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NAGI ―神様と共に私を見つけるまで―  作者: 安藤真司
その後を語るまで
72/72

だから、たぶん、きっと、やっぱり、私は君に必要とされたかっただけなんだろう。



「助けて」

「わかった」

そんなやりとりを経て。

彼女は涙した。

その零れ落ちる滴の意味なんて、私には分からない。

分からないけれど、ね。

私の神様の心からの声だ。

全く、私と同じくらい素直じゃない神様なんだから。

「助けてあげるよ、ナギ」

「うん……」

助けてあげるよ。

何度だって。

いつまでだって。



しばらく豪快に泣いていたナギを宥めて、ようやく落ち着いたところで。

ナギも「今日はもういいや」なんて言ってナギのギルドを後にして。

いやいや。

神様そんなんでいいのかよ。

せっかく作ったギルドじゃないんかい。

結構それできちんとやっていた記憶があるんだけどな。

っていうかさっきまで真面目にやっていたような気がするんだけどな。

声掛けた私が悪いのか。

そうかも。

まぁ今日くらいいいでしょ。

いいよね。

とりあえずさっさと帰ってきて、私は久々の自宅に感動していた。

「ただいまー、いやー、やっぱり自分家は最高だなぁ」

玄関に入るや否や、タックルの如くベルが私に抱きついてきた。

勢いは凄かったけれど、ぶつかってみれば『ぽすっ』てくらいの効果音で済むベルの優しさがかわいらしい。

「ツナギッ、ですっ」

「うん、ただいま」

「おかえり、です」

顔をすりすりしてくる。

甘えん坊さんめ。

そんな姿を見てナギが呆れ顔をしている。

「ほんとに、今までどこ行ってたのさ」

「へ、手紙残しておいたでしょ?」

確か、ムーくんとどっか行ってきますって伝えておいた気がするんだけど。

あれ、もしかして受け取ってない?

「あったよ、なんの理由があってか誰とも知らない彼とどことも分からないどこかへ不明瞭な期間旅に出るとだけね」

あららん。

私の神様が怒っていらっしゃる。

どうしよう。

抱きついておこう。

ぎゅっ。

「そそそんなことで誤魔化されたりしないんだからねねねねっ!?」

「ぎゅっ、です」

「いやーっ!?」

ベルを挟み込む形でナギに抱きついておいた。

挟まれたベルも私に便乗してナギに抱きついている。

うん、相変わらずナギもふにふにしていて抱き心地がよいね。

そしてそんなことで誤魔化されているナギはちょろいと思います。

「あれ?繋ちゃんおっひさー」

リアンが私たちの騒ぎを聞きつけてか、玄関に顔を見せる。

そっか、ちょうどパンを届けてくれて、ゆっくり雑談でもしていたのかな。

「ん、戻って参りました」

いつも変わらない彼女の反応を嬉しく思いつつ、軽く挨拶を返しておく。

そんなリアンが抱き合ったままの(気付けばナギも私の背中に手を回している、かわいい)私たちを女神の微笑みでスルーしつつ、短く尋ねてきた。

「どう?」

たったそれだけの確認で。

やっぱりリアンは全部把握しているんだろうなぁ、と気付かされる。

神様だったり偽物だったり訳が分からない面子と一緒にいながら、自分の場所を少しも揺らがず保っていられるんだもんね。

私には考えられないや。

だからこそ、複雑怪奇に絡んだ私たちの関係も、気付いてしかし何も言わないで見守っている部分が多々あるんだろう。

まぁ、その返答はこれしかないだろう。

「うん、もう大丈夫」

「そっか、そろそろ中入ったら?自分の家なんだし」

「それは一理あるね」

そこから抱きつき抱きつかれて放心状態になってしまっていた可哀想なナギを引き摺って、ゆっくり落ち着いて卓を囲むまでに少々時間を要して。

約二ヶ月ぶりに我が家勢揃い。

「あら、帰ってきてたのね」

セレスからも軽く挨拶をされた。

ずいぶん表情が明るくなっているのは気のせいではないだろう。

「ツナギちゃんがいなかった間、かなり被害を被ったのだけれど、その分の埋め合わせは考えているのかしら?」

急に責めたてられた!

なんでだよ!

