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NAGI ―神様と共に私を見つけるまで―  作者: 安藤真司
NAGI編 2 ―Taboo War―
67/72

神様が願われるまで 【挿絵あり】

世界の真ん中で、最後の戦いを始める。

ザ・ワンと司亜人は繋を挟んで向かい合ったまま、硬直状態にある。

ボクとツナギは、いつまでもいつまでも続く、互角の戦いを続ける。

終わりが見えるまで、ずっと。

互いに知り尽くしたが故に訪れる不思議なリズム感に合わせて、まるで舞踏会に自分がいるかのように、まるでツナギとボクとでダンスを踊っているかのようだ。

ボクが繰り出す技はもう今や能力なんて呼べない、ただの剣技だ。

まぁそれもボクなんか、剣を扱うのなんて初めてなわけで。

しかも今のボクは知ってのとおり完全に、文字通りただの人なのだ。

少しも力が出せやしない。

人智を超えた力も、この太陽の剣のおかげで多少は出ているような気もするけれどね。

太陽の剣だってそもそもが、繋の生み出した闇を、切り裂くための力で。

繋が生み出したボク自身を、光へと変える力で。

ツナギの抱える闇を、ボクが断ち切るための力で。

ボク自身の存在を変えてしまうような力は出してはくれない。

あくまでこの剣はこの剣の役割をただ果たしているだけなのだ。

ボクの攻撃なんて、ツナギには止まって見えるのかもしれない。

でも、もしかしたら普通の剣の動きは今のツナギには見切れていない、ような節もある。

そうそう。

身体は元の本物の世界の繋のものだからね。

完全に自分のもののように扱えていないのであれば確かに、ボクの攻撃程度でも結構厳しいのかもしれない。

その辺りはどうでもいいさ。

どうせこっちの動きは全て読まれているし、向こうの動きは全て読んでいるのだから。

変わりがない。

変わりがないから。

終わらせないとね。

そろそろ。

幕引きだ。



「ツナグナッ」

ツナギが掠れた声で、またその技名を唱える。

意地になって駄々をこねる子どものように、いつまでもいつまでも自分を偽り続けるその姿は。

すごくかわいいけれど。

やっぱりあんまり見ていて気分の良いものじゃない。

ボクは元気に動き回る、度が過ぎてボクらを振り回してくる、そんなツナギが好きだから。

今のツナギを、認めなんか、しない。

ツナグナによる光がボクの視界を埋め尽くす。

その全てがボクの身体を貫かんと向かってくるけど、ボクはここで一歩だって退くわけにはいかない。

「こんのっ!」

逆に、前に全速力で駆ける。

これが、被害を最小に抑えられるルートのはずだ。

なんとなくそう思った。

推論も推察も戦略もない。

ただの感覚だ。

いつまでも逃げてばかりじゃいられない。

いや、一進一退を繰り返してはいるんだけど。

拮抗した状況なのだ、このままではもしもの時に司亜人によって、ツナギのダメージを『なかったこと』にしてしまうかもしれないから。

それだけは避けたい。

ボクの作戦では、ツナギの一瞬の隙を突くことになる、と思うから。

いや、上手くいけば隙自体はいくらでも作れるかもしれないけれど、いざって時に司亜人よりも早く動けないといけない。

ツナギが、それでも『なかったこと』にしてはいけない行動を起こさないといけない。

その道、ザ・ワンには牽制でもなんでも、司亜人の足止めをしてもらっていないといけないわけだけどそこは彼に任せているので安心しておこう。

