私が戦争を知るまで 陸:"その一"かく語りき
戦争初日。
死者数、多数。
撃破数、少数。
未だ、タブーという存在の攻略の糸口は見つかってはいない。
初日の戦闘を終えてしかし軽傷で済んだムートはヴンシュと共に家によろよろと帰ってきた。
その生きて帰ってきた姿を見てやはりムートの母は泣いて喜んだが。
ムートの心は暗く沈んでいた。
ムートの部屋に二人、ヴンシュとムートが床に並んで座っている。
互いに、見向きもしようとはしていない。
「帰って、これたな」
「そうだね、無事に」
その声にも覇気はない。
ムートは今日起きたことを振り返る。
そして、自分が行ったことも。
「俺、また、殺した」
「うん、後ろから見てたよ」
そう、ムートは最前線に立たされていた。
それも、最前線で戦う神やハンターのサポートとしてではなく、神同様に戦力として、だ。
本来の役目はヴンシュの監視ということで、ヴンシュも最前線に立たされたいた。
こちらはそのサポートという役割で。
結果、サポートについたヴンシュを守るために、ムートは戦わざるを得ない。
その過程で、ムートは一体、タブーの化け物を撃破することに成功していた。
俊敏な動きで宙を翔ける、小さな鳥型のモンスターだった。
小さいからといって馬鹿には出来ない。
そのモンスターは現れたと思った矢先、ムート達最前線にいる手練れのハンター達数人の体を突き破って見せた。
グリズリーと戦った際にも感じた、圧倒的な力による蹂躙。
そこから先はムートも全力で戦い、無我夢中で生きるために必死だったので、どうやってこのモンスターを殺したのかよく覚えていない。
殺したことに気づいてから母の言葉を反芻した。
そして。
自分がこの生命の生死に関して何の責任も持てていないことを恥じた。
恥じて、それでも、どうすることもできない自分。
そんなちっぽけな存在をまざまざと見せつけられた、そんな初日だった。
「あの時、何か、言ってたか、あのモンスター」
「『こちら側に来るものを許さない』って」
「こちら側、か」
「最後の瞬間も、別に恨み言はなかったかな」
「そうか」
「何、恨んでほしかった?」
「わからん、そうかもしれない」
いっそ恨んでくれた方が、ありがたい。
こんな情けない自分に殺されることをどこまでも際限なく恨んで、憎んでくれたら。
どれだけこの気分が晴れるだろう。
罪悪感を失くせるだろう。
グリズリーを殺した時には感じなかった、重み。
その重圧に今、ムートは押しつぶされそうになっていた。
「恨んでほしいならいつでも言ってよ」
そんな、ムートの内心を見抜いてか。
あるいは本心からか。
ヴンシュは優しい声のまま続ける。
「私はまだ、お母さんのことであなたのことずうっと恨んでるんだから、この人殺し」
「は、はは、悪い、俺、なんか弱気になってるみたいだ」
「仕方ないよ、私だってこのくらいの気遣いが、限界」
言って、ヴンシュは隣に座るムートに寄りかかる。
体重を預ける。
ついでに、体重以外の何かも。
「重てぇな……」
「それ、私の事言ってる?」
「違ぇよ、今それ茶化すほど余裕あるように見えるか」
「ごめん、見えないね」
「いや、違う違うんだ、結局俺の問題なんだ、だって、なんの覚悟もなくただ願われてグリズリーを殺した時にはこんなの感じなかった」
そうだ。
戦争だからとか。
そんなことは関係ない。
「それに、願われるまで動けなかったせいでヴンシュの母さんを死なせたことすら、ここまで堪えてなかった」
ムートは本心を隠さない。
例えそれが、相手を傷つけることだとしても。
要約すれば、『お前の母親が死なせたことに特に重さを感じていなかった』と発言したことになるのに、だ。
そこがムートの欠点であり。
美点でもあるのだろう。
(知ってるよ、でも、重さを感じていない自分自身に、悩んでるくせにかっこつけちゃってさ)
そうヴンシュは思い、だが指摘はしない。
今彼が求めているのは懺悔である。
自分から毒を吐き出すことなのだ。
誰かに毒を抜いてもらうことではない。
「俺は、まだ、空っぽだ」
「そっか」
「俺は、もっと、強くなりたい」
「なれるよ」
「俺は、まだ、ここにいたい」
「うん、一緒にいてあげる、もちろん、あなたのお母様も一緒に、ね?」
