少女
ハジマリの続き。カイ視点で。
‐目の前にいたのは、黒髪の少女だけだった。
さっきまで俺達に襲いかかろうとしていた化け物のは跡形もなく消えていた。
少女の右手には足元までのびた銀の剣が握られている。
まさか、この少女があの化け物を?
「お前たち。」
少女はそういいながら180度方向転換して呆然としていた俺達の方を向いた。
「何故“使者”を攻撃しない?この洞窟はシールドがはられていないから、奴らの巣のようなものだぞ。」俺達はお互いに顔を見合わせた。
やはり全員少女が何をいっているのか分からないようだ。
イミルは恐怖で震えていて、少女の言葉が耳に入っているのかも危うい。
「黙ってないで答えろ。お前たちのうち何人かはファイターだろう。使者を倒そうとしないなんて、相当使えないファイターでも雇ったか?」
少女はそう言うと、腰に手をあてて少し馬鹿にするように笑った。
「あの、さっきの化け物は何?それとファイターって…。」
俺の質問に少女は眉間にシワをよせた。
「…お前、使者を知らないのか?」
「知ってるも何も!俺達は記憶がねえんだ!」
ゴス!
鈍い音がして、シノが突然しゃがみこんだ。
「いってぇええ!!」
シノは左足をつかんでフーフー息をかけている。
靴の上からやっても意味ない気がするが…
「初対面の奴に勝手に言うんじゃねーよ、クズが。」サラが小声で呟いた。
…どうやらサラがシノの左足を踏みつけたらしい。
サラの意外な一面をみた…冷静な様子からは考えられない行動だ。
確かに、誰かも分からない奴に記憶喪失と知れれば、悪い方向に利用される可能性だってある。
「何?記憶がないだと?」残念だがシノがでかい声でいってくれたおかげで、少女の耳にははっきりきこえてしまったようだ。
サラはため息をつき、少女の方に向き直って言った。「その通りだよ、僕達は目覚めたらこの洞窟にいた。名前は分かるんだけどね、それ以外は全く思い出せない。とりあえず外を目指してたんだけど、そこでさっきの化け物に襲われたんだ。」
「ほう…。記憶喪失、ね。」
少女はまた笑うと、俺達に近づいて俺達の服や顔をじろじろ見始めた。
「…。」
しばらくして、シノに手をかしシノを立ち上がらせると、少女は小さくため息をついた。
「みたところお前たちは全員バッジをつけていないな。これに見覚えは?」
少女は、自分の黒コートの左胸あたりを引っ張った。ちょうど少女の手のあたりにコインほどの大きさの金バッジがついている。
バッジには剣を交差させた模様がほられていて、洞窟の壁の光に反射してキラキラ光っていた。
「っは!んなもん知らねぇよぉ。金にはなりそうだがなぁ?」
パールは腕を組んで少女を睨み付けた。
「これは金にはならない、金ではないからな。この洞窟で採れる特別な石でできている。全国の民が必ずつけているものだ。」
「…。」
答えられるものはいなかった。記憶がないのだから、当たり前だ。
少女はまたため息をついた。
「分かった。お前たちが何故バッジをつけていないのかはさておき、とりあえず街までつれていこう。使者からは私が守る。」
俺は少し安心した。
街までいけば何か記憶が戻るかもしれない。
「私の名はミウ・エスティア。ミウでいい。」
俺達も一人ずつ名前を少女…ミウに伝えた。
「それじゃあ行こうぜ!」シノはすっかりケロッとして、また先頭を歩き出した。
「少し待ってくれ。」
ピタッとシノが止まる。
「私にもツレがいるんでね。マイ!いい加減出てきたらどうだ?」
ミウがそう言うと、シノのちょうど後ろの空間から光を発してシャボン玉のような模様をした白い小型のドームが出てきた。
シノは驚いてしりもちをついている。
ドームが上からスーッと下に下がって消えると、中からミウと同い年くらいの女の子が出てきた。
茶色い天然パーマの髪を二つに結んで、フリルのたくさんついた白いゴシック風の服を着ている。
「私、男の子は苦手って、何回もいってるのにィ…。」
マイとは多分彼女のことだろう。口に片手を添えて少し上目遣いでこちらを見てきた。
「じ~。」
何故か俺の顔をまじまじとみてくる。
「な、何…?」
しばらくの沈黙の後、マイは突然走り出してミウの後ろに隠れてしまった。
ミウの左腕をギュッと握っている。
「血、血の色の髪の毛、怖い。」
「な…。」
俺は少しイラッとした。
何なんだ、こいつ。俺は好きでこの色なわけじゃないのに。
でも俺は嫌いじゃなかった。だって、綺麗だって言われたんだから。 ……誰に…?
瞬間、ノイズがかった映像が俺の頭をよぎった。
〔キレイな赤だ…〕
誰かが俺の髪をさわっている…?
「おい、大丈夫かよ?ボーッとして。」
シノに肩をポンと叩かれてハッと我にかえった。
「あ、ああ、大丈夫だ…。」
さっきのは俺の記憶だったのだろうか。
もし記憶が戻ったのなら嬉しいはずなのに、俺の体は少し恐怖を覚えていた。
何か、恐ろしい存在に触れられた気がした。
「この子はマイ・ウェスタ。私のパートナーで、ヒーラーだ。…まあ、ファイターだのヒーラーだのいっても分からないか。外に向かいつつ話そう。行くぞ。カイ、いけるか?」
俺が頷くと、ミウとマイを先頭に、俺達は歩き始めた‐
続く
特になし