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異世界令嬢記

作者: シンクレア

異世界令嬢記



 皆さん、転生って信じますか?


 俺こと斉藤武光は信じていませんでした。そりゃ現代の科学文明にどっぷり浸かった高校生がそんなこと真面目に信じている訳がありません。前線記憶があるとか言っている人も時々いますけど大抵は変な人扱いです。当たり前ですよね、観測もできないうえに死んでみなくちゃ確認できないですから。


 ……何でそんな話をするのかって?したからですよ、転生。勿論ありがたくなんかありません。転生っていうのは死んで生まれ直すっていう意味ですから前提条件として死ななきゃならんのです。そして俺は別に自殺願望があったりするわけでもない健全な男子高校生であって、こんな若い身空に交通事故でお陀仏なんて嬉しいわけがありません。


 しかし残念なことに死んだのも転生したのもすでに過去の話であって、今はもう『俺こと斉藤武光』ではなく『私ことクラーラ・マリア・ハンソン』、ベルセリウス王国ハンソン伯爵家第2令嬢です。


 ……ええ、女です。しかも外人です。というか地球人ですらないと思います。しかも一般庶民な私が貴族令嬢とか。その上結構美人だし。


 ……一体私が何をしたって言うのですか。



          *      *      *



「お父様、終わりました」


 そういって父に書類の束を渡します。この国では――他の国がどうなのかは知りませんが――貴族は女性もデスクワークをします。と言うよりメインの仕事は夫や父親の執務の補佐です。

無論社交パーティでのダンスを初めとする日本人が想像する「ヨーロッパのお姫様」的な物もありますが、それ以上にこういった文官仕事の技術が重視されているようです。


 そして、私はその面ではかなり優秀だと思います。何しろ前世の記憶が、それもこの世界に比べ学問・教育が遥かに発達した世界、その中でもトップクラスを誇っている日本の教育を受けているのですから。

数学に関しては完璧を通り越して学者になれるレベルですし(この世界では四則演算ができれば十分で微積分や三角関数は存在せず、それどころか1次方程式すら一部の学者程度しか知らないそうです)、語学に関しても読み書きや外国語を習得する重要性を知っている+知識吸収に長けた幼児の脳というコンボの結果6歳で自国語の読み書きは(語彙はともかく論理は)完璧になり、15歳の今ではこの国周辺で使われている四大言語(そのうち一つは母国語)を完璧に話せるようになっています。まあ、英語とフランス語とドイツ語と……といった感じで比較的近い言語だったおかげでもありますが。


 ……とまあ、嫁としては超優良物件になってしまった私ですが、結婚願望なんぞまるでありません。この世界では既に適齢期なのですが、現代日本の常識を捨てきれない私としては10代で結婚はちょっと……と感じてしまいますし、それ以前に前世が男ですので男と結婚するというのが想像できません。体が女だからか嫌悪感とかはないのですが現実味がないというか。


 ……ところが父が余計なことやらかしてくらました。書類を渡したところ、


「ああ、ありがとう。……相変わらず完璧だな、これなら十二分に大丈夫だ。喜べクラーラ、お前の後宮入りが決まったぞ」


とドヤ顔で言ってきました。しかも頑張って王宮やら有力貴族やらに根回しした結果だと言いますから、今更撤回も無理でしょう。


 100%善意らしいだけに余計に厄介です。はあ、全く余計なことを……。



          *      *      *



「で、どうすれば撤回できるかしら?」


「もう手遅れかと」


 ……私が唯一素で話せる相手、最も信頼している我が専属侍女のユリアも今回ばかりは役に立たないようです。普段は無駄に有能なのですが。


「今の後宮の状況は――」


「クラーラ様以外に5人の側室がいらっしゃいます。5年前の即位から後宮に入った女性は14人、内6人が亡くなり、2人が実家に戻り、一人は行方不明です。因みに誘拐か暗殺かと言われていますが実際は出入りの業者の男と駆け落ちをしたようです。その男自体がどこかの貴族に雇われたプロだったようですが」


 ……本当に無駄に有能です。一体どこからこんな情報を集めてくるのでしょうか?


