表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NAGI ―神様と共に私を見つけるまで―  作者: 安藤真司
私編 2 ―神の宴―
6/72

私が狂気を覗くまで

神とは。

この世の破れぬルールを破ってしまう存在であるかもしれない。

不思議を以て不思議を制す、人ならざるものかもしれない。

得てして神とは偶像視されるものである。

この世界においては、人の身と共に生きているのに、だ。


神とは。

誰かの願いのかたまりである。

あるいは、誰かがいて初めて神として存在できる。

不安定な存在だ。

こうであってほしい。

こうでありたい。

その願いが神を神とさせる。


神とは。

ある意味では聖なる存在である。

ある意味では邪悪な存在である。

人の願いは時に正義から生まれる。

人の願いは時に憎悪から生まれる。

人の願いから生まれる神はきっと。

正負すべての願いを叶えるという意味では神は聖なのだろう。


神とは。

絶対的に善な存在である。

神の収縮という考え方がある。

世界は神によって創られたというならば。

なぜこの世界には悪が存在しているのか。

神は世界を創り、自身を収縮させたのだ。

つまり、全ての生命に平等に"場"を与えただけなのだ。

神が収縮したことで生まれた"隙間"から、何が生まれてこようとそれは神の知る所ではない。

無論、そこから悪が生まれようとも。

そこに悪が生まれたというなら、それは悪自体が悪いのだろう。

人から悪が生まれたというなら、それは人自体が悪いのだろう。



私とナギが雪山で助けた少女が元序列1位の神様であることを明かしたセレス。

そのセレスが、唐突に神について語りだした。

それは。

神が誰かの被害者であるかのような話だった。

でも。

私には。

それは。

それは。

神が誰かの加害者であるかのように聞こえた。

少なくとも、私には。


ナギには。

どう聞こえたのだろう。

わからない。



完全に固まった私とナギを見て、セレスが元の調子で続ける。

「まぁ今の話は雑談ということにしましょう、それで本題なのだけれど」

その声にようやくナギが反応する。

「元序列1位?……しかも今は最下位?そんな神聞いたことないよ」

ナギの知らない話を私が知るはずもない。

私はセレスに目線で先を促す。

「ナギちゃんは……そうね、目覚める前だったものね」

「目覚める前?それって」

「ナギちゃんがこの世界で目覚めるよりも前の話ってこと」

うん?

神様って、この世界に縛られてるんだよね?

それって皆同時じゃなかったの?

それに、ナギの記憶よりも前のことを知っているなら、かつてのナギを知ってるんじゃないの?

