16 校争《苦い毒か甘い水か》
土曜日の午前十時前、ぼくは買い物を済ませた足で病瀬町の外れにあるシンデレラホテルに向かった。昔ヶ原兄弟から聞いて初めて知ったのだが、ここは校争の場所として杏落市内の学生達がよく使っているらしい。建築途中で放棄されてしまった五階建てのホテルで、外観が灰をかぶったような色合いだからそう呼ばれているらしい。コンクリート打ちっぱなしの無機質で殺風景な廃墟だ。周囲には雑草が荒れ放題、一階から二階までの壁は緑の蔦で覆われている。
「あっ、めーちゃん」
どこから入るべきかと立ち尽くしていると、声をかけられた。たった今来たばかりらしい百太郎くんと琴太郎先輩が手をひらひらと振っている。
「緊張してるみたいだな」
「多少はね」
「ちゃんと新しいルールを考えてきたんだろうけど……勝率は?」
「高いです」
ぼくは彼らの後ろを歩き、一階の壁が崩れたようになっているところからシンデレラホテルの中に入った。まるで飽きっぽい小学生が図工の時間に作りかけ、そのまま完成させることなく忘れてしまった。そんな印象が強い未完成な建物だ。有刺鉄線が張り巡らされているところが多く、工事が止まっているせいで危険な穴も見つかる。電気やガスの配管はもちろん、窓も存在しない。
「相変わらずお前らはいつも先に来てるよな」
必ずそこで集合するらしい一階の部屋に入るなり、琴太郎先輩が言う。笛吹鬼の二人――制服姿の汽笛さんと伊吹さんはすでに到着していた。四畳半くらいの室内にあるものは、粗大ごみの中から引っ張り出してきたような古い木製テーブルが一つだけ。見上げた先の天井には穴が空いているが、大丈夫なのだろうか。
「哀逆」
汽笛さんに呼ばれ、ぼくは気を引き締める。
「新しいルールはお前が決めることになっていたが、考えてきたのか」
「はい」
ぼくは持っていたトートバッグをテーブルの上に置き、中身を取り出す。使い捨ての紙コップ(十個入り)と飲料水のペットボトル一本。今日ここに来る前に買ってきたものだ。紙コップが入った袋を開封しながら、汽笛さんと伊吹さんに言う。
「お二人はストリキニーネというものを知っていますか?」
汽笛さんはわずかに眉を寄せたが、すぐに答えた。
「毒の名前だろう。インドールアルカロイドの一種」
「ええ、その通り。ストリキニーネは脊髄に対する強力な中枢興奮作用を持つ猛毒です。摂取から三十分ほどで破傷風によく似た症状が起きて、最悪の場合は呼吸困難で死んでしまう。人によっては水で四十万倍に薄めても苦味を感じるほど、とっても苦い毒」
全て八雲さんから教えてもらった情報を話し、紙コップを二つ取り出す。その中に飲料水を半分ほど注いでいると、百太郎くんが「めーちゃん。まさか」と声をかけてきた。
「そのまさかで多分正解だよ」
言いながらぼくは再度トートバッグに手を入れ、茶色の小さな壜とポリエチレンのスポイトを二本ずつ取り出した。その頃には四人とも顔色が変わっていた。
「今回の校争、ぼくが考えたルールはロシアンルーレットよりも単純ですぐに決着がつきます。どんな内容かはもう読めましたよね、汽笛さん」
「想定外だ。狂ってるな、お前」
呻くように言って、汽笛さんはぼくを睨みつけた。その横に立つ伊吹さんは沈黙したままだが、心なしか心配そうに汽笛さんを見つめている。
「それで、参加するんですか? もし参加するなら汽笛さんと伊吹さんのどちらがぼくと勝負をするのか決めてください。不参加は従来の通り、不戦敗になります」
「…………一度、ルールをお前の口から聞かせろ。万が一にでも俺が想像したルールと間違っていないとも限らない」
「いいですよ」
やはり、抜け目がない。ここですぐに参加するかしないかと決断を急がないところが、賢い不良と言えるのだろう。ぼくは頷いて茶色の壜を両手に持った。