「あぁ、今はこの空間が、俺の帰るべき場所なんだ」
「そうだね」
ならば。
私の帰るべき場所はどこなのだろう。
ヴンシュはそんなことを考えた。
戦争は激化した。
初めは単体で現れていいたタブーのモンスターも群れをなすようになっていた。
被害は甚大で。
時には神すら死に至る。
そんな戦争がもう何週間も続いている。
戦士は傷つき死に誘われ。
看護士は疲弊し精神を病み。
一般人は不安を募らせ。
食料は不足し。
町から笑顔は減っていった。
もう士気は悪い方へ悪い方へと急速に落ちていた。
ムートも同様だ。
なんとかこれまで命を繋いできた。
しかし、多くの仲間が死んだ。
多くのモンスターを殺した。
死が、日常になっていた。
ヴンシュも同じだ。
戦闘自体に参加はしないものの。
毎度毎度最前線で傷ついた戦士の看病をし。
目の前で死にゆく姿を目に焼き付けられ。
死が、日常になっていた。
時には数日間に渡ってタブーに潜り込むこともあったが、基本的には毎日家に帰り、また次の朝戦争に出かける。
町が狭いからこそ出来る戦争のスタイルだが。
おかげでもう精神は麻痺している。
家で母と過ごす幸せな日常と。
戦地で命のやりとりを行う日常が。
入り乱れている。
どちらが自分にとっての日常なのか、もう思い出せなくなっていた。
それだけ、戦争と言う響きはただの狩りやただの決闘などとは異なるものなのだ。
今日もまた、いつも通り朝早くに家を出る。
どうすることもできない感情を抱きつつ。
どうすることもできないまま日々は過ぎゆく。
きっと今日も昨日と同じ今日がやってくるのだろう。
誰かが死に、誰かが生きる。
それは自分の知らない誰かかもしれないし。
自分の知っている誰かかもしれない。
あるいは自分自身なのかもしれない。
いっそ自分自身であれば幸せなのかもしれない。
この先の地獄を見なくてすむのであれば。
今ここで死んでしまっても。
構わないのではないか。
もしもこの先に希望があったとしても。
そんな希望の光が、罪深い自分を照らしてくれるのだろうか。
もっと身近な話として。
今もなお傍にいてくれている少女は。
今もなお傍で自分を守ってくれる青年は。
かつての輝くような笑顔をすっかり失ってしまった少女は。
かつて自分自身を見つけて、再び見失ってしまった青年は。
自分が奪ってしまった少女。
自分を失ってしまった青年。
ヴンシュは、この戦争の先に、また笑ってくれるだろうか。
ムートは、この戦争の先に、また見つけられるのだろうか。
笑ってくれるのならば。
自分を見つけることができるのならば。
きっと。
きっと。
なんだって――。
なんだって――。
「ねぇ、今、何考えてた?」
「そっちこそ」
「私はね、ムートの事を考えてたよ」
「そうか、俺も、ヴンシュの事を考えてたよ」
「そっか、今日も、生きようね」
「あぁ、生きよう」
この日はルルシアから、戦地に赴く者全員に向けて話があると通達があった。
さすがに人数が多いので、ホールのような場に入りきらない者には魔石でリアルタイムにこの様子を見てもらっているらしい。
「大事な話がある」
ルルシアが喋りだすと、ざわざわとしていた場内がしんと静まり返る。
ムートとヴンシュもホール内の席に座り、その内容に耳を傾ける。
「皆の知ってのとおり現状は、最悪だ」
その言葉に誰もが俯く。
知ってはいても。
言葉にされるのとされないのとでは、重さが違う。
この戦争の創始者が、統括者が。
最悪と言うのだから、そうなのだろう。
「我々神の力をもってしても、タブーの生命を駆逐することは出来ていない」
ルルシアの力は強大だ。
支配の力。
それは全てを支配する。
空間も。
生命も。
世界すら。
彼の認識する全てを支配下に置く力。
それだけの力があって、倒せない化け物などいないように思われるが。
タブーとは、要するに、神の力の及ばぬ世界だ。
つまり。
序列という概念が、ない。
これは言い換えれば、タブーに存在する生命は。
全てがこちらの感覚で言うところの序列1位状態ということである。
それはもちろん全ての生命がルルシアと同格ということを意味しているわけではない。
自身の持つ力を最大限引き出せている、というだけで、元の力が弱ければ全てを引き出していてもそこまで強くはない。
