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NAGI ―神様と共に私を見つけるまで―  作者: 安藤真司
私編 3 ―end my order ?―
35/72

私が戦争を知るまで 漆:"その一"かく語りき

それは作戦と呼べるような作戦ではなかった。

策、ではなく、ただそうしろ、という。

命令で。

そうしなければ、負ける、という。

事実確認で。

彼女にとっては。

友との仲を裂くものだった。


ムートとヴンシュは、タブーに向けて歩いていた。

ここまでに互いに交わした言葉は、

「どうしたらいいと思う?」

「俺は、正直に言っても、いいと思うけどな」

「……でもそしたら、なんて言われるかな」

「わからない、最終的な判断は、ヴンシュが決めろよ」

「そう、だね」

だけである。

二人はこのように、既に多くを省略した状態で喋れるようにまでなっていたが。

そんなことに気付くほど余裕がなかった。

今朝。

ルルシアからヴンシュは、友人であるイグを通して、タブーの生命を一か所に集めるように言われた。

その場を急襲して一気に形勢を変えようという算段らしい。

その作戦を言われた瞬間、頭に血が上った二人はすぐに気づくことができなかったが。

落ち着いて考えてみれば、だ。

この作戦はおかしい。

どう考えてもおかしいのだ。

そもそも、この戦争の在り方が普通の戦争とは異なっているせいでもあるのだろう。

つまり。

タブー元々の在り様がだ。

こちらから踏み込まなければタブーの化け物は、襲ってこないという在り様が。

こと戦争と呼べるほどの大規模な戦いを仕掛けられてもその事実が変わることはなかった。

こちらから仕掛けなければ何もないということは、こちらが戦争を終わらせると言えば勝手に戦争は終わるのだ。

それでも終わらせないのは、単に意地と矜持という話もあり。

ただ、今の暮らしをより豊かなものにしたいと願う者が多いからという話もある。

神と人双方の合意のもとに戦争を行っている、それがまず戦争の初期状態である。

そして。

ルルシア含め、多くの人間は、ヴンシュがタブーに住まう生命、イグと友誼を交わしていることを知っている。

そのヴンシュが、他の誰も理解できないタブーの言語で。

友人に嘘をつくようなことを本気ですると思っているのか。

これはムートの意見だが。

もしかすると、ルルシアはその先まで見越しているかもしれない。

ヴンシュが作戦内容を赤裸々に語ることで、何かを成し遂げようとしているのではないか。

あるいは、ヴンシュがどちらにせよ何かを伝える、そのことに意味があるのではないか、と。

わかるはずもないのであくまで予測でしかないが。

だが、なんにせよすぐにイグに会う必要が出てきたので二人はすぐにタブーの、いつもの場所に向かった。


「あぁ、久しぶりだね、ヴンシュ」

「うん、大丈夫だったイグ?」

「それより、ちょっと周りから見えないような場所に移動しようか、こんな時だし」

「だね、それが懸命だと思う」

久々に会うというのに、変わらぬテンポで会話し、少し場所を移動して洞窟のような場所の入口に座り込む。

イグは相変わらず少女の姿をしている。

戦争が始まっても毎日ここを訪れてヴンシュを待っていたらしい。

「戦争、してるね」

「タブーもその話題ばっかり?」

「うん、性懲りもなくまたやってきた、とか」

「そっか、大変だね」

「気を付けた方がいいと思う、最近、もう直接手を下す時が来たんじゃないかって話をしてる奴もいる」

イグがさらっと発したその言葉に、ムートとヴンシュは身を震わす。

向こうからも、タブーからも、町に出てくるかもしれない。

それは、ぎりぎりの所でこの戦争を、ただの不利な状況に留めている唯一の綱だというのに。

もしも、それが現実のものになったら。

「間違いなく、死ぬね」

「だな」

「どうにか、この戦争を止められないの、そっち側は」

「……それについて、イグに話がある」

「……聞かれたくないこと、だね?」

「うん」

「わかった」

互いに目配せをして、そこからは二人、タブー世界の言語で会話をする。

ムートにはその内容はわからない。

だが。

(どうせ真面目に全部話してるんだろうな)