「え、なんの話?」

「あなたの神様がイライラしていてとばっちりを受けていたのよ」

「それは本当にごめんなさい」

「ちょっ、イライラなんてしてないよ!!」

「今朝もイライラしているって堂々と宣言していたのはどこの誰よ……」

そうなのか。

そうなんだ。

にやにや。

「にやにやしないでよツナギ」

「いいじゃんいいじゃんナギ」

「いちゃいちゃしてる、です」

「さすが、なのかな?」

「呆れる以外に何も出来ないのが心苦しいわよね」

ひどいな。

どんだけひどい認識なのさ。

っていうか久しぶりの再会なのに全然感動の欠片もないなあんたら。

「はいはい、とにかく、話を聞かないと、たぶん私たちは納得しないよ、繋ちゃん」

リアンがさくっと話を進める。

神様三柱に、なんだかよくわからない私がいるこの空間で一番しっかりしているのがただただ普通の女の子なのだから世も末よね。

しっかしなぁ。

何を話せばいいのやら。

自分のことはわからないよね。

「とりあえず、どんなことがあって、彼と旅に出ることになったのかくらいから話してみてよ」

「かれ?だれそれ?」

「ナギ、ちょっと黙ってて欲しい、です」

ナギからなにやら黒いオーラを感じるんだけど。

大丈夫かいな。

「大した話じゃないんだけどさ」

本当に大した話じゃないんだけど。

私と彼の物語が一段落したのは事実、なのだろう。

「旅に出た理由から、ね」

話し始めてみよう。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



あ、この人どっかに行く気だ。

そう感づいたのはある日のこと。

なんでかはよくわからないけれど、それがただの勘ではない確信であると私は知っていた。

私がナギにこの世界に連れ戻されてからというもの、幸せな時間がずっと流れていた。

私は自分を許しきれてはいなかったように思うし。

ナギは私のために命を奪ったことを引け目に感じていたし。

それでもお互いに手を伸ばしあうように寄り添って新しい関係を築けていた。

まずもってしばらくの間、世界は混乱に満ち溢れていた。

無理もない。

世界の中心にいたはずの、序列1位、"支配の神"ルルシアが死んだのだ。

混乱もしよう。

だけれど、元々ルルシアはそこまで表に立つタイプではなかったこと。

ギルドの運営も幹部がほとんどやっていたこと。

セレスとムーくんが大分精力的に世界の再建のために動いたこと。

そんな辺りの理由から、規模の割には早くに揺れ動く世界は元の姿を、ううん、新しい姿を見せ始めた。

私は直接はほとんど話さなかったんだけど、なんだかよくわからないナギたちの協力者の影響も大きかったみたいだ。

なんだっけ、リンドウとアリスとか言ったっけか。

ナギの神託で戦争が終結した後さっさと帰ってしまったけれど。

被害の少なさはあの人たちのおかげとのことらしい。

結局、世界を創るのは、世界を彩るのは。

世界を創作した神なんかではなく。

その世界に生きる人であり、動物であり。

それら活力ある生命なのだろう、ね。

だから、その皆を護ったらしいリンドウとアリスには非常に感謝している。

その言葉が届くようにも思えないんだけど、ね。

そうやって世界が再び時間の流れに追いついたかのように動き出したくらいに、私たちもようやく動き始めることが出来た。

大きくは、ナギが自分のギルドを創った。

理として、この世界の神様であり、向こうの世界の人でもあるナギは、自分をきちんと定義するために。

神様としての責務を果たすためのギルドを創った。

誰かの願いをその場に収縮することで、世界の秩序を守ろうというのだ。

なんともナギらしいね。

ベルとセレスはなんだかいつも通り、っていうか普通にいちゃいちゃしていたけれど。

セレスがベル相手にいちゃいちゃ出来る、それ自体が彼女達にとっての成長なんだろうね。

結局セレスはベルへの少し曲がった想いから私と司亜人に協力してくれていたわけだし。

とにかくだ、皆が少しずつ前に進みだした。

だから私もそろそろ片をつけないといけないかなぁ。

なんて。

考えてさ。

呼び出したわけだ。

彼を。

ムーくんを。

新しい世界が荒れないようにてんやわんやしているだろう彼のギルドに特攻をかけてみると、いつだかと同じように彼の部屋に案内された。

実は私がこちらにちゃんと戻ってきてから彼に会うのは初めてで。

私の心がはっきりとわかるくらいに張り裂けそうになっている。

心臓ってこんなにも大きな音を立てるんだな、なんて。

考えながら。

私は彼と向かい合った。

