神様が決意するまで
戦力差はしかし大きい。
こちらのまともな戦力は、ザ・ワンと、そして、新たに協力者として加わったリンドウだけ。
あとは、情報の共有の出来るこれまた新たに加わってくれたアリスに、限定的に力を使えるはずのベル。
ついでに一般女性代表の力しか出せないボクに繋に、リアン。
ボク達は、これっぽっちだ。
それに対し、今や司亜人は自身が支配の神ルルシアだと偽って世界の人も神も神擬きも手中に収めている。
ひょっとすれば本物の世界の理に生きる今のボク、そして本物のそのものである繋の前で、神様の力を封じることは出来るかもしれないけれど。
それでも、少なくともツナギはボクらの前で堂々と力を使っていたし、安心はできない。
いまいち、本物の世界の規則に従うボク達の影響がどこまで及ぶものなのかはよくわかっていない。
それは仕方ないようにも思うのだけど。
いざってときには不安だ。
人、神擬き、神様、全部を合わせてどのくらいの数になるんだろう。
ギルド三つ分……ざっと六万ってとこかしらん。
本当に全員が来るわけではないだろうけど、仮に半分が戦闘要員だとしたって、三万。
三万対、七。
ううむ。
こんなん全然無理だ。
せめてボクに収縮の力があれば、大分変わるんだけど。
ないものねだりはしていられない。
あるもの全部を使うしかない。
そのためには、やっぱり、よくよく頭を使わないといけない。
あんまり頭がいい方じゃないんだけどなぁ。
それこそないものねだりだよう、なんて思ったりはするけれど考えないといけない場面であることくらい、わかってる。
相変わらずタブーの中にボク達は身を潜めている。
さすがに七人もいるとどうにも目立つだろう、ということで少しだけ移動して、岩肌に隠れるように皆で座り込んでいる。
すぐ近くに川が流れているため、音としてもそれほど目立つこともないだろう。
ついでに言えばリンドウが自身の能力を見せるために、大きな、それはもう大きな爆音を響かせてくれやがったので、さっきいた場所からは動かざるを得なかったのもある。
多分にある。
なにやってんのこいつ。
そんな突っ込みを全く意に介さないリンドウの邪気のない笑みにさすがのボクも怒りを隠しきれなかったよ。
リンドウの妹らしいアリスもそれについては「なんかお兄ちゃんは変に真面目で、手加減って概念がよくわかっていないよね」と呆れていた。
概念がわかっていないのか。
なら仕方ないね。
うん。
なんだそれ。
妹よ、フォローするつもりが少しでもあるならもう少し言葉を選んでくれ給えよ。
それもうはっきり兄は馬鹿ですと言ってるようなものだよ。
まぁアリスはかわいいから許す。
目も髪もなんか、くりんくりんでかわいい。
それはもう、妹にしたい。
ちょっと大人っぽい妹。
なんだろねこの感じ。
ベルはもう完全に妹らしい妹なの。
永遠の妹というか妹の妹というかベルが妹じゃなかったら誰がボクの妹なんだろうってくらい妹。
そんな風に小っちゃくてかわいいベルはでも。
実に芯がぶれない。
かつて神様序列を下げられる事件が起きた要因でも、その後の行動でも、ベルは少しもぶれることなく自己を確立したまま生きている。
それはだから、逆に危なっかしい生き方でもあって、そこを丁度ツナギに指摘されたわけだけど。
たぶん、ボク達の中で一番強いんじゃないかな。
そんな所が、ただかわいいだけの妹とは一線を画している。
最強の妹たる所以だね。
おっと話が逸れたね。
今は最強の妹ではなく最高にかわいい妹、アリスについて語らなくてはならない。
そう、アリス。
まずはもう名前がかわいい。
アリス。
Alice。
名前の響きが既にボクの妹って感じだ。
そしてアリスの名前から連想される金髪のイメージではなく、あえて地毛をそのまま生かしたと思われる黒と茶の混ざった、いやこげ茶と呼ぶには少し違うのだけど。
そうだね。
暗めのメルティブラウンなんかが色合いとしては近い気がするね。
……うん?
あたかもテキトーに例として出した色がやけに具体的?
