06 樹海に潜むモノ
思ったより遅くなりました!
ちゃんと見直してますが誤字脱字、国語表現の乏しさが多く見られるとと思われます。
無数の木々によって囲まれたそこはまさに別世界だ。太陽の光は遮られ薄暗く、足元も不安定。いくら歩いても景色は変わらず、不慣れな者は直ぐに方向感覚を失うだろう。ここでは大自然がルールであり、それを害するものは拒まれる。無理に足を踏み入れルールを破る事があればすぐさま牙を剥く。
ファルリナ樹海。ここは沢山の野生動物や魔物が息を潜めている。あるものは洞窟に、あるものは木陰に、あるものはあなたのすぐ傍に。
そう、暁仁は今、自然と資源の溢れるファルリナ樹海に居た。悪い足場をリーシャは慣れた足取りで進み、暁仁はそれを見失わないよう注意しながら後に続く。
昨日話し合った後、色々あって暁仁は村を助ける一週間村長の家で寝泊まりすることになった。そして次の日、早朝からリーシャは狩りに行くと言い、ファルリナ樹海に強制連行されたのだ。
リーシャの格好は昨日と同じ。暁仁は紺色のブレザーを村長宅に置いて、白ワイシャツと黒いネクタイ、灰色のスラックスである。
「それで、俺は何をすればいいんだ?」
木の根に足を取られそうになり、よろめきながら訊く。相も変わらず作ったよな口調だ。
「昨日言ったでしょ? 狩りの手伝いをしてくれればいいのよ」
「それは知っている。俺は具体的に何をすればいいのかを聞いて――」
「ストップ! 静かに」
リーシャはある一点を見つめながら暁仁の言葉を制止した。その視線の先には鹿――のような生き物だった。体つきは鹿で間違いないが、角が一本しかなく、その姿はユニコーンを連想させる。
リーシャは素早く物音を立てず、弓を構え、矢を放つ。その動作に無駄は無く、洗礼された美しさがあった。
矢は鹿の頭に命中し、悲鳴を上げる間もなく絶命した。
リーシャは鹿に近づき、暁仁もそれに続く。横たわる鹿を前にリーシャは刃物取り出す。
「今から解体するからよく見てて」
「ん? お、おう」
リーシャが鹿モドキに刃を入れた。瞬間、赤い鮮血が弾けるがリーシャは気にせず作業を続ける。
やがて鹿は毛皮と肉、その他に分類された。
「あなたにはこれをやってもらうわ」
一通り作業を終えたリーシャが言った。
「これ、って解体をやるのか? この俺が?」
「何か問題ある?」
リーシャが首をかしげる。実際問題はない。が、不服はある。
暁仁は闇を生きる魔術師――の見習い――だ。血や臓物は見慣れているし、嫌悪感もない。だから作業自体に問題はない。だが暁仁としてはそんな雑用より狩りに関わりたいと言うのが本音だった。
そんな本音を出す代わりにため息を吐く。当然だ。暁仁はリーシャに助けられた恩を返すために村の食料確保に協力している。その手段が狩りであり、リーシャに手伝いを頼まれたのだ。言わばリーシャは依頼人だ。その命令に逆らうのはよろしくないだろう。
「わかった、引き受けよう。でも一つ訊かせてくれ。これはここで解体する必要あるのか? 村に持ち帰ってからやった方が安全だし、ゴミを置いて行くのは衛生上良くないと思うぞ?」
暁仁の言うゴミとはその他に分類されたモノの事だ。内臓や鹿の頭、骨などの食べられそうにない部位が集められている。
流石にこのままにしておくと腐敗して病原菌をまき散らしかねない。
「安全も衛生面も大丈夫よ。上を見てみて」
「上?」
リーシャの言葉を不思議に思いながらも暁仁は上を見上げる。そこには暁仁達を取り囲むように猿モドキが木の上からこちらを見ていた。
昨日動けない所を襲われた記憶が蘇り、頬を引きつらせる暁仁。
「お、おい、囲まれてるぞ!」
慌てる暁仁に対しリーシャは落ち着いていた。それどころか暁仁の反応に笑い出す。
「あっはは、大丈夫よ。サルベージは臆病で人間を襲ったりしないわ。樹海の掃除屋って呼ばれてて動物の死骸を食べるから狙いはあっち(シカ)よ。」
「いやいや、俺は襲われたぞ! 昨日! 木の上で!」
「そりゃ無防備に木にぶら下がってれば餌と間違えるんじゃないかしら? ふふふ」
そう言って、リーシャは愉快そうに笑う。
どうやらあの猿モドキはサルベージと言うらしい。なるほどお似合いだ、と暁仁は思った。
サルベージとは英語で海難救助、または沈没船の引き揚げ作業の事を言う。狩りの標的になった死骸の残飯処理というわけだ。人間のおこぼれに与ろうとする辺り寧ろ物乞いの方がしっくりくる。暁仁の中でサルベージ=物乞いが確立した。
