私が"その一"と共に動き出すまで
突然の雨が降り、暴風が吹き荒れ。
雷が、雪が、氷柱に近い氷塊が落ち。
そして一切の重力場が存在しなくなったそんな町。
その中心で私とツユキは向かい合う。
ふわふわと浮きながら。
ナギの身が危ない、という時点でこの町にどう被害が起きようと気にしないことにしている。
中には少なかれ交友を持っている人もいるけれど、ナギより大切な存在なんて今の私にはいない。
無重力と化した一帯にどんな被害があるのかも考えない。
目の前の敵の事で手一杯だ。
よくよく考えてみれば無重力と天候って何も関連が見えないけど。
神に常識を問う方がどうかしているだろう。
天候の神と呼ばれているからといってその真価が天候に収まっている保証は確かにない。
実際、天候を操ることができるだけで、知名度という点では十分なようにも思うけど。
現に今私は無重力空間に囚われているし、ね。
さて、どんな理屈かは知らないけどこの無重力になっている場所の外では私のツナガレは効力を失ってしまうらしい。
厳密にはこの内側と外側とで別個の空間になってしまっていることが原因、だと思う。
だからこの空間の外へはツナガレを伸ばせない。
既に新しい力、ツナギアワセによる奇襲は終えてしまっている。
たぶんもう通用しないと思う。
あと問題は、この無重力空間がどこまで広がっているか……。
ううん。
どこまで、というよりは……。
「っと、危なっ!」
私のすぐ横をツユキの拳が通り過ぎる。
直接的な攻撃はこれが初めてか。
「ふぅん、この空間だとそっちの力も制限されるのかな?不便じゃない?」
「いやぁ、そんなことはないんじゃあないかなぁ?」
相変わらず鼻に突く喋り方だ。
そしてその直後私の目の前に雷が落下してきたことで私の仮定が間違っていることを知る。
全然攻撃はできますってか。
これはかなりまずい。
もう私にできる手立てはほとんどやりきってしまっている。
そしてまだツユキが本気をだしているようには見えない。
でも、さっきの不意打ちで多少警戒レベルを上げてしまったせいでまだ底の見えない能力を躱す必要がある。
それに、時間が刻一刻と迫っている。
このままじゃ神の宴が始まってしまう。
会場に行けたとしても、ナギとベルをすぐに見つけられるかどうか。
このツユキがなんで私を足止めしているのかもまだ何も見当がつかない。
それにそれにそれに――。
「おやぁ、焦っているようだねぇ、相談に乗ってあげようかなぁ?」
挑発だこれは挑発だ落ち着け私。
大丈夫、まだ冷静だ。
「あぁ、収縮の神の行方が気になるのかなぁ?」
ニヤニヤと笑うツユキ。
「そんなこと言って、あなたもどうせ知らないんでしょ」
「さぁ、どうかなぁ?」
「あなたに聞く気もないけど、ね!」
思い切りよく私は自分につないだ沢山のツナガレを引っ張り上げる。
そのそれぞれが地面をくり抜いて、土や煉瓦の塊を引き連れてツユキへと向かう。
ツユキがその塊に手をかざす。
途端、その塊が重力を思い出したかのように落下していく。
あぁ、一部能力を解除するくらいはそりゃできるよね。
あれ、ってことは。
「ははぁ、また一つ、私の能力の危険度に気づいたみたいかなぁ?」
言ってツユキが私に手をかざすと。
ガクッと私は地に落ちる。
突然の落下に身震いする暇もなく私はツナガレを展開、しようとして再度重力がなくなる感覚に襲われる。
ツナガレがまた中途で千切れる。
「まぁ、そろそろ寝ててもらおうかなぁ?」
と、私の遥か頭上からツユキの乾いた声が聞こえる。
まずい!
この感覚、本気だ!