しかし、誰もが知っている。
仮に弱小な能力を持っている者がだ。
その能力の特性、長短所、応用、その全てを把握して立ち回ってくれば、その時の力は限定的にはなるかもしれないが、十二分に格上の相手を倒すに至ると。
タブーの生命とはつまりそのような特徴を持っている。
どの生命も、自身の最大限の力を発揮してくる。
その力は、能力にかまけた神程度であれば簡単に捻り潰す。
そのため、そうした油断を持たない強力な神ルルシアですら、攻めあぐねることが多々あるのだ。
「そこで一つ、この状況を打開するための作戦を用意した」
その発言に、辺りはどよめく。
戦争において、状況の悪化は単なる事実以上に、あることを物語っている。
つまり、自陣と敵陣との、地力の差。
世には奇策によって危機的状況を打破して例がたくさん転がっているが、その数の十倍以上、奇跡など起こらずに終結した戦いがあるのだ。
そのどれもに共通しているのが、戦力差そして人数差。
戦争とは集団戦であり個人戦である。
全体として勝利することは必須だが、そのためには個人個人の能力が大きく関わってくる。
よって力を持つ者が多くいる方が圧倒的に有利であり、それが容易く覆ることなど、ない。
しかしルルシアは言った。
この状況を、打開するための作戦と。
誰もが思った。
そんなものあるはずがないと。
しかし、同時に誰もが――その中にムートとヴンシュも含まれる――思ったのだ。
まだ、動かしていない駒があることに。
これはムートとヴンシュには知らされていなかったが、ヴンシュの存在は戦争を始めるにあたって広く伝えられていたのだ。
神にも、人にも。
タブーと意思疎通が可能な少女がいる、と。
そして、これを有効活用することで、タブーに乗り込むと。
そう。
まだ、ヴンシュはその力で何もしていない。
そのことに、誰もが気づいてしまった。
ムートは顔から血の気が引くのを感じる。
何故か、次のルルシアの話す作戦の内容が、浮かんでしまったからだ。
ヴンシュに出来ることは一つだ。
ただ、会話が出来るというだけ。
そこに一つ、ヴンシュの状況を鑑みる。
彼女は、タブーの化け物と会話できるだけではない。
もう一つ、彼女の特徴を表すことのできる情報がある。
それは。
ムートも会い、少しの時間だが話をした、一人の小さな少女。
その形をした、タブーに住まう生命。
ヴンシュの、友達。
名を、イグ。
「タブーの生命と会話が出来る少女、ヴンシュ」
「一つ、頼もう」
「汝の友にこう伝えろ」
「『こちらは降参する、二度とそちらに手を出さない、そのことを誓約したい』」
「『ついては、そちらにその旨を伝えたいので、なるべく多くを同胞を集めてきて欲しい』とな」
「その、集まった場に、奇襲を仕掛ける」
「我の時空移動による初撃を察知されることはなかろう」
「我と共に、こちらの最大戦力をそこに送り込む」
「拙い策だが、現状のままよりはマシだろう?」
その案に。
神は、人は。
頷き、次々に賛同の声をあげる。
ルルシア自らが先頭に立って行う作戦ならばと。
消えかけていた、微かな希望をそこに見出す。
そこに縋るしか、もはや残されていないからだ。
しかし。
自身を奮い立たせ、盛り上がる周囲を余所に。
二人は。
ムートとヴンシュは。
何もできなかった。
抗議の声をあげることも。
仕方ないのかと諦めの言葉を発することも。
立ち上がることも。
何も。
できなかった。
ただムートは気付いてしまった。
今まで、自分を拾ってくれ、その戦闘の才能を開花させるチャンスをくれ、結果自分と母親を救ってくれた、尊敬の対象である、ギルドの長。
ルルシアの目に一切の光が灯っていないことに。
監視さえすれば好きなようにしてくれて構わないと言ったあの言葉は。
自分の仕事を信じての言葉ではなかったのか。
そのまま。
その言葉通りのままの意味だったのか。
必要なのはヴンシュで。
ヴンシュ個人ではなく彼女の能力で。
彼女の交友関係で。
ルルシアは、最初からこの展開を予期して、彼女を監視させていたのか。
その湧きあがる怒りを。
ムートはどこにもぶつけることが出来なかった。
戦争は、終結へと向かう。
それが幸せな終わり方を迎えることは。
ない。