それはほら、仕様。
……っていうか、ボクはそんなに色について詳しくはなかったんだけどね。
ツナギがいつだかすごーくうるさかったことがあって。
なんか、ボクの髪色について。
ボクは自分ではこの髪色を、「なんか、まぁ、黄緑っぽい色」って思ってたんだけど。
ツナギが猛反発してきて。
いや、ぽいでしょと思うんだけど。
何か譲れないものがあるかのごとくツナギが「オリーブグリーンオリーブグリーン、ペリドットの鮮やかなオリーブグリーン」って捲し立てるので。
いやいや。
オリーブグリーンて。
ボクの髪色について言われているわけだし、グリーンってついてるからなんとなく色は想像できるけど。
普通に知らないしそんな色。
ついでにペリドットとかもなんのこっちゃと。
聞いたらなんか、鉱石?だか宝石?だかそんなものらしいとは聞いたけれど。
例えるのであればわかるように例えて欲しい。
まぁそんなことがあって、ツナギがやたらと色について色々(ダジャレじゃないのよ)話してくるせいで少しだけボクも詳しくなったということで。
特に髪色については、ツナギは恥ずかしそうに実は試したい色があるんだといって結構な話をしてくれていた。
ツナギはそのままでも充分に綺麗な黒髪だったけれど、髪色を変えてみたい想いも少しあったみたい。
そんなボクの記憶の中にあるツナギとの思い出を披露するのはこのくらいにしておいて。
またしても余計なことを話してしまった。
そう、アリスの髪質、髪色が白い肌にマッチしていて、もうそれは――。
「聞いてるか、ナギ」
「ごめんなさい聞いてなかった」
「お前な……」
「だってアリスちゃんとベルちゃんがかわいいからあっごめんなさい」
「あんまり聞き過ごせない勢いの台詞が飛び交ったような気がするんだけどナギさん」
「ほら、二人とも、ちゃんとワンの話を聞かないと駄目だって、真面目な話だよ」
「「はーい」」
おどけるボク達を軽く嗜めるリンドウ。
さすがのお兄さんオーラ。
と、いけないいけない、本当に今は真面目な話をしているところだった。
これから、一体どうやって司亜人やツナギ、セレスを倒すか。
単純に主要な敵である、と思われる彼ら彼女らに勝つ方法に加えて、多勢をどう躱すかも考えなければならない。
もちろん、司亜人に乗せられているだけの一般人を殺すわけにはいかないだろうし。
……。
「あれ?」
「どうしたおふざけならもう余所でやれよ」
「ううん、そうじゃなくって」
「ナギ、どうしたの、です?」
「うん、あのさ」
一つ思ったのだ。
なんとなく、数の差がまずいとか言ってた、けれど。
「別に、ボクは誰かを殺しちゃっていいんだよね?」
よく考えるまでもなく。
大前提として。
誓ったはずだ。
家族以外は要らないって。
ベルがいて。
ツナギがいれば。
もちろん、家族ではないだけであってボクにとってリアンは唯一の友達だからとっても大切だ。
リアンの代わりなんていない。
リアンにもいて貰わなきゃ困る。
それは言葉の綾、というか。
ボクに守るべきものが増えた、というだけの話であって。
今は置いておきたい。
でもだ。
ボクは別に、何の罪もない人達が相手だとしても、容赦する必要が、ない。
ないよね。
ボクの考えを周りにも押し付ける気はないのだけど、もうボクは。
何かを殺すことに躊躇なんて、しない。
したくない。
何の面識もない命を奪うことに抵抗なんて感じていたら、ツナギに届かない。
そんなのは優しさじゃない。
甘えだ。
敵を見逃すことでツナギに繋がる道を踏み外すくらいなら、情けなんてかけるべきじゃない。
「駄目だ」
でも、意外にもザ・ワンから反対の声が上がる。
え、と思い見れば、残りの皆も渋い顔をしている。
なんでさ、今更。
「皆に強制はしないよ、でも、ボクが自分でそういうつもりでいる分には問題ないでしょ」
「だから、駄目だ」
ザ・ワンはしかし、再度ボクを責めるように反対する。
「どうして」
「繋の世界を壊す気か?」
「……でも」
「駄目だろ、本物を知った以上は」
「……でも、この世界では、神様だって普通に死ぬはずでしょ」
