鈴鳴繋
目を開ける。
見知った天井だ。
体を起こす。
自分の体に異変がないか探る。
あぁ、うん、大丈夫大丈夫。
私だ、ね。
私だ。
起き上がる。
自分の足で立つ。
いつもよりも重力が弱い気がする。
ふわふわと。
飛んでしまいそうだ。
洗面所に向かう。
鏡を見る。
やっぱり、私だ。
私の顔だ。
「ひっどい顔」
私は、醜いな。
まずは日付を確認しよう。
と、スマホの電源を入れてみればどうやら私が眠り始めてから十分くらいしか経っていない。
時刻は深夜の一時過ぎ。
そんなものか。
私としては、大冒険をしてきたくらいの感覚だけれど、ね。
いや、あれは、違うか。
私はただ、それっぽいことを言って、自分を正当化して自分の身を守っていただけか。
何もしていないし、そもそも自分のせいだし。
何も、ない。
私のしたことなんて、ね。
うん、そんなもんだ。
大冒険ではないな。
さて、と。
なんだかんだ言いつつ、あんまり変に時間が経っていなくて良かった。
実際、私があそこにいた時間はどれくらいだったろうか。
主観的な時間で見積もって、いいとこ五時間くらいかな。
うーん、でもよくわかんない、ね。
自分ほど信じられないものも、この世の中にはそうそうないからね。
まぁでもホントに、浦島的に時間が経っていなくて良かった。
これで目が覚めて、百年後の未来でした、とかそんなオチは困るからね。
「外にでも出ますかな」
特に意味は無い。
けれど、外に出て夜風に吹かれたくなった。
こんな深夜に女の子が一人外に出るのはよくないことのようにも思える。
でも、今更だ。
お洋服もそのままに玄関を抜ける。
あぁ、服そのままなのはさすがに駄目だったかも。
パジャマではないけれど。
かんなり雑な感じだ。
この姿を友人に見られでもしたら、かなり私のイメージが下がりそう。
その程度で下がるイメージなら、私は要らないけど、ね。
一人暮らしな私はがちゃがちゃと住み慣れてきたアパートの鍵をきっちりと閉める。
外に出ると、僅かばかりの街灯が闇の中に進むべき道を照らしてくれている。
ふわりと凪ぐ風は肌を気持ちよく撫でて、緩やかに流れていく。
「私は、変われたのかな、偽物から飛びたてたのかな」
私の思考とは無関係に、言葉が口を突いて出てくる。
ふむ。
言葉と思考はどうやら繋がらないこともあるらしい。
無意識が言葉になってきたのか。
あるいは言葉にしたことが私の本音であると無意識に思ってしまうのか。
どちらも私の考える『私』と意識とが異としている、という点ではおんなじなのかな。
深夜でも絶えず、終日営業しているコンビニエンスストアに行っても構わなかったけれど。
私はなんとなく、光の限られた公園に向かった。
近所の、小さな小さな公園だ。
そこにある遊具といえば滑り台と鉄棒、そして砂場くらい。
ついでとばかりに古臭い、やたら汚れたベンチが三つ鎮座しているわけだけど、ね。
いったいどれだけの人数がこの公園で遊んでいるというのだろう。
十分な数の子どもが、ここで貴重な成長の日々を送っているのだろうか。
「考えても仕方が無い、ね」
そりゃそうだ。
私は別に公園やら少子化の専門家ではないのでね。
いや、私はなんの専門家でもないんだけどさ。
んー、っと伸びをして、私はベンチに腰掛ける。
特に気にせず座ったので、がさがさと落ち葉が静寂の公園に鳴り響く。
