盗むモノ、盗まれるモノ
新月の夜、フィアナはなかなか眠りにつくことが出来なかった。
何度目かの寝返りをうつ。その時、部屋の隅で何かが動いた。その何かは音をたてずにフィアナの方へ近付く。
「フィアナ」
自分の名を呼ぶ声にフィアナは少し驚いたが、それと同時にとても嬉しくなった。フィアナはベッドから起き上がり声の主の方を向く。
そこにはここしばらく会えなかった彼がいた。
彼の名はラーク。スラリとした長身で黒の服が似合い、とても整った顔立ちである。
「ラーク……!」
フィアナは喜びを抑えきれず、ラークの胸へ飛び込む。
「ごめんな、ここしばらく会えなくて」
ラークはフィアナの髪を優しく撫でながら言う。フィアナは嬉しくなってラークの胸の中で満面の笑みを浮かべた。
「最近、城の警備が厳しくてなかなか来れなかったんだ。 やっと君に会えて嬉しいよ」
ラークはそう言って微笑んだ。フィアナはその微笑みに応えて微笑み返した。
彼の職業は泥棒。若く経験が浅いが、持ち前の運動神経の良さでそれを補っている。
2人が出会ったのは今宵と同じ新月の夜。城へ侵入したラークが警備の衛兵に見つかりそうになって隠れた部屋――フィアナの部屋で2人は出会った。出会った2人は互いを見るなり一目惚れしてしまった。
その後、2人は夜――といってもほぼ真夜中だが誰にも見つからないよう密かに会っていた。
「今日は2つのモノを盗みに来たんだ」
「それって何?」
フィアナは何となくわかっているが、わざと聞いてみた。
「それは……」
ラークは自分を真っ直ぐに見つめてくるフィアナから恥ずかしそうに目を逸らす。
「言えないの?」
フィアナは少しいじわるく言った。
「……そういえば、泥棒は本来予告なんてしないんだよな」
ラークはそう言ってニカッと笑った。そして突然、フィアナの顔を上に向けてフィアナの顔の方へ身を屈めた。
2人の唇が触れ合う。それと同時にラークはフィアナを強く抱きしめた。フィアナはそれに応えるようにラークに抱き着く。
しばらくしてから2人は顔を離した。互いに頬を朱に染めている。
「1つ目はこれさ。2つ目はフィアナ、君をこの城から盗むことなんだ。……いいか?」
「……はい」
フィアナは先程よりも頬を朱くして答えた。
「よかった。それじゃあ行こう!」
そう言ってフィアナの手をとったその直後、ラークの身体が突然ビクンッと動いた。
「……一国の姫君を盗みに来るとはたいした度胸ですな」
部屋の扉の方から蔑むような声がした。驚いて声の主の方を見ると、そこにはクロスボウに次の矢をつがえている男の姿があった。男はいつもフィルリアにねっとりとした視線を向けてくる衛兵長だった。
新たにつがえた矢尻は僅かな光に反射して不気味に光っている。
「濃厚な麻痺薬をたっぷりつけてあるので直ぐに動けなくなるでしょう」
そう言って衛兵長はニヤリと笑った。
「姫様、さぁこちらへ」
「い、嫌よ! 彼になんて事をするのよ!」
「私は当然の事をしたまでですよ。……来ないのでしたら私からお迎えにあがりましょう」
そう言って衛兵長はゆっくりと近づき始める。
「……近づいて来るんじゃねぇよっ!」
そう言うとラークは右肩に麻痺薬のついた矢が刺さっているにもかかわらず、近くにあった椅子を投げ付けた。衛兵長は突然の事に対応できず顔面に椅子が直撃した。
「行くよ、フィアナ!」
ラークはフィアナの手をとる。その手には麻痺薬の矢をうけているとは思えないほどしっかりとしていた。ラークはフィアナの手を引きながらバルコニーへ向かう。 しかし、ここは数十メートルの高さのあるところ。
「待って! ここから降りるには高さがあるわ。」
「大丈夫、俺に任せて」
そう言ってラークはフィアナを包み込むように抱きしめ、飛び降りた。
ふわりと浮き、降下する。フィアナは叫びそうになるのを必死に堪えた。
数秒間の浮遊の後、木の枝が激しく折れる音と衝撃が身体に伝わってきた。そして大きな衝撃を最後に降下が終わった。
木がクッションとなってくれたお陰で、2人はかすり傷程度で済んだ。どうやらラークはこのことを計算していたようだ。
「大丈夫か?フィアナ」
「えぇ、大丈夫。ラークは?」
「あぁ、大丈夫だ。それじゃあ、行こう」
2人は立ち上がり、厩舎に向かって走り出した。
しばらくすると、ラークの足どりがあやしくなってきた。どうやら先程の麻痺薬が全身にまわりはじめてきているようだ。
あと少しで厩舎というところでラークは転倒してしまっ た。
「大丈夫!?」
「あぁ、大丈夫。平気平気」
そう答えて微笑むが呼吸は荒く、とても大丈夫には見えない。ラークは気力で立ち上がり、再び厩舎へ向かう。
厩舎へ着いてから2人は1頭の駿馬に乗り、ラークが手綱を握り走り出した。
城の裏口へ向かって走っていると、裏口を柵で塞がれ、衛兵達が現れた。
彼らは手に弓を持ち、構え、狙いを定める。そのことに気付いたラークは、フィアナを庇うように伏せた。それとほぼ同時に矢が放たれ、空を切った。
馬は勢いをつけた状態で、柵を飛び越えた。
後ろでは「早くこの柵をどかさんかっ!」という怒鳴り声が聞こえた。
しばらく馬を走らせていると、森の中に入り、ラークは小さな洞窟の前で馬を止めた。
「ここはオレの隠れ家なんだ。城とは違って不自由なことばかりフィアナにはさせてしまうけど、必ず幸せにするから。だから今は……」
「私のことは気にしないで。どんなところであっても、ラークがいてくれるだけで私は幸せだから」
「フィアナ……」
ラークはフィアナを優しく抱きしめた。
洞窟中に入ってから、フィアナはラークの傷をなれない手つきで手当てをした。
それから2人は身体を寄せあい、お互いの温もりを感じながら深い眠りの中へ落ちていった。
「小説家になろう」初投稿作品です。
気を付けていますが誤字脱字、間違った表現等多々あると思いますので指摘やアドバイスをしていただけるとありがたいです。