私が彼女に出会うまで
未だ眩む視界の雪山にて。
色々なことをふわふわ考えていたら視界の端にあるものが見えた。
え、あれって。
「ナギ!」
打てば響くのは、短くない期間一緒に過ごしてきた証だ。
「うん、誰か襲われてる!」
私は引っ張っていた「ツナガレ」を解除して(技名をこれしかつけてないのでもうなんか雰囲気で呼んでる)、
次にナギが足元に力を蓄える。
さっきまでは私がナギを引っ張る形だったのが瞬時に立場が逆になる。
あっ、ナギに抱かれる形も悪くない……。
「ツナギ、しっかり掴まってて!」
「あ、うん、はい」
ナギは空気を収縮する。
足元で急に高まった圧力は、ナギの思い通りに体積に変換される。
その爆発力でナギは私を抱えたまま超人的な跳躍を見せる。
目標は、何か大きなモンスターに襲われている人影。
視界が悪くて少ししか見れなかったけど、あれはどう見ても危なかった!
加速する視界の中。
見えた。
「ボクがこの勢いのままモンスターを担当するね」
「わかった、あの人は私に任せて」
ナギは言って私を放り投げる。
そのまま直進して、鉤爪を振りかざしている、人よりも数倍の体躯の怪物に直進する。
私は投げられた直後から腰を抜かして動けていない人の周囲に「ツナガレ」を張り巡らす。
ようし、全く問題なく助けられそう、
だ、
な?
あれ?
「ツナギ!こいつ、ビッグフットだ!」
わー、まじかー。
こんなところで出くわすとは。
確かに見た目はさっきのガガ族に近い2足歩行だのだが、どう見ても大きさが違う。
そして、噂が本当であれば。
「グゴアアァァ!!」
と叫んだビッグフットが私の「ツナガレ」の光の束を、その鉤爪で切り裂いた。
「ちょっ、本当に切れるんだ!」
噂通りビッグフットはこっちの不思議な能力を爪であればかき消せるらしい。
続いてナギが発した緑色の閃光も、ビッグフットに届いた瞬間に二分割される。
「くっ、こんのっ!」
私はまず、襲われていた人の安全を図る為、さっさとその人の背中だけを目がけて集中力を高める。
最短ルートで。
「ツナガレ!」
全力で走りながら左手と倒れてる人の背中を一番早く捉えられる道筋で繋げる。
今回はビッグフットに邪魔されることなく上手くいった。
その人をまず自分の方に引っ張る。
その間、ナギには足止めに専念してもらう。
「よっと、お?」
私は引っ張ってきた人をしっかり抱きかかえて、一旦その場を離れる。
見れば、小さな女の子が小刻みに震えている。
身体も嫌に冷たい。
……なんでこんな小さな女の子が一人でこんな山奥にいるんだろう?
荷物もろくに持っていないし。
そもそもここに来るにしては服装が軽装すぎる。
そして何より、武器らしきものを彼女は持っていなかった。
つまり。
「ハンターじゃ、ない?」
でもそんなことがあるのかな。
ハンターでもない女の子がここに一人でいるなんて。
それとも既に襲われたあとなのかな。
少し離れたところに小さくかまくらを作り私の上着を着せ、無理やり温かい飲み物を持たせる。
「ちょっとだけ待っててね」
それだけ言い残して、ナギの元へ急いで戻る。
心配はしていなかったけど、それでも思いのほか苦戦してるらしく、まだビッグフットを捕獲することはできていないようだった。
一人じゃ難しそうだ。
「ナギ!タイミング合わせて私のツナガレを収縮して!」
「わかった!」
私はツナガレを展開する。
ビッグフットの手の届かない範囲で、円状に。
広く包み込むように。
もう空間を自在に繋ぐことなんて朝飯前だ。
そして。
ビッグフットが動き出すより前にナギが私のツナガレを一点に収縮していく。
鉤爪を振り下ろすよりも速く、私のツナガレとナギの収縮の合わせ技がビッグフットを捕縛する。
一度私のツナガレに捉えられたビッグフットはさすがに動きを止めた。
そのうちにナギがサイズを手のひらサイズにまで小さくし、そのまま適当にカプセルに詰め込んでしまう。
ようし。
終わり。
「ふー、お疲れナギ」
「うん、お疲れ、ツナギ」
「じゃさっきの女の子迎えに行かないと」
「あの子大丈夫だった?」
「たぶん、でもちょっと変でね」
「変?」
「うん、なんかものすごく軽装でさ……」
と言いながら即席で作ったかまくらまで戻る。
さっきの女の子が苦しそうに寝ていた。
ナギが覗き込む。
「確かにこんな軽装、ありえないね」
「とりあえず早く戻ろう、ナギ」
「うん」
今度はナギが女の子を担ぐ。
ナギと比べても小さな女の子だ。
気合を入れて、なんの迷いもなく私は町まで一気に戻る。
