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NAGI ―神様と共に私を見つけるまで―  作者: 安藤真司
私編 3 ―end my order ?―
32/72

私が戦争を知るまで 肆:"その一"かく語りき

「…………」

「…………」

「なんでこんなことになってるの?」

「ルルシア様に頼んだら、監視さえしているなら特段問題はないとのことだ」

「いやだからそうじゃなくって」

「あぁ、確かに何をお考えになられているのかわからないが、俺たちの遥か先を生きておられる方だからな」

「私がわからないって言ってるのはあなたよムート」

「……俺?」

「私、あなたに二度と会いたくないって言わなかった?」

「言ったな、それは断った」

「そう、なら、あなたが言った、優しく育てるっていうのも本気なわけ?」

「そのつもりだが?」

「……私、あなたに育てられるの?」

「それを願われたからな」

「……まぁ、もういいや」

「おう?」

「はい、朝ご飯できたわよ、ちょっとムート運ぶの手伝ってくれる?」

「あ、私手伝います」

「あらそう?ならお願いしちゃおうかしら」

「はい、もちろんです」

「こんないい子を紹介して、挙句一緒に暮らしたいだなんて案外あの子も隅に置けないわねぇ」

「いえそんなことは」

「あの子最近仕事仕事って、全然家にいてくれないから寂しかったのよ」

「そう、なんですか」

「お父さんいなくなってから頑張ってくれてるのは嬉しいんだけど、母としてはもう少し一緒にいたかったり」

「そうですね、家族が一緒にいるのは、大事、だと」

「これからはヴンシュちゃんがいてくれるんでしょ?」

「私は、その、いつまでもお世話になるつもりは、ありませんし」

「母さん、ほらご飯はどうした?」

「ふふ、母さんちょっとテンションあがっちゃって、さ、ヴンシュちゃんこれお願い」

「はい」



ヴンシュはムートの家に住むことになっていた。

正確には、無理矢理連行させられていた。

ヴンシュとしては、目の前で母親を失った傷がまだ癒えていないし、その原因となった相手とこれから毎日顔を合わせることにも整理がついていない。

また、ついに誰もいなくなってしまった自身の家についても同様に整理をしたかったのだが、ムートに強引に連れてこられたためそれも叶っていない。

昨日の夜に連れられて今が次の朝なので、時間がなかったのは事実だが。

ムートが何を考えているのか、ヴンシュには全くつかめていない。

どうやら母の最後の言葉通り、ヴンシュをどうにかしたい、らしい。

が、当のヴンシュはそもそも不安定なままである。

というかそのムートのせいで不安定だ。

(ほんと、なんなの)

昨日は散々だった。

タブーで友達と話していた。

神様に攫われて閉じ込められた。

監視役のムートに出会った。

家に戻らせてくれたと思えば母親がいなかった。

探しに行ったらハンターの死体とグリズリーに遭遇した。

ムートがグリズリーを倒した。

母親が目の前で死んだ。

ムートと二人でお墓を作った。

ムートの家に連れてこられた。

色々と起こりすぎて自分の気持ちすらよくわからない。

まずは悲しくて悲しい。

それに憎くて憎い。

だというのに何故か嬉しくて。

嬉しい。

それで。

そんな自分が気持ち悪い。

(お母さんが、昨日あんなことに、なったばかりなのに、どうして私はこんなに落ち着いていられるんだろう)

落ち着いてはいないのだが。

取り乱してもいない。

母親が死んだというのに悲嘆に暮れていない自分がひどい人間のように思えて。

気持ち悪い。

(こんな、こんな、一人にならなかったことが、温かく迎えてくれたことが、嬉しいだなんて、私って、こんな嫌な奴だったっけ)