いよいよ私を再起不能にする気だ。
急速にツユキの内から力が溢れてくるのがわかる。
まずいまずいどうするってどうすることも今の私にはできないし。
思ったよりも状況は最悪だ。
くっ。
「ツナガレ!!」
必死にツナガレを伸ばせる限界まで伸ばして、私の体を全力で横っ飛びに逃がす。
なるべくその場から離れるようにだ。
しかし。
「おやぁ、無駄なんじゃないかなぁ?」
と、声が聞こえ。
そして。
相当なスピードでその場を離脱した私の体が徐々に冷たくなってくる。
スピードもどんどん落ちていく。
そのことを認識して新たなツナガレを出そうとする、私の手が、動かな、い。
体に、力、が、入ら、ない。
目の前が、どんどん、白銀に、おおわ、れ、て。
止まる。
静止する。
世界が。
空間が。
その場の全てが。
私の全てが。
凍り付いて、動きを止める。
私は凍った意識で薄らと思考する。
なんだよ。
空間ごと凍らせるなんてせこすぎだって。
私の体は少しも動く気配がない。
体を覆う氷に体温が奪われていくのがわかる。
ものの数十秒でこの思考も途切れてしまうだろう。
駄目、だったか。
私にできる策は全部試した。
それでも歯が立たなかった。
悔しくはない。
策といっても、私とツユキの力の差を凌駕するものではないからだ。
でも、ナギはどうすればいい。
嫌だ。
ナギに何が起こるのかわからない。
でも良くないことが起こる予感がする。
そんなのは嫌だ。
この世界で。
寂しく生まれた私の唯一の理解者。
私の神様。
誇り高き収縮の神。
あの綺麗な翠色の髪を持った神様を危険な目に合わせたくない。
だからいつでも一緒にいたのに。
一緒に戦ってきたのに。
こんな。
こんな突然の何かでバラバラになんてなりたくない。
やっぱり、悔しいな。
力が、欲しい。
大切なモノを、守るだけの力が欲しい。
なんで私には、それがないんだろう。
ただ、大切な神様に会いに行きたい、一緒に家に帰りたい、それだけなのに。
いよいよ消えていく意識の中。
私はこう思わずにはいられなかった。
一緒に帰りたい、そんな程度の力がなんで私にはないんだろう。
なんで。
なんで。
なんで。
なん……で……。
……。
……。
……。
「無駄なことなんてあるかよ、この世界に」
ほとんど失いかけていた意識の中に、男の人の声が聞こえた気がした。
そして気がした瞬間に私を覆っていた氷の全てが、消えて無くなった。
冷えきっていた私の体に、温かい何かが触れたのを感じる。
人、だ。
その誰かに抱えられながら私は真っ直ぐに地面に落ちてゆく。
地面に落ちた衝撃も何故かほとんど感じない。
少しずつ私の体に熱が戻っていく。
目をゆっくりと開けると、すぐそこに見知らぬ男の人の顔があった。
なんだかいい笑顔で私の事を見ている。
お姫様抱っこの形になっているせいか、やたらと顔が近い気がして思わず顔を少し逸らす。
「よ、大丈夫みたいだな」
「いえ……結構、ぎりぎりです、よ」
そんなやりとりを交わしていると。
私と、私を抱えた男の人の前にツユキが降り立つ。
「おやぁ、誰だか知らないですが、私の邪魔しないで欲しいかなぁ!?」
さっきまで私に向けていたものよりも、随分と焦りを感じる口調だった。
そりゃそうだ。
少しずつ私たちの方に歩いてくる。
「そもそもぉ、どうやってここにぃ、来ることができたのかなぁ!?」
ツユキは続ける。
「私のぉ、力をぉ、どう破ったのかなぁ!?」
さらに続ける。
「我々のぉ、戦闘をぉ、どう察知したのかなぁ!?」
言い切って、ハーハーと息を荒げるツユキ。
そこには余裕の欠片もない。
言葉にすればするほど、この状況があり得るはずがない、と実感してるのだろうか。
ハッキリと顔が見える程度に近づいてきたツユキが急に顔を歪めた。
「おぉ、おっ、お前はぁぁぁ、まさかあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そして、初めて口調が乱れた。
その間に私はゆっくりと地面に下ろされる。
それでようやく男の人の背格好が見れる。
結構背が高く、服装はもの珍しい紺色の袴のようなものを纏っている。
だが別にちょんまげということはなく、普通に髪は短い。
その後姿だけで力に満ち溢れているのが伝わってくる。
「おう、久しぶりだなツユキ」
「序列3位ぃ、なぜお前がここにいるのかなぁっ!?」
序列、3位!!
