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08 暴走族との遭遇

 漁港に着き、船から降りると現地解散となった。このまま黒喰請負事務所に行って、よだかさんにもみじ饅頭を渡そう。三人は別れるとき「またね」と手を振ってくれた。

 近道のために路地裏を歩きながら携帯端末を弄る。百太郎くんに遠足から戻ってきたことを必要ないと思いつつも報告していると、足に何かが当たった。

「ちょっとあんた、何やらかしてくれてんの?」

「あーあ。やっちゃったねえ」

 顔を上げると地面に座り込む十人近くの不良らしき人達がいた。男性と女性が半々で、全員が詰襟の丈を伸ばしたような黒い服を着ている。前は開けて、男性は腹に、女性は胸に晒を巻いているという格好。髪を染めている者、変わった髪型にセットしている者、ピアスを開けている者、刺青を入れている者と様々だが、根本は同じ存在に思えた。見た目からすれば、間違いなく暴走族だ。つい最近黒喰請負事務所に来た時雨さんからの依頼内容を思い出す。そして彼らの服に大きく書かれている文字は――《AΩ》。

 ぼくの足元では酒の缶が前方に倒れていた。ぼくが気づかず缶を蹴ってしまい、そこに足を置いていた人のズボンに酒がかかったみたいだ。こんなところで酒盛りをする彼らもどうかと思うが、前を見ていなかったのはぼくだからここは謝るしかない。ついでに先手を打っておかなければ面倒なことになるだろう。

「すみません。クリーニング代出します」

「馬鹿かよ。それくらい当然じゃん」

 ぼくはリュックサックを下ろして中にある財布を片手で探り、千円札を取り出す。その千円札を一人の男が毟り取り、野口英世の顔を睨みつけた。

「千円で足りると思ってんの?」

「そうそう。最低でもあと九枚足りないなあ」

「一万、ですか? ズボン一着のクリーニングなら高くても千円するかしないかの店がありますよ。なんだったら、ぼくがよく行くところ紹介しますけど」

 親切心からそう言ってみたが、彼らは全員が立ち上がってぼくの行く手を遮るように位置を移動した。逃げ道を塞がれる。

「その程度ならすぐにシミ抜きすれば綺麗になります。シミ抜きと言うか、洗剤で部分洗いすれば大丈夫ですよ。むしろ千円もかかりませんから、安心してください」

「は、何こいつ。頭おかしいんじゃない?」

 一人の女が嘲笑するような顔で言った。前に立つ人が距離を詰め、ぼくは一歩後ずさる。

「あのさあ、俺達の言いたいことわかるよね」

 目の前に染髪されて傷んだ金髪が迫る。百太郎くんの金髪はあんなに綺麗で痛んでいないのに、不思議だ。しかし今はそんなことを気にしていられない。十人も相手にするより逃げる方が得策だろう。ぼくはさり気なくリュックサックの中にもう一度手を入れて、催涙スプレーを掴んだ。杏落市ではコンビニでも安価で売られていて、香水みたいに瀟洒な容器に入っている。女子高生なら持ち歩くのが当たり前の必需品だとされているらしい。ぼくは素早く踵を返し、後ろにいた二人の女に向かってスプレーを吹きつけた。短い悲鳴を上げ、顔を押さえて蹲った彼女達を抜き去る。リュックサックを背負いつつ路地を抜けたが、運悪く表通りには人っ子一人いない。

「待てクソガキ!」

 走り続けていると、そんな怒声と共に背後から不穏な音が聞こえてきた。車よりも鋭いエンジン音だ。走りながら恐る恐る振り向けば、改造済みだと素人目に見てもわかる派手なオートバイに乗ったノーヘルの暴走族がこちらに向かっている。

「うわ……」

 本当に今の時代でも活動しているのか。驚いた後で絶望感に襲われたが、運のいいことに隙間を見つけた。大人が通れるか通れないかというくらいの狭さだが、反対側に繋がっている。ここを通れば逃げられるかもしれない。すぐ先の交差点で曲がってこられたら追いつかれるが、その間にどこかに隠れればいい。

