私が戦争を知るまで 壱:"その一"かく語りき
ワンくんは、話す。
私の知らない世界の事を。
私の知らない、彼の物語を。
もう終わってしまっていて。
取り戻せない物語。
彼はその物語をどう思っているのかな。
取り戻したいのだろうか。
過去を語る彼の顔は。
私によく似ているようで。
全く違うようにも見える。
そうだ。
知りたいと言ったのは私だ。
彼にこんな顔をさせているのは私なんだ。
ならせめて、全てを聞こう。
彼の全てを。
彼女の全てを。
彼の勇気を。
彼女の願いを。
それだけでも。
それだけでも。
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それは、遠く昔。
"神"と信じられ崇められる存在が、世界に墜ちてきてから数百年。
人々にとって神と言う存在も、人同様に意思疎通が可能な神擬きという存在も珍しくはなくなってきた時分。
少しずつ変容していく世界に不安を覚えることもなく平和な日々が流れる世界。
神と言う神がそれぞれ自身の町を持つほどに栄え、居住可能区は大きく広がっていた。
しかし神は飢えていた。
自分の町をもっと、より大きくしていくことをやめなかった。
アンダーワールドと呼ばれる領域を遥かに超えて、さらにその先へ先へと進もうとした。
そしてやがてタブーに行きついた神々は言うのだ。
タブーが、邪魔だと。
あるいは。
タブーを自分のものにしたい、と。
本当に多くの神がそう考えていた。
そんなあくる日、唐突に世界は終わりへと加速を始める。
ある一人の少女の存在が明らかになったからだ。
"世界の声"と意思疎通が可能な少女。
タブー周辺を詮索していたある神は見たのだ。
この世界の何よりも凶暴で、神すらも殺す存在と、仲良く談笑する少女を。
当然少女もタブーに住まう化け物なのかと神は思ったが。
少女は自身の神たる力で見てもただの人の子であり。
それは疑いようもなかった。
その神はすぐさまこの少女を利用する手段を考えた。
少女がタブーから出てきた所を力ずくで押さえ込んで連れ帰り、自身の設立したギルドに幽閉した。
来たるその時まで少女を監視下におくためにとった措置だ。
この神、神様序列1位ルルシアは、この少女が鍵になると踏んでいた。
大きな確証はないが。
確実にタブーに対して有効打になると。
たったこれだけの事が。
戦争の始まりとなるのであった。
「ちょっと、出してよここ、どこなの?それにこの鎖も外して!」
神様序列1位ルルシアの率いるギルド、『ルール』の遥か地下。
そこには地下牢が存在していた。
何故、ただのギルドの地下にそんなものがあるのか。
それはただ、"誰にも感づかれたくないモノ"を隠すのに地下が有効であったという理由以外にはないらしい。
地下牢に幽閉されたモノの末路は二つだ。
永遠にその場で生き地獄を味わうか。
はたまた呆気ない死か。
しかし、今回運び込まれたこの少女はどうやら異なる運命を辿ることになるらしい。
ルルシアが言うには、タブーに対して決定打になる存在であるらしい、からだ。
そんな抽象的なことを話されてもムートにはなんの事か露程にも理解できなかった。
そのことに何の疑問も抱いてはいなかった。
ルルシアこそが正しい。
いつだってそうであると、貧しくも日々ハンターに混じり鉱石などの採取に明け暮れた父親に教えられてきたためである。
成功者こそが正義である『ルール』の下に生きるムートにとっては、それは疑う余地もなく、信じるという認識すらなく、ただの事実だった。
類稀なその身体能力を買われ、己が体力だけで現在の『ルール』環境班取締係代表の地位に着いた今でもムートは父親のことを忘れたことはない。
不慮の事故によってモンスターに殺された父を尊敬していた。
その後の自分を一人で強く育ててくれた母を尊敬していた。
そのため、いつか自分が二人に精一杯恩返しをしようと考えていたのだ。
父は既に亡くなったが、せめて母を愛そう、そしてなるべく。楽をさせてやろうと。
『ルール』のギルドメンバーに入れることが決まった時も母は大喜びしてくれた。
その後も何かしら地位が与えられるたびに自分の事のように喜んでくれた。
