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14 災藤福幸という男

 最近、学校の昼休憩を週に三回は昔ヶ原兄弟と過ごしている。場所はいつも決まっていて、人気のない体育館裏。果たしてこの現状がいいことなのか悪いことなのかと訊ねられれば、どちらとも言えない。中学生のときまではこんな同じ年頃の綺麗な顔をした異性と食事をするなんて考えられなかった。健全な女子高生として素直な感想を言えば、嬉しい。だが必ずと言っていいほど同性から嫉妬の目を向けられてしまう。いくら友達関係だろうと、百太郎くんや琴太郎先輩を好きな女子から見ればぼくは恨みの対象だ。

「嘘だろ、めーちゃん。校争が何か知らなかったのかよ」

「そういうところはいかにも余所から来たばかりの一般生徒だよな」

 百太郎くんは信じられないと言わんばかりの顔で玉子のサンドイッチに齧りつき、琴太郎先輩は苦笑に近い顔でライチ味のゼリー飲料を飲む。そんな二人に挟まれているぼくは、飛び魚の煮干しを噛みしめながら頷くしかない。

「こうそうって言うから、てっきり暴力団関係で言うところの抗争かと」

「まあ、初めて考えた人もそれをもじったんだろうけどな。あくまで造語だよ。互いに張り合い、争うことって意味も確かに合ってる。でも俺達が言ってたのは学校の校と戦争の争で、校争。字面からわかるように、他校の生徒と色んな勝負で争うんだ」

「昨日のあれも、校争だって言ってましたね」

 昨日ぼくが仕方なく依頼を承諾すると、常善の二人はまだどこか腑に落ちないと言いたげな表情だったが意外にも大人しく去っていった。その頃には五十部の印刷もとうに終わっていて、ぼくはそれを鞄に収めると教師陣が来る前に急いで下校した。

 今さらだが、所長のよだかさんに何の相談もせずに依頼を承諾してよかったのだろうか。しかし琴太郎先輩には暴走族《AΩ》の件で借りがある。断ることはとてもじゃないができなかった。こうなったらぼく一人でどうにかして、解決するしかない。

「ところで、フクさんって誰のことなんですか?」

 ぼくが訊ねると、全てのサンドイッチを食べ終えた百太郎くんがブルーの携帯端末を取り出した。連絡先の一覧を表示して、指差す。

「この人、(さい)(とう)(ふく)(ゆき)さん」

「………………」

「わかるぜ。今のめーちゃんの心情、すげえわかる」

「ああ。これは誰もが二度見する名前だよな」

「どうにか災厄を避けられるようにと願って名付けられた、みたいな名前ですね」

 ぼくの言葉に二人は力強く何度も頷いた。きっと彼らも初めてこの名前を見たとき、同じようなことを思ったのだろう。

「いいか、めーちゃん。災藤さんって名字で呼んだら駄目だからな。下の名前で呼べよ」

「フクさん、自分の名字が嫌いなんだって。当たり前かもしれないけど」

「もし呼んだらどうなるんですか?」

「頭蓋骨が陥没したと錯覚するような拳骨を食らう」

 百太郎くんが言って、二人は頭を両手で抱えて青褪める。どうやら彼らは二人とも、福幸先輩を名字で呼んだことがあるらしい。

「どんな人なのか知りたいか?」

「うん」

「これから話す内容、全部本当のことだからな」

「う、うん」

 思わず身構えてしまうような前置きの後、百太郎くんは話し始めた。

 災藤福幸。杏落高校三年三組。この杏落高校では不良の頂点とされている。賭博好きで学校をさぼっている日はパチンコ店、雀荘、競馬場のどこかにいることが多い。イカサマが得意だが常習犯ではない。素手喧嘩が圧倒的に強く、喧嘩に関してはいくつもの伝説が存在する。しかし売られた喧嘩を全て買うことはしない。買うこともあれば無視したり転売したりと、とにかく自由気まま。そんな彼の過去は凄まじいの一言に尽きるらしい。

「最初は四歳のとき、一家心中に巻き込まれた。それでもフクさん一人だけ、特に後遺症もなく五体満足で生き残った。驚いてた医者の顔だけ記憶してるって言ってたぜ」

「そして伯父の家に引き取られ、一家全員からいじめられた。それでも中学のとき一人一人に仕返しを済ませて、今ではすっかり畏怖の対象に変わったらしい。一人暮らしをしてるフクさんに十分な仕送りをするほどには」

「九歳のとき、伯父一家の奴らと登山した先で置き去りにされたこともあったんだ。夜の山を徒歩で下山して、熊や猪に遭遇しながらも帰宅できたのは明け方近く」

「十二歳の夏、海水浴に行ったら二匹の鮫に追いかけられた。それまで鮫による被害が一度もなかった海水浴場にも関わらず。でも、無傷のまま逃げ切れた」

「さらに中二の十四歳、修学旅行の際に乗っていた飛行機がハイジャックに遭った。ハイジャック犯は武装した三人組。本物の爆弾も持っていたって話だけど、当時立派な不良にでき上がっていたフクさんに全員倒されたらしい」