っていうか、ボクはそっちの方には一切思考リソースを割いていないので。

ザ・ワンがどうにかしてくれると信じているさ。

その後の事はその後考えればいいからね。

と、ツナグナの一部がボクの身体にいくらか掠る。

もうボクの弱々しい身体は言うことを全然聞いてくれない。

まるで自分の身体じゃないみたいだ。

身体所有感がどんどん落ちていく。

だから頭では理解出来ているツナギの動きツナギの攻撃を、完全に防ぐことが出来ない。

さっきからかなりの手数、ツナグナを喰らってしまっている。

もう泣き叫びたくなるくらいに節々が痛む。

それでも、まだもう少しだ。

もう少し、ボクの心はツナギに届かない。

これだけじゃ、駄目なんだ。

「ツナギは、今の自分の事をどう思ってるのかな」

ボクは傷ついた身体を無視して、ツナギに向けて太陽の剣を振るう。

下段から上段に迫り上げるように斬りつけたけれど、ツナギは重心を数センチ移動させて剣の軌道から外れる。

その重心移動を見逃さず、ボクはすかさず足払いでツナギの体制を崩す。

「どう?質問の意味がわからないな」

ツナギは倒れたけれど、そのまま受け身を取るようなことはせず、手の平を地面に真っ先に付けると、その腕を軸にして勢いそのまま横に流れるようにボクから距離をとった。

そして直後、ツナギが手をついた地面から、光がボクの顔面に向かって一直線に伸びる。

「今の自分を、幸せだと思う?自分に正直に生きていることが出来ていると思う?」

でもそんな攻撃が来ることを既に知っているボクは太陽の剣でしっかりとガードをする。

太陽の剣によって弾かれた光の奔流は方向を変え、行くべき道を見失ったかのように宙を浮遊し、霧散する。

小康状態が生まれる。

また次に動き出すのはボクか、ツナギか。

「出来てるよ、今までずっと探し求めてきた、私自身を見つけることが出来たんだから、ね」

「……見つけたものは、本当にツナギ?」

ツナギが眉間に皺を寄せる。

全く、可愛い顔が台無しだよ。

そんな顔をさせているのは、ボクなんだけどさ。

いやでもボクがこうしているのはツナギのせいだから、巡り巡ってツナギ自身の所為なんだろうけど。

「私だよ、鈴鳴繋が隠した、私自身」

「繋も司亜人も言ってたね、ツナギは繋の理想として創られたから、自分を知らない、無垢なままだったって」

「無垢、よりは、愚かだった、って方が合ってるかな」

「愚か、ねぇ、本物の繋や司亜人のことを知った今のツナギの方がよほど滑稽だけどね」

「今更なにその陳腐な挑発は」

「ボクもあんまり言えることじゃないけどさ、ツナギは結構簡単に挑発に乗るよね、挑発されていることを自覚してそれでも挑発に乗っかるよね」

「全然わっかんないなぁナギが何したいのか」

「自分が何したいのかもよくわかっていないツナギがボクのことなんてわかるわけないでしょ」

「自分じゃない誰かの心なんてわかりやしないよ、だから好きな人の心が知りたいと願うし、好き合う人と寄り添いあうんだから、ね」

「それはだから、ツナギの言葉なの?繋の言葉なんじゃないの?」

「私の言葉に決まってるでしょ、今私が話しているんだよ」

「ボクの知っているツナギだったらたぶん、『自分じゃない誰かの心なんてわかりやしないよ、特段わかりたいとも思わないけどね』っておどけてみせると思うな、本心がどうあるかは別にして」

