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世界の歯車が軋む音  作者: 黒白 オセロ
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03 違和感による不安 

 降伏した暁仁は少女の後に続いて森を進む。道らしきものはなく、目的地がどこなのか聞かされていない。その前にあれから少女は一度も口を開いていない。時折暁仁が逃げないか警戒するばかりだ。


「そんなに警戒しなくても逃げはしないよ」

「……そんな事言って、隙を窺ってるんじゃないの?」

「そんなことするかよ。お前は俺に降伏させたんだ。誇っても、いいんだぜ!」


 言いながら暁仁はウインク&サムズアップを繰り出した。少女の表情は浮かない。効果はいま一つのようだ。

 少女は疲れたようにため息を吐くと少し警戒を緩めた。少しは効果があったらしい。それでも逃げ出すのは難しいだろう。


「……ねえ、質問してもいい?」

「おう、いいぞ。俺に答えられる範囲で答えよう」

「じゃあまず一つ、どうしてあそこでぶら下がってたの?」

「分からん。気が付いたらあの状態だった」

「二つ、あなたちょっと変わった服装だけど、どこから来たの?」

「空から! 服装は学生服だが、そうか、この辺には無いのか……」

「……三つ、あなたの名前は?」

「フッ、名乗るほどの者じゃない、通りすがりのスカイダイバーさ!」


 暁仁のキメ顏で少女の額に青筋が浮かんだ。

 無理もない、作ったような口調に演じたような仕草、おちょくってるとしか思えない。本人にその自覚がないのだが、そう捉えられても文句は言えないだろう。

 暁仁に向けて弓を引く。途端に暁仁が青ざめ、手を上げる。


「……ちゃんと答えなさい」

「はい、すみませんでした! ぶら下がってた理由は本当にわかりません、気が付いたらああなってました。出身は日本、名前は深谷暁仁、です!」


 答えを聞き少女は弓を下げる。暁仁は安堵に胸をなで下ろした。


「二ホンって聞いたことないけど、どこにある村?」

「村? いや、日本は国ですが?」


 そう言うと、少女が疑わしい視線を向ける。暁仁は首を勢い良く左右に振り嘘ではないと主張した。


「そう、じゃあ異国人なのね、あなた。道理で見ない格好だと思った」


 そう言うと、質問は終わったのか再び歩き出す。そんな少女の言葉に暁仁は違和感を感じた。それを確かめるように改めて彼女を観察する。

 肩にかからない程度の茶髪、同色の瞳。作りは粗そうだがとても動きやすそうなシャツとズボン。革で出来た胸当てをしている。相対的に見て地味な外見だが、弓の技量には目を見張るものがある。

 ここは木々が立ち並ぶ森の中。遮蔽物など腐るほどあり、弓の射線は通りにくい。だが暁仁がいくら木々を利用して逃げたとしても僅かな隙間から狙い撃ちされるだろう。それ程彼女の弓の技術は素晴らしい。暁仁の立場からすれば末恐ろしい。


「あの~、俺も質問よろしいでしょうか?」

「なに?」

「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「……そんなかしこまらなくていいわ。私はリーシャよ」

「リーシャさん、いやリーシャ、か。次の質問だが、ここはどこなんだ?」

「トライディン王国の最南部にあるファルリナ樹海って場所よ」

「トライディン王国? なんだその安いゲームとかに出てきそう名前は。……てかここ樹海だったのかよ。俺たち出られるのか?」

「大丈夫よ。私は子供の時から来てるし、深い所に行かなければ人の出入りもあるし」

「そうか。……さ、最後の質問なんだが、俺に一体何をさせる気だ……?」


 暁仁が一番気になっていることはこれだ。「何でもやる」と口走った手前、本当に何させられるか分からない。

 それにあの時の必死さは何かある。また厄介事に巻き込まれる予感が暁仁にはあった。

 それに対し少女、リーシャの表情は暗い。


「それは、着いてから話すわ」

「おいおい、やけに含みのある言い方じゃないか。どこに向かってる?」

「私たちの村よ」


 目的地は村。という事は村絡みの問題に巻き込まれるらしい。

 食料不足か奇病の蔓延か、はたまた土地の利権問題か。考えても切りがない。しかしリーシャは暁仁が魔術師であることを知らない。余程の無理難題は飛んでこないはずである。

 それと村に着いてから話す理由は、村に説明する適任者がいるか、暁仁に逃げられないためのどちらか、もしくは両方だろう。

 いずれにせよ、暁仁は逃げるつもりはない。覚悟も決まった。

 それっきり二人の間に無言が続く。木の微かな木漏れ日がやや赤みを孕み始めた頃、暁仁達は森を抜けた。


「あそこが、私たちの村。フォレント村よ」


 リーシャが指をさし教えてくれた。広がる高原に柵にかこまれた家が数件建っている。もう少し歩く必要がありそうだ。

 リーシャの後に続いて暁仁も歩くがどうも足取りが重い。

 村に行けば何らかしらの厄介事に巻き込まれるのは確実だ。しかし、それについては先ほど覚悟を決めたはずなのだ。なのになぜか不安がぬぐえない。

 村に行けば厄介事以外にも別の、目を逸らしたい事実に気付かされるな気がする。今現在、必死で目を逸らしている違和感の正体を突き付けらる予感。


「シンタニ。疲れたと思うけどもう少しだから、頑張って!」


 そんな様子の暁仁にリーシャは気付き声をかける。普段なら皮肉の一つでも返してやるのだが、今はそんな気分ではない。

 自分らしくないと暁仁は思った。どうも先ほどから調子が出ない。原因は、わかっている。ぐだぐだしてもしょうがない。

 微かな不安を振り払うように暁仁は頭を振る。そして改めて覚悟を決める。

 例え何を頼まれても、何を聞かされても、何が待ち受けていても、今まで通りに。


「……フンッ、心配は無用だ。俺のしぶとさは師匠の札付きなのだからな!」


 そう言って、暁仁は踏み出す。その歩みに迷いはもうない。

 暁仁の決意に合わせて一際強い風が舞った。

 