と、わかってしまっていた。

その表情だけで。

そしてそれは事実であり、ヴンシュはルルシアが話した計画の全てを話していた。

計画だけでなく、ルルシアにはまだ何かしら別の思惑があるかもしれないということまで含めて、全て。

それらを聞いていたイグは特に表情を変えることもなく、ただ頷いていた。

一通り話し終えると、二人は大きくため息をついた。

ムートが気を遣う。

「お疲れさん」

「どうも」

「そんなことになっていたなんて、私はどうしたらいいのかなぁー」

「任せるよ、私にも正解なんてわからないし」

本気で悩ましい顔を見せるヴンシュににぃっと笑いかけるイグ。

「なーに言ってるですか、もちろん私はヴンシュの味方だよ」

「イグ?」

「正直気は進まないけどね、私はタブー側でもそちら側でもないよ、ヴンシュの味方なのです」

「……ありがとう、イグ」

「いつかのお返しが出来るかな」

「そんなの、もう十分返してもらってるって」

「じゃあ追加の恩を売っておくよ」

「そうさせてもらえると、嬉しい」

「りょーかいですです」

どうやら方向性が決まったらしい。

ムートはきちんと聞いたわけではないが、この二人の出会いにもいくらかの波乱があったらしい。

概要だけを聞くところによれば、瀕死のイグをヴンシュが助けた形になるらしい。

肉体的にも、精神的にも。

詳しいことはヴンシュもイグも話してはくれなかったので、ムートが知る由もないが。

そんな絆で結ばれているらしい。

そのことに密かに安堵したムートは、今後のことについて一応まとめておくことにした。

「聞いてくれ、俺たちの、方針を」

「私たち?」

「あぁ、イグが言った通りだ、タブーでもない、神々でもない、人でもない、俺たちの方針だ」

「へぇ、じゃあムート、お願いできる?」

「まず、ヴンシュと俺は何人かを引き連れて、タブー側に降参の意を示しに行く」

「そうだね、それで、そこにルルシア達が、一斉攻撃を仕掛ける予定」

「それで、私はどうすればいいの?何を伝えればいいのかな?」

「イグにはこの作戦が上手くいくように、なるべく多くの同胞達に伝えてほしい」

「わかったよ」

「ごめんね、辛い役回りさせて」

「いいってば」

「それで、だ、俺たち、俺とヴンシュとイグ、俺たちは、この戦闘には参加しない」

「……んん?」

「だって、私たちが中心で現場にいるんだよね?」

「あぁ、だが、俺たちは戦闘に参加する必要がないんだ」

「どういうこと?」

「だからさっきも言ったろ、今回に限りは、俺たちの方針なんだよ」

「私たち全員がそれで、得する、と?」

「いいや、もっと単純によ、イグも狙われる可能性があるだろ?」

「それは、うん、そうだね」

イグを攻撃しないことを約束はしていたが。

守られるとは思わない方が確かにいいかもしれない。

ヴンシュはムートの言いたいことをなんとなく察した。

「それにタブーの生命に関しても同じだ、きっと集まってくるような奴らは交渉に乗るような連中じゃなく、俺らを討滅しようってのだろ」

「それも、そうかもね」

イグもムートの意見に同調する。

ムートの言うとおり、恐らく自分が声をかけて集まる者は、神を殺そうとするだろう。

そうであるならば。

ムートの言う、『俺たちの方向性』とは確かに一つなのだろう。

「だから、今回は俺たちは戦いには参加しない、すぐに逃げる、結果は、他の奴らに任せる」

「それでいいのかな」

「俺も、逃げるって選択肢は実はよくないと思っては、いる」

「なら」

「でもな、そういうんじゃねぇだろ、友情って」

「……ん」

「いい事言うねぇムート、やっぱり彼氏?」

「違う」

「彼氏希望だ」

「うちのヴンシュはいい子だよーお買い得だよー」

「勝手に安売りしないで」


ムートは思ったのだ。

何があろうと。

ヴンシュとイグの仲を裂くことはあってはならないと。

仮にヴンシュが作戦の事を隠したとしてもムートはイグに全てを話すつもりでいた。

そのうえで今と同じ話をする予定だったのだ。

口先では逃げるなんて言葉を使ったが。

逃げる為ではなく、前に進むために。

きっとあるはずの、ヴンシュとイグが笑いあえる未来を信じて。

ほんの少しだけ見える、微かな希望を掴みとるために。

この戦争が終わるまでは、本来一緒にいない方がいいのだ。

だが、やむを得ない事情であれば、それは避けるべきである。

そんな風に考えて、ムートはこの選択をした。

自らの意思でだ。

世界に正解など、ないから。

自分の信じた道を行くしか、ない。



そして、作戦当日がやってきた。

ムートとヴンシュは不安を抱えつつ、軍隊を先導して歩く。

イグには会えていないので、果たしてどれだけの数を集めてくれたのかはわからない。

ルルシアの真意も掴めていないままだ。

ヴンシュ達が連れて行く人数は、およそ二十人。

そして、ルルシアが奇襲を仕掛けると同時に投入される戦力は、約二百。

この数からも、本気度が伺えるというものだ。

本気でタブーのモンスターを相手にするならば足りない、という事実からは目を背けて、の話だが。

だが数が多くなればなるほど、逃げることは容易い。

「もう、この先が予定の場所です」

来たのは、いつもヴンシュとイグが話をしていた場所。

遠目でも、そこにタブーのモンスターがうごめいているのがわかる。

思わず隊の全員が唾を飲み込んだ。

ルルシアがもし来なければ。

来るのが遅れたら。

本当に生きて帰れるのだろうか。

そう思ったのは一人二人だけじゃないだろう。

(さて、どうなる)

