隠れるな。さぁ出てこい。
「…………」
「…………」
かれこれ一時間はこの状態だ。
妹が僕の目の前に正座をし、それを僕が睨み付ける。
別にこんなつまらないことを何時間もしたいと思うほど僕は暇じゃない。
ちゃんと謝罪の言葉とどうしてこうなったのかを言ってくれればそれでいい。
僕と妹の間には、ずぶ濡れになってもはやまともに読むことさえできないであろう漫画が一冊そこに佇んでいた。
僕の大切な漫画がこんなことになってしまった理由を聞くためにも早くこいつの口を割らせなければならない。
~1時間前~
『人のふりをするのは得意だろう?逆らったら監督生会議にかけるぞ?分かったら今日中に寮内を磨きあげろ!』
「はっは!流石天才リアリスト。僕だったらこんなこと絶対にできないだろうなぁ。次の巻はっと。……あれ?」
おかしいな。
次の巻を読もうと本棚を探してもどこにもない。
僕は漫画の整理整頓だけはきっちりとしている。
そこらへんにぽいっと置いたままどこかへ行ってしまうなんてこともまずない。
読んだ本はすぐに本棚に返すように習慣付けている。
にも関わらず次の巻がどこにもない。
まさか机の上に置きっぱなしに?
万分の一の確率を考えて机を含め、部屋中を探してみるがどこにもない。
引き出しの中も、鞄の中も、クローゼットの中も、どこを探しても無い。
まさか泥棒が入った?
いやいや、そんなに価値のない本をたった一冊だけ盗む奇特な泥棒がいるわけがない。
……と、考えたところでそのいるわけがない泥棒に心当たりがあることに気付いた。
僕は立ち上がって部屋の外に出る。
そして向かい側にある部屋の扉を二度コンコン、とノックをする。
しかし返事は返ってこない。
もう少し強くノックをすると、「今入ってます!だから開けないで!」と返事が返ってきた。
この部屋はトイレなのか?
そんな下らない疑問を抱きながらもドアノブを握り、左へ回す。
まぁここがトイレだろうとどこだろうと関係ない。
とにかく一度この部屋に入る必要がある。
が、
「ん?」
中に入ろうにも鍵がかかっていて中に入ることが出来ない。
僕がドアを開けようとしたことに気付いたのか、今度は
「きゃーー!!!お兄ちゃんエッチ!変態!使用中だって言ったじゃない!」
そんな下らない返事が返ってきた。
使用中だなんて言ってないしそもそもそこはトイレじゃない。
ガチャガチャとドアノブを引っ張って威嚇をするも妹はキャーだの変態などわけの分からない奇声を上げるばかりで鍵を開けようとはしない。
これ以上やっても妹が鍵を開ける意志がないのが分かったので、僕は諦めて自室に戻る。
そして財布の中から十円玉を一枚取り出してもう一度妹の部屋の前に立つ。
皆さんはこんな経験はないだろうか?
学校のトイレや掃除用具入れのロッカーの鍵を外から開けようと、鍵の部分にある細長い隙間に定規や硬貨をはめて鍵を開けたということが。
僕らが住んでいる家の扉はまさにそれで、緊急事態に備えていつでも外から鍵を開けることができるようこのような仕様になっている。
それは勿論妹の部屋も例外でないわけで、
「ドアを開けたくないと言うのなら別にそれでもいい。それならそれで僕は最終手段を使って中に入るまでだ」
その気になれば今すぐにでも中に入ることができる。
しかしもう少し猶予を与えてやってもいいだろう。
このまま立てこもるのなら後々容赦はしない。
ここで開けるのなら多少の譲歩をしてやらんでもない。
「だが僕は優しい。このまま鍵を開けるのならお前の罪を許してやらんでもない。どんなに隠してもお前が僕の本を持っているのは分かっているんだ。3分間待ってやる。命乞いをしたくばここを開けろ」
「だ、駄目だよ!入っちゃ!乙女のぷらいばしーに関わるんだよ!?」
知らん。
プライバシーの意味もロクに分かっていないアホが何を言っている。
「さぁ3分経ったぞ。お前の考えはどちらだ?」
「…………」
動きはない。
よろしい。
戦争だ。
僕は十円玉を使って鍵を無理やり開け、部屋の中に突入する。
が、
「ぐっ!くそっ」