 ぼくは急いでその隙間に飛び込んだ。暴走族の叫ぶ声と、バイクの通り過ぎる音が聞こえる。反対側で待ち伏せされる前にここを抜けてしまわなければ。狭い道を走り抜け、反対側に出る。バイクは見えないが、エンジン音が聞こえるからまだこの近くにいるのだろう。人混みにでも紛れられたらよかったのだが、この時間帯はちょうど人がまばらだ。

「ああ、もう」

 再び別の路地裏に飛び込んで、迷路のような場所を進む。どこに向かっているのか自分でもわからないが、とりあえず逃げ切ってから考えればいい。しばらくしてまた表に出たところ、エンジン音が聞こえなくなっていることに気づいた。撒けたかもしれない。

 交差点の曲がり角に隠れ、今しがた走ってきた方向をそっと覗く。暴走族の姿は見えない。背後で何かがが停車する音がしてひやりとしたが、振り返った先には改造されていない大きな赤いバイクに乗った人がいるだけだ。

「何やってんの?」

 ほっと胸を撫で下ろしたとき声をかけられた。フルフェイスのヘルメットをしたままミラーシールドがぱかりと上に開き、ヘアチョークで彩られた金髪と見慣れた顔が見える。

「百太郎くん」

 この状況で知り合いに出会えたことに感動して、ぼくはバイクの傍に駆け寄った。

「お願い、助けて」

「え、何」

 当然のように戸惑う百太郎くんに、ぼくは早口で事情を話した。彼は無言で相槌を打っていたかと思うと最後に「そっか」と呟き、タンクに刺さっていた鍵らしきものを捻って開ける。メットインになっているらしく、その中から自分が装着しているものと同じヘルメットを取り出した。それを何も言わずぼくに投げた。ぼくがとっさに受け取ったことを確認すると、百太郎くんはタンクを閉める。信号が青に変わったらしく、後ろの車がバイクを追い越して進んでいった。

「これって……」

 どういうこと、とぼくが訊ねる間も与えず百太郎くんはヘルメットのシールドを下げた。乗れ、ということで間違いないだろう。スカートだが、ここまできたら腹を括るしかない。帽子を脱いで渡されたヘルメットを装着する。バイクの後ろに飛び乗るようにして跨った。リアシートが少し高くなっていて、前方の見晴らしがいい。シートの両サイドについているバーをしっかり握る。普段の肩から提げる鞄じゃなく、リュックサックにしておいて本当によかった。

『とりあえず後ろのあれから逃げればいい?』

 突然、ヘルメットの内側から声が聞こえてきた。思わずぎょっとしたが、どうやら中にスピーカーがついているらしい。首を後ろに捻ると、いつの間にか暴走バイクがこちらに迫ってきている。見つかってしまった。

『うん。お願い』

 信号が黄色に変わってから、バイクが動き出す。何故か百太郎くんは交差点を右折し、同じ交差点で左折する寸前の暴走族とすれ違う。なんでわざわざ近づくんだ。そのまま真っ直ぐ行けば離れられたのに、とぼくがやきもきしていると、後ろからタイヤが道路に擦れる凄まじい音がした。顔だけ振り返ると、交差点で無理矢理Uターンしてくる暴走族のバイク。無理な運転をしてバランスが崩れたのか、方向を変えるのに時間がかかっていた。交差点に進入したい車は空気を読んで――と言うより、巻き込まれたくないらしく慎重に様子を窺っている。

 みるみるうちに離れていく暴走族のバイク。ああ、そうか。真っ直ぐ行って右折させるより、百八十度方向転換させるほうが時間がかかるんだ。

『ねえ!』

『普通に喋れば聞こえる』

『あ、そっか。あの、ありがとう』

『俺が勝手にやったことだから気にすんなよ。で、目的地は?』

『特に考えてなかった。百太郎くんは遠足さぼってどこに?』

『俺も特に何も考えてなかった』

『………………』

 正面から強烈な風に吹かれながら、目的地がないままバイクは進んでいった。

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