ムートは一人、必ずヴンシュとイグを死なせないことだけを胸に、戦場へ向かう。

何が起きようとも。

死なせはしない。

自分で選んだ道なのだから。

イグの姿を確認し、ヴンシュがタブー側の言語で語りかける。

「連れてきてくれたね、イグ」

「もちろん、そっちもね」

イグの後ろに立つ数は、こちらの数よりも多そうだ。

三十、四十体くらいはいるだろうか。

本当によく集まったものだと、ムートは感心する。

「じゃあ、今から彼女らが降参するにあたって願いたい条件を話すから、聞いてくれるかい?」

イグがそのタブーの生命たちに向かって確認をとっていく。

予定では、すぐにでも。

ルルシア達が、この場を襲撃、する。

はず。

だったのだ。

が。

それよりも。

先に。

音がした。

聞いたことのある音だ。

この場にいる誰もが知っている。

そう、この戦争中、聞かなかった日などないような、音。

ぶすり。

と。

肉が、貫かれる音。

貫通する音。

敵も味方も変わらず響く。

鈍い音。

決して大きくはないが、一度聞いてしまったが最後、耳から離れなくなる音。

その音が。

鳴った。

彼女から。


「イグ――――――――――!!??」


「あ……れ?」

イグが象っていた少女の姿が倒れる。

倒れたイグから、真っ黒な血が流れ出る。

腹部を大きく貫かれたイグがうずくまる。

そのイグを刺したのは。

タブーの生命だった。

そのことにこちらの全員が動きを止めた瞬間。

タブー側のモンスターが一斉におちらに攻撃を加え始めた。

一気にその場に立ち尽くしていたヴンシュに死が迫る。

寸でのところでムートがヴンシュごと横に転がるように跳び、死に至るであろう攻撃からヴンシュを逃がす。

しかしその間に、同様に何も出来ずにいた神や人間が多数殺される。

そうしてようやくルルシア達が出現した。

奇襲は失敗に終わり、その場は乱戦となる。

その間を縫って、ムートとヴンシュは急いでイグの元へ走り、抱きかかえてその場を離脱していく。

だが、一人を抱えて逃げられる状況ではなかった。

「イグ!?イグしっかりして!?」

「くそっ、どうなってやがる!?ヴンシュ、何か向こうは言ってたか!?」

「イグが!じゃまだって!」

「なるほどそういうことかよ!くそっ!!」

ムートはそれだけでイグが攻撃された理由にあたりをつけた。

ヴンシュと仲がいいイグは。

タブーでは忌み嫌われていたのかもしれない。

または、今回集めるにあたって、ヴンシュを攻撃しないようにと念押しをしたに違いない。

結果、反逆者として認識されてしまったのかもしれない。

ムートはそんな簡単なことに考えが至らなかった自分を憎む。

再び自分達を狙った攻撃が飛んでくる。

全神経を集中させていたムートがそれを石剣で難なく払う。

まずい。

出血量が多い。