「ぼくと汽笛さんか伊吹さんのどちらかで勝負をします。今からこの壜に入っている液体を飲料水に混ぜ、同時に飲み干します。ストリキニーネを引き当てたり、怖気づいて飲み干すことができなかったりした方が負けです。ルールはこれだけ。ちなみに壜の中に入ってるものは片方が先ほど説明したストリキニーネ――知り合いの薬に詳しい人からいただいたもので、もう片方はただのガムシロップです。区別はぼくにもつきませんし、コップを先に選ぶ権利はあなた達の方にあります」
説明を終えると、後ろにいた昔ヶ原兄弟が騒ぎ出した。
「めーちゃん、何考えてんだよ。俺達は命を賭けろなんて依頼してないぜ」
「モモの言う通りだ。こんなのどちらかが五分五分で死ぬじゃないか」
「いくらなんでもやり過ぎだろうが」
「もっと別のやり方があるだろ」
「百太郎くん、琴太郎先輩。ストリキニーネを引き当てたからって、必ず死ぬわけじゃありませんよ。ちゃんと薄めてもらったものを持ってきたんですから、コップの中身を飲み干しさえしなければ致死量に満たないんです。それに二分の一で勝ち負けが決まるんですから、じゃんけんをするよりも簡単で公平な勝負じゃないですか」
二人は顔を見合わせ、呆れたような表情でぐしゃぐしゃと髪をかき回した。まだ何か言いたそうだが、言葉が見つからないらしい。もう無視することにしよう。
「それで、決まりました?」
汽笛さんと伊吹さんはずっと黙っていたが、二人とも顔を見合わせて頷いた。スカルマスクを顎まで下ろし、伊吹さんがこちらに近づく。
「伊吹さんですね。わかりました」
ぼくはスポイトで壜の中にある液体をほんの少しだけ吸い取り、紙コップの中に落とした。そのままスポイトの先でしっかりとかき混ぜる。もう片方も同様にした。どちらの液体も無色透明で、どちらに何が入っているかなど誰にも見分けることができない。
「どうぞ。伊吹さんから選んでください」
伊吹さんはほとんど迷うことなく、彼から見て右側にあった紙コップを手にした。ぼくはもう一つの紙コップを手にする。
「それでは、いいですね。――せーの」
ぼくと伊吹さんが紙コップに口をつけた――直後、伊吹さんの顔色が変わる。彼は紙コップをテーブルの上に、だんっ、と叩きつける勢いで置くと口元を覆った。
「伊吹っ!」
汽笛さんは床に膝をつけた伊吹さんに駆け寄って背中をさする。ぼくはその様子を視界に入れながら紙コップの中身を飲み干し、ふうと息を吐いた。
「やっぱり、注意深くほんの少し舐めた程度だったみたいですね。大丈夫ですよ。当然致死量には満たないので、何の問題もありません。微量なら神経の興奮剤になる程度です」
「伊吹、大丈夫か? おい伊吹!」
まだしきりに口元を拭いながらも伊吹さんは頷き、起き上がる。死ぬかもしれない毒を口に入れたことでその顔色は蒼白に近い。安堵の息を吐き出し、汽笛さんは先ほどより落ち着きを取り戻した表情でぼくを見た。
「哀逆。正直見縊ってたぜ。お前、とんでもない女だな」
「あなたの相方だって、ほとんど躊躇いなく参加したじゃないですか」
「年下の女相手にこんな勝負申し込まれて、不戦敗なんて嫌過ぎるからな」
そこで琴太郎先輩が背後からぼくに耳打ちをしてきた。
「とにかく勝ちは勝ちなんだ。めーちゃんがあいつらに何か命令しろよ」
「本当になんでもいいんですか?」
「もちろん。あの二人を次の校争までめーちゃんの使いっ走りにしようと、今この場でストリップショーをさせようと、勝者は非難されないからな」
「それ下衆のやることだろ」
しかし、そんなことを言われても特にこれと言って思い浮かぶものはない。今後ぼくが校争に関わることも恐らくないだろう。そもそもこれ以上関わりたくない。今回のルールだって何度も使えるものじゃないのだから。
