32 かき氷とドレス
「起きたか?」
白い天井を見つめていると、声がかかった。視線を動かすと、ソファーに座ったよだかさんはまだかき氷機を動かしている。なんだか額が冷たくて気持ちがいい。手で触れてみると氷嚢らしきものが乗せられているようだった。靴を脱がされた状態でぼくはソファーで仰向けになっている。すぐに起き上がろうとしたが、よだかさんに止められた。
「まだそのままでいろよ」
「すみません。……ぼく、倒れたんですよね」
「ああ。暑気中りで体調が悪かったんだろ。いくら体力が平均以上あっても、暑さに負けることは珍しくねえ。それに室内外の温度差が激しかったのも原因だろうな。冷房、弱くしておいたぜ。あの猫みたいな帽子はどうした」
「今洗濯してるんですよ」
「ふうん。かき氷、何味にする?」
よだかさんの前にはかき氷機の他に、十種類もの果汁入りシロップ、練乳、抹茶、黒蜜、チョコレートソース、キャラメルソース、缶入りの茹で小豆、冷凍された果物、すでに空となっているガラスの器がいくつか並んでいた。この甘党の殺人鬼、ぼくが倒れている間に一体どれだけ食べたのだろうか。
「お任せしてもいいですか。あまりに奇抜なのはなしで」
「心得た」
よだかさんはかき氷機の下から白い山ができている器を手に取り、トッピングを始める。
「あ……あの親子はどうなったんですか? ぼく、勝手にそれっぽいこと捲し立ててたような気がするんですけど……」
まずい。何を言っていたかほとんど記憶に残っていない。
「やめるってよ」
「え?」
「あの援交少女、もう春を売るのやめるって言ったよ。お前が倒れた後にまた母親と色々言い合ってたけど、最終的にはそう決心したみたいだ。お前のおかげだな、愛織」
ぽいっとぼくの胸元に何かが投げられた。封筒だ。開けてみると万札が入っている。
「これって」
「お前が今日稼いだ金だろうが」
「稼いだって言っても……。ぼくはただあの親子があまりにうるさくて頭が痛くて勢い任せに喋っただけですよ。それなのに、娘に援助交際をやめるって言わせただけでこんなに出すなんて」
「俺もそれより低い金額でいいって言ったんだけどな。母親にとってはそれだけの金を出すくらいにはありがたかったんだろ。娘が言ってたように、自分の立場を気にしてたってのもある。でも、母親は娘の将来や身体を心配していなかったわけじゃねえよ」
「………………」
「ほら、できたぞ。ゆっくり起きろ」
よだかさんが作ってくれたかき氷は苺をベースにしてあった。シロップの上から軽く練乳をかけて冷凍された苺、ブルーベリー、ラズベリーが飾られている。
「いただきます」
スプーンで一口食べると、熱くて渇いていた口の中に甘酸っぱさと冷たさが広がった。削られた氷は予想していたよりもふわふわとした口当たりで食べやすい。
「それにしても愛織、よくあの娘を説き伏せたな。聞いてるこっちが清々しかったぜ」
「何言ってたか曖昧ですけど、あれくらいならよだかさんでも言えたんじゃないですか?」
「俺にとってはつまらない依頼だったからな。やる気なんて起きなかったんだよ。まさか処女が売女を言い負かすとは、すげえじゃねえか」
「どうも……」
この無邪気な子供じみた表情、五月に迷い猫となっていたスコティッシュフォールドを偶然見つけたときと同じだ。まるで初めて手品を見た少年のように、驚きと喜びと興奮と尊敬を隠さない顔。この顔のよだかさんに称賛されるのにはまだ慣れない。
「ところで、あれから支配人夫妻の依頼はどうなったんですか?」
「順調だ」
そう言ってよだかさんは事務所の扉まで行き、一度外を確認した後で扉の鍵を閉めた。そして事務机の抽斗から一枚の紙を持ってくる。ドッグ倶楽部会員――飼い主の個人情報が印刷された資料だ。酸っぱいラズベリーを咀嚼しながら手渡されたそれに目を通す。
