私が宴を終えるまで
森羅万象と融合を果たしている神様序列2位、進化の神、ジャンベル。
それに対するは。
能力無効化をほとんど封じられた神様序列3位、個体の神、ザ・ワン。
多少空間を縮めることができる程度の神様序列19位、収縮の神、ナギ。
今や何一つ力を持たないのと同じような神様序列32位の、薄倖の神、ベルヴェルク。
そしてナギに同じく多少空間を繋げることができる程度の、この私。
ザ・ワンの力が封じられているせいで、圧倒的に私たちが不利な状況だ。
でも。
この対決は驚くほどあっけなく終わることとなる。
「とにかく俺が守る、その間に何か策を練るぞ」
「わかった」
先ほどと同じように、ワンくんが私たちを庇うように立ち、ジャンベルのどこから来るかもわからない攻撃を弾く。
私たちの人数が増えたせいか、庇わなくてはならない範囲が増えてしまっている。
さっきと違って所々ワンくんに攻撃が掠る時もある。
さぁ、どうする。
今は私一人じゃない。
ナギがいる。
ベルがいる。
きっと、なんでも出来るはずだ。
そう思っていると。
いや、思う間もなく。
ベルがジャンベルに向かって歩き出した。
…………。
……え?
なに、やってるの、ベル!?
その誰もが予期せぬ行動に、全員の思考がストップする。
ジャンベルすら攻撃の手を一瞬休めたが、しかしすぐに再開した。
「ほう、どういうつもりですかね、薄倖の神?」
再び、どこからともなく飛んでくる攻撃にワンくんの動きが制限される。
「くっ、おいあいつ何やってんだよ!?」
目にも止まらぬ速さで石剣を動かしつつワンくんが叫ぶ。
でも私たちにもわからない。
私たちの方がわからない。
「ベル!?死ぬ気!?」
ナギが隣ではち切れんばかりの大声で呼びかける。
けど、ベルは振り向かない。
振り向かずに、意志表明をする。
「お前、世界の、邪魔、です」
その言葉で、思い出す。
いや、納得する。
やっぱりベルは、本気でジャンベルを止めるつもりなんだ。
初めてベルに出会った時のことを思い出す。
自分がビッグフットに勝てないことを理解して、しかし自分のことなど度外視していた。
きっと今も、そう。
というか、今まで、ずっと、そうなんだ。
私やナギと過ごしたほんの少しの期間で何が変わるでもないん、だろう、ね。
そうだった。
この神の宴に来た理由も、もちろん自身の序列を上げるため、なんかじゃない。
神同士の殺し合いを止めるために、黙って家を出たんだ。
たぶんナギがその場からは遠ざけてくれていたはずだけど。
ジャンベルを止めることと、自分が死ぬこと。
それらについて何も感じていない。
感じられない。
自分の存在意義だから。
自分に願われていることだから。
自分にはそれしかできないから。
だから、きっと、こんなことを平気でしちゃうんだ。
――駄目だよ、ベル。
こんな所で死んだら、絶対駄目。
私は、まだ、何も、伝えてないよ。
自分の存在理由を疑うことなく理解できることの素晴らしさも。
時にはその存在理由を取っ払ってあげることの大切さも。
何も伝えてない、だから。
「死んじゃ、駄目だよ!ベル!!」
そんな色々な想いを込めた私の言葉が空しく響く。
死んじゃ駄目、だなんて。
私には何も出来ない、って宣言してるようなもんだ。
事実、何もできないけど。
でもでも、本心だ。
私の想いは、でも、届いたみたいだ。
珍しく、ベルが良い笑顔で半分くらい振り向いてくれた。
「大丈夫、です、ツナギの気持ちはわかってる、です」
それだけ言って再びジャンベルの方にゆっくり歩いていく。
ジャンベルも仰々しい身振りで、
「まぁ、なんのつもりか知らないですが、私、薄倖の神にも興味はあったのですよ」
などと、すぐにベルに危害を加えるつもりはないらしい。
そのことに密かに安堵しつつも、ベルをこのままにしてていいわけがない。
もちろんベルだけじゃない、皆で、この場をどうにかしないとだ。
小声でナギに囁く。
「もし、ジャンベルに隙が出来たら空気を収縮させてベルをこっちに飛ばしてみて」
「いいけど、ボクよりツナガレの方がいいんじゃない?」
「もちろんそのつもりではあるけど、私のツナガレは直接ベルに繋がらないとだから」
「うん、いつでも動けるようにしておく」
ナギに頷いて、またワンくんに話しかける。