 それにしても危険な場所です。暗殺されたりその犯人に仕立て上げられたりが日常茶飯事のようですから。


「ご安心下さい、お嬢様。私がついていきますので暗殺の心配は無用です」


 うん、何の根拠もないというか侍女一人で何が変わるとか言いたいけど今理由のない安心感はなんでしょうか。ユリア本人と父の話によると本当に結構強いらしいですけど。


「……因みにユリアは好きどころか会った事もない男と結婚することになったらどうする?私に仕えてなかったとして」


「逃げます」


「……そりゃそうなるわよね。と言っても私としては逃げてお父様や家族に迷惑をかけるわけにもいかないのよね。……目立たない側室その1を目指しましょうか」


 万が一王妃になったりしたらいろいろと面倒ですから。仕事がデスクワークだけならドンと来いですがずっと椅子に座って微笑んでいるだけなんて耐えられませんから。



          *      *      *



「ハンソン伯爵家の娘、クラーラ・マリア・ハンソンでございます。よろしくお願いいたします」


 あれから3か月、あれよという間に後宮に入ることになりました。そして今は挨拶。王様にではありません、ラーゲルベルト侯爵令嬢のクリスティーナ様にです。


 今この国の貴族は大きく二つの派閥に分かれています。一つは新興貴族――と言ってもここ100年ほどで力をつけた貴族ですからそこまで「新」でもありませんが――を中心とした革新派、もう一つは古くからの貴族を中心とした保守派です。ハンソン伯爵家はこの派閥に属していますし、ラーゲルベルト伯爵家は建国王の友人を始祖とするとかで保守派の大物です。つまり、派閥のお偉いさまのご機嫌伺いをしなければならないということ。ああ、面倒なことです。


「ラーゲルベルト侯爵家のクリスティーナですわ。急に陛下のおそばに上がることになって大変でしょうけど、困ったことがあったら言ってくださいね?」


「ありがとうございます」


 うん、印象はなかなかいい感じです。普通側室同士の仲は良くないものですが、この国ほど権力構造が分かりやすいとそうでもありません。なにしろ正妃になれるのはクリスティーナ様か革新派筆頭のフェルンストレーム公爵家――先々代の国王の弟が臣に下って建てた家です――の令嬢のソフィーア様のどちらかとほぼ決まっていますから、私はライバルですらない――と言うより完璧に味方なわけです。ソフィーア様が、と言うより革新派が勝ったら私も後宮を追い出され、実家は没落するわけですから裏切る心配のない便利な味方です。


 ……まあ正妃が決まった後はだれが国王の寵愛をより受けるかで争うこともあるでしょうが、それも大分後のことです。私は興味がありませんし。


 この後は暫く当たり障りのない話をしてからクリスティーナ様の部屋を辞しました。因みにもう一人の保守派の側室、アリシア・ヘーグリンド伯爵令嬢は途中でいらっしゃいました。クリスティーナ様が最初は私と二人で話したいから、と遠ざけていたようです。


 この後、後宮に与えられた自室に戻りましたが、革新派の令嬢に会って嫌味を言われたりするイベントはありませんでした。王宮側も分かっているようで派閥ごとに後宮内での住むスペースから担当する侍女――王宮の侍女ですから子爵以下の下級貴族の娘です――まできっちりと分けられているようです。



          *      *      *



「――とまあこっちはそんな感じね。ユリアの方はどうだった?」


 あの後自室でユリアとの作戦会議です。私は保守派の令嬢達との話を、ユリアは王宮勤めの侍女の話を。


「はい、概ね好意的とみてよろしいかと。保守派の担当の侍女は下級と言っても保守派の貴族の出身ですし、聡明で知られるクラーラ様には期待しているようです。平民出身の私達にも好意的でしたから」


 私達と言うのはユリアを筆頭とした、私が実家から連れてきた侍女達のことです。王宮勤めでもなんでもないユリア達は当然平民出身の侍女ですが、それを理由に蔑む様な人はいないようで良かったです。まあ、クリスティーナ様もアリシア様も連れてきた侍女は平民でしょうから当たり前といえば当たり前ですが。


「それは良かったわ。……で、あなたはさっきから何をしているのかしら?」


「ベッドメイキングです」


 見ればわかります。


「まだ夕方ですよ?」


「陛下がお渡りになるとのことですので」


 ええ、そうでしょうとも!後宮に入ったその日に無視するなんて無作法なことはして下さらないですよね陛下は!