雲林院霧華、二十八歳、女、ランクはシルバー、会員歴は五年、東京生まれの東京育ち、生命保険会社の社長令嬢、生まれつき自力で歩くことができない身体故に車椅子を使う、独身、現在飼っている狗は三人の少女。顔写真を見る限りでは二十八歳よりも若々しく、艶やかな印象が強い黒髪の美女だ。
「この人がどうかしたんですか?」
「前に言っただろ、倶楽部に潜入するって」
「はい」
「俺はそいつに変装する」
「………………は?」
ぼたり、と冷たい氷がぼくの膝に落ちた。
「この女を調査しに東京まで行ってた。美容整形に依存してるんだぜ、そいつ。元々醜い顔だったことがコンプレックスで、今も容貌の美しさにやたらと固執してる。新しい顔に満足したかと思ったら、一ヶ月経ってまた顔にメスを入れることも珍しくない。俺がこの顔のまま女装したところで、新しく整形したと思われるだけだ」
「女装……」
「車椅子だから服装に気をつければ身長も体格も誤魔化せるだろ。そしてお前を自分とはほぼ血の繋がらない親戚だと偽る。従兄の隠し子が一番それらしいかもな。あとは飼い主希望者として八日に開かれる交流会に同行して潜入。面白そうだろ、この計画」
「まさか、最初からそのつもりだったんですか? 交流会に必ず出席する飼い主で、三年以上所属してる会員だけの資料を土竜さんに印刷させたのは」
ぼくの言葉によだかさんはシニカルな笑みを浮かべて首肯する。
「安心しろよ。霧華の性格も声も振る舞いも癖も嗜好も、何もかも頭に叩き込んだ。あとは八日の夜、霧華が乗った車を襲撃して入れ替わればいい」
「そう上手くいきますか?」
「俺が考えた計画で上手くいかないと思うのか?」
「う……」
思いません。
相変わらず羨ましいほどに自信家で多芸多才だ。きっと、よだかさんにとって「これから危険な仕事をする」という考えはない。遠足に行くくらいの気持ちなのだろう。
「あまりにも自然過ぎて流してましたけど、何故ぼくも同行しないといけないんですか。連れて行くメリットはないでしょう。むしろ足を引っ張るかもしれませんよ」
「はあ?」
眉を寄せたよだかさんの左腕が伸びて、ぼくの胸倉を掴んで軽く引き寄せた。
「何言ってんだお前。それならお前が足を引っ張らないように努力すればいいだけの話だろ。前から思ってたけど、愛織は自分のことを過小評価し過ぎじゃないのか。謙虚って過剰になると他人を不快にさせるからな」
よだかさんの右膝がテーブルの上に乗り、倒錯的なほどに美しい顔が近づいた。長い睫毛に囲まれた真紅の瞳も、細い鼻筋も、弧を描く薔薇色の唇も、妖精と言おうが天使と言おうが悪魔と言おうが余裕で通用するくらいに完璧なバランスで輪郭の中に収まっている。胸倉を掴んでいたよだかさんの左手が離れたかと思うと、今度はぼくの右肩に置かれた。ぐっと握られる。少し痛いと感じるくらいに力を込めて。
「それに俺はお前のこと結構期待してるし、気に入ってるんだぜ」
「…………あり、がとうございます」
ああ、嫌だ。こんな言葉一つでぼくを嬉しい気分にさせる人はもう十分だと思っているのに。それでもこの感情は偽りじゃない。本物だ。
ぼくは残りのかき氷を平らげてよだかさんの計画を聞いた。
「霧華の車がどういう時間、道順で棺桶町に来るのかは土竜に調べさせた。人目につかないところで条件を整えて、俺が道路に飛び出す。上手く撥ねられて死んだふりをすれば、簡単にそいつらは騙されるだろ。目撃者がいなければ、まず間違いなく隠蔽のため死体を車のトランクに入れようとするはずだ。そこで運転手なり護衛なりが出てきたところを襲って、霧華に成り代わった俺とお前を倶楽部にまで運ばせる」
「大体わかりましたけど、それじゃあ運転手はどうするんです」
「土竜にやらせるつもりだ」
「えっ……あの人、そこまで付き合ってくれるんですか?」
