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NAGI ―神様と共に私を見つけるまで―  作者: 安藤真司
NAGI編 2 ―Taboo War―
56/72

神様が嘘を見抜くまで

ボクは神様だった。

自分が神様であることは何故か理解できた。

ボクは神様で、人間にはない不思議な力が使えて、それはたぶん誰かの願いから生まれる力で。

そう、ボクは縮めることが出来た。

掌に収まる程度の物体を、半分くらいに縮め収める力。

そんな程度の力。

それでも、ボクは自分が神だ、と信じることが出来た。

その存在が、存在の在り様が、神であることを確信させていた。

何故なら、この世界には、神しか行くことが出来ない場所があり、その場所に当然行くことが出来たから、ボクは自分が神だと疑う事なんてなかった。

神しか行くことが出来ない場所、だというのにその場所に名前はなかった。

必要なかったからだろう。

その場所には、一本の大樹がある以外には、何もなかったから。

その大樹には名前があった。

当然のごとくボクはその名前を知っていた。

大樹の名は、アドバルン。

アドバルンは先が見えないほど大きく、そして神であるボク達すら畏敬を感じる不思議なオーラを纏っている。

ボクら神はアドバルンに触れると序列を見ることが出来る。

神様序列だ。

神様には序列がある。

残酷な序列だ。

神としての存在意義が、ただの数字で計られてしまう。

しかもだ、神様序列が低いと、神本来の力が出せないというのだ。

神様序列を上げなければ、本来の自分の姿に戻ることが出来ない。

本来の自分の姿に戻れないままでは、今の、弱い自分が晒されてしまうということで。

誰かに願われた神様であるはずの自分が、誰の願いも叶えることが出来ない、ということで。

それは自分が自分でないまま無為に時間を過ごすということで。

そんなもの、認めるわけにはいかない。

どんな神様も、そう思ったのだろう。

だって。

自分がどんな神様なのかはわかるのに。

自分がどんな願いを叶えることが出来るのかはわかるのに。

序列が低いままでは何も出来ないのだから。

神様は、皆序列を上げることを望んだ。

本来の自分に戻ることを望んだんだ。

アドバルンに触れるたびに、ボク達は歓喜し、あるいは落胆し、そして再び序列を上げるために動き出す。

全ては、自分のアイデンティティを、取り戻すために。


それがこの世界での神様だ。


そしてボクは自分自身をこの世界での神様の定義から、やや外れている、とそう思っていた。

確かに基本的な行動原理はボクも大して変わらなかった。

ボクがこの世界で起こした行動は全て自己の確立のためだ。

元の自分を取り戻したい。

元の力を取り戻したい。

その通りだ。

ただ一つ違うと思っていたのは、取り戻したい、という言葉の意味合いで。

ボクは、過去の自分を全く覚えてはいなかった。

この世界で初めての記憶がどんなものだったかは、はっきりと覚えている。

ボクは確認したはずだ。

この世界に生まれた、その瞬間。

周りには、たぶん何もなかったように思う。

それともただ目に映らなかっただけでそこには風景が存在していたかもしれない。

そこは重要なことじゃない。

確認したんだ。

この世界での自分の立ち位置を。


ボクは、ナギ。

収縮の神。

女性を象った姿をしている。


それで、こう言ったはずだ。


「ボクは、誰で、今まで何をしていたんだろう――」


ボクは――誰だと。

今まで――何をしていたんだと。

そう、問いかけた。

自分が神様だということはわかるのに、どうして。

どうしてボクは今までの自分を全く覚えていないんだろう。

ボクは神様のはずなのに、どうして誰の願いも叶えた記憶がないのだろう。

ボクは、知りたい。

知らなきゃいけない。

ボクが一体どんな神様で。

どんな人に願われ、どんな人の願いを叶えてきたのか。

ここにいる自分になるまで、どんな軌跡を辿ってきたのか。


そのためだけに、ボクは移ろう世界を巡ってきた。

世界は思った以上に狭かったのだ。

この世界には町三つしか存在していない。

その町はそう小さくはないが、大きくもない。

たったそれだけの空間に神も、神擬きも、人も、一緒に生きている。

おかしい。

あまりにも、小さすぎる。

神が普通に暮らすには、こんなちっぽけな時空間一つじゃ、圧倒的に足りないはずだ。

ボクに繋がるヒントも、全く見つからなかった。

ならば、この世界の外を探すしかない。

そう思ったボクは飛び出した。

所詮ボクの力じゃ、空間的にどこかに移動するにも自分の人間並みの脚力しかないこの足で歩くことしかできなかったけれど。

アンダーワールドと呼ばれる、モンスターの蔓延るエリアと、タブーと呼ばれる不可侵域がここには存在しているようだった。

だからボクはそこに自分の残滓がないかと彷徨い歩いた。

結果から言えば、この世界のどこにも、"ボク"なんてものはなかったのだけれど。

ボクはボクなりに必死だったんだ。

自分が積み上げてきたはずのものがどこにもない、なんて。

そんな悲しい事は他にないんじゃないか、って。

そう思って、ボクはボクを探し求めた。

アンダーワールドでもタブーでも、僕が勝てるモンスターなんて一匹たりとも存在してはいなかったから。

だから毎日が死闘だった。

ボクにはたった一つ、収縮の力しかない。