じゃあ、この人……いや、この神が。
神様序列第3位。
個体の神、ザ・ワン!?
「いや、ヘルプを受けてな」
「だぁ、誰からヘルプを受けたのかなぁ!?」
「ん、こいつから」
「こぉ、こいつぅ!?」
と会話の流れでツユキが私を睨む。
私はせめてできる限り憎らしく応える。
「気づかなかったね?」
そう、私は助けを求めていた。
目の前には強大な神。
力の差は歴然。
不意打ちも奇策も逃げることも、僅かな時間稼ぎにしかならない。
この差を私に埋めることはできない。
また、私に急なパワーアップが望めるはずもない。
であれば。
答えは、選択肢は一つ。
誰かに助けを求めることしか私にこの場を打開することはできない。
でも、露骨に誰かに助けを求めようとすれば、ツユキがそれを阻止するだろうし。
すぐに力を行使して早くに決着をつけようとするかもしれない。
そこで私が採ったのは、遥か上空、雲を越えた空だ。
その空にツナガレによる光の束でわかりやすく、『HELP』と描いた。
ツユキが無重力による空間断絶を行った際にはこの、上空の文字が消えてしまわないかと心配だったが、それは杞憂だったらしい。
あとは、もうすぐ開催される神の宴は、まさにその空が会場だ。
誰かの目に届く可能性は高いと踏んだ。
それも、この状況を打開できるだけの力をもった神の目に、だ。
より具体的には。
何をしでかすかもわからない神の宴の様子を。
監視していないわけがない。
そんな警護ギルド。
神様序列第3位、ザ・ワンの率いる『ルール』の目に。
私の計画はほとんど上手くいった。
まさかそのギルドリーダーであるザ・ワンが直接来るとは思っていなかったけど。
この状況、これ以上に頼もしい役者はいないだろう。
「いやぁ、これは私とそこの女との問題なんだよ、首を突っ込まないで欲しいかなぁ?」
「あー、俺だって神同士の喧嘩にいちいち首を突っ込む気はねぇよ、さっきの攻撃も殺す気はなかったみだいだし」
そうなのか。
氷漬けとか、殺す気満々な攻撃の代表な気がするけど。
「でも、ま、助けを求められて放っておくわけにはいかねぇよ」
「ぐぅぅ、こ、このぉっ!!」
逆上したのか、ツユキが唐突に拳を空に突き出し、そして振り下ろした。
それに合わせて、突如として燃え盛る炎の波――マグマだ――が私たちに襲い掛かる。
これまた天候がもはや関係ない気がするけど。
私の目の前に微塵も揺れることなく立つザ・ワンは、
「やめとけよ」
の一言で、マグマの奔流を無に還した。
何も起きていなかったようにその場が静まり返る。
一瞬で自分の攻撃がかき消されたツユキが苦虫を潰したような表情になる。
そうだ。
個体の神、彼の力は全ての能力の無効化。
彼は唯一、この世の不思議を無かったことにできる。
ツユキが操る天候の変化すら、彼には無力なのだ。
「なぁ、俺はお前をどうこうする気はない、だからこの場は引いてくんねぇかなぁ」
「ははぁ、それ、は無理な相談、かなぁ!?」
ツユキはしどろもどろになりながらも、退かない。
ツユキはツユキで確固たる意思があるらしい。
それをザ・ワンも感じたのか、大きく一つため息を吐く。
そして、腰に巻いたやたらと幅の広い鞘から、やはりやたらと幅広の石剣を取り出した。
通常ハンターが用いる短剣やサーベルの倍くらいは幅がありそうだけど、リーチはかなり短い。
