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18 柩木組

 柩木組。

 広島県内では最大かつ最強の勢力を持つ、所謂やくざ。第一次世界大戦の頃、為政者からの自警や相互扶助を目的に結成された。やくざの中でも血筋を重んじるため跡継ぎは組長の血縁者であることが多いが、実力の問題や当人の意思を無視することはない。現在の組長は七代目の柩木(さかき)。構成員は約四千人。本部は杏落市の外に存在するが、多くの都道府県各地に系列組織を置いている。そのうち三百人前後の構成員が杏落市内に在住し、活動中。杏落市棺桶町に建てられた数寄屋造りの屋敷を拠点としている。組は一枚岩だが、それぞれ置かれている土地での人付き合いは同様じゃない。本部がある広島では地域を差配する組織として、地元住民に畏怖されながらも信頼されている。災害が起きたときには物資を送り、避難所として事務所を一般人に貸し、地域の復興に大きく貢献した。

「やくざにストーカーされるなんて、愛織の人生って面白いな」

「ぼくは全然面白くないですよ……」

 何故だ。何故ぼくと関わる異性はこうも一般人とかけ離れた存在ばかりなんだ。

「若をやくざと呼ぶには少々語弊があります。確かに現組長の孫息子で正式な跡継ぎとして育てられてはいますが、まだ盃を交わしていなければ当然墨も入れていません」

 インテリっぽい人が眼鏡のブリッジを押し上げつつ言った。黒髪をオールバックにして銀縁眼鏡をかけ、かっちりとしたダークグレーのスーツ姿。電車内で普通の会社員と並んでいても、やくざだとはまず気づけないだろう。

 現在よだかさん、ぼく、楪くんの並びでソファーに座り、向き合ったもう一方のソファーにはインテリさんが一人だけ座っている。他の構成員は彼の後ろに整列して立っていた。どうやらこの集団の中で一番偉いのはインテリさんらしい。

 立っている構成員の人数は、この事務所に突入してきた人数の約三分の一だ。残りは全員、首を折られて床に転がっている。三分の二ほど縊り殺してようやく殺人鬼は満足したらしい。その頃には彼自身も短刀で心臓の辺りを深く刺され、五発の銃弾を頭部や胸に食らっていた。今ではもう跡形も残さず治った姿でソファーに座っている。

 同志の仇を取ることはできないと悟ったやくざの彼らだが、こうして仇と向き合って話をするだけの余裕はあるようだった。杏落市に住む者としてはこれが当然なのかもしれない。ぼくの隣にいる楪くんも、仲間の死体に対しては一分ほど目を閉じて合掌しただけだった。一応黙祷を捧げたらしいが、悲しんでいるようには見えない。

「その割にはお前達全員、こいつのことを若って呼んでるじゃねえか。やくざじゃないなら名前で呼んでやればいいのに。大方、組長の孫を任されてる自分達に酔ってんだろ。犯罪都市のここで生活していれば、自然と市外の小学生より度胸がつく。だからこそ組長はお前達に後継ぎの教育を任せたってわけか。でも月に二回は実家で鍛錬を受けさせてる。スパルタなんだか放任なんだか、好々爺に見せかけた狐みたいな爺だな」

 どこか投げ遣りにも感じる気怠げな口調で、それでも滔々と喋り終えたよだかさん。やくざ達の目は「何故それを知っている」と言いたげに見開かれている。

「探索屋にでも調べさせたんですか?」

「あいつに頼るまでもねえよ。これだけ組の人間が集まってるんだから、お前ら全員の顔をじっくり見てれば柩木組の事情くらいわかるに決まってるだろ」

 この殺人鬼、一体どこまで深く他人の心を読めるのだろうか。ぼくはますます空気が悪くなっている構成員に訊ねた。

「あの、楪くんのお父さんは継がないつもりなんですか?」

「若が一歳の頃、奥様とお亡くなりになりました」

 なんてことだ。適当な話題を見つけようとした瞬間に地雷を踏んでしまうとは。

「それって組同士の抗争か?」

「いいえ。九年前に中国地方を中心に起きた地震が原因でした。外出先の百貨店で落下してきた照明が二人の頭に当たり、奥様に抱えられていた若は無事だったのですが……」

「ふん。誰もが劇的に死ねるわけじゃねえからな」

 挑発するような笑みを浮かべたよだかさんに、構成員が殺気を放つのがわかった。しかし子犬の威嚇程度にも感じないと言わんばかりの表情でよだかさんは受け流す。

「お前らはこいつが俺の助手にストーカー行為をしてたこと、気づいていたのか」

「気づいていましたよ。今日はこのビルに入っていった若がなかなか出てこなかったので、何かトラブルでも起きたのではないかと突入した次第です」

「全然面白くないうえに迷惑だ」

「来るなと言ったです」

 よだかさんが心底つまらなそうに言った後で、楪くんが冷ややかに呟いた。彼は構成員から大切にされているはずだ。その理由はきっと、単純に組長の孫だからというだけではないのかもしれない。構成員の顔を見れば、根拠もなくそう思う。大切にされているからこそ、柩木組のやくざ達は来るなと言われてもその指示を守らなかったのだろう。

