私が彼女を理解するまで
ナギとセレスの睨みあいはすぐに終わりを告げた。
セレスのところにギルドのメンバーからの連絡が入ったからだ。
たぶんさっき私たちが連れてきた女の子。
ううん、神様。
ベルヴェルクの治療が無事に済んだのだろう。
ここまでかな。
連れてきたのは私たちだけど。
その正体が神様で、かつセレスの方がよく知っているというなら。
それはもう任せた方が良いだろう。
私は今更落ち着いてきた胸の鼓動を感じながらナギの手を引く。
「もう行こうか、ナギ」
ナギもそれでようやく緊張状態を解いたのか、ふっと表情が和らぐ。
「うん、そうしよう」
言いあって、その場を立ち去ろうとする。
しかしそんな私たちの背中にセレスが声をかける。
「あぁ、それじゃあよろしくお願いするわよ」
……うん?
何をだい。
「……わかったよ」
え、なんかナギは了解してるし。
なになに。
何の話。
普通にナギ部屋出てくし。
「え、え、何をお願いされたの?そして何を了解したの?」
聞きながら私も部屋を出る。
そのまま流れるようにギルドの出口に向かう。
フロントには人だけでなく神擬きも大勢が何かしらのやりとりをしている。
その中を縫うように歩くナギにギルドを出たところでようやく追いつく。
改めて確認してみる。
「ナギ?さっきの、どういうこと?」
やっと私のことを見てくれたナギは私にいつもの笑顔を見せてくれた。
というか苦笑いに近い、かな?
にへらっ、って擬音がつきそう。
やっぱりかわいい。
こっちが溶けちゃいそう。
でも何故か無言のまま私の後ろ辺りを指差している。
見てみて、という合図だ。
なんなんだろ。
と思いながら振り返ってみれば。
小さな女の子が一人。
私の後ろに付き従っている。
見覚えのある女の子だ。
さっきまでこの手に抱えてた気がする。
そして今さっきどこぞやの誰かに預けた気がする。
そんな女の子。
ううん、神様。
薄倖の神ベルヴェルクが、俯きがちにそこにいた。
小間。
すっかり慣れ親しんだ我が家。
ナギが淹れてくれた温かい紅茶を一口いただく。
おいしい。
それでだ。
「どうするの……」
いやいや、あんな話された後でベルヴェルクさんをどうしろと。
というかいつから私の後ろについてたのさ。
治療もやけに早かったし身体は大丈夫なのかな。
「どうしよっか……」
ナギもあははーって笑ってるし。
いや普通にいい表情で受け答えしてたでしょあなたは。
「どうするの、です」
「うん君の話をしているんだよベルヴェルクさん?」
「ベルでいいんだよ、です」
「なにそのとってつけたような『です』はすごくかわいいからやめて」
思わず抱きしめたくなっちゃったじゃないか。
仕方ないのでナギに抱き着く。
あぁ落ち着く。
「ちょっとツーナーギー?何してるのー?」
「栄養補給じゃー」
「二人は付き合ってる、です?」
「ううん、将来を約束してるんだよ」
「さらっと嘘をつかない!」
何が嘘なものか。
嘘か。
嘘だ。
はい。
まぁおふざけはいいとして、ね。
私たちの家に着いてからのベルヴェルク、ベルは案外楽しそうにしていた。
というか見た目相応の少女のような天真爛漫さを感じさせる振る舞いをしている。
セレスが何か手配したのだろう、オーバーオールに身を包んで姿は完全に少女のそれである。
そこには神様であることの威厳も威圧もなく。
先にセレスが話したような薄倖の神の哀愁もなかった。
でもきっと私には見えないだけで、色んな思いがあるんだろう。
それより先に聞きやすいところから聞いておこうか。
「そういえば、ベルはなんであんな雪山に倒れてたの?」
ベルもナギから紅茶の入ったカップを受け取り、ふーっと覚ましながら応えてくる。
「あぁあれはビッグフットを倒そうとしてた、です」
その声色に妙な違和感を感じる。
なんだろ、なんか、軽い、ような。
ナギも同じことを感じたのか、首を傾げつつ質問を重ねる。
「でも序列32位なんだよね?そんなじゃ手も足も出ないことくらいわかってたんじゃ?」
そう、ビッグフットは決して楽な相手じゃなかった。
序列最下位の神にどうにかできるモンスターの強さを遥かに超えていた。
ベルはそれにも顔色一つ変えず、にこにこしたまま、
「それが、なにか?です」
と言ってのけた。
この子。
なんなんだ。
死んでもいいの、かな。
あるいは死にたがっているのかもしれない。
それにしたってやっぱり狂ってる。
こうやって自ら不幸を集め、
限界を超えてもそれをやめず、
セレスたちによって信仰を失くし、
神としての力も失い、
幾千年の時を経てなお。
薄倖の神は薄倖の神であり続けているのだ。
もちろん、たかが数千年で変わるようなら初めから神などという存在にはなっていないだろう。
「ひょっとして、私たちが助けたこと迷惑だと思ってる?」
聞いてみたけどベルはすぐ首を横に振った。
「ううん、助けてくれてありがとう、です」
そっか。
その言葉だけで私はぎりぎり満足。
自暴自棄とはまたちょっと違うっぽい、と。
やっぱりただ、純真なだけなのだろう。
誰にも願われなくても誰かの願いを叶えずにはいられない。
ただそれが自身の行動原理になっているのかもしれない。
それが正しいかどうかなんて、ベルにはわからないんだ。
判断がつかないんだ。
きっと判断しようとしたことすらないんだ。
私はようやくセレスがベルを愚かだと評した真意を掴み始めた気がする。
この愚かさは確かに無邪気さに通ずるところもあるだろう。
「ベルは、どうしたい?」
「どうって何が、です?」
「ツナギ?」
言わずにはいられない。
だって。
私は、こんなにもベルが。
羨ましい。
どんなことがあっても。
『自分』でい続けられるこの神が。
それこそ死ぬほど羨ましい。
ベルは、だからこそ、選ぶべきなんだ。
自然に『自分』でいられることは素晴らしいことだと思う。
でも。
ベルは自分自身で、自分自身になることを選択するべきなんだ。
他人の私からじゃない。
ベルヴェルク自身で見つけなければならない。
いや、これも違う。
あぁもう、なんでこういう気持ちはきちんと言葉にできないのかな!
もどかしい。
言葉にすればするほど、私の気持ちとは遠ざかっていく気がする。
とにかく。
ベルには、本当に自分が成りたい自分のあるべき姿を考えて欲しい。
あるべき姿を自分で考えられることに気付いてほしい。
選んで、そのうえで、誰かを救ってほしいんだ。
記憶のない空っぽの私には、そんなことできないから。
せめて。
気づくことのお手伝いをしたい。
「ね、ベル、なんで私の後ろをついてきたのか、よくわからないけど」
「なんとなく暖かかったから、です」
「そっか、それじゃしばらくは私たちと一緒に暮らそっか?」
今までと変わらぬ笑顔でベルは答えてくれた。
「はい、です」
「あ、でも今はどこに住んでるの?」
「どこでも寝れるので、家はない、です」
「そっか」
そっか。
そうだよね。
私なんかよりずっと長い時間を過ごしてきたはずの神様。
小さな小さな神様。
私や、ナギとは全く逆のベクトルで悲しい神様。
それでも笑顔がかわいい神様。
とりあえずそんな神様とも一緒に住むことになった。