それも、大したこともない、ごくごく小さなものしか収縮出来ない。

それでもボクは、その場を離れることが、どうしても出来なかった。

いつ死んでもおかしくない、そんな場でも。

このまま自分を知らずに永遠の時を生きていくことは、ボクにとっては死と同義だったから。

進んで死ぬ気はないけど、死んだって構わない。

そんな思いで、でも。

死ぬことも。

ボクを見つけることも。

どちらも出来ずに。

中途半端に。

死んだように生きていた。

神としての誇りも尊厳も存在価値も、何もない。

世界に産み落とされたバグか、ウイルスか、エラーか。

悠久の時をそんな風に無為に過ごしてしまった。

そう、あの時までは。

彼女に、会うまでは。

ツナギに、会うまでは。

そう、それで、色んなことがあった。

自分を探す長い長い日々と比べたら、ほんの少し、ほんのちょっとの期間。

ツナギと過ごす日々は、ボクにとって、相反する二つの想いを抱かせてくれた。

自分なんてものを忘れてしまうくらい幸せだった。

幸せを忘れてしまうくらい、このままでいいのかなって不安に駆られた。

どちらも、今まで感じたことのないほど大きな想いだ。

幸せだった。

初めて、家族なんて呼んだ。

ツナギは家族だった。

ベルは家族だった。

リアンは友達だった。

これでいいのかなと思った。

だって。

だってさ。

こんな素敵な皆と一緒にいるボクは。

何にもできない神様で。

皆には、こんなに沢山貰ってるのに。

ボクからは皆に何も、あげれてない。

ツナギに何も、あげれてない。

そんな状態で、ボクは知ってしまった。

世界の真理を知ってしまった。

もしくは、世界の、心理とも呼べるかもしれないけれど。

世界は繋の願いから生まれたものだと、知ってしまった。

なんだ、それ、と。

絶望してしまった。

結局、ボクの生きる意味なんて、この世界のどこにも存在していないんだと。

ボク自身が否定されたのだ。

楽しかったツナギとの時間すら、嘘偽りだったのだとしたら。

ボクが生まれた意味なんてない。

ボクがここにいる意味もない。

そんな風に絶望していたのは、でも、一瞬だけだ。

すぐに、ベルが勇気づけてくれた。

少し立ち上がった。

そして、本物を求めたルルシアを止めようと動いた。

そこまでは動けたけれど、またしても、本物の繋が現れてしまって。

ツナギがボクの中からもいなくなってしまったことを知った。

また、世界に蹴落とされた気がした。

なんなんだ、って。

こんな世界は、ボクだけじゃない、何一つ、意味の存在しない世界なんだって。

そんなことも思った。


でも、でもだ。

一つ、気付いちゃったのだ。

嘘に。

この世界の嘘に。

ツナギの嘘に。

そして、見つけた。

ボクにも、出来ることが、まだある。

ツナギに返せるものが、ある。

これが本物の世界の繋のためなのか、ボクの大好きなツナギのためなのかは、よくわからないけど。

「嘘は、正さないと、ね」

思わずツナギの口調を真似て、呟く。

ふふ。

ほんと、かわいいなぁツナギは。

目の前に現れたツナギの言葉は乾いていて。

ボクの知ってるツナギとは全然違っていた。

だからボクの知ってるツナギとは全然違う発言に怒りを抑えることが出来なかったけど。

違うんだ。

その通りだった。

その通りのはずだったんだ。

ボクの知っているツナギと違う?

当たり前じゃんか!

ボクの知っているツナギ以外、一体この世界のどこにツナギがいるって言うんだ。

ボクが知っているツナギこそ、ボクが求めるツナギなんだから。

そうじゃないツナギなんて、それこそ偽物だろう。

だから、あんなツナギの言葉も全部、偽物だ。

作られたものだ。

ツナギは、あんなこと言わない。

ツナギは、あんなことしない。

今のボクはそんなことは一切思わない。

たぶんツナギはボクが思ってるよりもずっと嫌な奴だろう。

嫌なことを考えて、嫌なことを口に出すだろう。

嫌な事だってするだろう。

例えば、神様を、殺す、とか。

そんなことだって、自分の信念に基づいて行うのだろう。

それはもう、どうでもいい。

ボクは誓っていたから。

家族の為なら、他には何も要らないと。

そうだ、そうだった。

もうボクは他には何も要らないのだ。

本当に、文字通り、他には何も要らない。

ボクは。

ううん。

きっと。

ボク達は。

ボク達は、これしか方法を知らないんだと思う。

何にも持たないこのボクも。

嘘つきで、何にも話してくれないツナギ。

ツナギに救われて、でもまだ、自分自身を信じ切れていないベル。

何があったのかはよく知らないけど、ツナギと、そして過去に縛られているザ・ワン。

ボク達は、ここまで来るのに傷を負いすぎたんだと思う。

だから嘘に敏感で、皆々軒並み自分勝手に世界を解釈して自分専用に書き換えてしまっている。

自分の都合の良いように書き換えている。

もう駄目だね。

疲れちゃったよ。

ボクは。

いやいや。

きっと皆だって、そろそろ疲弊してるんじゃないかな。

狡猾に自分の意思を騙してる。

それで世界を正当化しようとしている。

もちろんそれは、この世界の誰しもが多かれ少なかれ行っていることなのだろうね。

例えば、それこそ、神様に祈ってみたり。

身の回りでいざこざが起きた時に自分は無関係だと思いこんだり。

状況に合わせて好きでもない相手の事を好きだと言ってみたり。

あぁもう、言い出すとキリがないけど!!