だが、高くなりすぎた地位は逆に母と過ごす時間を否応なく奪っていった。
そのことに悩みもしたが、母からの激励もあり今は自らにやることがある、それだけに集中することができている。
そんな自分と母の生活を支えてくれている。
チャンスを与えてくれている。
そんな存在ルルシアが言うのであれば、何だってやるだろう。
『ルール』環境班取締係代表の本来の仕事は、簡単に言うと町周辺の環境、その治安の整備である。
簡単に言えば、モンスターがいれば駆逐し、互いに暴力でもって争う者がいればまとめて追い出す。
まさに力づくで整備する、ムートにとってうってつけの仕事だ。
むしろ、ムートにはそれしかできない、という面もあるわけなのだが。
さて、ムートが今現在どこにいるのかといえば、無論、先に話した『ルール』の地下牢だ。
とある牢の前で、気を付けの姿勢でじっと待機している。
その牢の中にいるのは、一人の少女。
今朝ルルシアに直接呼ばれ、この任務を承ってから早二時間。
この少女は喋り続けていた。
「ねぇ、聞いてるの?聞いてないでしょ?さては聞いてないな?おーい反応しなさいって」
ムートはぴくりとも動かない。
「ね、さっきからお願いしてるんだけどこれ、外してくれない?それと、家に帰して」
ムートはぴくっと体を震わす。
「なんか言ってってば、ホントにそろそろ帰らないとお母さんが心配するって」
ムートが再度ぴくっと反応する。
「どこの誰なのか知らないけどいい加減にしてってば、お母さんが」
「母親だけなのか」
ムートは言葉を発した瞬間にしまったと思った。
自分は何を喰いつくように質問をしているのだ、と。
それもこんな下らないことであっさりと。
自分の仕事はあくまでこの少女の監視であり。
この少女とお喋りに興じることではないのだ。
しかしこちらから質問をした以上は、この話題に関しては話に付き合う必要があるだろうか。
そう真面目に考え。
監視しているならば多少話していても大丈夫だろう、と結論付ける。
純粋に発言の真意も気になる。
「お父さんはね、死んじゃった、あ、ちなみに生物学上の私の両親の事は見たことがない」
生物学上の?
なら、今話していたのは血が繋がっていないということなのだろうか。
と、ムートはきちんと話を理解する。
しかしその答えではまだ足りなかったらしい。
「物心つく前の記憶がないからね」
なるほど。
記憶がないらしい。
ニュアンスから察するに、ただ幼少期の記憶がない、というよりは多少大きくなってからの記憶もなくなっているのだろうか。
当然それについてもムートは踏み込まない。
「育ての親だって、その二人と一緒に暮らしていればね、もう義理とか本当のとかそんなこと考えないからね」
随分とさばさばとした性格らしい。
「まぁさすがにお父さんが死んじゃったのは堪えた、かな、うん」
そうでもないらしい。
この二時間ずっとあれこれ喋っていたが、注視することもなかったムートは初めてこの少女のことを見た気がした。
自分よりもいくらか年下に見える。
ムートは生命指南施設による学習を終えてから七年目の二十三歳である。
そのムートが見ていくらか年下に見える少女は恐らく十代の後半だろう。
そこまで考えつつも、わざわざ歳を尋ねるという労力を割いてやる義理はない。
「なんで私連れ去られて閉じ込められてるの?あなた知ってるんでしょ」
知らない。
仮に知っていても言うわけがない。
「ちょっと友達と話してただけなのにさ、なんなの?タブーに入ったことが悪かったとか?」
「――なに?」
また思わず声を出してしまう。
この少女今、なんと言った。
ちょっと友達と話してただけ。
タブーに入った。
そんな馬鹿な。
「タブーに入れるわけがないだろう」
「そりゃ普通はアンダーワールドでモンスターに足止め喰らうからね」
「そうじゃない、タブーにいるモンスターの方がよほど強力な、いや、凶悪なんてもんじゃないモンスター達がうろついている」
そう、タブーとは、文字通り。
入ることを禁じる、という意である。
入ってはいけないのだ。
命が惜しければタブーには近づかない方が良い。
そんなことはこの世界での常識である。
「お前、嘘をついているつもりならいい加減に」