「だからと言って、ナギは……お前は一番それをやったらいけない、だろ」
「う……」
すぐには言い返せない。
なるほど確かにここは繋が願った理想の世界。
であれば、その登場人物を見境なく殺していくのは、あまり良い行為とは言えないだろう。
上手くツナギを取り戻したとして、その後の世界のことを思えば、特にそうかもしれない。
家族さえいればいい、そんな気持ちで動き出すのはいいことだけど。
ボク達の物語はそこで終わるわけではない。
終わりの、その先が存在するのだ。
丁度いい所でエンディングを迎えられると思ったら大間違いだ。
そこまで視野に入れるならば、まぁ。
むやみやたらに殺すべきではない。
かもしれない。
けど。
「わかった、極力控えるよ……でも、どうしようもない時だけは、ツナギに手が届かないと判断したときには、ボクは、殺すから」
「……心に留めておく、もちろんそうなった時には止めない」
「うん」
と、見た目上は頷いておく。
胸の内では、ほんの少しも守る気はない。
殺すよ。
邪魔だと、敵だと、認識したらボクは、誰であっても殺すつもりだ。
エンディングのその後なんて。
ボクの知ったことではない。
その後に邪魔をするなら、それも全部殺してしまえばいい。
死人に口なし。
なんて言うけれど。
口だけじゃない。
実害は全部、殺してしまえばなくなるさ。
障害物を全部壊してしまえば、それはただの平らな道となる。
それでいいじゃないか。
って考えをしていたら。
アリスに頬を叩かれた。
と同時にベルに背中を殴られた。
それほど強い力ではなかったけど、体勢を崩してしまう。
おっとっと。
そして、倒れたボクの目の前には、リアン。
なんだか、とっても、悲しそうな顔をしている。
悲しそうな顔でボクを見ている。
「どうして、そんな風に見てるの……?」
悲しそう、じゃない。
リアンは実際に、涙を零していた。
熱い滴がボクの顔に触れ、目の前で弾ける。
「わかるよ、ナギちゃんが、何、考えてるか」
「……そか」
バレバレだったか。
様子を見るに、ボクの考えはお見通しだったみたい。
あれれ。
そっかそっか、全然だめじゃんね。
嘘はつけないかぁ。
ま、出会ったばかりのアリスがすぐに頬を叩いてくるくらいだ。
よっぽどわかりやすかった、のだと思う。
リアンはそのまま、ボクの胸に泣き崩れる。
これでもかってくらいに、すすり泣いて。
気持ちの奔流を抑えきれていない。
だから彼女の気持ちは、真っ直ぐにボクにも伝わった。
あぁ、そっか。
そうだよね。
こんな所にまで来てくれているくらいだ。
不安だよね。
心配だよね。
怖いよね。
「うん、大丈夫、大丈夫だから、ね、なるべく、以上の言葉を使うことは出来ないけど、きっと、大丈夫だから」
そんなことしか言えない。
そんな、上っ面の言葉しか言えない。
そう。
ここにいるリアンには、今さっき、全部を話したばかりだ。
どこだかよくわからない世界から来たらしいリンドウとアリスの二人と、互いに知らない情報をしっかりと交換するにあたって、リアンも当然その場にいることになった。
世界の在り様の全てを、知らせることに。
この世界が偽物である、って事を伝えることは難しかったけれど。
ツナギが二人いることはその目で見ていたリアンである。
司亜人が、本物と呼んだツナギと、偽物と呼んだ繋。
この真実を話すことで、全体の話も結構すんなりとわかってくれた。
でもそれは、まぁ、やっぱりすぐに受け入れられるようなものでは、ないわけで。
ボクだってかなり落ち込んだし。
リアンもリアンで色々思う所があるはずで。
それはぐっとこらえて話に参加してくれていたリアンだったけど。
今のボクの発言に。
堪えきれなくなった、のかな。
世界の真実を話すにあたって。
ボクとベルがしてきたことも、話をした。
この世界で。
たくさんの生命を。
惨殺したことを。
そのことに、もう罪悪感を感じなくなっていることを。
全部だ。
その上で、また、あんなことを言ったから、ね。
よくなかったのかもね。