   ※



 しばらくして暁仁は村に到着する。

 こそには数えられるほどの民家しかない。しかもその殆どが半壊していてまともに生活できると話思えない有様だった。

 村の一角に村人らしき人が集まっていた。が、子供や年寄りばかりで表情も暗い。


「これは酷いな、地震でも起きたのか?」


 暁仁の質問にリーシャは一瞬口を開きかけるが、何も話さず前を向く。

 話したくないという事だろうか。だが、村の惨状を見るに何らかの災害に合ったのは間違いない。自然災害か人災かまたは別の何かか、いくら勘ぐっても答えは出ない。リーシャは村に着いたら話すと言っていたのでじきに説明してくれるだろう。

 そう思い、暁仁は考えるのをやめた。

 リーシャはとある民家の前で足を止めた。他の民家よりもやや大きめで損傷も少ない。


「ちょっと待ってて。一余言っておくけど、逃げたら承知しないから」

「オーケー、ここまで来て何も分からず仕舞いはごめんだ。おとなしく待っているさ」


 そう言うと、リーシャは安心したように笑みを浮かべ、民家へと入っていく。

 暁仁は小さくため息を吐き、民家に寄りかかった。


「全く、この俺に何をさせようと言うのだか」


 そう言って、暁仁は無意味に笑みを浮かべ、もう一度、村の状況に目を向けた。

 昔ながらの木造の民家、その殆どが半壊して見る形もない。中には黒く焦げたものもあり、火の手が上がったことが伺える。まともな家の形をしているものも数件あるが、壁に穴が開いていたりと住むにはかなり不自由しそうな有様だ。

 暁仁が村を見回していると、一人の少年と目が合った。少年は目が合った事に驚いたのか、体をビクリと震わせ目を見開く。その様子が小動物のようで微笑ましく思えた暁仁は、優しく暗黒微笑を浮かべた。

 すると少年は小さく体を飛び上がらせ、足早に去っていた。


「クククッ、他愛ない……」

「あなた、何やってるの?」


 突如声をかけられ驚いたのか、体をビクリと震わせ目を見開く。頬に冷や汗が流れるのを感じながら暁仁は恐る恐る声の方へ首を向ける。

 そこには額に青筋を立て、殺気を孕んだ微笑を浮かべるリーシャがいた。


「ヒッ!」


 意図せず口から小さな悲鳴が洩れる。リーシャの笑みから“本気”を読み取り、本能的な危機感を感じた。

 気が付くと暁仁は走り出していた。先ほどの少年の心情を察することが出来る。違う点は相手が見逃すつもりがない事だろう。

 リーシャは弓を構え矢を放つ。その直後暁仁の足に鋭い痛みが走った。暁仁はそのまま勢い余って盛大に転ぶ。

 痛みに悶える暁仁にリーシャは悠々と近づいた。


「痛ッあああああ! マジで、マジで撃ったの!? バカじゃねぇの!?」

「バカはあなたよ。私は言ったはずよ? 逃げたら承知しないって。それにあなた、子供に何してるの?」

「さっきの少年か? ちょっとからかっただけじゃん!」 

「なんてことしてんのよ! 子供たちはみんな、いえ、この村にいる人はみんな心に傷を負ってんのよ!?」

「なら予め注意しとけ! 俺はお前が言った通りバカなんだ!」


 矢は暁仁の左足脹脛を貫通していた。刺さった矢を力任せに引き抜く。とてつもない激痛を伴ったが矢を抜くことに成功した。

 暁仁は残った右足で立ち上がるが、左足の激痛により歩くのがやっとの状態だ。


「いてて、くそ。何頼む気か知らないが、この状態で出来る事なのか?」

「? 何言ってるの? 矢の傷程度ならヒ――」

「おいおいこいつ『矢の傷程度』って言っちゃったよ、怖! 地味な顔して本性ドSか!?」


 暁仁は大げさに言うが、実際どうということもない。神経の様な重要なものを傷つけた感じはなく、止血して安静にすれば数週間で直るだろう。暁仁の場合、魔術を使えば瞬時に後も残さず完治する事も出来る。

 しかし一般人からすれば痛みが酷く、射貫かれたという事実が精神的に大問題なので、リーシャの反応は少々冷たいのは事実だ。が、それにも訳がある。

 リーシャはムッとした表情をすると、怪我をした暁仁の左足に手をかざす。


「我が手に女神のご加護を 《ヒール》」


 呟くとリーシャの手に淡い光が宿る。途端に暁仁の足から痛みが消えた。不思議に思い確認するとズボンには穴と血の跡が残っているものの、足の傷が嘘のように消えていた。


「……お前、今魔じゅ――」

「もう大丈夫でしょ? 村長から説明があるわ、付いて来て」


 そう言って、リーシャは民家へと帰っていく。暁仁は訝しげにその姿を眺めていた。

 怪我を一瞬で治すなど魔術でも使わぬ限り不可能だ。しかし、暁仁にはリーシャが魔術を使ったようには見えなかった。

 そもそも、魔術は表社会には存在させてはいけない。リーシャが暁仁を魔術師と知らない以上、不用意に魔術を使用できないはずである。勿論一部の例外は存在する。が、その場合、暁仁は無条件でリーシャを消さなければならない。


「何にせよ情報を集めるのが先決、か。フッ、いいぜ、付き合ってやる。それが俺の運命なら!」


 暁仁はニヤリと笑みを浮かべ説明を受けるべく民家へと足を進めた。

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