それに、石だからか、特に刃に相当する部位は見受けられない。
それを構えて、一言。
「そうかよ」
そこから先は、私の目では追うことができなかった。
気づけば数メートルだけ離れた位置にいたツユキが倒れ、その目の前にザ・ワンが立っていた。
何が……起きたのだろう。
ものすごい速さで動いたことは理解できたけど、あまりに速すぎてその理解が正しいのかどうかがわからない。
とにかく、目の前の脅威は去った、ということでいいのだろうか。
個体の神って、能力無効化以外に変な能力は持っていなかったはずなんだけど。
今のはなんだったんだろう。
まぁ、いいか。
私の所に戻ってきたザ・ワンが改めてバツが悪そうに私を見下ろす。
凛と逞しい顔が私を覗き込む。
「悪いな、遅くなって」
なんか謝られた。
「何が、助けてくれたのに」
「いやだから、あんたのヘルプに気付くのが遅れてさ」
「いいよ、それより、もう少しだけ助けて欲しいんだけど」
「悪い俺、ジャンベルの所に戻んないといけないんだ」
「そうそれ、私も、連れて行って欲しいんだ」
そう、私は何も、ツユキを倒すこと自体が目的じゃあない。
ナギが、危ないんだ。
「いや、あんたその体じゃ動くのはむりだろ、まだすげぇ冷たいし、それにあそこは何が起こるかわかんねぇから危ないぞ」
「それはわかってるけど、私、行かなきゃ」
「あの光の紐みたいなのあんたの力だよな、ってことはあんたも神なんだろ?」
それについては私もよくわからないので無言で続きを待つ。
「なら力が上手く使えない状態で他の神の集まる場に行くことがどんだけ危ないかくらいわかるだろ」
「でも!ナギと、ベルが!危ないんだ!」
あぁ、もういい。
話している時間が勿体ない。
障害はもうないんだ。
なら自分一人で行けばいい。
「助けてくれて、ありがとうございます、私、大切な家族を迎えに行かなきゃなんです」
それだけ言って、軋む体を無理やり起こす。
「あ、おい、だから俺の言うことを……」
なお私を止めようとするザ・ワンに別の方向から声がかかる。
「あら、いいんじゃないかしら、行かせてあげれば?」
私もよく知ってる声だ。
「セレス……」
路地を歩いてきたセレスが現れた。
今までの流れを見ていたのだろうか。
セレスは私の所まで歩いてきて、すっと私の背中に触れた。
するとまるで今までの体の不調が何一つなかったかのように、私の体に力が漲る。
その様子をザ・ワンが訝しむ。
「おい、セレスお前一体」
「もう始まっちゃうわよ、宴が」
「……お前も何か企んでるのか?」
「いえいえ、この件に私は無関係よ、むしろジャンベルがしでかそうとしている事を止めたいと願っている、あなたと同じ立場」
「ジャンベルが何をしようとしてるのか知ってるのか?」
「行けばわかるわよ、ほら、ツナギちゃんを送って行きなさい、もう絶好調にしたげたから文句はないでしょう?」
そう言ってセレスは背を向ける。
「あ、おいセレス!」
ザ・ワンの呼び止める声に、セレスは振り向かず、そのままで応える。
「急がないと、ベル……ベルヴェルクがジャンベルに吸収されるわよ、もしそうなったら……」
ベルが、吸収される!?
進化の神、ジャンベルに!?
なんで、そんなこと……。
「世界はどうなるのかしらね、終わるのかしら、それとも、始まるのかしら」
それだけ言い残して、セレスは去った。