このままじゃ、イグが死ぬ。

さらに、イグが傷ついたことで、ヴンシュに正常な判断が下せそうにもない。

(もう、目の前で死なせるわけにはいかねぇんだよ!)

ムートは全力で走る。

イグを抱えて。

まずはその場を離脱する。

そのスピードはいつだかと同じく、人としての限界を遥かに超えていた。

彼が戦場から離れるには十分だった。

あとはヴンシュが追いつくのを待つだけ。

あるいは、ムートがヴンシュを迎えに行き、イグとどこか遠くを目指せばよかった。

しかし。


「どこに、行くんだ?ヴンシュ?」


一人の兵士が、そう言った。

見てしまった。

全力で、その場を離脱しようとする少女。

今回の作戦で、この場に集めることに決めた少女。

予想通りの相手の数を集めた少女。

予想外に人を襲いだしたタブーの生命をここに呼んだ、張本人の友人。

共犯者。

裏切り者。


「裏切り、者」


また誰かが、そう言った。

それらの言葉は波紋のように広がり。

タブーの化け物と交戦はしつつだが。

いつしか怒りの矛先が一人の少女に向く。

「くっ、まずい!!」

ムートがこちらサイドの状況を見て、判断するより先に。

血だらけの、動けないはずのイグが動いた。

ムートと、ヴンシュにはわかってしまった。

彼女の行動原理が。

イグは。

ヴンシュを救おうとしている。

ヴンシュを裏切り者にするわけにいはいかない。

それでは、この先の未来できちんと生きていられるかがわからない。

だからこそ。

狂ってしまったこの状況で。

人々の憎むべき対象をヴンシュから自分に移す方法。

簡単だ。


人を襲えばいい。

ヴンシュを襲えばいい。


その考えにすぐに到達できたムートは、ヴンシュに向けて全力で触手を伸ばすイグの正面に入った。

殺す気で放たれた攻撃を受けきる。

「おい!俺たちが戦う必要はねぇって!」

わかる。

今ここでヴンシュが裏切り者として晒されるのはまずい。

だが、そのためにイグがただ人を殺す怪物となってしまったら。

それでは保護することが出来ない。

目まぐるしく変わる戦況を、ムートは全て忘れる。

本気だ。

本気で殺す気だからこそ、リアルなんだ。

きっと、他の人間に関しては、間違いなく殺しに来るのだろう。

ヴンシュに対する攻撃は、ムートが全部受け止めてくれるはず。

そうして、自分がどうなっても構わない。

そんなことを考えてるらしいと理解したムートが再度声を荒げる。

「おい!イグ話を聞け!」

「ヴンシュを……助ける!!」

だが、致命傷を負っているはずのイグは止まらない。


ぶつかる必要のない二つの力が綺麗にぶつかる。

誰かの為に。

誰かを助けたい、その気持ちだけで。

ぶつかる。

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