「あ、じゃあ一ついいですか?」
「なんだ」
「これまでの校争記録を見ましたけど、二月限定のバレンタインデーチョコ獲得数だとか年間の告白された回数だとかを競うとき、基本的に杏落や他の学校は常善に勝ってません。常善学園は市内で最も生徒数が多い学校だから、当然有利になりますよね。ぼくの命令は、今後の校争でバレンタインデーチョコや告白された回数を競う勝負の禁止」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
しばらくの間、全員が黙っていた。何かまずいことを言ってしまったのではないかとすら思いかけたとき、汽笛さんが怪訝そうな顔で口を開いた。
「本当にそれだけでいいのか?」
「ええ」
すると百太郎くんが不満げな声を上げた。
「なんだそれ真面目かよ。つまんねえな、めーちゃん」
「つまらなくて結構」
「いいんじゃないか? 俺もあの勝負には不満だったんだ。杏落高校は全学年四クラス、常善学園は全学年七クラスで生徒数も圧倒的に違う。そもそもうちは甘い恋愛をするより、既婚の教師と関係持つわ倉庫で売春するわ修羅場で殺人事件が起きるわ、そんなのばっかりな学校だぜ。それに比べてあっちは笛吹鬼が全体的に取り締まってるから、砂糖吐きそうなほど甘ったるい恋愛をしてる生徒が多い。常善が健全な少女漫画なら、杏落は規制を避けられないアダルト漫画だ。勝ち目がないのは当然だろ」
さすがに二年生の琴太郎先輩が言うと説得力があるらしく、百太郎くんは静かになった。
「えっと、それで……いいですか?」
「ああ。お前の言う通りにする。行くぞ、伊吹」
伊吹さんがこくりと頷き、笛吹鬼は静かに部屋から出ていった。彼らの足音が耳を澄ましても聞こえなくなったところでぼくは部屋の隅に駆け寄り、蹲った。もう我慢しなくていいのだと思うと、抑えていた吐き気がたちまちせり上がってくる。
「う……っぐ、ぇ……」
今朝はこのときのことを考えて朝食を抜いてきて正解だった。逆流するのは酸っぱい胃液だけ。昔ヶ原兄弟の慌てた声がぼくの名前を呼び、彼ら二人の手が背中を撫でてくれた。しばらくぼくの意思とは関係なしに、身体がぶるぶると震える。そのうち気分がいくらか落ち着き、涙と汗と唾液をハンカチで拭って立ち上がった。
「みっともないところを見せてすみません。それじゃあ、帰りますか」
「ちょっと待て」
「説明しろよ、めーちゃん」
「めーちゃんのコップには毒が入ってなかったんだろ」
「それなのにどうして吐いたんだよ」
「体調が悪かったってわけじゃなさそうだし」
「全部説明するまで、帰さねえぞ」
順繰りに問い質す二人に、ぼくは溜め息交じりに天を仰いだ。そしてテーブルの上にまだ残っていた、伊吹さんが選んだコップを手に取る。逆さにしてその中身を床にぶちまけると、近くにいた彼らはぎょっとした様子で飛び退いた。
「大丈夫ですよ。ストリキニーネなんて、入ってませんから」
「は?」
「え?」
百太郎くんは目を見開き、琴太郎先輩は眉を寄せた。
「ぼくにとってはメリットのない校争に命を賭ける理由なんてないでしょう。それに、もし相手が死んでしまったら大変じゃないですか。この壜、最初から両方ともストリキニーネは入ってなかったんです。……二人はデナトニウムっていう化合物、知ってます?」
二人はそろって首を横に振る。
