きっとまた、私は君に恋をする
私は神様です。
自分に“様”とかつけるなよ、とか思った皆さん、でも
「私は神だ!!」
とか言うほうがイタくないですか?ていうか、可愛くないです。
可愛さは、とっても大事です。
なぜなら、私は今、恋をしているからです。
それはもう、熱烈に激しく、恋をしています。なんせ彼に出会うのは、凡そ100年ぶりですから。
私には、とてもとても愛した人がいました。
でも、人の一生はとても短いです。
人は死ぬと魂となり、魂は百年の時を廻り、次の人生を始めます。
でも、私は彼を愛して愛して愛し過ぎて、手放したくなくなって、傍に置くためにその魂を一度、食べてしまいました。
体内に取り込んで、これで永遠に一緒だと、100年くらいは幸せでした。
でもそのさらに100年後、気付いてしまいました。
これでは独りと何も変わらないと。
彼の声を聞くことができない。
彼の瞳に私を映すことができない。
彼の腕の温もりを感じることができない。
彼とキスをすることができない。
彼と夜のアレコレをすることができない。
私は、彼の魂を手放すことにしました。
彼だとすぐに分かるように、印をつけて――
*****
今、私は現世に来ています。
愛する彼が“学校”という建物から出てくるのを待っているところです。
ちなみにこの“学校”という建物に、私は入ってはいけないそうです。
彼曰く、「ブガイシャだから」だそうです。意味は分かりませんが、でも大人しく彼の言うことを聞いています。
ちなみに、今の彼は14人目です。
容姿は、中の上といったところでしょうか?
背がひょろりと高くて、手足が長くて、猫背です。
髪は耳をすっぽりと覆うほど長く、白目がちな目は愛嬌があります。
と、思っていたら、愛しの彼が出てきました!
彼です!
あの、他の人より頭一つ大きくて、眉間に皺を寄せてせてこちらを睨んで――いますね。
どうしたのでしょう?
なんだか機嫌が悪そうです。
彼は他の人より長い足を有効活用して、あっという間に私の傍までやってきました。
「何やってんだよ」
ボソッと、でも怒気を含んだ声で彼が聞いてきます。
何、と言われても……
「君を待っていました」
としか答えられません。
彼はプイと横を向くと、どこか拗ねたように言います。
「何も校門で待たなくてもいいだろ?すげー目立ってるぞ」
コウモン(?)で待っていたのがいけなかったのでしょうか?でも目立つような行動はしていません。ただぼーと彼を待っていただけです。
「少しでも早く、君に会いたかったんです。ここならすぐに、君を見つけることができるでしょう?」
逸らされた瞳を追って、私が下から覗きこめば、彼は顔を赤く染めています。
「……恥ずかしいヤツ……」
それは大変です!
「わ、私、恥ずかしいですか?!どこが恥ずかしいですか?!言ってくれれば直します!」
思わず詰め寄った私に、彼は狼狽します。そんな表情も可愛いです。
彼は大きな手でグチャグチャと私の頭を撫でると、
「……行くぞ!」
私の手を取って、歩き出します。
繋がれた手の温もりが、とても心地良いです。
……彼の歩くペースが少し速くて、私は小走りになっていますが……
もう少し紳士的な行動ができるようになればいいですね。
でも、手を繋いだだけで耳を赤くするほど彼は初で幼いですから、今日のところは許してあげます。
ふと、真っ赤になった耳の下のうなじに、私がつけた印を見つけてうっとりしてしまいます。
見るたびに、彼が“彼”だと分かって、無性に嬉しくなるのです。
私の視線に気付いたのか、彼がこちらを向きます。
「何だよ」
「それ」
そう言って私が手を伸ばせば、彼は何について言っているのか気づき、心底嫌そうな顔をします。
「笑っていいぞ」
「何にです?」
「これ」
そう言って、彼は印を指さします。
でも、私はますます訳が分かりません。なぜ、私たちの愛の印を笑うのでしょう?
私が怪訝そうな顔をしていたからか、彼は溜め息をつきます。
「……可笑しいだろ?男なのに、こんなハート型のアザ……今までどれだけこいつでからかわれたか……」
そう。
彼のうなじには、ピンク色のハート型のアザがありました。もちろん、付けたのは私です。
ていうか、何ですって?!
「少しも可笑しくなんてありません!!どこのどいつです?そんな罰当たりなこと言ったのは!私が罰を与えてやります!!」
私たちの愛の印に、なんてことを!!
絶対に許せません!!
怒りで髪が逆立ってしまいそうです。
私のあまりの怒りっぷりに、彼が驚いて目を見開いています。
「い、いや、お前、暴力はいけないぞ」
そんなこと、するわけないじゃないですか。
「私は神様ですよ。そんな無作法なことしません。そうですね……明日あたり、君をからかった人たちに犬の糞でも踏ませましょうか」
私たちの間に沈黙が流れて。
プッ、と隣で彼が吹き出します。
「……何笑ってるんですか?私は本気ですよ?」
「いや、だって、おま、神様なのに、犬の糞?!権限小さっ!」
「……じゃあ、交通事故にでも遇わせればいいんですか?」
「いや、そこまでのことじゃないだろ!」
そんなことはするなよ!と言う彼を見て、安心します。
“彼”たちはいつも他人の不幸を望んだりしないのです。
「……別に、死んだりはしませんよ」
「生死の問題じゃないだろ」
「いえ、そうではなく」
彼は首を傾げます。
私の言わんとすることを、図りかねているのでしょう。
「神様にも、できないことはあるんです」
「……へぇ……例えば?」
「その人の人生の主軸に関すること――例えば、私は人を殺めることはできませんし……生かすことも、できません」
チクリと、胸が痛みました。
でも、顔には出さないように努めます。
それでもやっぱり、彼の顔を直視することはできなくて、私は先を歩くことにしました。
「じゃあ、俺は死ぬ間際に、神様に救いを求めたりはしないことにする」
後ろから、私を包むようにあがる、彼の宣言。
静かで、でも強い意志を感じさせる声でした。
足を止め、思わず振り向いた先にあったのは、とても、とても優しい、笑顔でした。
労るような、愛しむような、慈しむような、そんな表情に、私は心を奪われました。
彼は私の前に来ると、笑顔と同じくらい優しく、私の頭を撫でてくれました。
トクン
トクン
心臓が跳びはねる音がします。
カアッと、顔が熱くなります。
久々の、感覚です。
「ま、何十年も先の話しだけどな」
ニカッといつものイタズラっぽい笑顔を見せると、彼は私を置いて歩いていきます。
遠ざかっていく背中を見ながら、私は切なさで胸が苦しくなりました。
だって、何十年も先の話ではないから。
彼の寿命は、あと3年。
神様である私にも変えることのできない、彼の運命でした。
あと3年で彼は死に、私はまた100年、彼が生まれ変わるのを待つのです。
100年後、生まれ変わった彼は――
私のことなど覚えていなくて……
名前も容姿も性格すらも変わっていて……
“彼”だと分かるのは印だけで……
でも
きっと、私は君に恋をする。
そんな確信がありました。
だって、14番目の君も、他の13人の“彼”たちも、皆、愛したから――
きっとまた、私は君に恋をする。
置いてくぞ、という彼の声が聞こえます。
置いていかれたら大変です。
「待って下さい!」と言いながら走る私を、彼は笑いながら待っていてくれます。
きっと、明日も明後日も、彼は待ってくれるでしょう。
3年後のその日まで、ずっと、ずっと――
読んで頂いただき、ありがとうございました。