私が私になるまで
『私』を失くした私と神様が、世界を旅して自分を見つける物語です。
よろしくお願いします。
私にとって、彼は全部だった。
全部、は全部。
私の生きがいで。
私の生きる意味で。
私の存在理由で。
私のいる意味で。
あれ、全部同じなのかな。
やっぱり全部だ。
ん、自分でも何言ってるのかわからなくなってきちゃった。
とにかく彼といることで初めて私は自分を私だって言えるような気がする。
それくらい彼の事が好きなんだ。
でも。
この気持ちはいつまで続くんだろう。
十年後?
五十年後?
死ぬまで?
それとも明日まで?
いつまで私は彼を想い続けられるんだろう。
彼が私を必要としない日は来るのだろうか。
私が彼を必要としない日が来るのだろうか。
来ないでほしい、と思う気持ちもあり。
きっと来るんだろうな、と思う気持ちもあり。
でもでも、それがきっとすぐでないことを何の確証もないくせに信じて。
誤魔化して。
生きている。
それは悪い事ではないのだろう。
誰もが平気な顔で嘘をついている。
愛無き愛を謳っている。
とんだ物狂いだ。
でもね。
そんな事を考える私ごと容認できちゃう彼だから。
私にとって彼は全部なんだ。
だから私は―。
私が目を覚ました時に唯一持っていた物。
可愛らしい花柄のノートから破られたらしい一枚。
中まで桃色に染まったその紙片の片側には上記の独白。
そこには語り手である『私』の名前があるはずもなく。
手がかりに成り得たかもしれない『彼』の名前も書かれてはいなかった。
だから。
私は記憶を取り戻すことができなかった。
私は私を知ることができないままだった。
そもそもこの独白の一人称の『私』が私であるのかどうかも知ることができないままだった。
私は、知りたい。
取り戻したい。
失ってしまった記憶を。
無くなってしまった自分を。
強く想いを寄せていたかもしれない『彼』を。
『私』を。
知りたい。
私は自分に名前を付けた。
仮の名前を。
独白の書かれた紙片の裏側、
ただ三文字書かれていた、
元が名前なのかどうかもわからない、
読み方も定かではない、
そんな言葉を名前にした。
その日から私の名は、
『鈴鳴繋』となった。
が。
鈴鳴繋。
すずなりつなぎ。
すずならしつなぎ。
りんめいけい。
自分の名前をこの文字にしよう、と思い立ったのは目覚めてから何日くらいだったろうか。
二日目くらいかな。
問題はこの『鈴鳴繋』をどう読むのかわからない、という所から考える必要があったことくらい。
いや、結構な問題だとは思うけど。
今になって考えてみれば「どう読むのかわからないこと」より、
そもそも鈴鳴繋の読み方のパターンを3通りも知っていたことの方が大事だったのかもしれないね。
文字が読める。
そんな大事なことに気付いたのもたぶん、ふらふら歩いて人を見つけてから初めて意識したような気がする。
かな。
記憶喪失になって第一声が「ここはどこ、私は誰」なんて、ずいぶんと余裕がないと無理無理って話で。
それが出来た私はたぶん変なのだろう。
あるいは、この世界そのものが変なのだろう。
そんな他愛もないことを考えながら私は『鈴鳴繋』を『すずなりつなぎ』として、自分の名前とした。
うん、なんでかわからないけど安心する、いい名前な気がする。
なんとなく女の子っぽいし。
私によく馴染んでいると思うね。
さて。
ここから、私を探す旅が始まるんだ。
自分を名づけた私がふらふらと人肌のぬくもりを求めて歩き出し、まず初めに感じたのは、「あれ、こんなだっけ?」って感触。
何がどう、こんなだったか、よく覚えてないけど。
ぜんっぜん覚えてないけど。
こう、私の頭の中にある所謂普通の生活というものは。
壱。
家族がいてなんか幸せそうで。
弐。
紙の束に目を走らせてお金を貰う。
参。
移動手段は動く鉄の塊で。
肆。
地面に体は押し付けられて生きている。
そんな感じ。
だと言うのに。
まぁ、家族は幸せそうだけど、あまり家族という概念が強くない。
具体的には血の繋がりをほとんど介さずに同居する人間同士を普通に家族と呼んでいる。
お金、通貨は存在するが物々交換も活発に行われている。
食料は特にその傾向が強く、ぜいたく品は紙幣を用いることが多い。
移動手段は基本、モンスターの背中に揺られる。
砂漠に草原、青海に大空、各々に見合ったモンスターに乗って移動することが当たり前らしい。
先ほど多少言明したけど、空を飛べることは特別なことではない。
大小さまざまな生物が空をきっちり飛んでいる。
中には人も平気で飛んでいる。
ただ、記憶喪失の私の持っている記憶の残骸なんて誰が信じることができるだろう。
言ってる私が信じていない。
ただ。
ただ、明らかに。
これだけは絶対に違う、と感じるものが一つある。
絶対に、とまで思っているのに記憶にはあまり残っていないのが悲しくて仕方がないね。
とにかく私にとって違和感が拭えない世界がここには広がっている。
順番は続いて。
伍。
神様がいる。
神様が、私たちと同じように、生活していた。
次は、ここから話そう。
私が目覚め、神様に出会うところから。
神様に出会い、この世界の普通を知るところから。
かわいいかわいい、女の子の姿をした神様。
そう、私が鈴鳴繋になって、初めて出会った女の子で、神様。
ナギの話をしよう。