00 プロローグ
プロローグは
三人称視点、主人公要素皆無、謎の組織
の提供でお送りします。
「おい、ボウズいるか?」
そんな声と共に中年の男性が部屋に入ってきた。
「残念だけど今彼はいないわよ」
部屋に居た女性が答える。視線は男に向くことは無く、手元のやけに厚い書類に集中している。男は女性の返答を聞くとその言葉を鵜呑みにせず辺りを見回した。
その部屋は一言でいえば事務所だ。女性が使用しているデスクの他に来客用のテーブルとソファ、それから小難しい本が詰まった本棚があるだけの部屋。隠れられそうな場所はどこにもない。
「……どうやらそのようだな」
「疑わなくてもあんたに嘘は吐かないわよ。で、何か用?」
「ああ、いや、ちょっとボウズと話そうと思ったんだが……いないなら別にいいんだ。ところでお前それなんだ? やけに分厚いな、報告書か何かか?」
女性は一度手を止め、ため息を一つ吐き男に忌々しい目を向ける。それだけで男はその書類が何なのか気付いた。気付いたと同時に笑みが込み上げてきた。
「クク、なるほど、それが“例の始末書”ってやつか」
「笑い事じゃないわよ! あんたの息子、厄介極まりないわ!」
女性が苛立ちを露わにし、デスクを叩き立ち上がる。
「クックック、いやいやあれはしょうがねぇよ。ボウズはそういう星の元に生まれた所謂主人公ってやつだからな!」
「何が主人公よ、ただの問題児じゃない」
自分の息子を主人公呼びとか呆れ果てる。女性は再びため息を吐き静かに席に座る。疲れたようにこめかみに手を当てて眉間にしわを寄せていた。
“例の始末書”それは男の息子である問題児が、違反行動の一部始終と自らの正当性を延々と書き綴った大半がどうでもいい自己弁護の事後報告書だ。時にこちらが掴み損ねた情報が書かれていることもあるが、ほぼ意味をなさない。それと言うのも――
「で、何やらかしたんだ?」
「今回もひどいわよ。いつの通りよくわからないまま巻き込まれ、そのまま過激派テロ組織を壊滅。残党が各地に散った。……そしてその過激派のリーダーが裏で例の教団と繋がってたらしいんだけど、リーダーは死亡。他の繋がりがあったと思われる幹部諸共瓦礫の下敷きになったそうよ」
「残党の中で繋がりは?」
「ないわね。大体あの教団が繋がりを公にするとも思えない。幹部なら兎も角、下っ端風情は切捨てよ」
――折角の情報を無意味に帰すほど盛大にやらかすからである。
「クッフフ、これまた盛大にやったな!」
「全くよ、いつもいつも巻き込まれて、わざとやってるとしか思えないわ! 大した力も持ってないはずなのに、どうしていつもいつも……」
女性が段々愚痴っぽくなってきた。相当ストレスをため込んでるらしい。
だが女性が言っていることは正しい。これだけの事をやる人物は大した力を持っていない。少なくとも自分たちから見たら道端の小石である。そもそも成人もしてない高校生のガキで“うち”の見習いなのだ。
その程度の人物がこれだけの事をするのだからそれこそ『主人公』と言って過言ではない。
(俺の育て方がよかったのか、それとも生まれか。いや、そもそもボウズは……)
そこまで考えて男は笑みを浮かべた。
緻密に設計され正常に動く巨大な歯車に小石が巻き込まれる。小石程度軽々と粉砕し何事もなく動くはずだった歯車が、その小石に動きを止められやがて壊れる。たかが小石と高を括って放置すると全てが崩壊する。
下手をするとその小石を歯車に組み込んだ“うち”もいずれ……
そう考えると中々どうして面白い。
「クック、クッフフ、フッハッハッハッハッハッハッハ!!」
「ふぇ!? ちょ、何いきなり高笑いしてんのよ!? あと笑い方が気持ち悪い!」
そんなやり取りをする大人達はまだ知らずにいた。
話題の小石が常軌を逸した巻き込まれ体質であり、周囲のモノを手あたり次第引っ掻き回すトラブルメーカーであることを……
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