そんな自分の事に折り合いがついていないことがまず不安定な原因の一つ。

もちろんそれらを踏まえても、大きな理由と言うのが。

やはりこの男。

「なぁ、今日は、タブーの友人ってのに会わせてくれないか?」

「……嫌だ」

「そうか」

「……あっさり退かないでよ」

「じゃあ、やっぱり会わせてくれ」

「……嫌だ」

「そうか」

「……ねぇ」

「なんだ」

「ムートあなた、神ですら戦うことを拒否するって言われてるタブーを相手に勝つだなんてどういうトリック?」

「そうだな、俺にもわからん」

「わかんないの?」

「あのときは無我夢中だっただけだよ、声は聞こえたけど」

「声?」

「お願い、って」

「……そう」

「結局ヴンシュの言うとおりだよ、俺は、自分がなくって、それで、その」

「いいよ、まだ昨日の今日で整理できてないけど、あなたは十分、やってくれたんだと、思う」

「でも」

「でも、だから、だから、優しくしないでよ」

「優しく、か」

「今、優しくされても、わかんない」

ムートは、何が、とは聞かない。

黙ったままだ。

「わかんないんだよ、あなたが、何を考えてるのかも、私が、何を思っているのかも」

「なら、わかるまで考えろ」

「あなたが、それを言うの」

「言うさ」

「どうして」

「俺はヴンシュに、謝りたいし償いをしたい」

「だろうね」

「でもな」

「なに?」

「それ以上に、ヴンシュに惹かれてる」

「……はい?聞き違いかな、それともあれ、確かに私、今あなたに引いてるね」

「違ぇよだから、惚れたって言ったんだ」

「……本気で言ってるの?」

「あぁ」

「昨日会ったばかりで?」

「だな」

「私に?」

「ヴンシュに」

「じゃあなに、家に連れてきたのは、好きな女を囲おうって算段なの?」

「さぁ、自分でもよくわからん」

「わからんて」

「俺だって、整理できてねぇよ何もかも」

そうなのか、とヴンシュは気づく。

悲しみと憎しみと僅かな嬉しさに揺れる私同様に。

このムートも昨日殻を破ったばかりなのだ。

きっと。

私に対して、たくさん矛盾した感情を持っているのだろう。

惚れているのが本気かどうかは。

知らないが。

「え、でも、好きになる場面なんて、何かあった?もしかして外見だけとか」

ヴンシュは思わず体を一歩引く。

ちなみにヴンシュ自身としては告白されること自体は初めてではない。

ヴンシュは現在生命指南施設を卒業してから二年目になる。

つまり十八歳だ。

その、生命指南施設でこの世界のあれこれを共に学ぶ学友にこのように告白されたことは確かにある。

数回ほど。

彼女としては母親と過ごす時間を大切にしたかったので、興味がないでもなかったが、それらを全て断っていた。

同世代から言われること自体は単純に嬉しいようなそうでもないようなと考えていたし。

また、嫌味にならない程度に自分の外見が悪くないという自覚もあったが。

「あ、先に一応聞いておくけれど、ムートって、何歳?」

「二十三」

「二十三……」

五歳の差。

実際、神様も住まうこの世界で五年の差などというものは大したことはないだろうけれど。

まだ自分自身を扱いきれない程度に若いヴンシュには大きな差であるように思われる。

「あれだ、そりゃ俺にも不思議な感じだが、たぶん、な」

「うん」

「笑顔に惹かれた」

「……それは、ぎりぎり、外見じゃないって判断でいいのかな?」

「さぁ、ぎりぎり外見ってことになるかもな」

「ちなみにだけど私の事何歳くらいだと思ってる?」

「十代の後半」

「正しい感覚だね」

正しい感覚だからこそ。

(なんなのなんなの一体!?)