暁仁は群がるサルベージの一匹を睨みつける。すると猿は鋭い凶悪な歯を見せ威嚇した。
「兎に角、村に持って帰って解体するよりここで解体した方がゴミも出ず、サルベージもご飯にありつけるって訳。わかった?」
「……ああ、理解したぜ。俺はあのサルが嫌いだってことをな!」
※
それからリーシャは新たな鹿を射貫いた後、暁仁にナイフと皮布のポーチを手渡した。先ほど言った通り暁仁に解体作業をさせるつもりらしい。
暁仁は鹿肉の部位についての知識は無かったので、リーシャの見様見真似で鹿を捌く。するとリーシャは満足そうな笑みで頷いた。そして「これから別行動をする」と言った。
暁仁は意味が分からなかったが、説明を受けて納得した。
リーシャの狩りは、獲物を見つける→捕らえる→解体する→獲物を探す、を繰り返す形だった。そこに暁仁を加え、解体をしている間に新たな獲物を探し、より効率よく狩りをしたいとのことだ。
よって現在暁仁は黙々と解体作業に勤しんでいた。
「よぉし、こんなもんだろう」
汗を拭い爽やかな笑みを浮かべる暁仁。だが手や服は赤黒い血で汚れており、人目の着かない森という事も相まって猟奇的な現場にしか見えない。
暁仁は一息つくと肉と皮を腰に付けた小さなポーチの中に押し込む。全てしまうには明らかに大きさが足りないはずのポーチは、さも当然の様に鹿肉と皮を飲み込んだ。
アイテムポーチと呼ばれるそれは、この世界の“魔法”によって生み出された魔導具だ。
見た目に反していくらでも物を入れられる。しかし入れた分だけ重くなるのであまり多くは入れられないし、ポーチの口に収まらない大きさの物は入れることが出来ない。生産もレアではないが特殊な素材が必要で値段もそれなりらしい。それでも、小さく多く運べて、動きの邪魔にならないので冒険者の必需品なのだそうだ。
暁仁は必要部位をポーチに入れ終わると、立ち上がり伸びをする。先ほどから中腰で作業しているせいか背骨に軽い痛みを感じた。
しばらく体を動かし近くの木に背中を預けて座った。解体が終わってもリーシャが次の獲物を捕らえ呼びに来るまで動かないという約束だ。視線を上に向けると物乞い猿が集まっていた。
ふうぅ、と一つ深呼吸をする。辺りに漂う鉄錆びの匂い。それがとても懐かしく思えた。
暁仁は鹿を五体ほど捌いている。生暖かい血を浴びながらの作業で体は汗と返り血でベトベト。その上、解体直後の現場なのでかなりの異臭が充満していた。
「最悪の仕事環境だよな、これは。もう切り上げて風呂に浸かりたい。てかこの世界に湯船の文化あんのか?」
お湯に浸かる、というのは日本独自の文化だ。流石に水浴びの風習はあるだろうが、果たして湯船はあるのだろうか。
(まぁ、なければ魔術で湯を沸かせばいいか)
などと考えていると、遠くから近ずいてくる足音が聞こえてきた。リーシャが呼びに来たのだろうと思い暁仁は立ち上がる。
足音が聞こえる方向に暁仁は声をかけた。
「もう次か? 全く人使いの粗い。少しは俺を休ませてほしいものだな」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら嫌味を言う。しかし、それに対する返事はなく、暁仁は眉を顰めた。
何やら様子がおかしい。よくよく耳を澄ませば足音が不自然で重複しているように感じる。
嫌な予感が脳裏を過ぎり、暁仁は後ずさるがもう遅かった。足音の主は木の陰からその姿を表した。
黒い毛で覆われた体、ピンと立った耳、人を簡単に引き裂けそうな爪、口からは絶え間なく唾液が垂れ、剥き出しの歯茎からは鋭い牙が生えていた。殺意の宿った瞳は暁仁を捉えている。
威嚇するように唸り、今にも飛び掛かろうと姿勢を低くする狼が二匹。
「ふはは、なるほど、流石は異世界、か」
暁仁はそれを見上げながら、力なく笑い苦々しい表情で呟く。
「グオオオオオオオオオオォ!!!」
空気を震わせ耳を劈く咆哮。二つの足で大地に立ち一際凶悪な鉤爪を振り上げる。暁仁の倍以上の大きさがある筋肉質の体躯。血走った眼に殺意はなく、ただ暴力的な憎悪だけが読み取れた。
暁仁は視界に二匹の狼は存在しない。それ以上の圧倒的脅威が今まさに牙を剥いているのだから。
「クッ、……フフフフ、また俺は化物の相手をする羽目になるのか。フフ、フハハハハハハ!」
狂ったように笑い出す暁仁に化物の鉤爪が躊躇なく振り下ろされた。
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