そのとき、どんな話をしたのかはよく覚えていない。

本当はすぐにでもそこから連れ出して、彼と一緒にどこか誰もいない場所にでも行って。

そこで今の私の考えていることを全部ぶつけてやろうかと思っていたんだけれど。

二、三言葉を交わしたら、すぐに気付いてしまった。

彼は、一人勝手にどこかに行こうとしている。

その事実に気付いた私は同時に、私が気付いたことに彼が気付いたこともちゃんとわかっていて。

だから次の日の早朝。

私は置き手紙を残して、彼の行くところに自分も行くことにした。

それがどこなのかは、全くわからなかったけれど、ほんの少しだって不安はなかった。

むしろ、自分の知らない場所に彼が行ってしまうかもしれないことのほうが、よほど不安だったし。

世界から隠れるようにこそこそと歩いてきた彼は私の姿を見て面食らった様子もなかった。

きっと私が来るだろうってことを予想していたんだろう。

そのまま私たちは、言葉も交わさずにどこともわからぬ大地へと踏み出した。



そんなある日。

私と彼は、あんまり口数が多くなくて。

っていうかやっぱり距離感が掴めなくて。

彼が一体何を考えているのかわからなくて。

ただただ荒地を進んでいた。

地面に道なんてものはなく、ただごつごつとした岩肌が、ただ歩いているだけの私から少しずつ体力を奪っていく。

彼と共に進むのは、タブーだった場所だ。

どうやら彼は、ナギが変えた、ナギが打ち消した鈴鳴繋の心の不可侵域であるタブーだった場所を旅しようと出てきたらしい。

今まではタブーはおろか、その手前のアンダーワールドすら皆の恐怖の対象で、生活範囲はごくごく狭い範囲に限られていた。

けれどナギが太陽の剣で、その光で、世界の在り様を変えたので、きっとタブーだった場所もそのうち人々の居住区になるのかもしれない。

そのために、彼は先の見えないこの地をただ果てを目指して進んでいるんだろう。

「……」

「……」

ザ・ワン。

個体の神。

ムート。

ムーくん。

彼は私に気を払うことなんて全くせずに、自分のペースでぐいぐい前に進んでいく。

だから私は置いていかれないようにするだけで精一杯だ。

ただでさえ、あちらは男で。

私は女だ。

それも、片や神様で。

片やただの、えと、ええと、あー、うん。

私は、人、じゃあ、ないよなぁ。

私を人と呼ぶことに私自身抵抗があるし。

私は人じゃない。

人じゃなければなんなのだ、と言いたいところなんだけど、ね。

よくわからないのも事実だ。

人じゃない。

神様じゃない。

神擬きじゃない。

生命、ですらない。

そうだ。

私は、生きてすらいない。

かといって、死んでもいないけど、ね。

生まれていないから死にようが無い。

あぁまったく。

私ってなんなんだろう。

答えがないことは知っている。

けれど、問いたくなる気持ちも、よくよくわかっちゃう。

私がいる意味なんて、その辺の石ころに意味を問うことと同じだ。

ヘローワールド。

石ころが突然そんなことを言えば、きっと誰しも驚き。

そして誰しも畏怖を憶えるのだろう。

私はそんな石ころよりも、ずっと曖昧で揺らいでぐらついてぼんやりとしていて。

畏怖なんかよりもよっぽど険悪な感情を向けられるべき存在だ。

いっそ、感情を向ける前に目を背けてしまうような、存在だ。

たぶん、ナギなんかは自分のことを『不安定だ』とか言っているんだろうけども。

神でもあり人でもある自分は自分をよくわからないとか言っているんだろうけども。

いや私なんかは思ってしまうんだよね。

ナギの存在なんて、どこもかしこも不安定なところが見当たらないじゃんね、って。

だから同時に思っちゃうんだ、わかっちゃうんだ。

私の存在だって、ひょっとしてナギから見たら全然不安定に見えないんじゃないかなって。

結局不安定なのは存在ではなくて、そんな風に考えちゃう精神の方、なのかもね。

私は、まぁ、それを理解して、理解した上でなおも自分の存在を不安定だって言ってしまうけれど、ね。

きっとナギも同じ想いなのかもしれない。

かもしれない、なんて。

言うまでもないんだけど、ね。

さてさて。

そんなわけでだ。

私は今、微妙な存在としてここにいる。

まずもって、鈴鳴繋の願いによって生み出された化け物である私はだ。

『私の考える理想の私』として、精巧に創られた存在だ。

こんな恐ろしい存在、他にはいないと思うね。

人の理想、だなんて。

全く物狂いそのものだろう。

人の理想が、空想が、妄想こそ。

人の闇そのものであろうと。

誰かがそんなことを言っていた。

おっと、違うね。