「いや、考えないといけないのかな」
これまでのこと。
これからのこと。
少子化とか。
高齢化とか。
そんな全国的な問題じゃあなくってね。
もっと狭い、狭いなんてもんじゃない、私自身の話だ。
「やっぱり、醜いよなぁ」
自分で創った、自分の理想、夢の世界。
そんなものを創ったこと自体、自分が嫌いになりそうなものだね。
ついには、向こうの世界の住人に。
自分で創ったはずの、キャラクターに。
お呼ばれしちゃったんだもんなぁ。
「はは、やっぱかっこいいなぁ、私の心を支配しちゃうんだもんね」
かっこよくって。
とっても愚かだ。
ちりちり、と、何か虫が街灯にぶつかる音が耳に刺さる。
その音に混ざって、こちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。
こんな時間でも外を歩く輩がいるもんだねぇ。
ま、深夜一時って意外と普通に居酒屋とかは営業している時間だしね。
別に私は家出少女ではないのだけど、なんとなーく一人でいるところを見られたくないなぁって思ってしまうのはどうしてだろう。
すると、その足音がまっすぐこの公園に入ってきた。
おや。
音のするほうを見れば、男女が腕を組み合って歩いている。
なんだ、カップルさんか。
私はお邪魔虫かしら。
なんて思って、ベンチから立ち上がろうかと思ったら。
不意に声をかけられた。
「すみません」
そのカップルの男から、である。
得てして、外出中というのは人から話しかけられないものだと思っているので、かなり驚いてしまって、私は少し慌てて返答が遅れる。
「……え、あ、はぁ」
ようやくカップルが私から見て光に照らされる立ち位置にまで来た。
男の方は普通くらい、よりもやや身長が高めだろうか、しかし細身で筋肉質には見えない。
その時点で、一応乱暴の心配はそこまでないだろうか、と高をくくってしまう。
そうやって余裕を持つことが私の悪い癖なんだろうけど、ね。
女の子のほうは、身長は低く、さらにずいぶん童顔だ。
っていうか、露骨に幼い。
男のほうは、たぶん私と同い年くらいだと思うんだけど。
はてさて、二人とも見覚えは、ないね。
「鈴鳴繋さん、ですね?」
「はっ?」
名前知られてる。
警戒レベルを上げます。
なんだこいつら。
「あぁ、えと、そんなに睨まないで欲しいんだが」
「いやいやー、一葉くんそれはないわー、馬鹿なの?不審者以外の何者でもないよ」
男の方が女の子にぺしぺしされてる。
うん。
なんだこれ。
って、あれれ。
今、男の人のほうのこと、一葉くんって、呼んでいた?
「リンドウさんと、アリスちゃんの言っていた、一葉さんに、結さん?」
あはは、と仲良しカップルが互いに笑いあう。
そして、私と正面から向き合った。
「そう、初めまして、その黒田一葉です、よろしく」
「で、その彼女の野上結です、ムスビーって呼んでください、よろしくね、繋さん」
公園のベンチは三人並んで座るとやや狭い感じがするのだけど。
まぁかなり結ちゃんが一葉さんに寄っているから結構私はゆったり座っている。
「いやぁ、今回はかなり大変でしたね」
一葉さんが労わるような口調でそう言った。
でも、とてもじゃないけど私はそんな気分じゃない。
「自業自得、だったし」
「自業自得か、そんなことないと思うけどね」
「そうそう、本当は、結構嬉しかったんじゃないの?」
嬉しかった?
私が?
