蝉時雨
蝉時雨が、止まない。
先ほど校門前の自販機で、有名なメーカーから今年新しく発売された「スイカみかんソーダ味」を買った。
どこぞのアイスのシリーズを、足して二で割ったようなチョイス。
捨てようと思うほど不味くはないけれど、誰かに勧めるほど美味しくはない。そんな中途半端な味をした新商品。ようはビミョウ。
新しいもの好きといわれる日本人にとって、確かに飛びつきたくなる爽やかなパッケージをしている。しているけれど、リピーターはあまり望めないだろう。
ツラさえよければいつでも売れる人間サマとは訳が違う。
俺は校庭のそばに置いてある安物プラスチックのベンチに腰掛けて、しばらくそのビミョウな味をした炭酸と戯れながらぼけっとそこへ座っていた。
蝉時雨が五月蝿かった。
土の焼ける匂いがした。
どちらも止める術を知らないし持たない俺には、どうしようも無い事だけど。
やることが無い訳じゃない。鬼のようにだされた長期休み中の課題はまだまだ机の上で山を形成している。本当は部活が終わったならさっさと家に帰るべきなんだ、そんなことは百も承知だ。
なのにどうして、こんなところでわざわざ美味しくもない炭酸を飲んで時間を潰しているのかといえば。
「外練の人たちー、上がってきてー!」
「ハイ!!!」
蝉の声に混じって聞こえていた、楽器の音色がピタリと止むと、すぐそばの河原からパタパタ数人が駆けてきた。
その中のひとりに、俺の視線は吸い寄せられる。
美しい黒髪を一つにまとめ、そのポニーテールの先を背中へと流し。
透き通るような白い肌を照りつける日差しのもとへ晒し。
ガラス玉のように綺麗な瞳を輝かせながら。
トランペットを持って校舎まで走っていく、その人影に、俺の心臓は激しく脈打った。
そう、全ては、この一瞬のため。
放心して座っているだけの俺の存在に、彼女が目を留めてくれる訳もない。
そのまま仲間達と談笑しながら、彼女は校舎へと消えていった。
俺はため息をついて美味しくない炭酸の残りを全て流し込んだ。
きっかけなんて無かった。気づいたら目で追っていた。いつからか、彼女の笑顔だけが俺の生殺与奪を握る全てになっていた。
真夏の太陽が俺の心まで焼き尽くす。
ジリジリとざらつく音を立て、焦燥が胸を焦がしていく。
こんな狂ってしまいそうなほどの気持ちを抱えて、それでもなお、二年間もクラスメイトとして振舞い続ける道を選んでいるのは。
ただ単に俺がどうしようもないクズでヘタレで臆病なだけで。
木陰の風はぬるかった。
炭酸を飲んだら少しは涼しくなるかも、なんて、安易な考えをした俺が馬鹿だった。
心の乾きも、喉の乾きすら抑えられない。
全然、ダメじゃん。美味しくないし。
炭酸失格。
伝えられるだけで満足なら、とっくの昔にそうしている。
見つめる事すら叶わなくなるくらいなら、このままで十分だと諦めていた。
きっと恋なんて炭酸の泡と同じ、あっという間に消えてしまう、ただの気の迷いなのだと言い聞かせて。
「……限界だ」
俺はカラになったペットボトルをまぶたの上に当てて、一つ大きく息を吐いた。
誰かに彼女の心が取られてしまってからでは遅いのに。
それを分かっていて見えないフリを続けられるほど、自分は強くない。
いっそ、期限を決めてしまおうか。
今すぐに、それは流石に無理だけど。
何かを目処に区切ってしまえば、常に逃げ道ばかりを選んでしまうようなだらしない俺も、腹をくくる準備が出来るかもしれない。
そろそろ俺は、自分から自分を脱却したい。
蝉時雨が降る。
どうしようもなく不甲斐ない俺の上に、容赦なく降ってくる。
決めた。
「雨が――止んだら」
蝉時雨が、止む頃になったら。
君にこの想いを、届けに行こう。
りつ様の「雨が止んだら、届けよう」ってなんかキャッチコピーにありそうだよね、の一言を聞き、Orangestar様の「イヤホンと蝉時雨」を聞いていた結果こうなった。
夏が好きです。青い空に思いを馳せて、めいっぱい背伸びするような学生の夏が。