私の知らない誰かがそう言っていた。

知っているのは鈴鳴繋であって私じゃあ、ないから、ね。

私は。

私にとっては。

鈴鳴繋は、羨望の対象なんだけど、ね。

ひどいもんだよ。

自分が嫌で、理想の自分として私を創りだした鈴鳴繋だけどさ。

私に言わせれば鈴鳴繋の方が理想だよ。

私にないものを全部持っているよ。

なんなのさって。

言いたくもなるよ。

だってさ。

自分の心が、本物なんだよ。

風町司亜人と恋に落ちたことも。

司亜人がいながら、別の彼のことを好きになったことも。

理想の自分を欲したことも。

理想の司亜人を創り上げてしまったことも。

全部、その心は鈴鳴繋の本物の心なのだ。

だというのに。

私は所詮、彼女によって心を支配されていた存在だ。

私は彼女が要らないと思った感情は抱かない。

私は彼女が嫌いだと思う自分のイメージを持たない。

私は彼女が嫌いだと思った、移ろう心を持たない。

私は彼女が好きになったように、彼を好きになった。

全部、どこからどこまで鈴鳴繋が創った感情だ。

心だ。

だから、私なんて私の心が本物なのか偽物なのか、わからない。

わからなかった。

わからなくなった。

だから私は司亜人と手を取ったんだ。

ムーくんのことを好きであることが創られた感情であると言うのなら。

鈴鳴繋が想定していなかった事態から生まれた感情はきっと、私自身の感情であるはずで。

私を求めてくれた司亜人に惹かれる心も、申し訳ないと思う心も、私自身の心のはずなのだ。

もちろん、最初から最後まで、ムーくんのことは好きだったわけだけれど。

その気持ちはきっと、偽物なのかもしれないって。

封印して。

心を閉ざして。

私は私自身であると自信を持てる選択をしたつもりだった。

そのためにルルシアを殺した。

ナギもムーくんもベルも皆皆、殺そうとした。

だって、皆と一緒にいたい気持ちはきっと、なんにも知らない無垢な私の心だったから。

鈴鳴繋が創りだした心だったから。

きっと偽物なんだろうって感じざるを得なくなってしまったから。

そう思い込んで、殺そうとした。

したんだけどね。

結局はナギに悟らされた形になるのかな。

殺しあっているうちに私の気持ちはどうやらナギにばればれだったみたいだ。

最後には私の本音が、出ていた。

それを、偽物だと言うことなんて、もう出来なくって。

私は彼のことが好きだったんだな、なんて。

再確認しちゃって。

その分司亜人に申し訳ない気持ちも強くって。

鈴鳴繋を恨みたくなる気持ちも強くって。

でも私が鈴鳴繋を恨みたくなる気持ちは、よくないんだよね。

自己嫌悪を正当化するようで、ね。

そんなのは良くないことだ。

私はそうやって自分と向き合って。

自分の気持ちと向き合って。

彼と向き合おうとしているのだけど。

今私の体は、実は本物の鈴鳴繋の体のままで。

逆に向こうの世界に戻った本物の鈴鳴繋は私の体のまま戻ってしまっている。

たぶん鈴鳴繋は向こうの世界にしてはやったらめったら物理法則を無視して動き回ることが出来るだろうし。

私はまぁ、この世界にしてはあんまり自由に動き回ることが出来ないだろう。

ツナガレみたいな力は私の心に宿っているのか、なんなのか、今の私にも使えるんだけどさ。

いや、ひょっとしたら鈴鳴繋も使えるようになっているかもしれないか。

その確認はしてないや。

どうなんだろう。

わかんない。

というわけで。

私は、私とナギは。

個人的には不安定なところを抱えながら、今を生きている。

二人揃えば、ほんの少しも気にならないんだけど、ね。

っと、ええと、話が逸れちゃった。

はてさて、一体何を考えていたのやら。

そうそう、ムーくんのことか。

あれ、違ったっけ。

合ってるよね。

どっちでもいいや。

ムーくんのことだ。

ムーくんと私のお話のことだ。

私は、言いたいことが、言えていない。

言えてないんだよ全然。

本当はもっとたくさん話したい。

伝えたい。

でも、伝わるような言葉が見つからない。

どうやって伝えればいいのかがわからない。

あの時ナギはどうしてあんなにまっすぐに言葉をぶつけることができたんだろう。

捻くれた私に、どうして綺麗な言葉を並び立てることが出来たんだろう。

どうして私の本音を引き出すことが出来たんだろう。

どうして今の私は、ほんの少しの勇気が出せないんだろう。

やりたいことはわかっているのに。

今どこに向かって進んでいるのかはわからないけれど、私が向かいたい方向は決まっているのに。

進み方がわからない。

私はやっぱり彼を知らないってことなのだろう。