結ちゃんが続ける。
「私なんかですね、自分が浮気したとして、それを一葉くんが次元の果てまで追ってきてくれたら、きゅんとしてよりを戻しちゃうな」
「浮気するのかよ」
「されないようにしてよ」
「自己研鑽には努めよう」
「うん、かっこいいよ」
「ちょっと、私を置いていちゃいちゃしないでくれるかな?」
ほんとになんなんだ。
って、そういえばツナギもいちゃいちゃしていたなぁ。
自分の姿の理想の自分が目の前でいちゃいちゃしているのも中々堪えるものがあったけど、ね。
あの時はすぐ傍に司亜人がいたし。
割とシリアスな雰囲気を出していたし。
ナギが突っ込みをいれてくれてたし。
ひとまず今の状況は私が突っ込まないと先に進まなさそうなので、はい。
「えーと、あのさ、これでも私、今さっきこっちの世界に戻ってきたばかりでさ、その、二人がどういう立場なのかよくわからないんだけど」
なんか、あれだよね。
リンドウさんとアリスちゃんを、私の世界に送ったのはこの一葉さんなんだよね。
っていうか、あの世界とこの世界の行き来ってどうなってるのかしら。
あっちの世界の司亜人、ルルシアがどうやったのかも、実はよくわからないままだったし。
普通にこの世界の住人であろう一葉さんがどんな技を使ったのか。
全く見当もつかない。
ナギがそんな感じの質問をした時には、リンドウさんとアリスさん二人揃って無言だったからなぁ。
「あぁ、済まない、どうにもこういう場面で、順序よく話すってことが苦手でさ」
「一葉くん、こんな時間だし、手短にね」
「わかってるって」
また私を置いてきぼりにしつつ、一葉さんが語り始めた。
「ひとまず、俺の立ち位置か、そうだなぁ、リンドウから話があったとは思うけど、鈴鳴さんが創った、その、向こうの世界について研究している」
向こうの世界、か。
私にとっては、ただの私の妄想なんだけど。
妄想が実体化してしまった、みたいな感じなんだけど、ね。
この二人も、向こうの世界に行ったことがあるんだよね。
それのことについては、詳しくリンドウさんも話していなかった。
私も踏み込んでいいものかどうか、よくわからない。
「結の世界に行って、戻ってきて、自分のやるべき道を見つけた、ただの一般人以上の何者でもない」
「自分のやるべき道、ですか」
「あぁでも大したことじゃない、ちょっと、未来を倒しに、な」
「……はい?」
「ちょっと、未来を倒すために、動いてるんだよ」
「意味がわからないんだけど結ちゃん」
「ごめんね、彼ちょっと頭がおかしいんだよ」
「結は俺の味方をしてくれよ」
「しないよ、普通に聞いたら、あれ、この人タイムマシンでも作るのかなって思うってば」
「ええと、ああもういい、細かい話はもういいから!!」
私の疑問にはついぞ答えず。
結ちゃんに攻められた一葉さんは投げやりに話をまとめ始めた。
うーむ。
まぁ私もそのあたりが本当に聞きたいわけじゃない。
今は割とゆっくりさせて欲しいし、ね。
「ここにこうして来たのはさ、今回の戦争の意味について知っておいて欲しかったから、っていうのが一つ」
「戦争……か」
「あとは、そうだな、せっかくだから仲良くなって欲しいなって」
「仲良く?」
「主に私とね、繋さん」
「え、うん、それはまぁ、構わないけど」
「よかった」
結ちゃんがにっこりと笑う。
その屈託のない笑顔に、思わず私もきゅんとしてしまう。
かわいいな。
「じゃあそっちは結に任せるよ、どの道俺はそうそう会えないし」
「そうなんですか?」
「一応会社運営してるからなー、はは、高校生の言う『忙しい』がどれだけ恵まれたものだったのか痛感する毎日だ」
「会社っ!?」
なにやってんだこの人!?