「知ったようなことを言わないでくれるナギ?」

「知ってるよ、知ってるから知ったようなことも言うし知ったような口を利く」

「ナギが、私の心の何を知ってるって言うの」

「ツナギが素直じゃないってことくらいはよく知ってるね」

ツナギはずっとそうだったよね。

だって、さ。

何にも、なーんにも話してくれないんだもん。

ボクはさ。

最初はツナギしかいなかったし。

その後だってボクのほとんどはツナギで構成されていたんだよ。

それなのにツナギは悩んでいる事、とか。

想っている事、とか。

喋ってくれない。

ツナギはいつの間にか誰かの運命を変えていて。

いつの間にか誰かと仲良くなって。

いつの間にかツナギの中で完結していて。

ツナギが頼ってくれたことなんて、ほんの少し、指折り数えることのできる程度しかない。

っていうか、その、数少ない例が、さ。

頭にずっと残っているんだ、響いているんだ。

ツナギの願いが。

本物も偽物もない、ツナギの願いが、あったんだ。

言ってくれたじゃんか。

あの時は、願ってくれたじゃんか。

ボクはちゃんと覚えてるよ。

君は言ったよ。

「今の『私』が、すごく好き」

「……?」

ツナギが怪訝な顔でボクを見てくる。

なんだよその顔は。

君がそう言ったんじゃないか。

君は言ったよ。

「ナギと、ベルと一緒にいるこの空間が大切」

「っ黙れ!!」

黙らない、黙ってやらない。

ツナグナが迸る。

ボクはでも、避けることすらしない。

ツナギの揺らいだ心から放たれたその閃光は、ボクを捉えることはなかった。

全部全部、ボクの横をすり抜けていく。

ほら、ツナギも気付いてるんでしょ。

君は言ったよ。

「私は『私』を知りたい、『彼』を知りたい、『鈴鳴繋』を知りたい」

「や、めて」

「でも、そのために今の私がいなくなっちゃうのは、嫌だな」

「や、め、てっ」

一言一句間違えず、ボクは覚えてるよ。

ツナギの言葉を。

ツナギの本音を。

ね。

こんな所で、なにやってるのさ。

わかってるよ、ツナギは怖かったんだよね。

自分が自分じゃなくなっちゃうのが。

ボクも全く同じ不安を抱えていたから、よくよく理解出来るよ。

それでも願ってくれたよ。

君は言ったよ。

「だから、このまま前に進んでていいのかなって、不安だし、悩んでる」

そうだよね。

誰だってそれは怖いよ。

結果から言えば、作り物でしかなかったボク達には、『自分』なんてなかったし。

ツナギも、本当の意味で『私』なんてものを持ってはいなかったし。

不安だらけだ。

焦燥にも駆られる。

自分の立っている場所がわからなくなる。

どこにどう進んでいいのかわからなくなる。

だから。

君は言ったよ。

「でも、私はナギの行く道を進みたいよ」

言って、くれたよ。

ボクに、このボクに、願ってくれたよ。

「だから、前に進む力を貸してほしいな、私の神様」

「そんなの、嘘だよ!!」

ツナギが叫ぶ。

その方向を見れば、視界がぼやけている。

あぁ違うな。

これはきっと、ボクが泣いているんだ。

