神様が最後の舞台に上がるまで
例えばボクは、同時に二つの事をやれ、と言われてもたぶん出来ない。
ボクは目の前のことで必死だろうし、余裕があったとしても同時に何かを行ってしまえば、ボクなんかの拙い処理能力では両方出来なくなってしまうだろう。
行動に関してはそんな感じであたふたするだけして、二兎追う者は一兎も得ずな状態になってしまうだろう。
それはでも、思考に限定しても同様で。
同時に二つの事を考えれるかと聞かれれば、ボクは真っ先に無理ということだろう。
二つも考えてはいられない。
一つのことについてゆるーく思考を割くのだって、案外疲れるものだ。
というか、思考すること自体が結構な労働だ。
ボクはさほど聡くないから、なるべくなら、思考なんてせずに生きていたい。
あぁ、これも違うか。
今まで、自分という存在を認知してから今日までずっと。
自分が何者なのか、とか。
自分が何のために、誰に願われてここにいるんだろう、とか。
あるいは、ツナギのこととか。
ベルのこととか。
世界のこととか。
あれやこれやと生きているだけで、ううん、生きていくために。
思考する必要があった。
考えて、熟考して前に進まないと、何か道を違えてしまいそうだったから。
どこかから、零れ落ちてしまいそうだったから。
だからボクは今まで考え続けて生きてきたから、だからこそようやく手に入れられた幸せな時間を。
何も考えなくてもいい時間を幸せなものであると定義してしまっているのだろう。
だからこそ、思考なんてしないで生きていたい、なんて思っているのだ。
きっと、何も考えることなく長い時を過ごしてきたならば、逆に自分に絶望してしまうのかもしれない。
ボクとは正反対の感情から。
ボクは、いくら考えても手に入らない、空っぽの自分が嫌だった。
たぶん、思考しないで生きてきたならば、考える能のない空っぽな自分に嫌気が差すのだろう。
どちらも結局、自分を嫌いで、変えたいのに変えられない、という意味ではおんなじような存在だ。
今はそんなタラレバはどうでもいいのだけれど。
脇に置いておくけれども。
とにかく、思考なんてしたくないボクだけど、もう一度ツナギとベルと共に幸福を得るために今は全力で頭を使わないといけないんだと思う。
少しだって気を抜けない状況だ。
ボクとツナギの戦力はどうやら拮抗しているし。
司亜人の力はどうやらボクにもザ・ワンにも通用するみたいで、ザ・ワンも満身創痍だ。
そこに圧倒的な戦力差がある。
ならば、知略を巡らす必要はあるだろう。
そうでなければ、単純な力比べではいつかボク達は負けてしまう。
敗北をただ待つのは性分ではないし、というか負けてしまっては、死んでしまっては元も子もないので、それは避けておきたいものだ。
しかしでもいやはや難しい事にだ。
その策略なんかを考えようとすると。
「ツナグナ!!」
「――っわ!?」
また反応が遅れた。
右の太腿の肉を、一部閃光が抉り取る。
鈍痛が全身に走り、鮮血が音もなく滴る。
これだ。
ツナギ以外のことに思考を割いていると、ツナギへの反応が遅れる。
ツナギのことだけを考えていると、他に策略を考えている余裕がない。
あーもうまったくまったく。
これほど自分の足りない知能を恨んだことは無いよ!!