「その分追加の金はもう払っておいた。倶楽部の人間だって出席者の運転手なんか顔も名前も知らねえだろ。いざとなれば、あいつはあいつ自身でなんとかする。心配するな」
「はい」
「それと、交流会には特別厳しいドレスコードがあるわけじゃない。それでも超がつくほど上流階級の人間が集う場所だからな。霧華はいつもフォーマルなドレス姿で出席していた。お前も当然ドレスを着ることになるから、精々八日まで肌の手入れをしておけよ。今は夏だから、露出度の高いものが自然だ。焼け石に水程度の効果も無視できない」
話を聞いているうちにぼくの頭は自然と前のめりになり、やがて額と膝がくっついた。文字通り頭を抱え込んだ体勢で、ぼくの口からは呻くような声が出た。
「よだかさん」
「なんだ」
「ぼく、ドレスなんて七五三以来着てないですよ」
「一般庶民ならそれが普通だろうな」
「一着レンタルするだけでもどれくらいかかるのか」
「経費で落ちる。あとレンタルじゃなくて購入だぜ」
「着方なんて全然わかりません」
「試着のときに覚えろよ」
「メイクもできません」
「それくらいなら俺がやってもいいだろ」
「メイクの知識、あるんですか」
「髪型もセットしてやれるぞ」
「………………」
沈黙しているとよだかさんの手に頭をがしりと掴まれた。無理矢理顔を上げさせられる。そこには「この後に及んで逃げるつもりじゃねえだろうな」と言わんばかりの圧力がひしひし伝わってくる、しかし美しい微笑を浮かべた顔があった。こんなにも笑顔が素敵な殺人鬼は、きっと彼以外存在しない。存在し得ない。
「じゃあ、お願いします」
「任せろ。何か希望はあるか?」
「希望?」
「ドレスの希望だ。せっかくなんだから自分が好きな格好をして行くべきだろ。シルエットはAライン、エンパイアライン、スレンダーライン、ショートライン、プリンセスライン、ベルライン、マーメイドラインのどれがいい?」
なんだ、その呪文は。
「よくわからないので、適当でいいですよ」
「よし。シルエットはお前のささやか過ぎる胸と雰囲気が合いそうなショートラインにしよう」
「おい」
「単純な膝上スカートよりもフィッシュテールがいいだろ。袖はワンショルダーにしてみるか。色は暖色系よりも寒色系が似合いそうだな」
「よだかさんはどうするんですか?」
「俺は女装であると同時に成り代わりだからな。霧華がこれまでに好んで着ていたドレスに近いもので露出を抑えるつもりだ。シルエットはAラインかプリンセスラインで、ティアードスカートかタッキングスカートってところか。オフショルダーの上から肩幅隠すためにケープも羽織らなきゃいけねえ。オペラグローブも着けて、色は全体的に黒。胸の膨らみはシリコンバストでどうにかする」
ああ、そうか。胸も何かを適当に詰めるだけじゃなく、ドレスの隙間からちゃんと本物に見えるような人工乳房を使わなければいけないのか。
「本格的な女装ですね」
「当たり前だろ。もし倶楽部内に入る前に偽物だと気づかれたら全てが終わりだ」
「でも、よだかさんなら強行突破もできるでしょう」
「できる。お前を同行させず、女装もせず、潜入の計画もなしに無理矢理突っ込んでしまえば短時間で五月雨を救出できるだろうな。わざわざ東京まで行って霧華のことを調べる必要も、土竜を協力させるために追加報酬を払う必要もなかった。倶楽部の場所がわかったその日のうちに、もう動くことができた」
「だったら――」
「けどな、愛織」
よだかさんはぼくの言葉を遮り、すいっと右脚を伸ばした。そのままテーブルを跨いだかと思うと、ぼくが座っているソファーの上に乗ってくる。あっという間によだかさんは左右に両膝をつき、ぼくの太腿の上で膝立ち状態となった。汗の引いた首筋に両手を回され、ぼくは知らぬ間に溜まっていた唾を飲み込んだ。
こんなにも近い距離で向き合い、よだかさんがぼくを見下ろしている。