こんなすぐ傍にいるのにツナギの顔もろくに見えないや。

まぁ、姿はよく見えないけれど、声はちゃんと聞こえてるよ。

ほら、もう一度ボクに、きちんとぶつかってきてよ。

「こんなに沢山、ツナギはボクに沢山をくれたよ」

「そんなことない」

「これも、なかったことにしちゃうの?」

「……それは」

「出来ないよね、だって、これがツナギだもんね、なかったことになんて出来ないししちゃいけないよね」

「……どうして、そんなこと言うの、私はただ、自分を知ったんだよ、私は司亜人を捨てた、捨てて自分だけ幸せになろうとしている」

そっか。

そういう風に考えたんだ。

司亜人を捨てた、ひどい奴なんだな、って。

自分を卑下したんだね。

「なら、今この会話も、戦いも、なかったことにする?ボクの存在だって、なかったことにする?」

きっと、一言願えば出来ると思うよ。

司亜人は、ツナギとこの世界を欲しているんだから。

純粋で無垢な今のツナギの願いを叶えるためにこうしてザ・ワンと向かい合っているのだから。

そのザ・ワンは未だ石剣を構えたまま微動だにしない。

司亜人の首を狙って、ただ密かに力を溜めている。

繋は、自分がザ・ワンと司亜人の間に挟まれ、命をまるごと囮にされていることを忘れているかのようにボクとツナギを見ている。

司亜人は、どうなんだろう、わからない。

司亜人もまた、何か思う所があるのだろうけれど、たぶんツナギが心のどこかでそう願っているのだろう、今このボク達の対話をどうこうしようとはしてこない。

ツナギが、なかったことにしてはいけない、と思ってくれていることの証拠だ。

勿論、司亜人がいつまでもツナギの意見を尊重してくれるのかはやっぱりわからない。

今ボクがそうしているように、ツナギがこの世界に、ううん、ボク達の元に戻ってくることを望んでしまえば、きっとそれはなかったことにしてしまうのだろう。

ボクがやろうとしていることは、ツナギに戻ってきてもらうこと。

それは司亜人からすれば、本物の繋に捨てられ、縋るようにやってきた偽物の世界で、再び誓ってくれたツナギにも捨てられるようなものだろうから。

阻止せんとしてくるだろうね。

でも、ボクも譲る気はない。

なかったことになんて、する気はない。

今この瞬間だって。

いつかの悩んだ日々だって。

これから訪れる未来だって。

「捨てたのは、ツナギじゃないでしょ、何、繋の罪滅ぼしでもしているつもり?」

「違う、違うけど」

「じゃなに、ツナギは司亜人のどこが好きなの」

「……」

「ね、言ってよ、ボクよりもベルよりも大切なら、理由を千個くらい並べてみせてよ」

あぁ、違う。

別にボクはそんなことを聞きたいわけじゃない。

「だからさ、言ってよ、本当のことを」

ボクだって、知ってるよ。

このボクにすら、知られてるよ。

でも、君の言葉で聞きたいんだよ、ツナギ。

「本当は、どうして司亜人の所にいるの?いようと思ったの?」

司亜人のことが好きだから?

本当の自分がひどい奴で、司亜人に同情したから?

罪すら赦してくれる司亜人と共に生きていたい?