「デナトニウムは世界で最も苦い物質。日本では食品添加物として認可されていて、小さな子供の誤飲防止のため玩具に塗られてることが多いんです。だからストリキニーネよりも手に入れやすい。壜の中身はどちらもデナトニウムだったんですよ。でも、ぼくは最初にストリキニーネの話をしました。そしてストリキニーネが入っていない方はガムシロップだと言いました。そうすると必然的に笛吹鬼の脳内では、毒入りが苦い味で毒なしが甘い味だと思い込みます。最悪人が死ぬ毒に五分五分の確率で当たると知った人は、普通がぶ飲みなんてしません。実際伊吹さんも注意深く舐めただけで、強烈な苦味に自分が毒入りを引き当てたと思い、それ以上は飲まなかったでしょう」
いつの間にか彼らの表情は怪訝そうなものから、呆気にとられたようなものに変わっていた。次第に二人とも口角が上がっていく。
「なんだよ、それ。つまり最初から勝負は決まってたってことか」
「そうとも言い切れないよ。もしあのとき伊吹さんが自分の運を信じて一気に水を飲み干していたら、ぼくの目論見は全て暴かれていただろうから」
「毒だと思い込ませるほど苦い水を、よく全部飲めたな」
「一応、ここ数日の間に練習してたんです。顔を顰めることなく飲み干せないと怪しまれますからね。それでもさっき吐いてしまいましたが」
ぼくはテーブルの上に出していたものを片付け始める。八雲さんにただで譲ってもらったデナトニウムはこの先使い道があるとは思えないが、一応保管しておくべきか。
「規則やルールを遵守する硬派な不良だって聞いてましたけど、もうちょっと頭を柔らかくした方がいいかもしれませんね。ぼくが新しいルールを説明したとき、嘘をついてないかと疑っていれば結果は変わっていたかもしれないのに」
きっと、彼らはこの犯罪都市に慣れてしまっているのだろう。ぼくからしてみれば、こんな勝負に命を賭ける人は異常だ。ストリキニーネだって一般の女子高生が簡単に手に入れられるとは到底思えない。それでも、ここにいた不良達はすっかりぼくに騙された。
だしぬけに昔ヶ原兄弟が笑い出した。コンクリート打ちっぱなしの寒々しい空間で、その声は大きく反響する。心底可笑しそうな、面白そうな笑い声だ。ぼくが全てをトートバッグに収め終えた頃になって、彼らはようやく落ち着いた。
「めーちゃんってやっぱりすごいよな」
「ああ。本当に最高だ」
「初めての校争で、あの笛吹鬼を出し抜くなんて」
「フクさんにも見せたかったな」
え、とぼくは二人に口を挟む。
「福幸先輩なら、最初から上で見ていたじゃないですか」
百太郎くんと琴太郎先輩が勢いよく顔を上に向けたのと、天井に開いていた穴から突如何かが落下したのはほぼ同時。落下地点の古い木製テーブルは、ばきっ、と嫌な音を立てて軋んだものの亀裂が入った程度で持ち堪えた。
「気づいとったんか」
二階から一階のテーブルに落下してきたのは、やはり福幸先輩だった。実際に目の当たりにすると、大人でも怯みそうなほどの迫力がある。泣く子が黙るどころかさらに激しく泣いてしまいかねない。これが杏落高校で不良の頂点に立つ男か。
「ええ……。この部屋に入ってすぐ天井を見上げたとき、ちらっと見えたので」
「ふん。そこの二人よりも気配に敏感なんじゃのう」
テーブルの上から床に降りた福幸先輩は、二メートルあるのではないかという高身長だった。もしかすると杏落市に住む男性は、日本人の平均身長を超えている人が多いのかもしれない。ストロベリーブロンドのような色をした短髪は乱雑に立ち上がり、短い前髪の下――右眉を挟むように銀のピアスが二つ、左耳のイヤーロブに金色のフープピアスを一つ開けている。黒いタンクトップに全てのボタンを開けた半袖の白い開襟シャツを着て、そこから露出するがっしりとした腕には、どこかインドっぽい模様がメヘンディで手の甲から袖の下まで描かれている。だぼっとした黒いベルトパンツとコンバットブーツを合わせた私服は、以前昔ヶ原兄弟から写真を見せてもらった通りだ。