部屋に入った瞬間頭上からよく分からないタイトルのゲームの容器が雨のように降り注いでくる。
だがこんなものは大した障害じゃない。
容器の雨はすぐに止み、次なる足場への道は開けた。
わが妹ながら悲しいが、こいつの部屋は僕の部屋に比べて燦々たる状態だ。
攻略本が無数に散らばり、ありとあらゆるコントローラーが転がり、コードは蛇のように縦横無人に駆け回り、ゲームカセットさえも床に落ちている始末。
おかげでまともな足場が無い上に、カーテンを閉め切ってほとんど夜みたいになっているので余計にどこを踏めばいいのか分からない。
唯一の光はさっきまでやっていたであろうテレビゲームの光と、開いたドアの外から注ぎ込む廊下の明かりのみだ。
「ここは暗黒城か?」
停電以外で室内で懐中電灯が必要になる日が来るとは思わなかった。
一旦外に出て懐中電灯を持ってきたいが時間が惜しい。
このまま進むとしよう。
僅かな明かりと感覚を頼りに前絵へ歩いていく。
ざっと見た感じ妹の姿が見えないが、多分クローゼット中にでも隠れているのだろう。
無駄なことを。
クローゼットへ向かう途中何度かディスクらしきものを踏んずけたがまぁいいだろう。
物を雑に扱う妹が悪いのだ。
そうこうしているうちに目的のクローゼットの目の前についた。
「さて、ここである問題です。一人の娘が逃れられない恐怖から身を隠すため、クローゼットの中へ入りました。しかし、その恐怖はいとも容易く娘の隠れている場所を特定してしまいます。恐怖は考えました。どうしたらこの娘が自らクローゼットの中から出てきてくれるのかを。勿論このまま無理やりこじ開けて中から引きずり出すことも出来ますが、あえてそうはしませんでした。娘の自主性を重んじるためです。恐怖は娘に3つの選択肢を与えました。それは以下の通りです。
①娘が出てくるまで、娘の男友達に娘の使用している下着の写真を送り続ける。
②娘が大切にしているゲームを全て焼却処分する。
③娘の部屋だけブレーカーを落として3か月間電気が通らないようにする。
さぁどれを選ぶ?」
「待ってお兄ちゃん!そんな理不尽な選択を迫られるぐらいなら強引に引きずり出された方がましだよ!?」
「出てきたな?」
「ひっ」
出てきた妹の手にはやはり僕が探し求めていた漫画が握られていた。
それも何故か濡れた状態で。
「どういうことか説明してもらおうか?」
にっこりと満面の笑みを浮かべ、妹そ手を引き僕の部屋へと連行する。
その途中、再びディスクらしき物を踏んだが気にしない。
「えぅ!?」
という悲痛な声も気にしない。
☆★☆★☆
「いつまでこうしているつりだ?」
「いつまでも」
「説明ぐらいはしろ。どうしてこうなったか」
「嫌。だって怒るもん」
「説明しなければ余計に怒るぞ」
「あぅ……」
全く……
いくら隠したところでこうなるのは目に見えていただろうに。
「怒らない?」
「説明しないよりはな」
「どれぐらい?」
「内容次第だ」
「うぅ~……ごめんなさい!お兄ちゃんの漫画を!マウスボード代わりにして!飲みかけのジュースをこぼしてしまいましたったたたたたた!!!痛い!痛いよお兄ちゃん!」
妹が最後の言葉を言った瞬間妹のこめかみにグーで攻撃する。
某有名園児の母親が使っているあの制裁だ。
「怒らないって言った!」
「言ってない」
「内容次第だだだだっ!!?」
「その内容次第の結果がこれだ」
グリグリ。グリグリ。
嫌がる妹の抵抗を振り切り執拗なまでに攻撃する。
グリグリ。グリグリ。
「たたたたたたたたたたっっごっごめなっささっいいっ!?」
グリグリ。グリグリ。
「あっあぁったたっいやっやっ!痛いっよ!?も!止めっ」
「止めないよ?」
コノウラミハラサデオクベキカ。
それから僕の制裁は倍の2時間に渡って決行された。
終わるころには
「あっ……もう、いやぁ…あ、んっ……やっ」
三流官能小説のような声をあげていた。
これで人の物を雑に扱うとどうなるかが分かっただろう。
これを機に少しは進歩してほしいものだ。
これでもう十数回目だぞ。