難しい顔をしながらもつれそうになる足を踏ん張って前に進んでいると、急にムーくんが一旦足を止めた。

別に私に気を遣ったわけではなさそうだけど。

「川、か」

一言、ムーくんが呟く。

「川?ええと」

どこだろう、と目を凝らし耳を澄ましていると、ちょろちょろと水の流れる音が確かに聞こえてきた。

「源流は、こっちか」

ムーくんはもう何かを感じたのか、また足を運び出した。

発言通り上流を目指すらしく、さらに断崖絶壁のそびえる方向に進みだした。

内心もう無理と思いつつも、私も放って置かれては困るので、なんとか付いていく。

そこから本当に厳しい、道なき道、むしろただの崖のような場所をただただ上を目指して突き進んでいった。

おそらく二時間以上はそんな風に上り続けて、ようやくムーくんが立ち止まった。

もう全身が悲鳴を上げていた私の体だけど、その目に映る光景に息を呑む。

川の源流を辿ってきた私たちだったから、行き着く先は水が零れる場だとは思っていたけれど。

「綺麗……」

そこには、幻想的な空間が広がっていた。

小さな水溜り。

そこから長く長く下流へと続く水の流れる音。

穏やかな風に揺れる木々の声。

そしてその木々の隙間から漏れる光のカーテン。

水溜りを囲むように、神聖なものを護るように配置された、真っ白な石のアーチ。

そして。


光から水が生まれていた。


「なに、これ」

水色に輝く手のひらサイズの光から、真っ直ぐに水が流れている。

その光はふわふわと空気の流れに逆らわずにいる。

さらさらと。

ずっと変わらず、一定の量を流している。

「さぁな、これもこの世界の不思議の一つ、なんだろうな」

ふぅ、と私が近くの石に腰を置くと、並ぶようにムーくんも座った。

その、手が届くかどうか微妙な位置に彼がいるだけで、私は少し顔が熱くなってしまう。

熱くなって、埋めたい距離と埋められない距離に、もやもやしてしまう。

この綺麗な光景を前に、私の心はそれでも、前に進みたがった。

なんでかはわからないけれど、この機会を逃したら。

彼に近づくことが出来ない気がしたから。

進みたい。

私は願ってきたはずだ。

ナギに。

私の神様に。

前に進みたいって。

それで。

本当は。

本当はね。

私の。

鈴鳴繋じゃない。

本当の私の本当の願いは。

「必要とされたい、よ」

私がぽつりと呟くと同時に、柔らかな風が吹いた。

風が抜ける音に、木々がその枝をぶつけ合う音が重なる。

私の言葉は届いたのかな。

ムーくんの表情からは、わからない。

「ねぇ、ムーくん、私は、私はね」

わからないけれど。

走り出した私の心は、止まらない。

止まってくれない。

止まりたいとも思わない。

さぁ、進め。

「私は、ムーくんが好きなんだ」

言葉が空気を振動させて、彼の耳に届く。

それはあくまでただの振動だ。

波だ。

震える私の声は、本当に私の言葉として届いているのだろうか。

届いていると、嬉しい。

届いて欲しい。

だから、何度でも、言葉にする。

「私は、ムーくんが好き」

繰り返し繰り返し。

反応が返ってくるまで。

ずっと。

言い続けてやる。

「私、世界の真実を知ったとき、この気持ちが偽物なんだって思っちゃった」

だから逃げてしまった。

拒絶したのは、偽物であるこの世界ではなくって。

本物を知らない私の心だ。

「私の存在全てが、私の感じてきたその全てが、偽物なんだって」

本物なのは、鈴鳴繋であって。

私っていう存在は、ひどい偽物にもなりきれていない偽物紛いで。

だから、思ってしまうんだ。

「偽物を知って、本物を知った、だから分かるんだ、今のこの気持ちが、本物だって」

初めから、私は本物だったんだって。

そう言ってくれていたじゃないか。

ナギは。

ベルは。

リアンは。

ムーくんは。

間違いなく私を見てくれていた。

「見ていて欲しい」

これからもずっと。

「聞いていて欲しい」

これからもずっと。

「感じていて欲しい」

これからもずっと。

「触れていて欲しい」

これからもずっと。

「知っていて欲しい」

これからもずっと。

「必要として欲しい」

これからもずっと。

ずっと。

「大好きだから」

「あほか」

不意にでこぴんを喰らった。

気付いていなかったけれど、いつの間にかムーくんは私のすぐ傍に来ていたみたいだ。

思わぬ攻撃が意外とクリーンヒットしたせいで、地味に額が痛い。

ひりひりする。

本気のでこぴんだったらしい。

って。

こっちが本気で告白していたのになんなのさ!!

