10 昔ヶ原兄弟
その後ぼく達は再び琴太郎先輩のバイクに二人乗りして走り出した。暴走族を撒くのに夢中だったぼく達は、いつの間にか危険地帯とされる空亡町にまで来てしまっていたらしい。大急ぎで最寄りの斬崎町に向かい、百太郎くんとの待ち合わせ場所にした広い公園に到着する。そこではすでに百太郎くんが腕組みをして待っていた。傍にあるバイクは兄のものと全く同じだが、白いライダージャケットのデザインが若干違う。
「電話じゃなくてもメッセージくらい寄越せばよかったのに」
「そんな暇なんてあるわけないだろ。ずっと休みなく逃げ回ってたんだから。めーちゃんだって俺にしがみついてるのに必死だったしな」
「暴走族とカーチェイスなんて、すげえ面白そうなのに……」
「面白かったよ、実際。最後はちょっと予想外なこと起きたけど」
「あの。ちょっといい、ですか?」
ぼくが軽く挙手すると二人のよく似た顔が同時にこちらを向く。本当にそっくりだ。年子の兄弟と言うより一卵性双生児なんじゃないのかと疑ってしまうほどに。しかしピアスの好みは違うらしく、並んだところを見ると身長は弟より兄の方が若干高いことがわかる。
「なんで琴太郎先輩、ぼくが百太郎くんだと間違えたときすぐに訂正しなかったんですか?」
「なんでって、あんな状況だったら《俺は百太郎じゃないよ。兄の琴太郎だよ》って説明し始める暇なんてなかっただろ。それにもし俺が百太郎じゃないって知ったら、めーちゃんはきっと助けを遠慮するかもしれない。だから俺は百太郎のふりをしてたんだよ」
確かに琴太郎先輩の推測通りだ。もしあそこで相手が百太郎くんではないことを知ってしまったら、ぼくは出会い頭で初対面に助けを求めることなんてできなかっただろう。彼の心遣いはこれ以上なく親切なものだったと言える。
「そのことについては、本当にありがとうございます。でも、どうして琴太郎先輩の方から初対面のぼくに声をかけてきたんですか?」
向かいの歩道を歩く女子中学生と思しき集団が、昔ヶ原兄弟を見てかすかに黄色い声を上げた。ねえあれって双子かな、恰好いいね、うんうん、でも女の方は地味だね、確かに。本人達は聞こえていないつもりなのかもしれないが、会話が筒抜けだ。
「俺、めーちゃんのことはモモから詳しく聞いてたんだ。こいつにセフレじゃない女友達ができただなんて、すごく興味あったからな。写真を見てたから、あの猫耳みたいな帽子も特徴的ですぐにめーちゃんだってわかったよ。それでつい声をかけてみて、あんな展開になるとは思わなかったけど……。なあ、めーちゃん」
「はい」
「よかったらモモだけとじゃなくて、俺とも友達になってよ」
「え?」
「いつか絶対言うだろうと思ってたぜ、キン」
「別にいいだろ。お前だけ独り占めするなよ。俺達は仲良しの兄弟で、昔から色んなものを半分こにしたじゃないか。遊び相手の女だってたまに入れ替わって共用するのに」
どうやらこの二人、兄弟そろって下衆らしい。
「もしかして琴太郎先輩、百太郎くんと同じでジゴロとスリやってます?」
「当然」
「…………いいですよ、友達」
「あれっ。もしかして今ので判定された?」
「ええ。一人が二人になっただけと考えることにしました」
しばらく無言になっていた兄弟は、やがて視線を交わして言う。
「百太郎。めーちゃんって意外と皮肉を言うタイプなんだな」
「でも友達としてはすげえいい女だと思うぜ」
ぼくの中で百太郎くんの株が少し上がった瞬間だった。お世辞なのだろうが、素直に嬉しい。
「じゃあ、これからよろしく」
「はい。こちらこそ」
「せっかくだし、今から三人でゲーセン行こうぜ。ちょうどあっちに繁華街あるし」
正直ぼくはさっさと《クルーエル》に帰りたいのだが、何故か昔ヶ原兄弟のテンションは高い。そのまま引きずられるような形でぼくも同伴することになった。音の洪水が渦巻くゲームセンター内は非常に喧しいが、しばらくいると慣れてきた。平日の夕方で、主な客は学校帰りらしい制服姿の学生だ。中にはぼく達と同じ杏落高校の生徒もいる。
「めーちゃん、ガンシュー上手過ぎ。本当に初めてかよ」
「なんかライトガン持つ姿が様になってるよな」
「そうですか?」