どんな経歴の持ち主だよ。
学生じゃないのかい。
「それはさておき」
さておかれた。
ばいばい、一葉さんの経歴に関する話題。
「実はさ、今回鈴鳴さんが巻き込まれた戦争、結構まずいことも裏で動いていて」
「待って、巻き込まれたわけじゃない、発端は私だって」
「んー、発端はそうなんだけど、いやいい、とにかくあの戦争、別の意思も動いてたんだ」
「別の意思って、私たちを殺そうって意思以外にってことかな」
「そう、司亜人がルルシアとして全員を動かした、タブーのモンスターが繋を助けるように応戦した、それが大きな動きだったけれど」
「ですね、私はそう認識してます」
そもそもの原因は、私の醜さだけれど、ね。
そんなことを司亜人にさせてしまったのは、私なのだから。
「実はあの場にはさ、この世界の人間が鈴鳴さんと風町さんの他にもかなりの数が参加していたんだ」
「……ん?」
「結局はアリスが全部止めてくれたから、大事には至らなかったんだけど」
「ちょちょちょっと待って、どういうこと?」
「だからさ、あの場には他にも、あの世界を悪用しようって人間が多数紛れて、戦争に参加していた、ついでに言えば、戦争に勝とうとしていた」
「……どうして、そんな」
そんなことをしようと、したの。
そんなことを、知っているの。
二つの疑問が同時に浮かんで、浮かんだせいで言葉が詰まってしまった。
「あの世界、まだ人に見つかって欲しくないんだよな俺は」
「……」
一葉さんは結さんの頭を優しく撫でる。
結ちゃんがまるで撫でられた子猫のように頬を緩める。
「もしあの場にリンドウとアリスがいなければ、戦争は圧倒的戦力差で司亜人側の勝利、その場で鈴鳴さんはこの世界に戻ってきて、司亜人がその後の世界の実権を握る」
「その場で戻りって、どういうことですか」
「鈴鳴さんも、他、ええと、ナギさんもベルヴェルクさんもムートさんも死んで、おしまい」
「冗談でもそんなこと言わないで」
「冗談なんかで言うわけないだろこんなこと」
わかっている。
この男は。
初対面のこの男の目は。
本気だ。
本気で、ただの事実確認をしている。
そんな顔をしている。
「実はそこんところ、正直俺はどっちでも良かったんだ、済まないな」
そこんところ、が指す内容が、たぶん私たちの、あの世界での生き死になのだろうということは容易にわかった。
一葉さんが指示しなければ、リンドウさんとアリスちゃんは来なかった。
そしてその場合には、私を含め、私たちは死んでいた。
死んで、しかし、私だけはこの世界に戻ってくるのだという。
どこまで本当なのか、私に確証は得られないけど、一葉さんの話から察するにどれも本当なのだろう。
「謝られても、何も言えません、結果からみれば私は助けられたわけだし」
「結果からみれば、な、助けていない世界だって、あった」
「一葉くん」
結ちゃんが初めて、嗜めるような口調で一葉さんを小突いた。
別に怒っているとか、そういう風ではないけれど、少しだけ悲しそうな顔をしている。
「駄目でしょ、それは」
「悪い」
「いいよ、許すから、続けて」
「ごめん、鈴鳴さん」
「いいよ、意味がわからないから」
「あぁ、意味わからんと思っていてくれ」
本当に意味がわからないので、もう気にしないことにしよう。
正直本心から、あんまりこの二人のプライベートに踏み込みたくは無い。
なんなら今すぐ帰りたいくらい。
隙あらばいちゃいちゃする上に結構無自覚に私の心を抉ってくるんだもんね。
「まぁ、それでさ、あの世界に入り込んでいた人だけど」
「え、うん、っていうかなんで私の妄想なんかに来てたの、その人たち」
「端的に、今から考えれば、未来人、になるのかな、だいぶ先に生きてる人が暗躍していた」
「……ええと、全然わかんないんだけど」
ぽかんとする私なんか気にせず、一葉さんが続ける。