「大変な役回りでごめん、その隙を作れるのは現状ワンくんしかいないんだ」
「わかってるよ、なんとかしてみるさ」
よし。
あとはベルが何を考えているのか、も気になるけど。
こっちで出来る限りの準備はしておくから。
お願い、それまで無事に乗り切って、ベル。
と、私に出来ることを全て用意していると空気が変わるのを感じた。
なんだこれ。
初めてセレスに会ったときに感じた、全身が凍りつくような(ツユキには物理的に凍らされたけど、ね)感覚。
あの時より冷たい。
ジャンベルはそのことに気付いているのかいないのか、相変わらず饒舌に喋っていた。
「かつてのあなたとも融合したかったのですがね、正直あの時のあなたは手に負えなかった」
「……」
「その後何も情報がなかったので、てっきり死んでいたのかと思いましたが……またお会いできて嬉しいですよ」
「……です」
「もっとも、あなたのその不幸を自らの身に溜めこむ能力自体は欲しくもないですがね」
「……、です」
「だが応用すれば不幸を集めて他の生命にぶつけることもできましょう、それはそれで実に面白い」
「うるさいな、です」
「ん、なにかな?」
「だから、うるさいな、です」
その言葉を機に、ベルの影が広がりだす。
「うん?」
ジャンベルが気の抜けた疑問符を一つ浮かべる間に。
倍以上に膨れたベルの影から。
真っ黒な何かが。
いや、たぶん影なんだろうけど。
真っ黒な影が、湧き出てきている。
それが実体を持って、ベルの周りを徐々に埋め尽くしていく。
何が、起きてる、の。
だって、ベルは、序列32位、最下位で、こんな力持っていないはず。
出せないはず。
なのに、どうして。
「な、なんですか、それ、は……一体、いや、それより、こ、こっちに来る、な」
さすがのジャンベルもしどろもどろになっている。
私にはあの影にどんな効力があるのかはわからないけれど。
それでも触れてはいけない類のものであることくらいは理解できた。
たぶんジャンベルは十分に隙を作っていたけれど、私たちもその光景を前に身動きが取れなかった。
というか、序列2位のジャンベルが身動きできないんだ。
私たちに出来るはずもない。
そこに、いつになく怒気を含めたベルの、小さくもよく通る声。
「限定解除、です」
限定、解除?
制限を定めて解くこと、除くこと。
何をだ。
そうか、ベルの能力か。
どんな制限下で、だ。
今この場。
そうか、今この場は私たちしかいない。
だから、つまり。
この限られた空間。
この限られた空間ならば。
薄倖の神、ベルヴェルクの影響力は間違いなく1位になるとでもいうの、かな。
だとすれば、ベルから湧き出るあの力は。
完全に。
敵を。
本来の序列2位、ジャンベルを。
殺すための力ということなるのかもしれない。
いや、そうなのだろう。
「お前、邪魔、です」
ベルがジャンベルに近づく。
「や、やめ、ろ……じ、次元よ開け!!開け!!何故開かん!?」
ジャンベルが何かをしようとしているらしいが、何も起きない。
さっきのワンくんとの一幕を思い出して、すぐ前にいるワンくんを見るけれど、目があったワンくんは首を横に振った。
ワンくんが何かしたわけじゃないみたい。
自分の能力が発動しない不幸、でも起きているのだろうか。
「や、やめろ、何故だ、何故序列2位の私が!!最下位のお前に、こんな!?」
もうジャンベルからさっきまでの姿は露ほどにも見られない。
その顔は完全に目の前の恐怖に怯えている。
これは。
これも。
駄目、なんじゃないかな。
現状は打開できると思う。
ベルも死なずに済む。
でも。
駄目、だよね。
神同士が殺し合う不幸を見逃せなかったベル自身が、神を殺す側になるのは、駄目だよ、ね。
これも、駄目だ。
あぁ、私はなんて無茶ばっかり言っているんだ。
自分勝手な無茶ばっかり。
ほんの少し前までは、勝手に死ぬなとか言っておいて。
それでいて対処はベルに任せて。
ベルが動き始めたら、今度は殺すのはよくないとか言い出して。
なんて我儘。
そうだ。
私はまだ、何も自分でやってない。
自分から動いてない。
いつもナギに助けられてばかりで。
今もベルとワンくんに助けられていて。
私自身は何もしてない。
それなのに、自分から動いたベルに何か言う資格はない。
きっとベルだって、この決断は苦しいはずなんだ。
