神様が理を超えるまで
ドクン、と。
感じる。
心臓の鼓動のような音。
ボクの胸がその度に重く、深く響く。
ボクはこの音を知っている。
きっと、よく聞いていたからだ。
きっと、ツナギの音だからだ。
「ほう、来たか」
何事もなかったかのように、ボク達が来ることも知っていたかのように、ルルシアは自らの拠点としているギルドの最上階にいた。
ここに来るまでの中途、ルルシアの配下である神三柱に邪魔をされた以外は何者もボク達の事を妨げなかった。
神がやられている状況ではその方が懸命なのかもしれない。
「まるで俺達がここに来ることを疑いもしてない、って感じだな」
ザ・ワンが直球で尋ねる。
そこにはもちろん文字通りの意味の他に、自分の部下を差し向けておいて、その部下が戻らないことを当たり前に考えている事への憤りもあるのだろう。
ほとんど一緒にいたことがないのに、その怒りのほどが隣にいるだけで伝わってくる。
それは、ザ・ワンの持つ怒気なりオーラなりがボクにもわかるほど強いものだからなのか。
それとも、ボクの中にツナギに繋がる何かがあるからだろうか。
どちらにせよ、ザ・ワンは随分と怒っているようだ。
ボクはといえば、実の所そこまで特別な感情はない。
そこまでルルシアのことをよくわかっていない、っていうのもあるけど。
今はとにかく、ボクのツナギを取り戻すことだけに集中している。
ルルシアの願いは、悪いけど叶えさせてあげない。
「我が全てを話したのは理由がある」
「急になんだ?」
「たぶん、私たちに世界の真実を話したことについて、です」
あぁ、なんで今になって話したのかってことか。
それは、たぶんほんの少し前までは混乱してたしよくわからなかったけど。
ルルシアが何の意味もなく、何の得もなく、ボクとベルに話をするわけがないよね、っていうことと。
今ボクが感じているこの感覚が、答えだ。
「本物の繋が、もうすぐそこまで来てるんだね?」
「……そこまで理解できたか」
「さっきからずっと、感じてる、ボクの中のツナガレが、ツナギが、繋の鼓動を」
「やはり不確定要素があるとすれば、ナギ……収縮の神ということだな」
「ボクの状態を見て焦ってるんじゃない?」
「あまり調子に乗るなよ、汝ら程度の存在、支配してくれても構わんのだぞ?」
双方、好戦的に睨みあう。
何のことはない。
互いに腹の探り合いだ。
ボクはルルシアの真意を知りたい。
ルルシアはどうやらボクに起きている現象を知りたいらしい。
本気でルルシアが力を使う気であればとっくに、この場に来るまでもなく戦闘は開始しているはずで。
配下の神をボクらにぶつけてくることもなかったはず。
まぁ、ルルシアが力を使おうとしたらたぶんザ・ワンがすぐに動く気は、するけど。
なんとなくだけど、ザ・ワンはそういう神だ。
「俺がここにいる以上は、支配の力は使わせねぇよ」
「押さえ込めるかな、我の方が序列は上だぞ?」
「序列の関係ない世界に飛び込もうとしている奴にそんな言い訳するかよ」
「ならば試してやろう」
「はっ、いつでも来いよ……」
ルルシアの力はあなたにしか対処できないので出来ればそんな戦う事に関しては挑発してほしくないんだけどな。
いや、それはボクも人の事言えないか。
十分挑発してたか。
すまぬすまぬ。
と、思う間もなく。
ルルシアが急に手にした大剣でザ・ワンを斬りつけ、ザ・ワンはそれを事も無げに石剣で受け止めている。
その光景になるまでの過程は一切見えなかった。
やはり文字通り次元が違うのかもしれない。
ボクにはその世界にまで踏み込める気がしない。
次元の神グォールを殺したことで神様序列が仮にも4位にまで上がったこのボクでも、まるで二柱の動きを捉えることは出来ない。
果たしてそれは能力的な問題なのか、それとも精神的な問題なのか。
依然としてボクにはよくわからない。
しかしいつまでも指を咥えて眺めてばかりもいられない。
少なくともボクのすぐ隣で臨戦態勢を整えているかわいい神様、ベルに比べたらボクは遥かにこの戦いに介入できる要素を持ち合わせているはずなのだ。