「あの世界、あぁ、俺たちは次元Igって呼んでるんだけどな、あの世界実は時間の概念をすっ飛ばしてるんだよ」
「は、はぁ」
何言ってんだこいつ。
なんか、危ない人なんじゃないのか。
しかもここぞと突っ込みを入れてくれていた結ちゃんも特に茶々を入れない。
本気で言っているぞ。
だからこそ怖いんだけど、ね。
「次元Ig、ですか」
「そ、たぶん向こうに行っていた時間と、覚えている限りでこの世界で経過していた時間に差があるだろう?」
あぁ、それは確かに。
あるね。
あるある。
……は。
ないわ。
「そんなわけで、その次元Ig、まだ今現在だとここにいる結と、そして、鈴鳴さんしか発見していないんだけどさ」
「は、はぁ」
「あ、いや強いて言えば風町さんも発見しているんだけど」
「へぇ」
私のやる気のない返事に一葉さんは気を悪くする風でもない。
相変わらず冗談ではないらしい。
「この次元Igが、その内世界を壊しかねないんだ、それこそ今回みたいに」
「……そんなこと」
言われても、よく、わからない。
「わからなくていいさ、でも、かなり危険な存在なんだ、それこそ未来人が干渉してくるほどに」
「そう、なんですか」
「だから、一つだけお願いだ」
一葉さんが姿勢を正す。
「あの世界の存在を、誰にも話さないで欲しい」
「え、いや、まぁ話すつもりなんてはじめから無いんだけどさ」
「ならそれでいい、別にあの世界で起きたことを無かったことにしなくてもいいから」
「ん、まぁ出来ることなら忘れたいくらいだけど、ね」
「忘れたら、駄目だろ、やっぱり」
「……そうかな、そうかも」
「うん、あの世界は鈴鳴さんの妄想だったかもしれない、でも、本物だったろう?」
「そうだね、私のいない、私とは何も関係のない形で、あの世界は本物だった」
それは、認めざるを得ない。
結局、どこまでもあの世界は純粋で。
穢れているのは私なのだ。
「ま、だからと言って悲観するでもないさ」
「へ?」
「だってさ、例えば、リンドウとアリスは、結の世界の住人だよ、鈴鳴さんで言えばナギさんとかさ」
「それが、何か?」
「あの世界と、一生会えないわけじゃないってこと」
「あ……」
そうなのか。
でも、そうだよね。
手段は知らないけど。
現にこの一葉さんは、リンドウさんとアリスちゃんと連絡を取り合っている。
だから、私ももしかしたら、ツナギとまた会う日が来るのかもしれない。
「もし、ちゃんと、しっかり、気持ちを互いに整理出来てから合えたなら、どんな言葉を伝えたい?」
一葉さんの声が、脳に届く。
心に届く。
まるで、一葉さんはもう私の答えがわかっているかのようだ。
でも、考えてみる。
未来の自分を。
今の自分、ひっどい自分。
それでも、ちゃんと気持ちを整理して。
逃げてきた自分と向き合って。
ほんの少しでも前に進んで。
ナギに変えてもらった自分の闇を。
こっちの世界でも光に変えて。
司亜人とも向き合って。
それで。
妄想の世界に逃げることなんてなくなって。
そんな自分になれたなら。
私は言いたい。
言いたいよ。
だって、理想の自分だ。
私が理想を押し付けた自分だ。
押し付けてしまった自分だ。
私の弱さだ。
私の弱さを、受け止めれくれた、私だ。
「ごめん、じゃ、物足りないな、それは違う、それは今の私の言葉だ」
違う、違うの。
もっと、もっと別の言葉を言いたい。
ごめんでもない。
ありがとうでもないと思う。
それも今の私の言葉だ。
なんだろう。
私はツナギに何を伝えたいんだろう。
混乱してしまう。
焦ってしまう。
すぐにでも答えを出したいのに。
空回る思考は何も応えてくれない。
「そんなに難しく考えなくていいんじゃないかな、ほら」
結ちゃんが、そんな私に助け舟を出してくれる。
私の手を取り、ぎゅっと握ってくれた。
「繋さん、本当の気持ちなんてさ、意外とすぐそこにあるんだよ」