自分が嫌がる神様に、自分がなろうとしてしまっている。
誰だって、辛い現実と向き合ってる。
嫌いな自分と向き合ってる。
それでも動くんだ。
自分自身の為に。
願ってくれる誰かの為に。
ならば私はどうやって動けばいい。
ベルを助けたい。
ジャンベルも止めたい。
今なお行われている神同士の殺し合いも止めたい。
私の。
私自身の力で。
例え序列2位が相手でも。
例え今だけかつての力を取り戻していそうなベルが対象でも。
さっきまで手も足も出なかった相手だ。
その相手がさらに怯んでいるベルだ。
出来るかな。
ううん。
出来るさ。
私なら。
神様に願って、神様に願われる私なら――。
「願って、私の神様」
「え?」
「ベルを止めたい、お願い、私に前に進む力を貸して、それで、私に願って」
「……わかった!!」
「あなたに願う私なら、あなたに願われる私なら、なんでも出来ると思うんだ」
「なんでも、出来るさ、ツナギは、繋縛の神様なんだから!!」
「そうだ、私は、繋縛の神だもんね!!」
たったそれだけの会話で。
私は力を解放する。
なんてことはない。
さっきベルがやった通りだ。
限定解除だ。
私は前に進む力をナギに願った。
ナギは私が進めるように願った。
二人分の願いがあれば、十分。
今の私にとって大切なのは、ナギとベルだけなのだから。
二人分で願って、一人を助ける。
当たり前のことだ。
さぁ、行こう。
力が、どこまでも満ちていく感覚。
本当に何でも出来ると錯覚してしまいそう。
いや、何でも出来るのかもしれない。
どうでもいいや。
今はただ、ベルを助けるだけの力があればいい。
それだけでいい。
私はその言葉を呟く。
私に出来るのはいつだってこれしかない。
でも、今は違う。
ベルに、繋がれだなんて気持ちじゃない。
もっと真摯に、私は想いを吐き出す。
「ツナゲテ」
繋げて。
私と、ベルを、繋げて。
お願い神様。
そんな力を、私に貸して下さい。
私から零れた一条の光。
本来の私の力なら、今のベルには届かずに消えてしまうだろう。
でも私と、そしてナギの想いを乗せた光は、迷うことなくベルの背中を捉えた。
「なん、です?」
そして、引っ張り上げる。
まさか自分の力を越えてくるとは思わなかったのか、ベルも困惑の声をあげる。
とてん、とベルを私たちの前まで引き寄せる。
すると先ほどまで立ち込めていた影が元の地面にすぅっと消えていく。
「なにする、です?」
ベルは初めて、泣きそうな顔をしていた。
あぁもう、かわいいなぁって本気で思った。
まるで自分を否定された子供そのままだ。
すぐにでも抱きしめてあげたいけど、まだやることが残っている。
今の今まで殺されかけていたジャンベルがようやくの状況判断に至っていた。
「は……はは!い、今私を逃したこと、後悔するんだな!!」
負け犬にありがちな事を言っているけど、ね。
無理もない。
「貴様ら、絶対に殺しに行くからな!!次元よ、開け!!」
そう言うと今度はジャンベルの背後に虹色の裂け目が現れた。
さっき私がナギとベルを繋いだような小さな裂け目ではなく、もっと、巨大なものだ。
完全に次元が乱れている。
その裂け目の向こう側にジャンベルが身を投げる。
裂け目が徐々に閉じていき、数秒も待たず閉じきって裂け目は無くなった。
見事な逃走だ。
よくはわからないけれど、次元を飛び越えられたら誰も追いかけれられないだろう。
でも。
今の私を相手に。
そんな程度の跳躍が通用するわけがない、ね。
これは願うまでもない。
「ツナガレ」
先ほどに同じく、一閃、光が迸る。
既に閉じきった次元の裂け目の、その先を間違いなく繋げ、そして、こちら側に引き寄せる。
再び裂け目が生じ、ジャンベルが私に舞い戻される。
「んなにぃっ!?」
もはや聞こえているかもわからないけれど、言いたいことはもう全て話してしまう。
「ジャンベル、私はあなたを許さない、なぜなら……」
一つ。
「ナギを巻き込んだから」
二つ。
「ベルにあんな真似させたから」
以上。
「あとは、お願い、ね?」
「わかってるよ」
私は乱暴に地面にジャンベルを叩きつける。
その目の前には、幅広の石剣を振りかざす、ワンくん。
「ひ、やめ……!!??」
直後、辺り一帯に響くほどの大きな打撃音と共に。
私たちの宴は終わりを告げた。
宴もたけなわだ、ね。