「ねえ楪くん。きみはまだ小学四年生なんだろう」

 ぼくが言うと楪くんは大きな目でこちらを見上げた。

「柩木組の跡継ぎだから、その分鍛えられるから普通の小学生よりもずっと強いかもしれない。でも、まだ大人の庇護が必要な子供であることに変わりはないんだよ。きみがどうしてこんなぼくをストーカーしてるのかはわからないけど、それは今のところ黙認してあげる。でも、大人を無闇に心配させることはよくない」

 結果として、この子を心配してここまで来た構成員は半数以上死んだ。もし楪くんがぼくを尾行して事務所に入っていなければ、誰もよだかさんに殺されなかったかもしれない。小学生相手に残酷なことを言えば、楪くんは間接的に仲間を死なせてしまった。しかしぼくが口にするまでもなく、彼自身ちゃんとそれを理解しているような顔つきを見せていた。

 ぼくは十歳の頃、どんな顔をしていただろうか。

「ごめんなさいでした」

 蚊の鳴くような小声でぽそりと楪くんは言った。

「ぼくに謝っても意味ないだろう」

 そう言ってやると、彼はゆっくりとインテリさんの方に向き直った。しばらく逡巡する様子を見せ、どこか拗ねたような声色でもう一度言う。

「ごめんなさいでした」

 頭を下げた楪くんに、やくざの方々は若干戸惑ったように顔を見合わせていた。やがてインテリさんが軽く溜め息をつき、ソファーから立ち上がった。

「もう帰りましょう、若。こいつらを早く弔わないと」

 ソファーの後ろで控えていた人達がてきぱきと仲間の死体を外に運び始める。楪くんは無言で頷き、ランドセルを背負うとぼく達に向かって一礼し、事務所から出ていった。小学生とやくざが立ち去り、静かになった事務所でよだかさんは呟いた。

「一体何がしたかったんだろうな、あいつら」

「さあ」

 とりあえずぼくは楪くんに貸してもらったタブレットを起動させた。去り際、ご丁寧に充電器まで置いていってくれたからありがたい。手に触れることすら初めての機械だが、大体の勝手はパソコンと同じだから説明書がなくても平気だ。さっそく珊瑚さんから受け取ったメモに書いてある通りのサイト――《レミング・ステーション》にアクセスする。背景は黒一色で、サイト名は赤色で禍々しい字体だ。その下でお世辞にも可愛いとは思えない茶色の鼠を模したキャラクターがこちらを見ている。

 確かレミングには集団自殺をするという話があった。しかし実際にはレミングが集団移動の際、事故死をする個体がいるというだけで誤解されているらしい。

「いかにもな雰囲気がありますね」

「比較的最近できた集団自殺専門のサイトみたいだな。……こんなのものに需要があるなんて考えたくもない。死にたがりも、それをからかう奴も大嫌いだ」

 不貞腐れた表情のよだかさんは携帯端末(仕事用)からアクセスしている。ぼく達はさっそくサイトの掲示板に「一緒に死んでくれる人募集中です」と誘う書き込みをした。集団自殺の誘いであることには変わりないが、文面はそれぞれ適当に変えておいた。

「これで明日になればメールが殺到するはずだ。大半はどうせスパムかナンパだろうけど、そういうのは見ればわかるからその日のうちに削除しておけ。集団自殺に反応したメールが来たら、よく吟味しろよ。恐らく件の強姦魔か、本物の自殺志願者か、悪戯の三択だ。自殺志願者らしいメールを返信すれば、まず悪戯目的のメールはすぐ排除できるだろ」

「でも、強姦魔と自殺志願者のメールは見分けがつきませんよ」

「それはどうだかな。とりあえず来週の日曜日に確認しようぜ」

「わかりました」

 よだかさんは先見の明がある。書き込みをした翌日には、次から次へと驚くほどメールが殺到した。彼が言っていた通り、ほとんどは広告宣伝や有料サイトへ誘うメールだった。中には本人のものではないだろう写真を添付したナンパのメールもある。それらは見つけ次第片っ端から削除していった。そして集団自殺に反応したメールだけに返信する。

「自殺志願者の気持ちがわかるような小説でも、読んでみるべきかな」

 演技だと疑われてしまえば、全てが水の泡になる。ぼくは学校の昼休みになるべく図書室で読書をするようにした。司書教諭に「自殺したい気持ちがわかるような本、ありますか」と訊ねてみたところ、かなり不審そうな顔をされながらも数冊勧められた。真面目に読んでいては憂鬱になりそうなものが多かったため、軽く斜め読みするだけにしておいた。

 

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