それにこの戦い、リアンはどっちに転んでも、たぶん幸せから遠ざかってしまうことになる。
友誼からボク達の味方をしてくれたけれど、その所為で、だ。
予定通り上手くいって、ツナギを取り戻したとしても、失敗したとしても。
ボク達の仲間、という時点で後ろ指を指される可能性が、やっぱり、高い。
そんな未来を、自分で選んだことに。
自分が思っていた以上に、世界が悪い状態になっているという事実に。
リアンは不安を感じ、今こうして泣いているのだろう。
それでも、でもでも。
ボク達を選んでくれたんだ。
嬉しい。
ツナギを取り戻すことを望んでくれたってことだ。
せめてこの戦争において、戦いの場に巻き込まないようにしたい。
ボクはそれでも、ツナギのために、殺すしかない。
殺すしか、方法を知らない。
忘れてしまった。
だから、どんな約束があろうと、駄目なんだと思う。
そんな所まできっと皆には伝わってしまって。
皆寂しい顔をしているんだ。
ごめんね。
「ふん、一葉さんとは別次元で、自分勝手だね」
「だなぁ」
なんかリンドウとアリスがしみじみとしている。
アリスはちょっと怒ってる。
前から少し気になっていたけれど、一葉って言い方が「いちょー」に聞こえるのはなんでだろう。
訛りか何かなのかな。
無理矢理頑張って一葉にしているような言い方だ。
一応、二人の話も、ボク達は聞いた。
だから、この一葉という男の人が、黒田一葉という男を指していることはわかったのだけど。
いまいち褒められている気がしないな。
しかしながら、二人の話はこの世界が偽物であること以上に難解で、ボクは正直ちゃんと理解出来た気がしない。
ボクなりに二人がどんな経緯でここまで来たかを話してもいいのだけど。
長い割に何も伝わらない気がするから、それは暇があればその機会にやることにしよう。
本当に簡単にまとめるなら。
二人は以前、野上結という少女が創りだした世界の住人だった。
なんだかんだその世界でのいざこざは解決できた。
その解決に一役買ったのが、野上結の恋人らしい、黒田一葉。
で、黒田一葉と野上結は創られた世界から抜け出し、本物の世界に戻った。
その戻った黒田一葉からどんな方法でかは知らないけれど連絡が来て、この繋の世界を助けて欲しいと言われたらしい。
そのためになんやかんやここまで来て、ボク達に加勢している、とのことだ。
それ以上の事は、よくわからなかった。
話してはくれていたんだけどね。
その一葉から言われたのはただ一つ。
ここで起きるタブー戦争を、なるべく死者を出さずに終焉させて欲しい。
とだけ言われたそうだ。
もちろん、繋の味方として、というのは前提で。
リンドウとか、爆発させる能力でばんばん人でもモンスターでも殺せてしまうだろうけど、そんなことはどうやらしないみたいだ。
少しだけ安心。
そんな異常性を持っているのは、ボクだけで構わないからね。
さて。
リアンも少し落ち着いたところで。
何の話してたっけ。
いや、ボクが話を聞いていなかったって話か。
そうかそうか。
「で、何の話をしていたっけ」
話の取っ掛かりとして導入する。
それに対し、リンドウがしっかりと答えてくれる。
「あぁ、もう一つ、一葉から、繋さんに、伝言があってね」
そんな話だったっけ。
いや、まだ話してなかったのか。
「なに?」
「信じるか信じないかは、正直任せるんだけど」
「いいよ、それはちゃんと聞いてから、ちゃんと判断する」
「わかった」
リンドウは屈託なく笑うと、すぐに伝言の内容を口にした。
「『深淵へ向かえ、鈴鳴繋さん』だってさ」
その、意味不明な文字の羅列に、言葉の渦に。
ボク立場だと何の事だか全く分からないのだけど。
一人。
指定されていた名前を持つ、その本人。
鈴鳴繋だけが、重苦しい顔をした。
そして。
「心の深淵に……何が」
そんなことを呟いていた。
まるで、何かに怯えるように。
まるで、何かが待っているかのように。
彼女は立ち上がった。
だからボクも、リアンの見た目以上に軽くて脆い身体を支えながら。
立ち上がった。