そんなの嘘だ。

「本物の鈴鳴繋を知って、何を思ったの、何を願ったの?」

それで。

「何を隠そうとしたの?」

その言葉を皮きりに、ツナギは耳が張り裂けんばかりに、大地を震わせんとばかりに叫んだ。

言葉としての機能なんてほとんどないような、絶叫が轟く。

「「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」

と、同時に、今まで静観を貫いていた司亜人も叫んだ。

奇しくもツナギと全くおんなじ言葉を、おんなじタイミングで、だ。

「ツナギ!行くな、行かないでくれ!!」

そう叫びながら、司亜人が手をこちらにかざす。

まずい、けど、今のボクには、司亜人の能力は、どうすることも――。

「おぉぉぉぉっ!!!」

と思うと、今度はザ・ワンが吠えた。

そして、溜めていた力を一気に解放して、光速すら超えそうな勢いで司亜人に真っ直ぐ疾走する。

ボクに見えてる時点で光速は超えてないんだけどそれはさておき。

そのザ・ワンの突進に気付き、しかし司亜人は対象を変えようとはしない。

ザ・ワンの攻撃を止めることよりも、ボクの言葉を、ボクのツナギへの詰問を、ツナギの迷いを消そうとしている。

間に合わないか、とボクが思ったその時。

ザ・ワンの、誰に向けているのだかよくわからない心の叫びが聞こえてきた。

「なかったことになんか、出来るわけねーだろ!!」

心なしか、ザ・ワンの背後に何か光るものが見えるような気がする。

なんだあれ。

「なぁ、お前の命を懸けた願いが、こんな嫉妬に狂った奴の願いに負けるわけねーだろ!!」

お前って、一体誰の事を言ってるんだろう、ツナギ、のことかな。

なんて思っていると、司亜人の顔に今まで見たことのない表情が浮かんでいるのに気付いた。

あれ、そっか。

「能力が、発動、しない……?」

タイミングとしては、ザ・ワンの攻撃を待たずして、ボクの言葉はなかったことにされそうなものだったけれど。

司亜人が自分のことなど省みずに能力を発動しようとしたから。

でも、なんでかまだボクはここにちゃんといる。

「俺の前では、どんな異能も異変も通用しねぇよ、俺はただ"その一"であり続けるからな」

ザ・ワンの背後の光が、不思議と女性の姿になった、ように見えた。

見たことのない姿だったけれど、優しい微笑みを浮かべるその人に安心感を覚える。

きっと、前に進むザ・ワンには見えていないのだろうけれど。

きっとそれで、その女性も満足なんだろうけれど。

「何千年も何万年もだって永遠にお前の神様でいてやるよ、お前に縛られ続けてやるよ、だからもう一度あの時のように願えよ、なぁ」

そして、どうすることも出来ない司亜人に向けて、大きな石剣を振りかぶった。

ザ・ワンが、とどめとばかりに咆哮する。

「ヴンシュゥゥゥゥッ!!!」

ただ、さすがに石剣を本気で司亜人に叩きこむようなことはせず、ザ・ワンはその足元に石剣を振り下ろした。

ただの人の身である司亜人に本気の力で石剣を当てたら死んじゃいそうだからね。

それはいいのだけど、ザ・ワンが放ったその攻撃から、ルルシアのギルド、『ルール』が崩れ始めた。

ビキビキと音を立てて亀裂が走り、そして、どこからともなく崩壊していく。

その崩壊に巻き込まれ、地面に落下していくザ・ワン、繋、司亜人。

唯一まともに動けるザ・ワンが、すぐ傍で共に落ちている司亜人と繋を空中でつかまえて『ルール』からは少し距離をとって無事に着地する。

そして地面に着いた後に司亜人の顔面を素手で殴った。

え、なにやってんだあいつ。

「こんな遠くから何が見えんだよ、好きな女の事だろ、ちゃんと目の前で見届けて見せろよ」

「お前に、何が」

「わかんねーよ、俺は好きな奴に勝手に死なれたことはあっても、捨てられたことはないからな」

「なら」

「だから見ろよ、あいつらが何を思って、何を選ぶのか、何を願うのかを」

「俺、は一人に、戻る、のか」

「一人?はぁ?」

ザ・ワンが呆れたような声を出す。