猛スピードで町まで駆け下りた私たちは、体温の下がった女の子をどうにかするためにとあるギルドに向かっていた。
今まで私は利用したことはないのだけど。
医療ギルド、とでも表現すればいいのだろうか。
神様序列第4位。
庇護と看護を一手に引き受ける慈愛の神、セレス。
そのセレスが率いる医療ギルド『マーシー』の本部が私たちの住む町には存在している。
ところで、神様序列の一桁台前半はもう神様の中でもどこか狂っている、と言われている、らしい。
直接会うのは避けれるなら避けて通れと言われている、らしい。
その中でもセレスはその力の都合上、直接表舞台に出ることが多い神である、らしい。
ナギは私と出会う前に幾らか世話になったことがある、らしい。
というか、そのナギなんかは、
「会いたくない、ボク、会いたくないよ!」
とか言ってた。
え、そうなの。
積極的に会いたくないってどうなのさ。
慈愛の神セレスの話はしかし確かによく聞く。
怪我や病気を患ったらとりあえずこのギルドにお世話になればいいとか。
セレスがたまたまギルドにいる時にギルド本陣に運ばれたら怪我が治る代わりに何か大切なものを失うとか。
男なら魂を抜かれ。
女なら魂を抜かれ。
その他でも魂を抜かれ。
私が思うにそれ結局魂抜かれてませんかね。
セレスさん何者ですか。
とまぁ私はともかくナギとしては極力避けておきたい相手らしいのだけど、そうも言っていられない。
目の前に急病人がいるんだ。
私とナギは意を決してセレスのいるギルド、『マーシー』へと踏み込んだ。
最初に出迎えてくれたのはギルド所属なのだろうナース服のセクシーな女性だった。
仮にも医療班、もう少し気を遣って欲しい気もするけど。
まぁそれはいいか。
「あら、この女の子……すぐスタッフを手配するわね」
と、すぐに状況を察してナギの手から女の子を預かり治療部屋に移してくれた。
二人で治療部屋のすぐ横の椅子に腰かける。
ひとまずあの女の子の危機は去ったものと考えてもいいのかな。
さすがに序列4位のギルド、中も広くて設備も充実しているし。
セレスの元で医療能力を育てたスタッフがたくさんいるらしいし。
そのまま無言で佇む私とナギ。
そのうち沈黙に耐えかねて私が口火を切る。
「案外何もなく終わるんじゃないかなってナギ!?どうしたの!?」
なんか陸に揚がった魚のような顔してるよ!?
しかも小刻みに震えてるし!
「ツツツツツツナギ=サン?」
「何故にどこぞの異性物みたいな呼び方を……」
「さささささささっきの」
「ん?さっきの女の子?無事だといいね」
「いやいやいやいや」
あーもう。
「言いたいことはハッキリ言いなさい!」
「ナースの人!あれが!」
「はーい、ナギちゃん久しぶりー」
あら、先ほどのナイスバディなナースさん。
ふむ、これはナギの様子を察するに。
「ひょっとして、あなたが、慈愛の神セレスさんですか?」
「セレスでいいわよ、ツナギちゃん」
「は、はぁ」
「それよりナギちゃん?久しぶりに会ったのにその反応はないんじゃない?」
「はっ、はい!それはもうご機嫌麗しゅうセレス様!」
さ、様!
今ナギ様って言った!
何があったのさ!
ついでに怯えすぎだし!
いや色々と気になることはあるけれど!
ひとまず!
「なんでギルドの長が真っ先に登場してきたんですか?」
「いやねー、珍しくナギちゃんが来てくれたとあれば私が直々に相手をして然るべきでしょう?」
そうなのか。
そうなの?
一体ナギとどんな関係なんだ!
お姉さんに洗いざらい話してくれないと許さないぞ!
「私とナギちゃんのことも気になるかもしれないけど、その前に確認してもいいかしら?」
とセレスは私たちを近くの部屋に案内した。
他の人に聞かれたくない、ということだろう。
そう言うならナギの事は後回しにしてやろう。
仕方ない。
木造りの丸い卓を囲んでセレスが語りだす。
冷静に考えてなんでこの神様ナース服着てるのかしらん。
髪もきちんと帽子の中に収まるように結んでるし。
と見てくれを観察していたらセレスから、
「あれは、どういうつもりなのかしら?」
と、なんだかよくわからない質問が飛んできた。
私もナギも疑問符を浮かべる。
「あら、じゃあやっぱりわかっていないで連れてきちゃったんだ?」
「え、あの女の子が何か?」
「そう、あの女の子……協議の結果、治療はしておくことにしたけど」
「どういうこと?セレス」
協議?
なんの?
セレスは私とナギを交互に見つめ、はぁとため息を吐く。
そして。
「あれは元序列1位の神よ、今はもう最下位にいるけどね」
衝撃的な発言をのたまった。