 つまり、福幸先輩は幼い頃から不運と呼ぶには生温いほどの災厄に見舞われてきたらしい。そして話を聞く限り福幸先輩はそのたびに自力で災厄に立ち向かい、全てをねじ伏せて生還してきた。中学を卒業する頃には災厄は起きなくなったらしいが、これは彼自身の不幸な運命をもねじ伏せることができたからなのではないかと言われている。そのため杏落高校の不良には福幸先輩に憧れている人も多いそうだ。

「福幸先輩の体験談を基にした映画が二、三本は作れそうですね」

 そんな感想を抱いたところで、ぼくは昨日出会った常善の男子二人を思い出す。

「何鬼でしたっけ。あの二人組」

「ああ、笛吹鬼のことか。あれは俺達がつけた渾名なんだよ」

 百太郎くんが言って、昔ヶ原兄弟は二人で嬉しそうに笑う。

「名前、教えてなかったな。饒舌な方が(おに)(ざと)()(てき)、無口な方が百目鬼(どうめき)()(ぶき)。あいつら常善学園高等部の二年生で、あそこの不良の中ではツートップなんだ。二人とも名字に鬼が入ってて、それぞれ名前に笛と吹の字があるから笛吹鬼。まとめて呼びやすいだろ」

「その笛吹鬼は、どうして福幸先輩に執着してるんですか?」

「裏切られたと思ってるから」

 琴太郎先輩は呆れたような顔でそう言った。

「実はフクさん、結構頭いいんだよ。元々は常善学園の普通科に通ってたくらい。笛吹鬼は二人とも工業科で年下だけど、それでも不良同士交流はあった。当時はフクさんもあいつらに慕われてたみたいだけど、フクさんにとっては常善の空気が合わなかったらしい」

「空気が合わなかった?」

「常善学園は規則とかルールとかを遵守する硬派な不良が多い。要は頭が硬いんだ。昔から不良を取り締まる番長的存在がいる学校だからな。わかってると思うが、今の番長的存在は笛吹鬼だ。元々常善と杏落は水と油みたいな関係で、これまでも頻繁に校争を繰り返してるライバル校なんだよ。規則やルールに縛られるのが嫌いなフクさんは、二年の途中で常善より自由度の高い杏落に編入してきたんだ。そのせいで笛吹鬼はフクさんが自分達を裏切ったと思ってる。可愛さ余って憎さ百倍、みたいにな。それでどうにかフクさん相手に校争で勝って、自分達の規則正しい支配下に置きたいらしい。でもあの人、笛吹鬼との勝負はのらりくらりとかわしてるみたいだからな……」

 ぼくがもし笛吹鬼との校争で負けたら、福幸先輩に望まない勝負をさせることになるのだろうか。そんな約束すらも破ってしまいそうな人柄を感じるが、どうやら校争の際に取り決めた約束事だけにはどの不良も必ず従うらしい。校争の勝敗に伴って取り決められた約束を破れば、不良の中でもレベルが低いというレッテルを張られてしまう。そうなれば周囲からそれ相応の扱いを受けるとのこと。

「昨日、俺がフクさんにめーちゃんと校争のことについて連絡してみたんだけど」

「どうだった?」

「すっげえ投げ遣りな感じで《勝手にやっとけ》だって」

「…………ぼくが負けたら怒るよね、その人」

「さあな。ところでめーちゃん、もう校争のルールは考えたか? 今までにやったことのある校争内容と勝敗記録をまとめた資料、キンが渡したはずよな」

「うん。バレンタインデーのチョコ獲得数だとか一年間に告白された回数だとか、なんとも男子高校生らしいものがあって少し微笑ましかったよ」

 さすがに一番多かったものは、単純な喧嘩――肉弾戦だったが。

「新しいルールは……正直、まだ考えてない」

「次の土曜日、午前十時までには決めておいてくれよ」

「善処するよ」

「そう言えば、依頼の報酬ってどうなるんだ?」

「あ、そのことなんだけど……」

「琴太郎は今いくらまで出せる?」

「あと三日待ってくれれば十万入る。百太郎は?」

「俺はこの前久々に女の機嫌取るためにプレゼントしたから、六万かな」

「へえ。珍しい」

「今回、お金はいらない」

「え」

「え」

 二人はきょとんとした顔を見合わせ、次にぼくを凝視する。

「そもそもぼくには暴走族から逃がしてくれた借りが、琴太郎先輩にありますから。よだ――所長はこのこと知らないし、この依頼の報酬はお金じゃなくていいです」

 ぼくは残り二匹の煮干しが入っている袋を掲げてみせた。

「これと全く同じ飛び魚の煮干しを一人一袋、買ってきてください。先払いでも後払いでも、どっちでもいいので。それが報酬です」

「後で本当の報酬金額、請求しない?」

「しないしない」

「その煮干し、実は一袋がすごく高いとか?」

「高くない高くない」

 ぼくは携帯端末で適当な通販サイトを開き、同じ商品を表示する。そこに記されているリーズナブルな値段を見て、彼らは左右からぼくに抱きついて叫んだ。

「めーちゃん好き!」

「わかったから二人とも離れて今すぐに」

 先ほどから近くの木陰に隠れていた女子生徒(手には大きめのカッターナイフを装備)が鬼のような形相でぼくに突進してきた。ほら、やっぱりこういうことが起きる。内心申し訳なく思いつつ彼女の顎を蹴り上げ、気絶させてからぼく達は校舎に戻った。

 

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