第六話:旅立ち
「うー…。眠い。」
時雨の朝の第一声がそれだった。
向こうはピンク色の水玉模様のパジャマを羽織り、今水仙の前に立っている。
ただ、そのパジャマは上しか存在しなかった。
「うー……?」
俺は懇切丁寧に説明して逃げるか目を瞑るか迷った。
昨日の瀬矢の様子を見た限り、こいつはとんでもなく厄介な人間だと言うことを学んだ。
さあ。どうする?俺。
逃げるか。
目を瞑るか。
「穿けよ。」
なるほど。
朝のパンチは日本の伝統的なあいさつか。
「はっはは!なるほどぉ。それで頬が真っ赤に?!」
瀬矢はそれはもう虫唾が走るほどの声で笑った。
その横の時雨はパンチで彼を黙らせる。
「ん…?まああれだ。思春期特有のゴボォ!」
瀬矢は何か言おうとしたがその首が右から左へと曲がる。
「特有のー!」
「特有ー?」
双子の声もそこにはあった。
朝八時。
「あっ…遅刻する!行ってきます!」
時雨は寝癖も直さないままに部屋を飛び出していった。
先ほど見えた制服の紋章。
『西条高等学校』の紋章だった。
「水仙は学校行かないのか?」
「学校ー。」
「こー?」
瀬矢と双子は俺に向かう。
「行けません。学費が五十万もするので。」
本当のことだ。
「おいおい。流石に五十万ぽっちが払えない親なんているのか?!」
「俺には親がいません。」
「な…じゃあ保護者とか?」
「一人です。」
沈黙。
「なら何処に住んでいるんだ?」
「家もありません。」
そう。それで俺はこの家から立ち去ればいい。
そして光の届かない漆黒の闇にて時を待てばいい。
「じゃあここに住め。」
…は?
「いや〜!時子が死んでから人手が足りなくて困っていたんだ。うん、お前は幸せだ。三食宿付きアルバイト何て今時無いからなぁ!」
「おっしゃっている意味が良くわからないのですが?」
「言ったとおりさ。」
瀬矢は双子の頭に手をのせた。
双子はやや邪魔そうに首を振るが、無駄なことだと知りがっくりと頭を下げる。
「こいつらの母親はもういない。あいつも頑張っているが限界がある。見たところお前は腕が立ちそうだし賢そうだ。」
ハハオヤ…あいつとは時雨のことだろうか。
「な?悪い話じゃないだろう?」
俺は研究所に還らなければならない。
それは必然であり、義務でもある。
しばらく経てば研究者共が俺を探すだろう。
その時に俺がここにいれば迷惑になる。
駄目だ。
駄目だ。 駄目だ。
駄目だ。
駄目だ。 駄目だ。 駄目だ。
駄目だ。
駄目だ。
駄目だ。 駄目だ。
駄目だ。
駄目だ。
駄目だ。 駄目だ。 駄目だ。
「いえ。遠慮します。俺には行く場所があるので。」
右手を左右に振って、水町の家を出ようとその部屋を出る。
ガシリと、俺の両足を掴む手があった。
「駄目。」
「駄目?」
陽政と雪乃はどうにも俺を引きとめようとしているらしい。
その気になれば力ずくで行くこともできる。
が、流石に子供を蹴散らして帰るのは気が引ける。
「あー…やめとけ。」
助けを求めようと瀬矢に目を向ける。
「そいつら、絶対に放さないから。」
「放さない。」
「さない?」
…
「悪いな。俺は行かないといけないんだ。」
陽政の肩に手をおく。
俺は諭すように言う。
「けじめを付けないといけないんだ。」
陽政も雪乃も俺が何を言っているかわからないだろう。
若干六歳の子供の脳にけじめなんて言葉があるはずがない。
「いいか?」
雪乃のほうにも向いて言う。
瀬矢は遠巻きに眺めているだけだ。
「帰ってくる?」
「帰ってくる。」
二人と俺は約束する。
無傷で帰る兵器がこの世にあるのなら。