「そんなの全然面白くねえだろ?」
「……え」
「俺は今までの依頼で非合法的な組織に潜入したことは何度もある。それでも、今回が初めてなんだ。誰かに成り代わるため女装して潜入するなんてことはな」
「そう、なんですか」
「だから俺はこの依頼、とにかく楽しみたいと思ってる。それなのに、ただ強行突破するだけなんてちっとも面白くねえよ。俺がこれだけの手間をかけたために五月雨の調教が進んでいたとしても、彼女がひどく苦しい目に遭っていたとしても、そんなことはどうでもいい。俺は、俺の世界と人生を楽しむためにこの依頼を引き受けたんだ。そこを勘違いするなよ、チェリーガール」
シニカルな笑みを浮かべるよだかさん。ぼくのような凡人に理解しがたい考えを持っていることは重々承知だが、ここまでくると尊敬に近い感情を抱いてしまいそうだ。
「人類全員があなたのように生きていけたら、きっと誰もが気楽でしょうね。よだかさんみたいには絶対なりたくないですけど」
内心舌を突き出しながら、せめてもの抵抗とばかりに言ってやった。頭を小突かれる、頬を抓られる、首を絞められる、デコピンされる――と様々な痛みを想像して覚悟を決めたそのとき、よだかさんの両手がぼくの首筋から顎の下に移動した。
「当たり前だろ、馬鹿」
こつん、と。
身を屈めたよだかさんの額と、顎を持ち上げられたぼくの額とが軽くぶつかった。吐息を感じられるほど間近に迫った花のかんばせ。一気に顔が熱くなるのを感じた。
「特にお前みたいな処女、絶対俺にはなれねえよ」
よだかさんは喉をくつくつ鳴らして愉快そうに笑う。顔は少し離れたものの、彼の手はまたぼくの首筋に回っていた。
「あ、あの」
「ん?」
「そろそろ離れてほしい……んです、けど」
ぼくが視線を右側に向けつつ言うと、よだかさんは一瞬きょとんとした。しかしその口元にはすぐ緩やかな弧が描かれる。
「これくらいの距離なら慣れてきたと思ったんだが、相変わらず初心だな」
「暑いんですよ」
「冷房効かせた部屋でかき氷食った後だぜ」
「…………」
「わかったわかった。本当にお前は変なところで純情だな。そういう部分がある種のマニアには堪らないんだろ、きっと」
よくわからないことを言いつつよだかさんはぼくから離れた。
「仕事のことは大体理解できたな。まずはこれからドレス、買いに行こうぜ」
ぼくとよだかさんが事務所を出て向かったのは、三途川町にある大きなドレス専門店だった。かなり人気のある店ということで、よだかさんはあらかじめ予約を入れていたらしい。ふくよかな体型の女性店員が案内してくれた先では、白い床と壁の広々とした空間を無数のドレスが色鮮やかにしていた。吊るしてあるもの、トルソーに着せたもの、どれも綺麗だ。ぼくがドレスを適当に見て回っている間、よだかさんは店員と話をしていた。どうやら事務所で話していたようなドレスはないか訊いているようだ。
「え、あ……お客様本人がお召しになるのですか?」
店員の戸惑った声が聞こえた。よだかさんのことだ。用途はともかくとして、自分が着るために買うと正直に言ったのだろう。
「なんだ。この店では男相手にドレスを買わせないのか?」
「いえっ、そういうわけでは――」
「だったら早く希望通りのドレスを用意してくれ」
「……畏まりました。少々お待ちください」
五分ほど待っていると店員が大きな黒いドレスを持ってきた。上半身はスリムな印象だが、腰から下のスカートはふんわりと膨らんで襞を寄せてある。
「こちらはAラインのドレスです。襟元はオフショルダー、スカートデザインは光沢のあるタフタ素材のタッキングスカートとなっていまして華やかなボリュームが出ますよ。一番大きいサイズならお客様の高身長でも足が露出しません。体格も問題ないでしょう」