「フクさん。今日はパチンコしに行ってるんじゃなかったんですか?」
琴太郎先輩が驚きと戸惑いの混ざった表情で訊ねると、福幸先輩は溜め息をついた。
「爆発した」
「何が?」
ぼくと昔ヶ原兄弟、見事に三人分の声がそろった。
「一時間くらい前、パチンコ台が爆発したんじゃ。店内にある台、四分の一近くがな。毎日パチンコばかりの夫に堪えられんようなった妻が爆発物を仕掛けとったらしい。わしや数人の客は無事じゃったけど、しばらくはあのパチンコ店休業するかもしれんのう」
「それでここに来てたんですね」
「おう。哀逆、愛織……じゃったか? お前が笛吹鬼相手にどんな校争するんか、ちょっとは気になっとったけえな。校争はいつもここに集合するけえ、二階から見物しとったんじゃ。それにしてもよう勝ったのう。これでわしもあいつらの相手せんで済むわ」
そう言って福幸先輩はベルトパンツのポケットからラークのソフトパッケージと百円ライターを取り出し、煙草をふかし始める。ほのかにチョコレートっぽく香る白い煙が立ち昇り、天井に空いた穴まで届いたところで見えなくなった。
ぼくが視線を天井から福幸先輩に戻した、その瞬間だった。いつの間にか腰を軽く落として捻っていた彼の右拳が迫る。即座に身を屈めてかわしたところで、ぼくは伸び切った脇腹に左拳を叩き込んだ。直後に右のバラ手で目潰しを仕掛けた――が、寸前で手首を掴まれ下ろされる。すぐさまぼくは掴まれた手首をそのまま反転させ、立てた手首を手前に引き寄せると同時に左手で相手の手首目がけて掌底打ちをした。手首が解放されたと同時に素早く距離を取るが、福幸先輩はもうぼくに攻撃しようとはしなかった。それまで銜えていた煙草を手に取ると、口の端をつり上げる。
「今年から杏落市に来たばかりと聞いとったが、面白い女じゃな」
「……どうも」
今の護身術教室じみた攻防はなんだったのかと言いたい気持ちは堪えておこう。敵意や害意は最初から全く感じられなかった。杏落高校で不良の頂点に立つ彼からしてみれば、挨拶代わりに軽く組手をするような感覚だったのかもしれない。
「異常とまではいかんけど、とても普通の女とは思えんような動きしよるのう。見た目の割に拳も重いし、なかなか喧嘩慣れしとるわ。杏落におる女子の不良は相手にもならんじゃろ。大人しそうに見えて、実は中学時代に暴れとったんか?」
「そんなことないですよ。地味で大人しくて、友達のいない寂しい中学生でした」
ぼくがそう返すと、後ろで百太郎くんと琴太郎先輩が口々に言った。
「キン、珍しくねえか? フクさんが女に興味持つなんて」
「俺もそう思った。普段は女子が話しかけても聞き流すような人なのに」
「来る者拒まず去る者追わずって言うより、来るもの若干拒み去る者追わずみたいな」
「フクさんもたまには女から搾取すればいいのに。いい風俗嬢紹介しますよ?」
「阿呆。わしがお前らみたいに色んな女転がせると思っとるんか」
福幸先輩を見た目だけで判断するなら、恋人や愛人が複数いてもおかしくない海千山千の高校生離れした貫録がある。凄んだときの迫力は大人顔負けだろうが、顔立ち自体は決して悪くない。むしろ渋い大人な男を好む女子からは人気がありそうなものだ。しかし百太郎くんと琴太郎先輩は彼の言葉に「確かに」と口をそろえた。さすがにこのジゴロ二人の領域には到達できないらしい。
その後ぼくはさっさとシンデレラホテルを後にした。三人はこれからマクドナルドで昼食を取るつもりらしい。ぼくも誘われたのだが、悲しいことにデナトニウムを口に含んだ今は何もかもが苦味に感じてしまう。
「ぼくのことは気にせず、男三人で楽しんできてください」
そう言って、杏落高校御三家と呼ばれる各学年で最も強い不良達と別れた。