目配せをしようとベルの顔を覗き込もうと思うと、丁度ベルの方もボクに顔も向けてくれていた。
これも一つの以心伝心かな。
「行ってくる」
「サポートは任せろ、です」
「うん」
そう短い言葉を交わして、踏み込めない領域へと小さく右足を踏み出す。
戦闘領域に"敵"以外の異物が侵入する。
それだけで二柱の神の意識はその異物こと、ボクへと向けられる。
ボクにはルルシアほど自由に世界を変えられないし、ザ・ワンほど無茶苦茶に相手に突っ込むことは出来ない。
でも、今この世界でボクは最速なのだ。
時間も空間も関係ない。
ボクとツナギ、二つ分の思考がボクを加速させていく。
そう心から念じるだけで、ボクはこの世界のルールから外れる。
神としての枠組みから外れる。
世界の在り様を変える存在ではなく、世界の在り方の違う存在となる。
きっと、今のボクならそれが出来るはずなのだ。
ツナガレがある今のボクなら。
本物の鈴鳴繋の鼓動を感じているボクなら。
この偽物の世界の規則に捉われない、小さな力が出せるはずなんだ。
ボクは何度も何度も自分に問い続けてきた。
ツナギがいなくなってしまったあの時から。
どうしてボクはツナガレを使えるのだろう、と。
もちろんわかるわけがない、だって、知らないのだから。
知らないことは悪い事ではない。
知らないことを知った時に、知ろうとしない事が悪いわけでもない。
でも、知らない事は悪い事だ。
実際ボクは何も知らない自分を憎んだ。
ボクはツナギに沢山の事を教えてもらった。
なのに、そのツナギの事を何も知らない。
そして、教えてもらったはずの何かも、少しずつ自分から零れ落ちていくのがよくわかってしまった。
同時に、今まで過ごしてきた途方もない時間が全て無為に思えてきた。
ボクは結局、自分を知ることが出来ないままこれから先も生きていくのかな。
ボクは結局、ツナギと出会う前の自分と何一つ変わっていないのないかな。
ボクは結局、ツナギの事を何も知らないままツナギとお別れになるのかな。
ボクは結局、誰かを変える力なんて得ないままに神を名乗っていくのかな。
ボクは結局、このちっぽけな力が誰かに必要とされることなく過ごしてゆくのかな。
ボクは結局、ツナギにとって疫病神みたいなものだったんじゃないかな。
ボクは結局、自分の力じゃ何もできない赤ん坊と同じなのかな。
ボクは結局、記憶のない自分をどこかで許してしまっていたのかな。
ボクは結局、記憶を取り戻すことを拒絶してしまっていたのかな。
ボクは結局、失った記憶を取り戻した後の自分が自分じゃなくなるかもしれない恐怖に怯えていただけなのかな。
ボクは結局、居心地の良い空間を作ってくれた皆に甘えていただけなのかな。
ボクは結局、ボクから何かをあげることはなくってずっと誰かからもらってばかりなのかな。
ボクは結局、こう考えてしまっている自分の心が許せないんじゃないのかな。
ボクは結局、今まで何一つ生きたと呼べる行動をとったことがないんじゃないかな。
ボクは結局、自分がいてもいなくても何も変わらない世界が妬ましかったんじゃないかな。
ボクは結局、神の中で最も気味が悪い類の在り方をしてきたんじゃないかな。
ボクは結局、何がしたくて何をしてきて何をされたかったのかな。
ボクは結局、本当に許せない物が確かにあったことを忘れようとしてるだけなんじゃないかな。
ボクは結局、どうしようもない現実を神としての力でもって変えようとしてただけなんじゃないかな。
ボクは結局、いつだって自分の事しか考えてこなかったんじゃないかな。
ボクは結局、ベルよりもツナギよりも自分の事が大事だったんじゃないかな。
ボクは結局、そう結論付けられる収縮の神が憎くて憎くてたまらなかったんじゃないかな。
だから。
ボクは結局。
「この腐った世界を変えたかっただけなんだ」
「こんな世界は間違ってる」
「どうして、ボクばっかりがこんな目に合わなくちゃいけないんだよ」
「ボクはこんな世界、認めない」
「ボクは、ツナギがいて、ベルがいて、皆がいて、皆が何も苦しむことなくただそこにある世界を望むんだ」
「そんな願いすら叶わないこんな世界は、いらない」
自分の為に。
