私が彼女を許すまで
ワンくんの石剣がジャンベルを捉え、ほんの少しの静けさを取り戻した宴。
いまだ階下を止めることは叶わないものの、元凶たるジャンベルがいなくなった今なら、なんとかできるかもしれない。
そんな夜。
安堵に身を委ねる私たちを無視するように、急に建物が消え失せる。
瞬間、建物内の全員を重力が襲う。
「えぇっ!?」
が、それも一瞬で、急に体が軽くなるのを感じる。
無重力だ。
これはひょっとして。
「あらぁ、ツナギちゃん?ジャンベルは倒せたのね?」
ちらっと声のする方を見れば、序列4位、神出鬼没のセレスが浮いている。
さらにその横には序列9位、ツユキがいる。
なるほどこの無重力はツユキの力か。
これなら城が無くなった影響を心配しなくてもいいかな。
ツユキの匙加減なのだろう、ゆっくりゆっくりと地面に落ちていき、最後もそっと地面に降り立った。
恐らくたくさんいた他の神様たちもこんな感じに地面に無事、降ろされたのだろう。
セレスが声高らかに自慢してくる。
「彼の傷を治すかわりに今の作業をお願いしたの、建物は私が原子に還したわ」
「お前な、出来るんならさっさとやってくれりゃあ……」
「私だって万能じゃないわよぉ」
「そうかよ」
「他の神たちは、どうしてるの?」
「あらナギ久しぶりね」
「うん、そうだね、それで?」
「もちろん、死んでしまった神については仕方ないとして、その罪を償うべき神についてはこれから罰を加える予定よ」
「罰?」
「えぇ、しばらくは不思議の使えない、ただの人になってもらうわ」
その衝撃的な発言はしかし、罰としては確かに正当なものだった。
セレスが言うのだ、本当に実践するのだろう。
方法はあまりよくわからないけど。
ここは突っ込まないのが正解だろう。
それに、かなり体も怠い。
あんまりセレスと話していられる体力がない。
「それにしても、あんな方法があるなんてね……」
「え、なに?」
「いいえ、よく頑張ったわねツナギちゃん?ゆっくり休むのよー」
それだけ言って、セレスはツユキを連れてどこぞやへと歩いて行った。
さて、と。
体が重たいし、頭もすごくぼんやりしている。
力を急に引き出したからかな。
今まで感じたことのない疲労感に負けそうになるけれど、ね。
最後に、これだけはやらないとだ。
俯いて、ずっと何か言いたそうにしている、神様。
ただでさえ小さい体が一層縮んでいるように見える。
私が、否定してしまった神様。
頼っておいて、助けられておいて、否定した神様。
薄倖の神。
「ベル、ベル?」
「なんで、です」
声が、震えている。
「なんで、私を、止めた、です」
顔をあげたベルは、涙をぐっと堪えていた。
きっと、戸惑いとか喪失感とか、色々な感情でぐちゃぐちゃになってるんだと思う。
私はだから、優しい声で応える。
「なんで、だと思う?」
「わからない、です、だってツナギ、死んじゃ駄目って、言った、です!」
「うん、言ったね」
「ジャンベルを殺さなきゃ、どうしようもない状況だった、です!」
「うん、どうしようもなかったね」
「殺し合いを止めるにはもう、あれしかなかった、です!」
「うん、あれしかなかったね」
「ならなんで、です!?」
「ごめんね、私は、我儘なんだ、我儘で、甘えん坊」
そっと、ベルの体を抱きしめる。
暖かい体が、そこにはあった。
「あの時も、そう、です!」
あの時、っていつだろう。
初めて私とナギがベルに会った雪山のことかな。
それとも。
かつて神々がベルの序列を強制的に下げた、あの事件のことかな。
あの事件の事を、ベルはどう思ってきたんだろう。
悔しかったのかな。
自分の力でどうにもならなかったことを。
自分のせいで結局たくさんの人が死んだことを。
神々はベルを殺そうとはしなかった。
それはまず、ベルが彼らにもどうしようもなかったからだろう。
でも、序列を強制的に下げたあと、どうして殺そうとはしなかったのだろう。
再び世界を終わらせてしまうほどの力を秘めている、そんな神を。
私にはわかる気がする。
きっと、羨ましいんだ。
それでいて、可哀想なんだ。
ベルは誰よりも願いに純粋で。
ベルは誰よりも願いに鈍感で。
不幸を集める自身が最も薄倖であることに気付かない、その事実こそが薄倖の神たる由縁なのではないかと。
そう思ってしまうほどに。
基本的には願いを受けて自由に生きている他の神からすれば、その在り様は羨ましかったのだろう。
私も、そんな姿をどうしようもなく羨望している。
だから、ね。
だからこそ私はベルを止めたいって願ったんだ。
「ね、ベル、私に記憶がないことは、話したよね?」
「……はい、です」
ぴくっ、と近くのワンくんが反応した気がする。
あれ、言ってなかったっけ。
まぁいいか。
「だからね、いつでも『自分』をちゃんと持っていられるベルの事が、疎ましくて、羨ましい」
なるべくゆっくりと話す。
落ち着いて、私の気持ちを全部詰め込んで。