皆自分勝手すぎるんだってば!!

特に、ツナギ!!

もう、何考えてるんだよ君は。

いや、目の前の事象をから目を逸らすようにして、考えることを一旦は放棄しちゃったボクが言うのもなんだけどさ。

ツナギが敵として目の前に現れて、司亜人の仲間みたいにしてたから全然頭が回らなかったけどさ。

しかも、目の前でルルシアを殺したのだから、まぁ、ね。

その罪は償わなきゃね。

駄目だけどさ。

それはきちんと断罪するさ。

ただ、ボクが裁くのはあくまで嘘についてだけで。

別に。

今更神様の一柱くらい、どうだっていいよ、全く。

繋は泣いて何かを思っていたみたいだけど、ボクだって既に沢山の神様を殺してきたわけだし。

そんなくだらない、これからのボク達に関係のない事までボクはツナギに謝ってほしいだなんて思っていない。

そう。

改めて。

はっきりと宣言しよう。

この世界に。

このボク達の世界に。

ボク達以外の登場人物は。

要らない。

必要ない。

ねぇ、ツナギ。

聞こえてるのかな。

ボクの声。

ボクの、心の声。

きっと聞こえてるよね。

だって、ボク達は繋がっているんだから。

いや、ついさっきまで、本当に繋がっていたんだから。

届いてるよね。

ツナギの真意はボクに聞こえてるからね。

ちゃんと、助けてあげるよ。

家族なんだもん。

当たり前でしょう。

ツナギが司亜人の元にいる、だなんて、ボクは認めないからね。

絶対に。

いつまでもツナギの嘘に付き合ってあげるほど、ボクは暇じゃないんだ。

だからボクは一言、空を仰いで呟いた。


「ツナギが本物になりたいわけ、ないでしょ」


ツナギは確かに言っていた。

本物として、司亜人の傍にいたい、と。

そんなわけないよね。

だって、ボクは知ってる。

あの時。

ツナギがボクに願ってくれた日。

あの時の言葉を一言一句違えずボクは覚えている。


「私ね、今の生活がそんなに嫌いじゃないの、ううん、すごく好きで、すごく大切」

「今の『私』が、すごく好き」

「ナギと、ベルと一緒にいるこの空間が大切」

「私は『私』を知りたい、『彼』を知りたい、『鈴鳴繋』を知りたい」

「でも、そのために今の私がいなくなっちゃうのは、嫌だな」

「だから、このまま前に進んでていいのかなって、不安だし、悩んでる」

「でも、私はナギの行く道を進みたいよ」

「だから、前に進む力を貸してほしいな、私の神様」


ツナギは、記憶を取り戻したって、今の自分を失くしたくないと言った。

それが不安で悩んでいると。

だからツナギはボクに願ったんだ。

無論、この願いの効力はまだ続いている。

ボクは、ツナギが前に進む、後押しをしてあげなきゃ。

それが結果として。

世界を創りかえるようなことになったとしても。

誰かを進ませるには。

まず自分が率先して前に進まなきゃね。

立ち止まるように願いはしたけど。

いつまでも立ち止まったままじゃ現状は打破できない。


さぁ。

物語を始めよう。

これで全部終わりにしよう。

そう。

終わりの始まり、なんて洒落た表現なんかじゃない。

ただボク達がボク達自身の問題を、終わらせる物語を始めるだけだ。

方法は全然綺麗なものじゃないし。

結果として、世界を丸ごと二つ巻き込んでの殺し合いをするだけ、かもしれない。

ボクも知らない誰かの思惑が介入してくるかもしれない。

でも。

もううんざりだよ。

大好きな家族と幸せな時間を過ごしたいだけなのに。

一体どれだけ障壁があるんだよって。

言いたくもなるさ。

そう。

格好良く物語を始めようだなんて、言ったけれど。

あるいはそれこそボクの嘘かもしれない。

結局。

一人称の象徴である心象なんて信じるに値しない程度の言葉しか紡げない、ってことなんだろう。

いいんだ、それで。

誰に信じて貰えなくたって、構わない。

これはそういう物語だ。

もう一度ボクは、この胸の決意を口にする。


「これは、ツナギを取り戻すための物語、ツナギを嘘から解放するための物語」


目の前には、大切な家族と、仲間。

ベルと、繋が、即席で作ったルルシアの墓を前に神妙な顔でボクを見ている。

そう。

舞台は、世界全域。

賭ける物も、世界の存在全て。

行うは――。


「戦争だ」

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