今更こいつは何言ってんだ、という顔だ。

「恋人がいるいない程度で、大袈裟すぎんだよ、別れたくらいで世界は何も変わらねぇよ」

「……」

ぐぅの音も出ない司亜人。

世界が変わるかどうかはともかく、しかし、たぶん司亜人もどこかで、ツナギの本心を知っていたのかな。

それでも、自分の能力があれば、なかったことにできる、と。

ツナギの迷いも。

司亜人自身の迷いも。

はぁ。

全く、天邪鬼ばっかりだな。

もっと自分に素直に生きていて欲しいよ。

こんな、世界を巻き込んで、戦争だって起こしておいて。

その理由がただの恋愛の問題だなんて。

はた迷惑すぎるっての。

「司亜人……」

「見るなよ、そんな目で」

繋が気遣わしげに司亜人を見る。

司亜人は、繋と目を合わせようともしない。

さて。

しかし、まぁ、ザ・ワンのおかげで最大の懸念事項はどうにかなった、かな。

さっきまでいた、ザ・ワンの背後の光の女性も今は見えなくなっている。

どんな理屈なのかはよくわからないけど、司亜人の能力を凌ぐ願いがそこにはあったんだろう。

ボクも、あとやるべきことは一つだけだ。

「あ、あぁ、司亜人、どう、して」

「ツナギ」

「私は、ちゃんと、咎を清算しないと」

「ツナギ」

「まだ、駄目なの、こんな私じゃ、駄目」

「ツナギ」

届け。

届けよ。

ボクの声。

「司亜人が、いてくれないと、私、前に、進めない、進まなきゃ、いけないのに」

あぁもう。

じゃあ続きを演じよう。

君は願ったよね。

そう、今言っていたみたいにさ。

前に進む力を貸して欲しいなって言ってくれたんだよね。

だったらボクの返事はもちろん、さ。


「その願い、ボクが聞き入れたよ」


バッと、ツナギの焦点がボクに合う。

ツナギがボクを見る。

ツナギがボクの声を聴く。

「鈴鳴繋さん、ううん、違うね、ツナギ」

もう、『鈴鳴繋』は君のフルネームじゃないもんね。

「ボクは、元収縮の神、ナギ、今はそうだね、君の太陽かな」

太陽の剣を空に向けて掲げる。

もう剣を持っている事だって、結構つらい。

重さ以上の何かが手にのしかかっているみたいだ。

「あなたのその願い、叶えてみせよう!」

今のボクには、収縮の力は使えない。

夜空を翠色に染めることは出来ない。

その悩みを収縮してやることも出来ない。

でも、今のボクには、今のボクにしか出来ない事がある。

ボクは目をつぶって、そして、高らかに叫ぶ。

「リアン、お願い!!」

「おっけぃ!!」

リアンが小気味良く返事をしてくれた。

そう、ボク達はここに、四人で来ている。

先の戦場はリンドウとアリスと、ベルにセレスの四名に任せて出てきた。

その際に、当然ツナギに向かい合うためにボクとザ・ワン、それに司亜人に向かい合うために繋が来ることは当然のごとく決まったわけだけど。

ボクはリアンも、とある理由から一緒に来てもらっていた。

けれど、元々ただの町の娘であるリアンには、本当に本当の意味で、特殊な力は何もないから。

戦闘に参加させるわけにもいかない。

だから、この場所まで辿り着いた時点で、一つだけお願いをしてある。

ここ、ルルシアが築いたギルド、『ルール』は町の中心区画に位置している。

ギルドの目の前、つまり今ボクとツナギがずっと戦っている場所は広場になっているけれど周囲を見ればそこそこ建物が建っている。

お願いしたのは、"あるもの"を持って、どこか建物の屋上付近に待機していて欲しい、ということ。

たぶん、ただの人である司亜人にもツナギにも、目で見えない場所にいる、何も能力を持たない彼女を認識することは出来ないだろうという予想は見事に的中した。

そして、あとはリアンがその"あるもの"を投げてくれたら。

それで全部、大丈夫なはずだ。

「せーのっ!!」

リアンが思い切りよく、"それ"を屋上から落とした。

"それ"はひらひらと風に流されながら、ゆっくりとしかし時に速く、不規則に動きながら落下してくる。

