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第十一話

 俺は、レストランの入り口でアンディさんとギーンと別れた。

 そして街頭がぽつぽつ立っているだけで周りに誰もいない夜道、イヌの遠吠えしか聞こえない静寂の中を一人でトボトボと歩きながら、延々と考えを巡らしている。

 さっきの食卓での会話では、俺はアンディさんに対して、分かりましたそれならそれで問題ないです、とでも言うように、さも余裕そうに取り繕っていた。しかし、内心ではいくらか動揺していた。動揺し続けていた。そして現在もその憂慮は続いている。即ち――


 ――俺が〈まともじゃない〉ことに周囲が気付き始めている、ことについて。


 ……いや別に、ただのナイフ使いの十六歳の少年のままでギルドの仕事をまっとうできるなんて、そんなこと、ハナから思ってはいなかった。期待してはいなかった。俺だってそこまで浅はかじゃない。

 実力を発揮すればするほど、ラキから教え込まれた技能が顔を出すことは目に見えている。

 だから、疑われる程度はしょうがないと思っていた。諦めていた。それくらいならリカバリーは効く。隠しようがある。後々にも問題はないはずだ。これくらいは予定の範疇内。今さら慌てたりはしない。

 ――しかし、これ以上確信を持たれるのはヤバい。

 ――核心に近づかれるのは、ヤバい。

 俺は今、顔を隠さずに動いてるんだ。アサシンとして顔が割れてしまっては、素顔ではおいそれと行動できなくなってしまう。行動範囲が極端に制限されてしまう。例えば数年前に巷を賑わせた盗賊であり、ロットのターゲットでもあるヒューミットなる賞金首は、手配書が全国に出回り、もはやどこぞの国王以上に顔が知れ渡っている。そのせいで、検問がある城下町には一切入れなくなったと聞く。そんな状態じゃ、盗賊稼業とは言え、普通の手段じゃほとんど生活できないだろう。生きていくのもままならなくなる。

 もちろん俺にはそこまで驚異的な業績を残す自信は欠片もないが、しかし似たような状況になってしまうことは否めない。想像に難くない。そんなことになれば、俺の『生業』にも影響が出てしまう。そうなる前に手を打たなければならない。

 ――つまり、そろそろだということだろうか?

 ――そういう時期だということなのだろうか?

 ラキは、「いい頃」だと言っていた。太鼓判を押すとも言った。つまり、今俺がそちらに行ったとしても、少なくとも〈向こう側〉からは問題ないということだろう。最低限の資格はあるということだろう。従兄弟であり、先輩であり、教育者でもあるラキから、俺はようやく認められたんだ。

 それに、ルーも「ギルドやめよう?」と言っていた。ギルドの仕事が危険なことを実感したんだろうし、それに父親の消息が分かった以上、あいつがこれ以上ギルド仕事を続ける意味もないのかもしれない。ルーが辞めるならば、実質俺達のチームは解散。俺をギルドに繋ぎとめるものは何もなくなる。もちろん、ルーが辞めようと言ってきた理由はそこじゃないのは分かっているが……。

 元々俺がいつかギルドを辞めなければならなくなることは、分かりきっていたことだ。割り切っていたことだ。今更躊躇する理由はない。必要はない。


 ――この『カザミドリ本部壊滅作戦』が、引き際としてちょうどいいのかもしれない。


 数分間に渡る内部葛藤の末、俺はついにそんな結論に達した――――達したところで、ふと視線を上げると――


 ――目の前の街頭の下に、人影が映っていた。


 それは白髪のショートヘアー。俺より少しばかり低い身長で、ダボダボのパーカーを着た少女――――ワイトだった。

 まるで幽霊のように、暗闇の中に白い髪と肌が浮かんでいる。信心深い人ならば卒倒してもおかしくないような登場だ。その無表情も相まって、本物のような雰囲気を発している。しかし、過去に何度かこいつと夜道を歩いた事があった俺は何とか気絶せずに済み、ワイトの方に駆け寄りながら、

「ワ、ワイト? どうしたんだ、こんなところで?」

「……あなたを……待ってた」

「俺を? ……ってか、俺がアンディさんと夕飯を食いに行った事は誰にも言ってないはずだが、一体誰に――」

「あなた達が……ギルドから出て行くところを……見かけた。……ただ……この時期に……あなたが……アンディさんと食事に行くのは……何かしらの事情があると……思った……から……話が終わるまで……待っていた」

 ……待ってた? ここで? 俺がレストランに入ってから出るまでずっと?