そう思いながらムーくんの顔を見上げると、それはもうすっごく苦い表情をしていた。

なんだその顔は。

「なんだその顔は、そしてあほかとは何」

「あほにあほと言ってなにが悪い」

そう言って思い切りため息をついたムーくんが。

急に私を抱き寄せた。

「っへっあっのぉっ!?」

にゃにゃにゃにをををを!?

頭が真っ白になってしまう。

目の前に映るのは、彼の大きくてがっちりとした胸板で服の上から見ても結構良いものなのだなぁなんて思ってない思ってないって。

ムーくんの腕がしっかりと私の体を包み込んでいる。

全身が熱い。

特にムーくんに触れられている部分が、まるでそこだけ私の体じゃないみたいに、発熱している。

心臓の鼓動が、これまでにないくらいに速く強くなっている。

わ、私の鼓動、聞かれてないかな。

動揺しまくりの私を、ムーくんは離そうとはしてくれない。

でも。

突然のことで驚いている私だけど。

私からも離れようとは。

もちろんしなかった。

「な、なに、これ、えと、ムーくん?」

声が上擦る。

恥ずかしいな。

「あのな、もうその言葉はとっくに貰ってる」

その言葉?

その言葉ってなんだ。

わかんない。

いや、わかんないはずがない。

今言ったばかりだ。

好きだって。

確かにそうだ。

もう私は、それをムーくんに伝えている。

あの時。

司亜人から決別するときに。

本物の鈴鳴繋から決別するときに。

「でも、伝わらなかったら、それは言っていないことと同じ、でしょ」

「伝わってるよ」

「でも、伝わったって言ってくれなかったら、届いてるかどうかなんて、わからないよ」

「今、言った」

「ならさっきはまだ、聞いてない」

「そりゃそうだ」

「まだ、聞いてない」

「それは悪かったよ」

「聞いてないよ」

「……繋?」

聞いてない。

聞いてないんだよ。

私はまだ。

何にも聞いてないよ。

あなたの気持ちを。

こうやって、ろくに会話も交わさずここまで来た。

こうやって、優しく強く抱きしめられている。

こうやって、私の言葉を聞いてくれている。

「でもまだ、聞いてないよ、ムーくんの気持ち」

だから不安なんだ。

私は自分を保てない。

不安定なんだ。

別に誰かと誰かの関係に順番をつけているつもりはない。

だけれど。

ナギと、ベルとまた一緒に暮らせるようになった、幸せになったはずの私は。

ずっとずっと、求めずにはいられなかったんだ。

聞きたくて聞きたくて仕方がなかった。

でも、話してくれない、その事実が私を縛り付けて。

勝手に良くない思考が泡のように生まれては消えていく。

弾けた思考は何度でも心の底から生まれ出る。

嫌いなのかな。

好きでいてくれてはいないのかな。

私は自分に自信なんて、ない。

自分が嫌いだ。

鈴鳴繋じゃない、そんな自分を手に入れたけれど。

確かな本物を手に入れたけれど。

だからと言ってそれが自分の好みであるはずもない。

そんな私を、好きだと言ってくれるのかな。

言ってくれるかな。

言って欲しいな。

本心から、そうだって言って欲しいな。

言って欲しい。

聞きたい。

私を、この今の私を受け入れて欲しい。

こんな風な重たい私すら、全部受け入れて欲しい。

私の好きと同じくらい、それ以上の好きで返して欲しい。

私の全部を知って欲しい。

彼の全部を知りたい。

「分かんないよ、優しい言葉で優しく体を触れ合わせてくれていても、ちゃんと言葉にしてくれないと、何にもわかんないんだよ」

私の言葉は。

ひどいものだ。

なんて我侭で。

自分中心で。

重たくて。

普通なら、こんな奴嫌がるだろう。

気味悪がるだろう。

すぐにでも避けるだろう。

でも、ムーくんは微動だにしない。