「ほら、もっと私に集中しないと、そういう一瞬が命取りだよ?」
「その一瞬でかすり傷しか与えれていないツナギには負ける気がしないよ」
「口だけは達者だよね、私の影響かな」
「どうかな、ツナギがいなくなってから分かったけど、ボクも案外独り言は多い方みたいだよ」
「それは奇遇だ、ね」
ツナギが話している中途でボクはツナギに向かって駆けた。
以前のように、疾風が駆け抜けていくような速さは微塵もないけれど、ボクなりに全力で走っていく。
今はスピードを気にしていられない。
自分はもう、ただの人なのだから。
幸い、元々本物の世界の身体に入っている(って表現が正しいのかよくわからんね)ツナギも以前ほどの無茶は出来ないらしい。
結構ボクと変わらない程度の力を発揮しているように思う。
逆に言えば繋がかつて神と並んだ、序列2位すら捉えたその力を断片的にも使えるのかもしれないけれど、まぁ、そうはいかないのだろう。
たぶん慣れの問題がどうとか、馴染んでいるとかいないとか、それもあるだろうし。
自分、という存在の在り方を変えているわけではないだろうしね。
しっかし、これはまずいよなぁ。
やばいよなぁ。
「現状、本格的に打つ手なしだ」
「声出てるよナギ」
「へ、うん、ごめんっておわっ!?」
寸でのところでツナギの攻撃を避ける。
今のは結構危なかった。
顔面すれすれだ。
「ボクの顔が傷ついたらどうするのさ!」
「あれ、ナギってそういう事言うタイプだったっけ?」
「ツナギが悲しむ!」
「あくまで私の百合基準かーままならないなー」
「ツナギがそう言ったんじゃんか」
「言ったっけ?」
「うん」
「まぁ、可愛い顔を傷つけることには抵抗あるけど、ね」
「ならこのままちょっとここでじっとしていてくれないかな、ボク上の様子が気になっちゃってさ」
「それは無理かなぁ」
ツナギが上を指差す。
また攻撃かなと思ったけれど、どうやらそのつもりはないらしい。
その指す先を見れば、ちょうど司亜人とザ・ワン、それに囮扱いを公言された繋が邂逅するところだ。
「あ」
「少し様子でも見てみる?どうやってまたムーくんがやられていくのか」
「……」
ムーくん、ね。
ツナギがザ・ワンのことをそう呼ぶのは、ツナギとベルとリアンとで水浴びに行ったときに知ったけれど。
ザ・ワンがかつてムートって名前だったこともベルに聞いたけれど。
そういえばツナギは、こうして再会した時にもムーくんって呼んでいたっけか。
……ふぅん。
別にいいけどさ。
まぁ、ゆっくりさせてくれるなら、お言葉に甘えよう。
ボクも気にはなっているし。
いざとなれば加勢もしたい。
もちろん、いつ何が起きても対処できるように常にツナギの動向には気を張っているけれど。
はてさて。
「繋の安全は守ってくれてるよね、ザ・ワン?」
そんなボクの声は届いているのやらなんのやら。
ようわからんね。
さて、そんな上空。
あ、いや、城のてっぺん。
ザ・ワンが囮を手に司亜人に迫っていた。
……文字にするとあれだけど事実なのだから仕方がない。
何するつもりだあやつ。
「どういうつもりかな?」
「あぁいや、お前こいつのこと殺したいんだろ?」
「そう言ったね」
「俺もよ、こいつの話聞いて思ったわけだ、全部こいつが悪い」
あぁ、そういえばそんなこと言ってたねザ・ワンは。
うん。
……え?
「それで?」
「殺させてやろうと思って」
「はぁ?」
はぁ?
はあああ!?
「んなっにやってんのあの馬鹿!?」
ええっ!?
馬鹿なの殺すなよ繋が死んだら全然駄目だろうが繋と司亜人は元の世界にお帰り頂いてこちらのツナギはこちらに返してもらう、それがボク達の目的じゃんかよ。
っていうか任せたのにその発想はおかしいだろうが。
一体どんな思考回路してたらその発想に至るんだよあいつやっぱりアホだろ。
ツナギの彼なだけあるよ!
あいつもツナギもおんなじくらい頭悪いな!!