 話し込んでたせいで、俺は二時間ぐらいレストランの中にいたはずだ。ってことは、こいつは二時間もここで待ってたってのか? 夜風が肌寒いこんなところで。独りでずっと。確かに俺達は他言無用な話をしており、入ってこられても困っただろうが、しかしここまで気が利きすぎるというのもどうかと――――いや、わざわざ待っててもらったなら、なおさら早く本題に入るべきか。

 俺は嘆息しつつ、

「……で、用件は何だ?」

 ワイトは俺の心うちを読み取ろうとするように、まじまじと俺の顔を見てきて、

「さっきギルドで……カザミドリ殲滅に……本格的に乗り出す旨を……伝えられて……きた。……賞金稼ぎ総動員で……戦いを……挑むと。……そして……このタイミングで……アンディさんと……あなたが……会食したことから……あなたが何を言われたかは……明白。……あなたは重責を……担わされる。……つまり……作戦の本部隊に……組み込まれると……いうこと」

「へえ……鋭いじゃないか」

 俺は感嘆しながら答えた。

 ……いや、感心してていいのか? こいつにばれてるってことは、他の人間にも筒抜けってことじゃないだろうか? それはちとマズくないか? ……いやまあ、それはないか。いくら俺とアンディさんがこのタイミングで会ってたからって、ろくに実績もない俺が作戦の重要な役割を任されるなんて想像もできないだろう。こいつはただ、俺の素性を知っているからこそ――そしてまた、〈アンディさんも俺について知っている〉ということを知っているからこそ――そういう憶測がたったに過ぎない。やはり、まだ問題は無いだろう。

 俺は自分の中でそう結論付けつつ、再度ワイトの方を見ながら、

「……まあ、お前になら言っても構わないだろう。そうだ。その通りだ。カザミドリ本隊への潜入部隊に加わるよう誘われた――――が、それがどうした? 何か問題あるのか?」

 俺の質問に、ワイトは視線を落とした。そしていくらかの間をとった後、ぽつりと、


「――行かないで……欲しい」


 そんな言葉を、声にする。

「……今日……左手に義手を……繋げて……もらった。……繋げたばかりで……まだ……思うように……動かせ……ない。……馴染むまでには……時間が……かかる。……到底……その仕事には……加われ……ない。……カザミドリ殲滅作戦には……間に合わない。……私は……あなたを……サポート……できない」

「……いや、お前が俺のために動いてくれるのは嬉しいが、そこまで義務感を感じなくてもいいって。別に俺のピンチにお前が不在だったとしても、そのせいで俺がお前を見限るなんてことは、絶対にな――」

「違う。……そうじゃない……それは関係ない」

 ワイトはぶんぶんと首を振り、

「……カザミドリは……十数年間……国の圧力を退けて……犯罪に……犯罪を……重ねてきた……集団。……あのイヴァリーのような人間が……何人も……集まった……結社。……あいつらは……人を……人とも……思っていない。……仲間すら……簡単に……見限る。……数年間……あいつらを間近で見ていた私は……知って……いる。……あんな奴らを相手にするのは……危なすぎる。……いくらあなたでも……危険……すぎる。……ロットのことは……ウェリィに……聞いた。……あなたには……ロットと同じ末路を……たどって欲しく……ない。……だから………………行かないで」

