第一章 第二話
「クンクン・・・。ご主人様、こっちなのです!」
獣人に戻った彼女に案内される。
もちろん、この辺の地理なんてわかるわけない。
だが、この子の鼻で人間がたくさんいる方角がわかったので、そちらに向かう。
いきなり役に立ってくれる有能な子だ。
「そういえば名前聞いてなかったけど、なんて言うの?」
「名前なんて無いのです。だから、ご主人様に付けて欲しいのです!」
え?俺、ネーミングセンス一切ないんだけど・・・。
んー・・・。
「じゃあ、ウルファ・・・とか・・・。」
狼の英語、ウルフをちょっともじっただけという適当さだ。
「ウルファ・・・今日から私はウルファなのです!ありがとうございます!」
尻尾をブンブン振り回しながら抱き着いてくる。
女の子に抱き着かれるのは悪くないが、非常に恥ずかしい。
周りに人が居なくて良かった・・・。
しかし、ウルファの俺への依存度高すぎない?
少し歩くとなんとかモンスターに出会わずに街に到着することができた。
そこで問題が発生する。
入り口に見張りであろう衛兵が居たのだ。
モンスターがいることを考えれば至極当然と言えるが、身分証明できるものが一切存在しない俺らが通っても大丈夫だろうか?
少しびくびくしながら入り口の門を通ったが、衛兵は全く何も言わなかった。
昔はチェックしていたらしいのだが、モンスターや盗賊に襲われて荷物を失う人はたまに居る。
持っていないから入れませんでは困るので、チェックすることはなくなったらしい。
それに名前とかを確認したところで、衛兵たちには何かわかるわけでもないので、チェックする意味自体ほとんどないとか。
犯罪者なら別だが、犯罪者がおとなしく身分証明書を出すわけないしね。
さて、街に到着したが、既に夕方だ。
「どこか安く泊まれる宿を探さないとな。」
通りすがりの人に聞いたら、【魔女の帽子亭】という宿が安くて良いと聞いたので、場所を聞いてそこへ向かう。
「ここが【魔女の帽子亭】か。」
見た目は普通の宿屋だったが、看板が魔女の帽子みたいなとんがりハットだ。
ここは昔、冒険者をやっていた人が、冒険者の為に開いた宿屋らしい。
その人が魔法使いの女性だったから、【魔女の帽子亭】。
別に冒険者専用ということではないらしいが、貧乏な冒険者の為にというだけあって、宿賃も食費も非常に安くなっているとのこと。
中に入ると受付らしき人が居た。
「いらっしゃいませ。宿泊は一泊で2000ガル。相部屋で良いなら3000ガル。食事は一食につき300ガルだよ。」
他の宿だと大体一泊で3000ガル、一食500ガルらしいので、かなり格安だ。
二人で一部屋ずつ借りて、三食食べたら一日につき4800ガルか・・・。
女神にもらったお金は全部で30万ガル。
数日は大丈夫だが、すぐに仕事を探さないとな・・・。
「部屋は相部屋でお願いします!」
え?
俺は目を見開いて、ウルファを見る。
「ご主人様のことだから、絶対に二部屋と言うと思うのですが、私は一緒が良いのです。それとも、一緒は嫌ですか?」
目に涙を浮かべ、上目使いでこちらをジッと見るウルファ。
そんな目で見ないで!
「い・・・いや。そんなことはないんだけどね。むしろうれしいぐらいであって・・・。」
「じゃあ、問題ないですね!」
慌てて弁明する俺を見て、一瞬で笑顔に戻るウルファ。
もしかしてハメられたのではないだろうか。
ショックで凹む俺を無視して、受付の人がウルファに鍵を渡す。
「部屋は1号室だよ。それじゃあ、ごゆっくりどうぞー。」
なんかその言い方は語弊がある気がするんだが・・・。
いや、きっと気のせいだよな・・・。
部屋に入ると、ベッドが二つとテーブルがあるだけの簡素な部屋だった。
だが、そこまで狭いわけでもなく、汚いということもない。
とりあえず疲れたのでベッドに横になってみると、案外寝心地が良い。
実際はそこまで高い布団ではないのだが、モンスターの素材をふんだんに使った寝具は日本の物とはくらべものにならないのだ。
「んー・・・。」
そのあまりの寝心地の良さに気づいたら俺は寝てしまっていたらしい。
目を閉じたまま、ゴロンと横に転がると手がぷにっと柔らかい物を掴んだ。
こ、この感触はまさか・・・?
そっと目を開けるとそこにはウルファが横になっていた。
そして、柔らかい物は予想通りウルファの胸をわしづかみにしていた。
何故ベッドが二つあるのに同じベッドなんだ・・・!
「ご主人様、起きたのですか?」
しかも、ウルファ起きてるー!!!!!
慌ててウルファの胸から手を離そうとすると、ウルファがその手を掴む。
「もう良いのですか?」
ウルファが頬を赤く染め、うるんだ瞳でこちらを見つめている。
「えっと・・・。その・・・。」
「私はご主人様の物なのです・・・。だから、良いのですよ?」
しどろもどろになっている俺に、ウルファはさらに顔を近づけて囁いてくる。
「しないから!しないから!」
慌てて手をウルファの胸からなんとか引きはがす。
これ以上、触っていたら理性が崩壊してしまう!
「ぶぅ・・・。いつでも良いですからね。」
そんな俺を見て、膨れた顔でウルファはそう言った。