「おいザ・ワン!!」
「うるせぇな、もう少し黙って見てろよ」
「え、もしかして私今死ねって言われた」
「ん、あぁ、まぁそうなるな」
「ええぇー……」
なんだあの気の抜けた会話は。
今死刑宣告を受けたんだよ繋さん、そこんとこわかってるかい。
わかってないなあれ。
もうどうにでもなれよ知らない。
「どういうつもりかな?」
さすがに司亜人も、この嘘とも思えないザ・ワンの言動に初めて驚いたような顔を見せる。
それだけ、ザ・ワンの言葉が突拍子もない、ということだ。
「殺せよ、殺したいんなら」
「……」
司亜人は手にナイフを構えた。
恐らくはさっきもそのナイフでザ・ワンに傷を負わせたのだろう。
と同時にザ・ワンが繋から大きく距離を取った。
さらに石剣を構え、重心を低く、いつでも駆け出せるような姿勢になる。
丁度、ザ・ワンと司亜人の中間地点くらいに繋が置き去りにされた形だ。
「本当に、どういうつもりなのかな?」
「言ったろ、殺したきゃ殺せよ」
ザ・ワンは少しも姿勢を崩さない。
「その瞬間が、お前も死ぬときだろうぜ」
「なるほどね」
何か、司亜人が得心した表情になる。
ボクもここでなんとなくザ・ワンの思惑に気付く。
ええと。
つまり、こういうことか。
司亜人が繋を殺す。
それと同時刻にタイミングを合わせて、ザ・ワンも司亜人を殺すことが出来れば。
自分の死をなかったことにしてしまえば、繋を殺せた事実も同時になかったことになるのでは、という算段か。
それ結構怪しくないか。
成功率がそんなに高いように思えないんだけど。
ザ・ワンの行動だけなかったことに出来るように思うんだけどなぁ。
そんなすぐに思いつくような穴をザ・ワンが見逃すようにも、やっぱり思いはしないけど。
「考えるね、個体の神様?」
「褒めても何もでねぇが?」
「君から何かを欲しいとは思わないよ」
「ちょっと、私を挟んで会話しないでくれる?」
思わず繋が口を挟む。
ボクとしても大体おんなじ意見だ。
んん。
どうやら司亜人が攻撃する気配、というか、繋を殺す気配がしない。
今のザ・ワンの何かしらの策が有効だってやりとりをしていたし。
ええと。
「関連事象、関連行動って言った方が正しいかな、それも一緒に消しちゃうんだよね、司亜人の力は」
あれこれ考えていると、答えが横にいるツナギから返ってきた。
なんと親切な。
さすがツナギ。
いや、敵に塩送ってることにならないそれ?
ザ・ワンが既に実行しているからいいのかな。
それに今司亜人と相対しているのは、ボクではなくってザ・ワンだしね。
うん、それはいいや。
で、関連事象ね。
例えば、ザ・ワンが司亜人を攻撃したという事実を『なかったこと』にしようと思う、と。
それはしかし、自分が繋を殺した、という行動が引き金であり、この行動がなければそもそもザ・ワンは司亜人を攻撃しない。
ザ・ワンが司亜人を攻撃したならば、それは司亜人が繋を殺したことと同義として捉えることがきっと出来るんだろう。
あの場では。
だから、ザ・ワンの行動をなかったことにしてしまうと、繋の死もなかったことになってしまうのだろう。
それでは、司亜人としてはあまり意味がない。
そして、現在の立ち位置は、司亜人とザ・ワンは随分と距離を取っており、その間に繋がいる形である。
見ていた印象だと、さっきまで司亜人はザ・ワンの行動を『なかったこと』にして、直前の立ち位置に戻った瞬間にナイフを突き立てることで攻撃していたようだった。
ザ・ワンもその方法は想定して動き、だからこそ致命傷を避けていられたんだろうけれど。
今はかなり二人の間に距離がある。
この状態になってしまっては、たぶん、いやまだ底が知れない感じはあるけどたぶん司亜人もだいぶ動きづらいんじゃなかろうか。