「すぐ、そこに」
「私は思うのです、私も私の本音を見失うことが多かったので」
「本音を、見失う……」
「そんな時、大体考えて出てきた言葉なんて、取り繕ったもののことが多いです」
「そう、なのかな」
「考える、なんて難しいことは理系の理論馬鹿に任せておけばいいんです」
「お、おい理論馬鹿ってひどいな」
さくっと小話を挟んで。
「さぁ、頭を空っぽにして、頭にツナギさんを思い浮かべて、向かい合っている繋さんとツナギさん」
思い浮かべる。
私がいて。
ツナギがいる。
二人だけの空間。
二人以外、何もない空間。
「さ、彼女に何を言いたい?」
「あなたは、過去に戻りたい?」
そう、それは贖罪の言葉。
ツナギは私が生み出して、創りあげて、そして、壊してしまった。
私、という不純物の存在を知ってしまった。
だから、聞きたい。
本当は、私のことなんて知らないままに過ごしていたかったんじゃないかって。
不安だ。
相手は理想の私だから。
誰より私醜いところを許容出来ないはずだから。
戻りたいんじゃないかって。
何も知らない頃の自分に戻りたいんじゃないかって。
聞いておきたい。
「うん、返事は、なんだって?」
「……わからない、聞こえない」
私の思い浮かべたツナギは、苦笑いして。
私の思い浮かべたツナギは、おどけてみせて。
私の思い浮かべたツナギは、戻りたくはないと言って。
私の思い浮かべたツナギは、戻りたいと言った。
どんな返事を、彼女はするんだろう。
わからない。
「そっか、じゃあそれは保留だ、最後、笑いあっている二人を思い浮かべて」
「うん、思い浮かべた」
「何を言いたい?」
「バーカ」
暢気に生きてるんじゃないよ。
こっちは、そこそこ大変なのにさ。
戦争の最中すらいちゃついちゃってさ。
ほんとごめん。
でも、そんなに頭悪いのは、自分のせいだからね。
私、関係ないから、ね。
「じゃそれが本音だ」
「そうだね、これが本音だ」
「繋さん」
「なに?」
「それ、いつか言えるといいね」
「どうかな」
言えると、いいのかな。
バーカなんて言ったら怒らないかな。
いや、私だから怒らないか。
むしろ喜ぶかも。
いやそれはないか。
でも、そうだね。
それこそどうせ素直じゃない私だ。
そういう全部を受け入れてもらって、全部を解決した後で、全部を整理した後でなら。
言えたら、いいな。
「じゃあ、俺たちはそろそろ帰るか、結」
「そだね、繋さんはこれからやることがあるもんね」
うん、そうだ。
やらなきゃいけないことがあるね。
私には。
少なくとも、二つは、ね。
「俺たちも、やることはたくさんあるよ」
「うん、これだけ上から目線でいろいろ言ったからには私たちも頑張らないとね、一葉くん」
二人はそう言って、なんの名残もなく立ち去ろうとする。
一応結ちゃんが流れるようにささっと連絡先を渡してきたけれど、ね。
ほんと、なにしにきたんだこの人らは。
全くわからないけど。
なぜか私の心は、不思議と軽い。
「ね、二人とも、また会えるかな」
「もちろん、仲良くして欲しいって言ったろ?」
「特に一葉くん友達いないから、うぇるかむだよ」
「そか、リンドウさんと、アリスちゃんによろしく伝えておいて」
「あぁ、わかった」
「今度は、ちゃんと私、お話したいな」
「そうだな、二人もそう思ってると思う」
「でも、リンドウさんも彼女いるから駄目だよ?」
結ちゃんが茶化す。
全く。
そんなことしないよ。
「ま、アリスはちょっとこれからまた行って貰いたい所があるからしばらくは会えないかもしれないけどな」
ぼそっと一葉さんが言いづらそうに付け加える。
まぁ、聞かなかったことにしよう。
それはきっと、私にはまた関係の無い、アリスちゃんの物語なんだろう。
「じゃあ、また会おうか、一葉さん、結ちゃん」
「うん、また」
「頑張ってね、繋さん」