どころか、より私を抱きしめる力が強まる。

「ごめんな、とは言い切れねぇ、俺に繋の心の機微がわかる気はしない、これまでも、これからも」

「そう、そうだよね、ごめん」

「それに俺は言葉が得意じゃない、言葉で何かを紡ぐのは苦手だ」

「そうだね、よく知ってる」

「俺は繋が思っている以上に、不器用なんだろうと思う」

「不器用だね、間違いなく」

「まだ俺はヴンシュに縛られているし、きっと永遠にあいつのことを忘れられないんだと思う」

「私もだよ、私も司亜人に縛られて、きっと司亜人のことを忘れられないんだと思うよ」

私に触れている彼の手が、小さく震えだした。

あぁ。

ムーくんも、怖いんだ。

大好きだった、何百年も何千年も想ってきたヴンシュさんの想いを、裏切るのが。

「でもな、繋の声が俺を前に進ませてくれる」

その声に意志が宿る。

ムーくんの熱に反応して、宙に浮かび水を生み出す光に炎の色が灯ったような気がした。

「面倒で、うるさいし何を考えてるのか全くわかんねぇ」

そう言って、背中に回していた手をそっと私の両肩に乗せて、体をほんの少し離した。

真っ直ぐ、ムーくんが私の顔を見つめている。

私も、彼の瞳を真っ直ぐ見つめる。

吐息が触れ合う距離。

彼の瞳に、私の姿が映っているのがわかる。

彼に私がどのように映っているのかまでは、わからないけれど。

「でも、好きだ、一切の呪いを破りたいと、思えるくらいに」

そう言って、彼は私の唇を奪った。

世界が静止する。

音が消えた。

水の流れる音も風の音も、私たちの衣擦れの音も心臓の鼓動さえも。

感覚が消えた。

どこまでが私の身体で、どこからが彼の身体なのか、唇から溶け合うように失われていく感覚に、私は私の体の在り処を見失う。

視界が曇った。

目の前にあった一切の風景が消え失せた。

今の私の瞳は、彼の顔しか映さない、映してくれない。

脳が麻痺している。

驚愕なのか戦慄なのか充実なのか愛憎なのか。

もう私の中に眠る感情全てが一斉に吹き出して、私の全部が踊り狂う。

そうしてただただ幸せな何かが私を満たしてゆく。

彼の唇が私のそれから離れた瞬間に、私の世界が息を吹き返す。

時計の針のように正確なリズムで私の鼓動が鳴り響く。

全身の火照りが冷めない。

冷める気がしない。

もっと、欲しい。

「もう一度……っ」

思考することをやめて、私は本能の赴くままに。

今度は私から彼にキスをする。

再び世界が止まる。

私とムーくんの二人だけの世界が、生まれ出る。

世界に二人、一つに溶け合ってしまう。

さっきまでの不安なんて、この世界には存在しない。

そうだ。

そうだよ。

私はずっと、こうしていたかった。

こうして欲しかった。

こうして欲しかったんだよ。

ムーくん。

大好きだよ。

あなたも私を好きでいてくれるなら。

もう少しだけ。

このままで。

いさせて欲しいな――。



だから、たぶん、きっと、やっぱり、私は君に必要とされたかっただけなんだろう。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「そんなわけで、ムーくんと無事想いを伝え合った私は全ての悩みを解消することが出来たので我が家に戻ってきたわけです」

「コロスコロス」

「思った以上に惚気がひどかったからね、うん、ナギ、もうやっちゃっていいと思うよ」

「殺ろう、です」

「んー、私もベルとあんなことやこんなことしたいわねぇ」

思い思いの感想をいただきまして。

いや、ナギ怖いって。

一応嗜めておくか。

「もう、私の恋人を殺すとか言わないでよナギ」

「いやあぁぁぁぁぁっ!!??」

「思った以上に重症だ!?」

なんでだよ。

本当にナギは私のこと好きすぎるだろ!!