「ついてないよ、ただタブーで友達と喋っていただけ、今あなたとやっているように」
その目に嘘はない。
そういう機微に強いムートには、彼女が真実を言っていることがわかった。
だが、それで信じることが出来るかどうかは別問題である。
それにだ。
モンスターと話すことが出来るなんて話もまた、聞いたことがない。
それがたまたま相手が神擬きであった、ということなら話はわかるが。
普通の神擬きはタブーになど存在しない。
絶対ではないが普通はいない。
「お前、ひょっとして本当に、意思疎通ができる、のか、タブーの存在と」
「だからそう言ってるでしょ、友達以外と喋ったことはないけどさ」
「だとすれば、それは……」
「ん?それは?」
それは。
散々悩まされているタブーの存在を御すことが、出来るのではないか。
思考がそこに行きついたと同時に。
空間が歪む。
少女は驚きと困惑で声を失う。
ムートには慣れた現象だが、畏まるため無言だ。
いつ、どのように現れたのかわからないが、歪みから神が出現する。
「よい、よくぞその思考に到達したな、ムート」
「はっ、ルルシア様」
「あーっ!私を連れ去った人、鬼!ここから出して!」
見覚えのある顔に、一層少女が騒ぎ立てる。
歪みから現れた神、ルルシアはそれに取り合わない。
ただムートに伝達事項を述べる。
「このことは皆には言うな、まだ早い」
「かしこまりました」
「ふふ、これで一歩、前進してくれると良いのだがな」
「……?」
「理解してくれるな、ただの戯言だ」
「は、はぁ」
「では、引き続き監視を頼むぞ、鎖くらいは外してやって構わん」
「はっ」
そうしてまたあっという間に消える。
瞬間、あんぐりとする少女を余所に、今自分が託された仕事を頭の中で反復する。
そうして脳にやるべきことをインプットしてから、少女に向き合う。
少女はすぐに正気に戻り、言葉を次々に放り投げている。
散らかりすぎてムートには拾いきれないが。
まずは命令のままに、少女の鎖を切ってやる。
ムートは自分用に改造された制服(幹部や幹部相当用のものだ)から愛用している石剣を取り出す。
「鎖の鍵がどこにあるのかがわからないから鎖は壊す、腕を出せ」
「え、こうでいい?」
ひどく騒いでいた少女がムートの言葉に一瞬で真顔になり言われて通り腕を出来る限り前に出している。
このテンションの落差に多少なり驚きつつ、ムートは鎖を、石剣で叩き千切る。
ムートだからこそできる荒業だ。
「お、おぉ、腕切り落とされるかと思ったけど案外そういうことも出来るんだなぁ」
と少し感心して見せた少女が、今度はまた真面目な顔になる。
「あなた、さっきなんで急に私に質問したの?」
すぐには答えられない。
何故か。
わかっている。
自分も父親がいないからだ。
ただそれだけ。
多くはないが珍しいケースではなかろう。
しかしそのことにきっと同族であると、仲間意識が芽生えてしまったのだろうか。
なんて自分はまだまだ未熟なのだ。
等々様々なことを考えて考え抜いた結果、ムートが出した答えはいたってシンプル。
こちらが嘘を吐く必要がない。
「俺にも父親がいないからだよ、もちろん血の繋がりはある、な」
「そうなんだ、それは大変だったね」
「は?」
「だから大変だったね、お疲れ様」
「なんの話だ」
「家族の話でしょ?家族がいない、それは大変だったでしょ、お疲れ様、何か問題ある?」
「そうなのか」
「ないでしょ?」
「ないな」
「ならよし」
「そうなのか」
「ね、あなた、名前なんて言うの?」
毎度毎度、話が急に変わる。
この少女の会話のテンポが全くわからないと感じつつ、しかし律儀に答える。
「神様序列1位ルルシア様が創られた総合ギルド『ルール』の環境班取締係代表ムートだ」
「いや長いし、あなたの名前は?」
「ムート」
「私はヴンシュ、よろしくね」
ヴンシュ。
それがこの少女の名前なのか。
そのヴンシュはニコニコしながらさらっと続ける。
「ねぇムート」
「ん」
その笑顔は何故か怖い。
「あなたは可哀想だね」
いきなりそんなことを言い出した。
「……あぁ?」
真意はともかく。
その所為で。
初対面で既にムートのヴンシュへの好感度は相当に下がっていたのだった。




