げながら、

「これが倉庫の扉か? つうか、こんな扉開くのか?」

「……押してみましょう」

 俺の横、ギーンが早速ドアを両手で押し開き始めた。すると――――すうっと、意外にもすんなりと扉は開かれた。

 そのできた隙間から、中へと歩を進めていく俺達五人。

 その扉の向こうにあったのは、『銀石』でも『白石』でも『黒石』でもなく――――人、人、人、人、人。


 ――各々武器を構えた人間ばかりだった。


 扉から入ってきた俺達を囲むように――まるで待ち構えていたかのように――概算で六十人くらいの人間が、半円状に隊形を組んでいる。全員が全員、にやにやと、いやらしい笑いを浮かべている。


 ――これは、罠!


 思わず後方へ下がろうとしたが、バタンと、扉は閉まった。

「ちょっ、待って!」

 慌ててウェリィが扉を開けようとする――が、動かない――扉はもはやただの壁になり――俺達は完全に退路を絶たれた。

 絶対的な袋のネズミの状態。滲み溢れる危機感。圧迫感。焦燥感。絶望感。

 ……どうする? どうする? どうすればいい?

 混乱する頭を無理矢理回転させながら、ふと前方を見ると、一人だけ椅子に座り、周囲の人間とは明らかに異質なまがまがしい空気をまとった男が目に入った。

 黒いくせっ毛。頬に大きな傷。黒いあごひげ。黒いマント。紺色のYシャツ、ズボン。腰元には黒い剣の鞘。

 そんな男が、俺達の真正面で俺達に相対している。ニカリと笑っている。

 俺とこの男は初対面。

 しかし――――俺はこの男を知っている。

 ギルドの掲示板にいつも張り出されている顔。俺が登録する前から――そしていまだにずっと――WANTEDの文字と共に示されている男。この男こそが――――盗賊として世界に名をとどろかせ、国王以上に顔を知られた、ロットの両親の仇でもある――


 ――ヒューミッド=シラン


 ……そうだ。そんな噂も流れていた。そうか、やっぱり本当に――

「――ヒューミッド、貴様がカザミドリのトップだったのか……」

「むははははははは! そうだ。その通りだ、若造」

 ヒューミッドはあごひげを揺らしながら、愉快そうに笑った。

「そうか、我の顔はこんなガキにまで知られているのか。有名人というのも困ったものだな……。むははは。だが、喜べ、若造! それを知ったのは、我がカザミドリ内部の人間以外ではお前らが最初だ! 光栄に思うがいい、哀れな捕虜共よ! むはははははははははは!」

 ――捕虜。

 ……そうか。こいつらの狙いはそれか。ランキング上位の賞金稼ぎを迎撃する前に、俺達をとっ捕まえて人質にするつもりだったのか。偽の見取り図を流しておけば誘導することも可能だろうし。……というか、どうしてこいつらは俺達がここに来ると読めたんだ?

 ……いや、そんなことを考えるのは後だ。ここで俺達が捕まっては、アンディさん達に迷惑がかかる。作戦に支障が出る。どうにかしてこの危機を脱しないと。

 俺は何か作戦を練ろうと、後ろの四人を振り返ろうとした――――が、その中で、ムツナがいきなり前方へと歩き出してきた。

 俺の横を通り過ぎ、さらに前へと進んで行く。

 スタスタと、物怖じすることもなく歩を進める。

 まるでここが自分の庭であるかのように歩いていく。

 そしてヒューミッドの正面までたどり着いたムツナは、青紫のセミロングの髪を振りながら、くるりと俺達の方を振り返った。

 その顔には、ホストファミリィが来客を歓迎するがごとき微笑。

 そして一言――


「――うふふ。ようこそ、みなさん。カザミドリ本部、不死鳥の間へ」

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