本来ならどこへでも飛んで行ってしまいそうにも思うけれど。

この世界だ。

この世界は繋の理想の世界で、強い願いに反応して、世界の在り様が変わる、そんな場所だ。

だから、ボク達が強く願えば、"それ"がボクの元に落ちてくることくらい訳ないだろう。

じゃあ、最後の確認だ。



「ツナギ、前に進みたい?」

「す、すみ、たい」

「ツナギ、ちゃんと、自分を見つけたい?自分を偽らずにいたい?」

「い、たい、いたいよ、私は、私のままでいたい」

「ツナギ、自分が嫌な奴でも、それでも自分でいたい?」

「いたい、私は、私でいたい」

「ツナギ、前に進んだらきっと優しくなれない時もある、それでも進みたい?」

「進み、たい」

「ツナギ、前に進んだら、後戻りは出来ないかもしれない、それでも進みたい?」

「進み、たい」

「ツナギ、誰かを選べば誰かを見捨てないといけない、そんな事実は受け入れられる?」

「受け入れたくはない、でも、受け入れられる」

「ツナギ、前に進むたびに何かを失ってしまうとしても、何かを手に入れたい?」

「欲しい、私は、今の自分が欲しいもの全部が欲しい」

「ツナギ、本当の自分の姿は、いつまでたっても見えないかもしれないけれど、自分を信じられる?」

「信じられる、誰かが私を認めてくれるなら」

「ツナギ、それがボクでも、自分を信じられる?」

「信じられる、ナギが私を見てくれているなら、なんだって信じられる」

「ツナギ、それがベルでも、自分を信じられる?」

「信じられる、誰よりも小さくて誰よりも強い彼女がいてくれるなら、なんだって信じられる」

「ツナギ、それが司亜人でも、自分を信じられる?」

「信じられない、私はもう彼の前で私でいることは出来ない」

「ツナギ、それがザ・ワンなら、自分を信じられる?」

「信じられる、だって私は彼が好きだから」

「ツナギ、ならもう一度願って、あなたは、何がしたい?」

「私、私、は」

「ツナギ、ボクに願って、前に進みたいだけじゃない、ツナギが本当に求めているのは、なに?」

「私は、私は、ね」

「ツナギ、願って」

「必要、と、されたい、前に進みたびに変わってしまうこの世界だけど、変わる度に変わらぬ誰かに必要とされていたい」

「ツナギ、願って」

「お願い」

「ツナギ、願って」

「お願い、神様!!!」



ひらりと舞う"それ"が、ボクの視界に映し出された。

"それ"は一枚の紙きれ。

ツナギの宝物。

と同時に、ツナギを縛るもの。

『私』と『彼』と『鈴鳴繋』。

"それ"に気づいたのは、もちろん、ツナギと繋。

ほら、この世界にまでこんなものを持ちこんだんだよ、繋は。

だからツナギは『私』であることに縛られてしまった。

『私』に幻想を抱いてしまった。

繋が思う理想の自分のはずのツナギが、必要ないはずの繋に理想を重ねてしまった。

不十分な自分を嘆くのは、彼女一人で抱えるべき問題じゃないのに。

こんなもの、もうこの世界には要らない。

『私』は繋で。

『彼』は司亜人で。

『鈴鳴繋』はやっぱり繋だ。

だから、この紙切れと、ツナギは全くの無関係なんだ。

ツナギが、ゆっくりと口を開く。

紡ぐ言葉は、手紙に書かれた内容そのまま。

きっと、なによりも大切にしてきたのだろう。

今日まで、何度も何度も何度も読み返してきたのだろう。

でも、それは君のものじゃないよ。

それは全部、君が前に進むためには要らないものだよ。

ツナギの優しい声が耳を伝う。



私にとって、彼は全部だった。

全部、は全部。

私の生きがいで。

私の生きる意味で。

私の存在理由で。

私のいる意味で。

あれ、全部同じなのかな。

やっぱり全部だ。

ん、自分でも何言ってるのかわからなくなってきちゃった。

とにかく彼といることで初めて私は自分を私だって言えるような気がする。

それくらい彼の事が好きなんだ。

でも。

この気持ちはいつまで続くんだろう。

十年後?

五十年後?

死ぬまで?

それとも明日まで?