自分の為だけに。
それを願う。
ベルに願ったものとは根本的に違う。
これは利己的で排他的で私利私欲のみを考えていて。
ボク以外の誰が不幸になるとか幸せになるとかそんなものはどうでもいい。
ボクは一歩立ち止まる必要が確かにあった。
でもそれじゃあ、どこにもいけない。
そんなことにすぐ気づかされてしまった。
立ち止まっていたんじゃ。
大事なツナギを取り戻すために戦いに参加することも出来ない。
もうそんな自分は嫌だ。
やめだ。
そんな姿で満足できるボクなら、それはボクじゃない。
いくらでもころころ願いが変わるけど。
それでこそボクなんだ。
立ち止まりたくなったら立ち止まればいい。
踏み出したくなったら踏み出せばいい。
そんなことで悩む必要なんかどこにもないのだ。
そして。
「この世界のルールがボクの邪魔をするなら、ルールなんて破ればいい」
この世界での絶対的ルール。
神様序列。
他の存在への影響力によって上がる、全部で32位までの序列システム。
神の序列を一体どんな存在が管理しているのかは知らないが、アドバルンと呼ばれる大樹に触れれば、序列を示してくれる。
序列は上がれば上がるほど、神は神としての自らの能力を、本来の力を取り戻すことが出来る。
つまり序列の差はそのまま世界を改変する力の差に等しい。
神とは元より世界の不条理を打ち破る存在である、その力は系譜は違えど総じて世界の改変と言える。
ここでは、そうやって序列の高い神が当たり前に世界を願い通り変えていくことこそが既に世界のルールとして組み込まれている。
誰も彼もが神に願う。
神は当たり前に願いを叶える。
なら、その神の願いは誰が叶えればいいのだ。
神だけは、自分の力で叶えなくてはならないのか。
それは神にとっての不条理ではないか。
今ボクが望むのは、序列通り字空間を飛び越えて全てを支配する神と、一切の不思議を打ち消すという不思議を身に宿す神、これらに対抗しうる力を得ることだ。
世界のルールに則った力なんていらない。
この不条理を破るにはこのボクの今いる世界の常識じゃ通用しない。
でも、今のボクは知っているんだ。
この世界は偽物で。
本物は別にあるんだと。
ボクは何も本物なんて望んじゃいない。
でも、でも。
本物の世界のルールであれば。
この偽物の世界のルールくらい、簡単に覆すことができたっていいなじゃないか。
本物が偽物に勝つなんてことは当たり前なはずだ。
だからボクは今だけでいい。
自分の世界を本物にしたい。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
再び、鼓動を感じる。
ツナギの……いや、きっとこれは繋の鼓動だ。
わかる。
これが本物の繋の鼓動なんだ。
本物の世界の鼓動。
鼓動。
波長。
振動。
周期。
その全てが手に取るようにわかる。
ボクの心臓も呼応するように同じリズムを刻みだす。
呼吸が荒れる。
自分の中の何かが、世界の理を超えていく負荷に耐え切れずに死んでいくのがわかる。
突如走った激痛に視界が眩む。
心なしか右腕の感覚もない。
そんなことも気にしていられない。
もっと、もっとだ!
ボクは、ツナギの為に。
ツナギと、一緒に。
この偽物の世界で。
ずっと。
「だから、邪魔、する、な!!!」
ここまで、一瞬。
ボクは左足を踏み出した。
ルルシアもザ・ワンも急速なボクの変化に何も手を出すことは出来ない。
当然、ボクは今、この世界のルールに従っていないのだから。
「な、にをしている!?」
「おいナギ!?」
驚く声も、心地よいボク達の鼓動に色を加えるスパイスにしかならない。
「ボクはね、わがままなんだ、だから」
「ぐっ、何をしようとしている!?やめ……」
「させるかよ!!」
恐らく何か力を発現させようとしたルルシアをザ・ワンが止めにかかったのだろう。
硬直状態が続く。
そして。
その間に。
ボクは。
掴んだ。
本物を。
偽物に打ち勝つ力を。
ボクを守るための力を。
さぁ。
本物。
ボクと、ツナギを。
「お願い」
その時、何千何万と続く世界の理が、音を立てて崩れ去った。