 そう言って、ワイトは真っ直ぐに俺の顔を見据える。心なしか潤んでいるようにも見えるその瞳で、じっと俺を見つめてくる。

 ――行かないで、か。

 何だか、戦争への召集命令を受け取った夫婦のような会話だが――実際問題、似たような状況なのかもしれないが――しかし決定的に違うのは、むしろ俺の本来の居場所が殺し合いの場である、ということ。俺はそういう道にいる両親から生まれ、そういう道にいる従兄弟に育てられてきたんだ。そこにいるのが自然で、当然なんだ。

 だから、どんな理由も理由として成り立たない。成り立ちはしない。

「……いや、まあ、気持ちはありがたいが――」

 俺は頭をかきながら、

「――ただ、やっぱり行くよ。アンディさんに直々にお願いされたんだし。それに、危険なミッションだからこそ、逆に周囲には物凄い人達がいるんだ。話じゃ、ランキング上位の人間が七、八人加わるらしい。だから、九十九パーセント生き残れないとか、そんな難しい仕事じゃないはずだ。相手が相手だから心配なのは分かるが、そこまで憂うほどじゃない。大丈夫だ」

「……そう」

 ぎりぎり聞き取れるくらいの声で呟きながら、ワイトは視線を落とした。

「……あなたの意思が……あるなら……私には……それ以上……言う言葉は……ない。……懇願はできても……強制は……できない。……それは……あなたの自由。……仕方ない」

 ……思いの外あっさりと引いたな。普通ならもう少し食い下がりそうなものだが。……しかしまあ、これがワイトのいいところでもある。

 俺が納得してると、ワイトは言葉を続けて、

「……私は強制できない。……だからもう一つ……お願い……させて。……できるだけ……できるだけ危険な状況に……陥らないで。……生きるために最良の選択を……して」

「あ、ああ。……分かったよ」

 俺の目の前、再度顔を上げて俺を見つめてくるワイトに、俺は気圧されるように答えた。切羽詰った表情。まるで俺がいなくなったら生きられないとでも言うように……。

 ――あなたを守る自由があって幸せ

 ――私を見限らないで

 ふいにリフレインする、いつかのワイトのセリフ。

 ……まさかこいつは、俺がギルドを辞めた後でも、俺に関わろうとするのだろうか。闇で動く俺に連れ立とうとするのだろうか。ボーダーラインを超えてくるだろうか。俺を追って、こいつも闇の世界を――

 ――いや、それはないか。

 きっとウェリィが止める。止めてくれる。

 ワイトの居場所は、まだここだ。ギルドだ。まだこいつはボーダーラインを超えていない。こちら側の人間じゃない。いびつな過去があろうとも、町の裏路地に住んでいようとも、まだまだ日の当たる場所で生活する権利を有している。

 俺がこの街から消えても、きっとウェリィやギーン達と一緒に楽しく生きていける。暮らしていける。それがワイトのため。俺のため。お互いのため。みんなのためだ。

 こいつに俺がさよならを言う時、一体どんな顔をするのか、簡単に想像できる。今のような無表情に寂しそうな雰囲気を混ぜ合わせた顔で、一度だけ懇願してくるだろう。行かないでと言ってくるだろう。そして――――それだけで終わるだろう。

 それがワイトのいいところだ。

 果たして、俺はいつそれをこいつに伝えるべきか。カザミドリ殲滅作戦に加わる前? 終わった後? それとも街を出た後に手紙で知らせるか? あるいは、何も言わずにおくか? どれがお互いにとってベストだろうか?

 そんなことを、ワイトを正面に据えたまま、棒立ちで考えていると、ふと――――ふと、ワイトの顔が段々近づいてくるのに気付いた。水面のようなその瞳が、俺の目の真正面に来て、さらに近づいて、近づいて、近づいてくる。

 俺は動けない――――動かない。

 やがて俺の視界は、すべてがワイトの表情だけになった。

「……私の……ためにも……生きて……いて……」

 そんな吐息のような呟きと共に、眼前で閉じられるワイトの瞳――


 ――その雪のような肌の色に反して、唇は温かかった。

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