って私のせいか。

私がアプローチしすぎたせいか。

私のせいでナギは、ちょっとおかしな性癖に目覚めてしまったのね……。

「言っておくけれど、出会った当初しばらくは繋のことをそういう性癖だと思っていたからね?」

リアンが私に文句を漏らす。

そうなのか。

いや、ね、別にムーくんに振られてしまったらそんな方向も悪くはないと思っていたさ。

ナギルートトゥルーエンド狙いで進んでいくことも構わないさ。

いや、構う構う。

今の私はムーくん一筋だよ。

安心してねムーくん。

「で、そのザ・ワンさんはまだ旅をしているの?」

やはりリアンが真面目な話も切り出す。

この子スペック高いよなぁ。

「うん、タブーだった場所にも新しい世界が広がっている、いつかそこも住めるようになるはずだって」

「そっかぁ、でもそうしたら、この辺の盛り上がりは減っちゃいそうだね」

「でもきっと住む場所が増えれば、住まう生命も増えるんだと思うよ」

「そっか、そうだね」

なにやら納得した風に頷くリアンに。

ようやく落ち着いた、と思われるナギも会話に参加する。

「ツナギは、いつかどこかに、いっちゃうの?」

その言葉の意味くらい、もちろんわかる。

ナギは。

ナギの心は、どこまでも果てなく不安を抱え込んでいる。

例えるなら、いつかのベルのように。

不幸を集めて自分の限界を越えてしまいそうになった薄幸の神のごとく。

ナギは、鈴鳴繋の、心の闇だから。

闇そのものだから。

私。

闇を知らない理想の鈴鳴繋である私と。

私からいなくなってしまった闇であるナギ。

二つが合わさって、一つの鈴鳴繋だったのだから。

どちらか片方がいなくなってしまえば。

そのバランスが崩れてしまうことは明白であろう。

でも。

もう大丈夫。

大丈夫なはずなんだよ、ナギ。

「私たちはもう、本物を手に入れているよ」

手に入れている、じゃない。

この世界は、本物なのだから。

鈴鳴繋なんて、関係のない。

私は私。

ナギはナギ。

もう鈴鳴繋から解き放たれた私たちは。

一緒でなくたって、生きていける。

前を向いていける。

そんなものは自分の、心次第だ。


なんて、ね。


わかってはいるけれど。

わかってはいるんだけどさ。

「私は、ナギと離れる気はないよ」

それでも、私にとってナギはもう私の一部だし。

ナギにとって私はナギの一部なんだろう。

それでいいんだよ。

いいじゃないか。

ちょっと、互いに依存して生きていくくらい。

きっといつか、自立も出来るよ。

そのいつかが、今でなくたって。

「もちろん、ベルとも、リアンとも、不本意ながらセレスとも、ね」

「私も、皆と一緒がいい、です」

「なにそれ、まるで私もここに住んでるみたいじゃない」

「いいんじゃない?そのうちリアンちゃんもここに住んだら?」

「あはは、考えておきます」

わいわいと、口々に一緒にいたい、と声に出す。

言葉にする。

今まで意識してこなかったかもしれないけど。

これって、本当に幸せなことなんだよね。

「もちろん私は、ムーくんのことが好きだし、ムーくんと一緒にいたいとも思ってるよ」

それは嘘じゃない。

本心だ。

でもね。

「まずは、私たちが本物になるところから、始めなきゃ、ね」

「うん、ありがとう、ツナギ」

全くおかしな話だよね。

私を連れ戻すためにあれだけ啖呵を切ってくれたナギがさ。

私に正しい道を示してくれたナギがさ。

今はこうして、私に正しい道を求めている。

求め合っている。

「私はさ、私を知りたいとは思わないよ」

「へ?」

「私は、あなたのことが知りたいんだ、ナギ」

「……うん、知って欲しい」

「私たちは、すごく弱いよね、一人ぼっちじゃ、真っ直ぐ立っていることもできない」

「うん、ボクなんて、何も出来ないよ」

「何も出来なくないよ、馬鹿」

なんにもできないなんてこと、ないよ。

ナギはなんでも出来るんだからさ。

「きっと、いつまでも、こうなんだろうって思うよ」

「そう、かな」

そうだよ。

いつまでもずっとこのままだよ。

変わりはしないさ。

「私が不安なときは、ナギが私を必要として欲しい」

「ボクが不安なときは、ツナギがボクを必要として欲しい」

「まぁ、私はそれでもムーくんに会わないといけない時もあるけれど」

「ひどっ、じゃあボクはベルに会わないといけない時がある」

それでいいよ。

私には私の世界があって、ナギにはナギの世界があるんだから。

互いに必要なときだけ。

世界を重ね合わせればいいんだから、ね。

さて、じゃあ。

ナギの不安も、吹き飛ばしてしまおう。

それが出来るのはきっと、私だけだから。

私のことをちゃんと見てくれているナギに。

ご褒美をあげよう。

私はナギを立ち上がらせて、そして向かい合った。

私がこれから何をしようとしているのか、ナギに分かるはずもない。

きょとんとしている。

あぁ。

やっぱりかわいい顔だなぁ。

その全部を欲しい、とまでは思わないけれど、ね。


「ありがとう、ここにいてくれて」


そう言って――。

私は――。

ナギの――。

柔らかそうな唇に――。

自分の唇を――。





私は『私』を知った。

私は『彼』を知った。

私は『君』に必要とされたかっただけだ。

私が『君』を求め求められる物語だ。

その物語はまだ始まったばかりだけれど。

私たちは本物を掴んだばかりだけれど。

きっと。

永遠に。

続いていきますように。

お願い。

神様。

私が神様と共に『私』を見つける物語でした。


ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。

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