いつまで私は彼を想い続けられるんだろう。

彼が私を必要としない日は来るのだろうか。

私が彼を必要としない日が来るのだろうか。

来ないでほしい、と思う気持ちもあり。

きっと来るんだろうな、と思う気持ちもあり。

でもでも、それがきっとすぐでないことを何の確証もないくせに信じて。

誤魔化して。

生きている。

それは悪い事ではないのだろう。

誰もが平気な顔で嘘をついている。

愛無き愛を謳っている。

とんだ物狂いだ。

でもね。

そんな事を考える私ごと容認できちゃう彼だから。

私にとって彼は全部なんだ。

だから私は――。



「だけど私は――」

ツナギは、手紙のその先を語り始める。

まるで、ここからが、自分自身なのだと、言い聞かせるように。

繋と司亜人に、決別を伝えるように。

ツナギが司亜人に向き合う。

その目には、溢れんばかりの涙が光っている。

歯が震えて、カチカチ鳴っている。

声は嗚咽のように零れるばかりで一向に言葉にならない。

見てわかるくらいに足もがくがくで、心も体も満身創痍だ。

それでも、ツナギは。

手を取った。

司亜人ではなく。

ザ・ワンの手を。

「彼が、好きなの」

熱く燃えるような想いが、体の芯から発せられる。

疲れ果てて、頭もろくに回っていなくて、だからこそ本音だろうけど。

弱々しく見える彼女の腕はしかし強く、二度と離したくないとばかりにザ・ワンを掴む。

「あなたじゃなくてね、司亜人、私は、ワンくんが、ムーくんが好きなんだ」

そう言って、ツナギはボクを見た。

ぐしゃぐしゃになった顔を隠そうともせず、彼女は笑った。

でも今までで一番綺麗な顔だと思う。

「ナギ、お願い」

願われた。

いつかのように。

「うん」

頷いた。

今を生きていることを確認するように。

そしてボクは心を鬼にする。

太陽の剣を強く握りしめる。

――殺す。

今までの迷いを。

ツナギの迷いを、悩みを、不安を。

そうさせてきた原因を。

繋の過去も。

司亜人への想いも。

もう。

この世界には要らないから。


「ばいばい」


ツナギがそう言って。

そう言ったと同時に。

ボクは、いつまでもいつまでもぐるぐるボクの前で舞っていた、その手紙を。



挿絵(By みてみん)



斬りつけた。

二度と、この世界に存在しないように。

何度も何度も、目に見えなくなるまで。

これこそがツナギの闇だと、言わんばかりに。

完全に手紙が無くなったことを確認して。

ボクはやっぱり同じ言葉を投げかける。

「今はこれしかできないや」

「うん」

ツナギに一歩、近づく。

ツナギもザ・ワンから手を離して、一歩、近づいてくれた。

「ボクもね、本当は不安なんだ」

「うん」

お互い、もう一歩近づく。

互いに近づき合えば、二歩ずつ距離は縮まっていく。

当たり前のことだけれど、それに気づくのには意外と時間がかかるものだ。

「ツナギがいてくれるから、ボクも強くいられるんだ」

「うん」

もう一歩、もう一歩。

繰り返し繰り返し、そしてボクの身体とツナギの身体が触れ合う。

ツナギの体温が伝わる。

体温だけじゃない、ただ体を触れ合わせてるだけなのに、心の内にある想いまで伝わってくるようだ。

ボクは。

ボクはもう神様じゃあないけれど。

それでも、ね。

「ボクはずっと、君だけの神様であり続けるよ」

「もう、充分私の神様であり続けてくれてるよ、ナギは」

そう言って、ツナギはボクを抱きしめてくれた。

ボクもツナギを抱きしめる。

それ以上は、何も言わない。

何も要らない。

それだけで、全部伝わった気がするから。

それに、ツナギからの言葉も、全部伝わってきている気がする。


きっと本当は全部伝わってないんだろう。

きっと本当は偽物でしかないんだろう。

きっとただの気休めでしかないんだろう。

私は私のままでいいわけがないんだろう。

私は私のままで前に進めるわけがないんだろう。

でもたぶん、ね。

それでいいんだよね。

ナギ、ありがとう。


なんて。

聞こえてくるようだ。

幻聴なのか、ボクの妄想なのか。

本当にツナギがそう思ってくれているのか。

全然わからないけれど。

わからないことだらけだけど。

そんなことはこれからいくらでも知っていけばいいんだよね、ツナギ。

とか考えていたら、「おっと」なんて言って、ツナギが一歩離れた。

なんだなんだと少しだけ警戒したけれど、はにかんだツナギを見て安心する。

別に何かをしでかそうという気はないみたいだ。

「ここはちゃんと、形式に沿わなきゃ、ね」

「形式?」

なんの話だろ。

ええと。

あぁ、わからん。

ツナギがにやにや笑っている。

これはあれだ、からかっている時の顔だ。

じゃあもう任せるよ。

シメの言葉はさ。

一息置いて、ツナギはおどけてこう言った。



「ん、ありがとう、私の神様」

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