直接的な対策にはなっていない。
けれど、現状維持としては十全だろう。
さすがザ・ワンだぜ。
…………ってさ。
ザ・ワン、君の考えっていうものは。
これで終わりなのかな。
お手上げだった司亜人相手に、とりあえず現状を保留させるような所まで持ってくること。
それだけ、なのかな。
だとしたら、本当に本当の真意は。
ボクに向けて。
「あと頼んだぞナギ」
「あぁもうやっぱそうなるんだ」
ボクは再びツナギと向かい合う。
ツナギも全く同じタイミングでボクの方を向いた。
なるほどね。
どう足掻いても勝てそうにないザ・ワンは一旦置いておけ、と。
そこはどうにかしてくらたわけだ。
ザ・ワンとしても、これ以上の策は浮かばないってことか。
なら、やるしかない。
「ボクがツナギに勝のを待ってるってわけだ、ザ・ワンは」
「ひどいな、私が負けるとでも思ってるのかな、ムーくん」
「ボクが勝つようには思っているらしいね」
「一緒だよ、ね」
「結構違うように思うよ、ポジティブな捉え方とネガティブな捉え方は」
「さ、てと、まだやれる?」
「当然、向こうも小康状態になっちゃったし、そろそろ再開時でしょ」
「司亜人をああやって事実上動け無くしたことはすごいよ、褒めてあげる」
「ありがとう、言う相手が違うけどね」
「でも、その発想は大きな間違いだよムーくん」
「うん?」
「あぁ?」
ボクとザ・ワンの怪訝な声が被る。
そんな他愛もない事に若干、ツナギの声が揺れたように感じた。
気の所為なのかどうか、よくわからないけど。
「私は、ナギよりも強いよ」
そう、宣戦布告するツナギ。
いいね。
ボクも気持ちは同じだよ。
「ボクだって、自分がツナギより強いって思ってるよ」
「そろそろ決着つけようか」
「だね、やっぱ男はああやって女の行動を待つ生き物みたいだからね」
「それ、ナギが言う?」
「そういうしがらみのないボクだから言うんだよ、どっかの誰かと違ってね」
「しがらみのないナギなら、本当にさ、邪魔しないで欲しいな」
「殺されてくれと言われてはいわかりましたと答える生命はこの世界にそう多くないと思うけどな」
少なくともボクはそんなこと絶対に言わない。
自分から死のうと思ったことはあっても、それを誰かに言いたくないし。
誰かに殺されるのなんてまっぴらごめんだ。
今のツナギに殺されるのなんて、絶対に。
「でも、死んで欲しい、な!!」
「お断りだよ!!」
二つの力が正面から激突する。
ボクもツナギも、ほんの少しの休憩時間程度で何が変わるでもなく。
ただ自分の信念を貫き通すために。
誰かを。
誰かといた日常を。
取り戻すために。
ボク達は、戦わければならない。
さて、そろそろ大詰めかな。
ツナギの相手をしているのはとっても、何かが繋がっている気がして。
いつまでもそうしていたい、と感じる時間だったけれど。
名残惜しげに待っていることは性分じゃあないからね。
どんどん行動していかないとだ。
行動の先に、どんな結末が待っていたとしても。
それがボクの選択なんだろう。
ボクが決めた道なのだから、最後までやり遂げないとだ。
それに、今この場面、ボクがツナギに勝たなきゃいけない。
勝たないと、何も伝えられないし。
ボクは、司亜人に守られているツナギを同じ土俵に引っ張り出した。
ザ・ワンは、司亜人に対して硬直状態を造った。
ならば、後はボクがツナギに勝って、言う事を聞かせて、司亜人に諦めて貰わないとね。
実は、ツナギに対抗する策は、もうある。
もうというか、初めからあるんだ。
「一応一つだけ言っておくけどさ」
「なに?」
宣言はなるべくかっこよくいかないと、ね。
「もうボク達の勝ちだよ」
「それを、今から決めるんでしょ?」
……。
まぁね。
そりゃそうだ。