特に感傷に浸ることも無く。
二人は颯爽と現れ、風のように立ち去っていった。
「さ、まずは」
結ちゃんも言っていた。
私は、そう、すぐにでもやらなきゃいけないことがある。
電話帳から、電話をかける。
きっと、出てくれるはずだ。
と思ったら、携帯が鳴った。
相手を見て、あぁ、って納得をする。
おんなじこと考えてるもんなぁ。
やだやだ。
発信者は、風町司亜人。
ピッ、と。
「もしもし、私」
『……俺』
「うん、今、ちょうどかけようかなって思ってた」
『……まぁ、今、戻ったところ、あの世界から』
「私も、そう」
『夢じゃないんだ、あの世界は』
「そうだね、夢じゃないよ、理想のツナギがいたことも、神様がいたことも、ナギとザ・ワンとあなたが戦ったことも」
『繋が俺を捨てたことも、だよな』
「そうだね」
『そっか、俺、振られたんだよな』
「ううん、まだ、まだだよ」
『……まだ?』
「私、今から司亜人のこと振るから」
『……そうか、聞かせてくれ』
「私ね、司亜人の他に好きな人、出来た」
『うん』
「その人のことが好き、どうしても、どうしたって」
『俺のことは、もう、好きじゃない?』
「……うん、ごめん、好きじゃない、と思う」
『そっ、か』
「うん」
『せめて、それだけでも嘘だったのは、嬉しいよ』
「……うん」
『俺さ、きっと、繋に勝手な理想を押し付けていたんだよな』
「それは、私のほうでしょ」
『そうさせたのは、俺だったよ』
「……じゃ、お互い様だね」
『……そうだな』
「……うん」
『俺、俺もきっと、繋よりもずっといい人見つけるよ、それこそ繋の新しい彼氏が羨むようなさ』
「うん、そか」
『じゃあ、元気で』
「うん、そっちこそ」
『最後に二つだけ、やっぱりいいか?』
「なに?」
『好きだ、繋』
「うん、ごめん、私はそれに応えられない」
『それと、信じて欲しかった』
「……わ」
プツリ。
ツーツーツー。
「……わ、私も、信じたかったんだよ、司亜人」
最後に。
綺麗に別れられそうな雰囲気を残しておきながら。
最後の最後に恨み言を。
携帯にメールで打ってきた文面をのままを言ってぶつりと電話を切った司亜人の本心はわからない。
でも、これでいいんだろう。
綺麗に別れるカップルがいてたまるか。
恨みながら、怨恨を残しながら。
悲しみを残しながら別れるほうが、むしろ自然だ。
自然な、ことなんだ。
なのに。
なのになんで。
私の体は。
心は。
泣いているのだろう。
涙を流しているのだろう。
全部、自分で決めたことじゃないか。
私が悪くって。
私が勝手に他の人を好きになって。
全部全部私のせいで。
私が恨まれるべきで。
なのにいざ、最後の最後に正しいことを言われて。
私は何の権利があって泣いているのだろう。
あぁ、そっか。
これが、大切な誰かとの、決別なのかな。
「私の選択は、正しかったのかな」
正しかったのだろう。
だって、人の心は、簡単に割り切れるものではないのだから。
だからこの涙は前に進むためのものなのだろう。
前に進むためのものならば、前に進まなきゃならない。
そうでなければ、この涙がもったいない。
自分の選択にもう、嘘はついていられない。
だから、私は、前に進むんだ。
もう、その願いは、彼女に託したから。
彼女が収縮してくれたから。
進もう。
私の未来へ。
私は電話をかける。
この時間だけれど。
きっと出てくれる、やっぱり疑うことなく、私はその番号をコールした。
私を、こんなにさせたんだ。
その責任くらい、とってもらわなきゃ、ね。
予想通り、すぐに音声が聞こえてくる。
『もしもし』
私は、選んだんだ。
この人と、一緒にいたい、って。
だから、伝えよう。
ここにある。
本物を。
「ね、急だけど、私、あなたのことが好きなんだ」
「――だから」
「一緒にいて欲しいな」
私の本物は。
ここにある。