「とりあえず……保留で」

「そうだな」

ますますよくわからなくなるヴンシュであった。


その後も二人であれやこれやと話を続け。

とりあえず、ヴンシュのタブーの友達と会う手はずになった。

案の定ムートに流されるヴンシュ、という見方もできる。

ともかく、基本は毎朝会っているとのことで。

その時間には少し遅いが行けば恐らく会えるだろうということでタブーに向かうことになった。

二人とも、昨日の惨劇の場を通ることについては何も触れなかった。

ムートが何も言わなかったので、ヴンシュはそれに甘えておいた。

「その友達、名前とかあるのか?」

「あるよ、イグ」

「イグ?」

「そう、イグって言うの」

「へぇ、姿は?」

「なんていうか、ぷにぷにしてる感じ」

「わかんねぇよ」

「かわいい女の子だよ」

「そうかい」

大事なことには触れず。

二人並んで歩いていく。

その距離は微妙に空いたままだ。

そのまま二人は妙に余所余所しい会話を続けながら、タブーに到達する。

昨日と同じ場所。

母親が、死んだ場所。

グリズリーに襲われた場所。

様々な想いが湧きあがるが、何とか平静を保っている。

「おーい、イグ、いる?」

「ヴンシュ?」

ヴンシュが声をかけると、ひょいっと木の陰から少女が現れる。

ぱっと見生命指南施設に入りたての六歳くらいの背丈の、白いワンピースを召した少女が小走りで近づいてくる。

(これが、タブーの、魔物?)

「おや、そちらは?」

とその少女、イグがムートに声をかける。

「こちらはムート、ええと、私の、なんだろう?監視役」

「彼氏?」

「違う」

「家族になる予定だ」

「それ素で言ってるのか狙って言ってるのかによって今後の対応を考えるから真意を教えてくれるかしら」

「はいはい落ち着いてヴンシュ、私はイグっていいます、よろしくお願いしますです」

「おお、よろしく」

一人気を遣って頭を抱えたくなるヴンシュを置いて軽くムートとイグは挨拶を交わす。

そしてすぐにムートはある違和感に気付いた。

「そういえば、普通に会話できてるな」

「あぁこれはヴンシュに教わったんです、せっかくだからって」

「そうなのか」

「元々はヴンシュの方が私たちの言語を理解してたので」

「タブーでの言語?」

「えぇ、こんな感じです」

と、イグはヴンシュに向けて話し出す。

もちろんムートにその内容は全くわからない。

ほとんどうめき声としか思えない、しかしどこかトーンの異なる箇所があることくらいには判断が付く。

「なるほど確かにタブーに住まう生命であることを認めざるをえないか」

「あはは、どうもです」

「タブーにもちゃんと言葉ってあるもんだな」

「あんまり意味は成してないですが」

と、顔を曇らせるイグ。

「あーなんとなくわかる気がする、タブーじゃ互いにそんなに助け合わないってことか」

「そういうことです」

「それに全然モンスターっぽくないが」

「あはは、もちろん本体は別にありますよ?」

「本体?」

はい、と頷くイグ。

なかなか人懐こいのだろうか。

恐怖の対象には確かに程遠いが。

と思っていると、ムートは自分の体が急に宙に浮くのを感じる。

「うおっ!?」

と思うと、すぐに降ろされた。

浮いたのは一瞬だ。

「あはは、ごめんなさいちょっといたずらしちゃいました」

「これイグ?あんまり洒落にならないことだってあるんだからなるべく控えておきなさい」

「はいはい、ヴンシュは心配性だなぁ」

「今の、イグがやったのか?」

「はいです、私の本体からちょっと触手を伸ばしたです」

「触手、ね」

深く考えないでおこう。

そうムートが決めた瞬間だった。

だが実際の所、ムートは拍子抜けしていた。

どうやら本体は普通にモンスターらしいが、こうして話す分にはただの少女だ。

こちらの言語も理解する。

(ルルシア様はこれを見て、何を考えになったんだ)

と改めて考える。

あのルルシア様のことだ。

ムート自身も考えたように、タブー攻略にヴンシュの力が役立つのではと言っていたが。

役に立つのだろうか。

いや。

それにいくらタブーといえど、例えばこうして意思疎通ができるのならば、このイグとは。

神擬きとして迎え入れるべきなのではないだろうか。

ムートは自分に問い直す。

俺は何をすべきなのだ。

自分の為に。

ヴンシュの為に。

人々の為に。


その時。

誰かがこっそりと。

触手を操るタブーの化け物と一人の少女がタブーの言語で談笑している様子を。

しっかりと記録していたことに。

誰も気づかなかった。


そしてそれが。

戦争の引き金に。

なるということにも。

気づいてはいなかった。

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