銃を模ったコントローラーを画面に向け、迫ってくるゾンビを撃つシューティングゲームはそこそこ楽しめた。しかしクレーンゲームは実際にやってみるとかなり難しく、一回百円のものを五回挑戦してみたが何も取れない。百太郎くんに交代すると、彼は異様に耳が長く垂れ下がった白兎のぬいぐるみを一回で取ってぼくにくれた。すると琴太郎先輩も対抗心を燃やしたのか、右目が金色で左目が青色という黒猫のぬいぐるみを一回で取った。そのぬいぐるみも何故かぼくの手に渡る。ぼくが財布から百円玉を取り出そうとしたところ、二人は「待て待て」と言った。
「それくらい別にいいって」
「そうそう。友達なんだから」
「あ、ありがとうございます……」
友達なら、こういうことが当たり前なのか。
ぼくは柔らかい手触りのぬいぐるみを抱えて、クレーンゲームを離れた。ふと立札のようなものがあり、その向こう側には大きな箱のようなものがいくつも並んでいる。その箱をぼくと同い年くらいの女性客が出入りしていた。立札には《女性客を同伴していない男性客立ち入り禁止》と書いてある。
「ねえ、百太郎くん。これって何?」
ぼくが訊ねると百太郎くんは妙に引き攣ったような表情を見せた。
「まさかとは思うけど、めーちゃんってプリクラ知らねえの?」
「知ってるよ。プリント倶楽部の略称。ぼくはこの立札が何かって言いたいの」
「ああ……プリクラって基本的には女が使うものだからな。男がナンパしたり盗撮したり、そういう犯罪行為が増えてからはこういう禁止を出すようになったらしいぜ」
「へえ」
確かに店の奥まったところに設置されていて、若干密室になるわけだから犯罪も起きやすいだろう。ましてや犯罪都市にあるゲームセンターならば尚更だ。
「めーちゃんはプリクラって撮ったことない?」
「一度もないです」
「じゃあ一緒に撮ってみようか」
ぼく達は唯一空いていたところに素早く身を滑り込ませた。百太郎くんが正面にあったタッチパネルの画面を操作し、ぼくを真ん中に移動させる。画面はいつの間にか鏡のようになってぼく達三人を写していた。そこばかりを見ていると琴太郎先輩が「画面じゃなくて、上にあるカメラを見た方がいい」と言ってきた。視線を移動させたと同時にシャッター音が響く。それからさらに三枚の写真を撮って終了。
「めーちゃん、好きに落書きしろよ。制限時間があるから急げ」
そう言って百太郎くんが機械から伸びているペンの一本をぼくに渡してきた。とりあえず適当な日付スタンプを片隅に押し、あとはきらきらとしたエフェクトのようなスタンプを散りばめる。それから散々迷って、手書きで杏落高校と書いておいた。ぼくが一枚の写真に落書きしている間、百太郎くんと琴太郎先輩は残りの三枚全てに落書きをしていた。
やがて機械が吐き出した小さなシールとなった写真を見ていると、溜め息が出てきた。左右の二人はこんなにも格好いいのに、とても美人とは言えないぼくが中心にいるなんてどういうことだ。これならいっそ昔ヶ原兄弟だけで撮った方が美しく収まるはずだろう。
「どうしようか、これ。俺達今鋏持ってないし」
「学校で切り分けたのをめーちゃんにあげるってことでいいだろ」
「あ、鋏ならありますよ」
ぼくがリュックサックの中から鋏を取り出すと、彼らはまるで奇跡を目の当たりにしたかのような顔になっていた。そんなに予想外だったのか。
「ちょっと借りてもいい?」
「どうぞ」
琴太郎先輩が切り分け、大体ではあるが三等分になったシールはぼく達の手に行き渡った。一体何に使えばいいのかわからないが、とりあえず財布の中に入れておく。時計を確認するともうじき六時だ。そろそろ帰って夕食の準備がしたいことを告げると、二人は特に気分を害した様子もなくゲームセンターの外へ向かった。
「今日は楽しかったよ。付き合ってくれてありがとな、めーちゃん」
「気をつけて帰れよ」
「二人はまだ帰らないんですか?」
ぼくが訊ねると、二人は顔を見合わせて笑った。
「俺達、今夜は女とホテル行く予定だから」
「その前に夕食を奢ってもらう相手を探さないと」
「たまにはこっちが奢るって言うのもいいかもな」
「ああ。確かに今日は収穫多かったから、それもありか」
そう言って踵を返した昔ヶ原兄弟は、それぞれ四つの財布――明らかに彼らの持ち物ではない――をジャグリングのようにしていた。ゲームセンターの中を見てみると、慌てて何かを探している様子の客がいる。当然それは一人だけじゃない。念のためにぼくは自分の財布がちゃんとリュックサックにあるか確認してみたが、無事だった。