「私は、『私』を探してる、『彼』を探してる、『鈴鳴繋』を探してる」
私は『私』を、未だ知らない。
ないものは定義しようがない。
無理矢理、勝手に、自分で定義するしかない。
そんな自分を好きになれるはず、ない。
「私ね、ベルに死んでほしくなかった」
「知ってる、です」
「それに、誰かを殺してほしくなかった」
「なんで、です」
「それはベルのしたいことじゃないはずだから」
「でも……誰かがやらなきゃいけなかった、です」
「ベルは、もう知ってるはずだよ」
「なにを、です」
「私たち、家族だよ、ベルが生きてきた時間と比べてどれだけ短い時間かはわからないけれど、ね」
「家族、です?」
「そう、私もナギも、ベルの事が大好きなの、だから、大好きなベルが嫌な神様になっちゃうのは、嫌だな」
「でも、私は願われてる、です」
「私たちだって、願ってるよ、ベルに」
「……ぇ?」
やった。
初めてベルの語尾が乱れた。
そんな小さな喜びを感じつつ。
「私たちは願ってるの、ベルに幸せになって欲しいなって、ベルがベル自身が自分の道を決めて欲しいなって」
「そんなこと、でも、できるわけない、です」
「できるよ、だって、こんなにも強く私たちが願ってるんだもん」
「でも、でも、でも」
「ね、信じて?」
「あ、う」
「誰かが不幸を無くなる様に願うよりも、私たちの方がずぅっとベルの幸せを願ってるよ」
「う、うぅ」
「もう、誰かの不幸を肩代わりしなくても、いいんだよ?ベル」
その言葉で。
ベルの。
心の鍵が開いた。
「う、う、うわあああああああああああああああん!!!」
ベルが、今までの自分の不幸を流していくように、思い切り泣き出す。
恥も外聞もなく大声で。
そんな愛おしい家族を、私は零れ落ちないようにぎゅっと強く抱きしめる。
ナギも私たちの方に歩み寄ってきて、泣いている小さな彼女の頭を優しく撫でる。
「ボクも、ベルには幸せになって欲しいって願ってるよ」
ベルがさらに勢いを増して泣く。
「だって、私、薄倖の、神様、です!」
ほとんど嗚咽同様に、泣き叫ぶ。
「うん」
「神様だから、ずっと、ずっと、こうやってきた、です!」
「うん」
「疑いもせずに、ただやってきた、です!」
「うん」
「でも、辛かった、です!本当は、とっても、辛かった、です!」
「うん」
「でも、私がいなきゃ、誰かが、悲しむ、です!」
「うん」
「だから、だから私は、これしか知らない、です!」
「うん」
「これしか知らないから、こうしてきた、です!」
「うん」
「誰かに、こうして、欲しかった、です!」
「うん」
「誰かに、許してほしかった、です!」
「うん」
「私が、薄倖の神が、不幸を嫌がることを、許してほしかった、です!」
「うん」
「ツナギと、ナギは、許してくれますか?です」
「もちろん、許すよ」
「ボクも、許すよ」
「私を、認めてくれますか?です」
「うん、認めるよ」
「うん、認める」
「ありがとう……です」
その言葉を最後に、再びベルはわんわん泣き出した。
もうそこから先は言葉になっていない。
よかった。
ちゃんと伝わって。
よかった。
ベルが無事で。
よかった。
ベルがまた、新しい一歩を踏み出せそうで。
もしかするとお節介だったかもしれない。
もしかすると今すぐには変われないかもしれない。
もしかすると今後変わってしまった自分に悩むことがあるかもしれない。
でもでも、ね。
私はそれでもベルに知ってほしかった。
誰かに願われることはもちろんすごいことだけど。
それを疑いもなく自分の道だと思えることはすごいことだけど。
ベル。
あなたは本当はもっと早くに知るべきだったんだよ。
自分だって、幸せになれるんだから。
ね。
「ナギ、少しお願いできる?」
「へ、ああ、うん」
まだしばらくは泣き止まなさそうなベルをナギの方に預ける。
ナギが私に代わってベルを抱きしめる。
少し離れた所から私たちのやりとりを黙って見守ってくれてたワンくんに近づく。
「よぉ、もういいのか」
「うん、私が伝えたいことは、全部話した」
「そうか」
全く、ワンくんいい人だなぁ。
それに甘えてしまおう。
「あと、ごめん、もひとつだけお願いしてもいい?」
「ん、内容によるが……なんだ?」
うん。
そりゃあもちろん、ね。
ベルの事も私なりに終わらせたので。
残る問題は。
「私の事、担いでもらえる?」
「はぁ?」
安心して任せられる相手がいるので、安心して倒れる。
もー限界。
ぎりぎり保っていた意識がすぅっと消えていく。
まぁ、そもそもツユキとの戦いで十分疲れてたし、ね。
いくらセレスに全快にしてもらってたとは言え、精神的にはかなり疲労が溜まっていたんだろう。
ついでに次元を超えるほどの力をいきなり扱ったし。
無理無理。
でもよく考えたら私、朝寝てまた今寝てたら。
活動時間どんだけ短いんだ。
ま、たまにはこんな日もいいかも。
ワンくん、後は、頼んだ。
よろしく。
疲れに反し、不思議と心地よく私は眠りについた。