私の中に浮かんだ複数の疑問にすぐに気づいたらしい、セレスが私に顔を向ける。

「この世界に神が堕ちてくるのには結構な年数の差があるのよ、ツナギちゃん」

「そう、なんだ」

「古くに堕ちてきた神ほど、現時点での序列は高めね、ついでに思考も古臭いのばっか」

その情報はあんまりいらないな……。

続いてもう一つの疑問にはナギが答えてくれる。

「かつては神ってもっと概念的な存在だったから、神同士の付き合いなんてものは基本存在しなかったんだって」

なるほど。

私のないような記憶ではその関係性の方が近かった気がする。

「元神様序列1位、薄倖の神ベルヴェルク」

セレスの一言で意識をそちらに戻す。

あの、体の小さな女の子を目に浮かべつつ。

「薄倖の、神」

「どう、聞いたことはある?」

「ううん、全く」

「でしょうね、それが正しいわよ」

薄倖の神か。

なんだか悲しそうな神様だな。

でも、知らなくて当然ってどういうことだろう。

そりゃ、序列最下位なら、知名度も低いだろうし総数も多いけど。

何があったのかな。

「ベルヴェルク……ベルはね、不幸を集めてしまう神なのよ」

不幸を集めるって。

それが文字通りの意味なら、やっぱり悲しい神様なのだろう。

ふいに先ほどセレスが話した「神とは」という話が頭に響く。

あの話が、この薄倖の神のことを言っていたなら。

きっと。

「世界の不幸を自身に肩代わりしてしまう、優しい神様」

セレスの語り口も優しくなる。

「世界の不幸を知りながら、いつまでも純真でい続けた神様」

あぁ、その先はあまり聞きたくない。

「何よりも不幸でありながら、世界の平和を願い続けた神様」

そこまで話して、セレスの口元が綻ぶ。

知っている。

記憶のない私にだってわかる。

私を持たない私にだって、だ。

そんな神が、ね。


「世界で最も愚かな神様」


私の予想通りの言葉でセレスは悦に浸っている。

セレスが本性を顕わにしつつあるけれど、それも気にならない。

わからなくはないけど、ね。

そんな神がいていいわけがない。

いつかきっと破綻するだろう。

そして実際、ベルヴェルクは破綻したのだろう。

「ベルはね、気づかなかったのよ、とうの昔に自分一人で不幸を抱えきれないということに」

それでもなお、自分一人で受け止めようとしたのだろう。

「溜めこみきれなくなった不幸はやがて、彼女の周囲に漏れ出した」

願われて存在する薄倖の神は、果てない願いを叶えずにはいられなかったのだろう。

「ベルがそこにいるだけで世界を滅ぼしかねないと判断した私たちは初めて同盟を組んだわ」

その場限りのだけどね、と小さく付け加える。

「この世界では序列と影響力がイコールだし、もう不幸を請け負ってくれる神の存在自体は隠せない」

確かにそうかも。

「それで私たちは、ベルを死んだことにしたのよ」

「……死、か」

「ツナギちゃんがナギちゃんとどんな関係かよくは知らないけど、もうわかってるわよね」

「うん、わかる、神は、死ぬ」

「そ、神は死ぬわ、あっけなく、ね」

願いがある限り死なないなんてこと、あるわけがない。

いよいよ話が見えてきた。

「ベルは死んだ、もう自分の不幸を誰も助けてくれない自分自身で受け止める他ないと、そう説いたわ」

「でも、そんな話をするだけで変わるものなの?」

変わらないように思うけどな。

結局誰かが不幸を嘆く。

自分でない誰かに押し付けたいと願うんじゃ。

そう思考を流していたら。

悪寒が走る。

背筋が凍り鳥肌が立つ。

思わず私は席を立ちあがり、目の前に急激に感じられた、"悪意"に向けて臨戦態勢をとる。

なに、これ。

しかしもちろん目の前に物理的変化は何もない。

代わりに。

慈愛の神が慈愛とは程遠い狂気を放っていた。

「変わるわけないでしょ、なら、どうすればいいと思う?」

底冷えする声。

身体が震えて止まらない。

私は、恐怖してるんだ。

目の前の神に。

刹那の静寂を経て。


「殺せばいいのよ」


あぁ。

そうだ。

正しい。

勝手に願い勝手に失望する、そんな命は。

神にとって邪魔なものでしかない。

死人に口なし。

それは、どんな歴史を辿っても存在する、世界の摂理なのだろう。

でもその決断を少しの逡巡もなく下せる神の、一体何が善なのだろう。

何も言えない私に、言うべきことを全て話したセレスを受けて、今まで黙っていたナギがゆっくりと口を開く。

「ベルヴェルクは死んだことにして、なおもベルヴェルクに願う者を殺す、それでベルヴェルクの影響力を強制的に下げた、と」

ナギの声色からは感情が伺えない。

「その後ベルヴェルクはどうなったの?なんであんな雪山の中途に倒れていたの?」

「さぁ、そこまでは私にもわからないわね、本人に聞いてみないと」

「さっき言っていた、協議って何を協議したの?」

「ベルを殺すか助けるか、一応私が繋がっている神と話してみたのよ」

「なぜ?」

「以前は結果として助けた形になったとはいえ、私に言わせればベルも死ぬに越したことはないからね、一応の相談はしてみたの」

そこは助けることですぐに話がまとまったらしい。

神々が何を思ったのかは当然、わからないけど、ね。

「ボクは、やっぱりセレス達の考えを認めない、認めたくない」

ナギが急に語気を強めた。

「へぇ、そう」

「ボクは、ボクとツナギは、認めない」

「記憶もないくせに?」

「記憶がないから、そう言える」

「ナギちゃんも昔は、私と同類だったかもしれない、わよ?」

「だとしても、今のボクは認めない」

「言うじゃない、序列が24位にまで上がって調子に乗ってるんじゃなくって?」

「そんなこと」

「今ここで捻り潰してもいいのよ?」

再びセレスから狂気が漏れる。

しかしナギは怯まない。

「ボクはボクを知りたいだけだよ、セレスと戦うつもりなんてない、でも」

「でも、なにかしら?」

「いつかボクとツナギの邪魔をするなら、その時は受けて立つよ」

「あらぁ、なら、その時が来るのを楽しみにしてるわ」

そこまで互いに言い切って、小さな対峙は終わる。

強くなったナギに対して、私は何もできなかった。

でも、それでいいのかも、そんなことを思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