「よし、決まりだな。このドレスに似合うケープとオペラグローブもあれば一緒に買う。あと、そこで突っ立ってる奴に似合いそうなドレスも用意して一応試着させてくれ。フィッシュテールでワンショルダーのショートライン。色は暖色系よりも寒色系で任せた」
店員は早くもよだかさんに順応したらしく、ケープとオペラグローブを持ってきたかと思うと今度は別のドレスを確認していく。次に持ってこられたドレスは、前の裾が膝上で後ろが足首のすぐ上というスカートデザインになっていた。身頃から続く肩の部分が左側しかなく、右肩は露出している。何かとアシンメトリーな印象が強い個性的なドレスだ。色は、一言では言い表せられない。何しろ胸元までは白色なのだが、そこから裾に近づくにつれ薄らとした水色、はっきりとした水色、青色、群青色とどんどん濃くなり、最後は黒色で締めくくられる――そんなグラデーションになっている。まるで海のようだ。
「綺麗……」
「そうでしょう」
思わず呟いたぼくに店員はにっこりと微笑んで頷いた。
「この夏の新作なんですよ。マーメイドラインだとそれこそ人魚姫みたいな雰囲気が出るんですけど、このフィッシュテールのショートラインも大変可愛らしいでしょう。お客様によくお似合いだと思いますよ。ご試着はこちらに来てください」
「え、あの……」
「愛織。とりあえず一度着ておけ」
よだかさんに背中を押され、ぼくは店員と試着のため別室に移動した。試着することなど全く想定していないまま来てしまったが、手際のいい店員がてきぱきとぼくの着替えを手伝ってくれた。
「一緒にいらした方、もしかして恋人ですか?」
「いえ、違います」
「あらら。じゃあ家族?」
「それも違います。他人ですよ、他人」
「恋人でもない他人と来店されたお客様は初めてですよ」
どうやら饒舌らしい店員はにこにこと笑顔を絶やさず世間話を続けた。縫合痕には何も触れてこない。ぼくは適当に相槌を打ったり、返事をしながらドレスに着替える。しかし目の前にある大きな鏡に映った自分を見ていると、どうしても服に着られているような気がしてならない。
「はい。これでいいですよ」
「……ありがとうございました」
「やっぱり、お客様の落ち着いた雰囲気によくお似合いですね。すごく綺麗ですよ。お連れ様にも見ていただきましょう。裸足ですし、このスリッパを履いてください」
用意されたスリッパをぺたぺたと履き、ぼくはよだかさんが待っている部屋に戻った。椅子に座っていたよだかさんは真顔でぼくを一瞥し、ほんの少し間を置いてから言った。
「五十点。やっぱりお前、胸が寂しい。あと服に着られてる」
「…………」
「…………」
さすがの店員も笑顔が軽く引き攣り、何も返せないまま沈黙した。きっと彼女もよだかさんと同じようなことを思っていたのだろう。
「化粧と髪型を整えたら、ぎりぎり七十点くらいには届きそうだな。お前はそれでいいか? 他にも試着してみたいドレスがあったら試してみろよ」
「いえ、これでいいです。結構好きなデザインなので気に入りました」
ぼくが着替えた後で、よだかさんはドレス二着とそれぞれに似合うアクセサリーや小物を一緒に購入した。ドレスは二着とも事務所宛てで発送されるらしい。結局彼は試着をしなかったが、大丈夫なのだろうか。
「もし俺の体型に合わなかったら自分で手を加えるから平気だ」
「ああ……なるほど、器用ですね」
店を出たところでよだかさんがあのドレスを着た女装姿を想像してみる。恐ろしいほどに違和感がない。百八十センチとは言え、スポーツ選手やファッションモデルならば日本人の女性でも決してありえなくはない身長なのだから。それに、よだかさんの美し過ぎる顔を見れば大体どうにでもなりそうな気がする。
「愛織」
「なんですか?」
「今まで以上に気合い入れていくぜ。お前も、俺を楽しませろ」
「…………善処しますよ」