「そういうわけですので夕食は軽めのものを、それからドレスですが――」


「全部あなたに任せるわ、ユリア」


 はあ……鬱です。だれか変わって下さい……。



          *      *      *



 夕方からベッドメイキングをするのは陛下を迎える上でやらなければならないことが多いからであって、実際にいらっしゃったのは日が完全に沈んでからでした。


「ハンソン伯爵家次女クラーラ・マリア・ハンソンと申します」


「ああ」


 陛下は御年24歳、金髪碧眼のテンプレな王子様です。……王様なのに。まあ、先代の陛下が50歳にもなる前に戦場で落命されたりしなければまだまだ王子だったわけで仕方のないことかもしれませんが。因みに今の熾烈な権力争いも先代陛下が早死にしたせいです。私が後宮に上がる羽目になった遠因でもあるわけで、全く面倒なことをしてくれます。


 で、その陛下ですが無表情です。これでもかと言うほどの無表情。ユリアの話によると後宮の熾烈な権力争いを目の当たりにしたり、気に入った側室が毒殺されたりと言ったことが原因で女性恐怖症気味だそうです。 


 ……多分前世の私も同じ目にあったらそうなると思います。こうやって後宮に通える分まだましでしょう。


 で、この後のことはあまり言いたくありません。一言で言うなら…痛かったです。後、陛下多少は声を出してください。正直に言って不気味です。



          *      *      *



 目が覚めました。窓の外を見るとまだ日は登っていませんが、明るいです。


「――陛下、何をなさっているのですか?」


 陛下が蝋燭に灯をともして机に向かっています。


「……執務だ。父上のころと比べて量は変わらないどころか皆が手助けしてくれるおかげで減っている筈なのだが、まだまだ未熟者らしい。……お前は疲れているだろう、寝ていろ」


 いや、確かに疲れていますけどね。そんな直接的な言い方をするのはデリカシーが無いというかなんというか。そもそもこれだけ明るいと眠れる気がしません。


「手伝います」


「何?」


「専門的なことならとにかく単純な計算や翻訳、誤字と文法の確認ならできますから」


 そう言って服を羽織って陛下の隣に椅子を運びます。


「ああ、そういえばハンソン伯爵が言っていたな、学問の天才なのだろう。こと数学に及んでは数学博士以上の知識を持っているとまで言っていたぞ?」


 お父様、王宮でまで娘自慢をするのはやめてください。いや、私を側室に推す時のアピールポイントに使ったのでしょうか?


「そこまで跳び抜けた天才だとは思っていませんが、陛下の仕事を手伝うぐらいのことはできると思います」


「……ではこの書類の計算の確認をしてくれ」


「はい陛下」


 ――って税金関係の書類じゃないですか!自分から言い出したことですけど私なんかに任せちゃっていいんですか!?



          *      *      *



 あれから6か月、陛下は大体週に1、2回のペースでいらっしゃいます。……多いですよ!クリスティーナ様やソフィーア様ならいざ知らず私なんかに定期的に通う必要はないのに。しかも2回に1回は同衾もせずにひたすら二人で書類仕事です。陛下によると「夜は文官たちも手伝ってくれないから仕事の効率が悪かったがそなたのおかげでだいぶ楽になった」とのこと。


 ……多分そっちがメインですね。2回に1回の同衾はそればかりだと私に悪い、とか考えたのでしょう。実際終わった後はすぐに執務です。……陛下、私は執務だけでいいです。と言うか両方はやめてください、眠いです。


 それはさておき。


「陛下、今何と仰いました?」


「クラーラ、君を正妃にしたいと言ったのだ」


 ……どうやら私の耳がおかしくなったわけではないようです。おかしくなったのは陛下の脳味噌の方です。


「無理です。そんなことをすれば派閥からもはじかれますし、1か月も経たずに暗殺されます。私が気に入ったのでしたらクリスティーナ様を正妃にすればよろしいでしょう。そうすれば私は後宮に残ることになりますから」


「それでは駄目だクラーラ、私は君の執務能力が気に入ったのだ。そして私の執務を手伝えるのは君だけだ。他の側室たちにもやってもらったが細かく説明しなければできなかったり細かく説明してもできなかったり……とにかく君しかいないのだよ」


 ……ええ、そうでしょうとも。仕事を第一に考える素晴らしい国王陛下でいらっしゃいますね!


「だとしても私が暗殺されたらどうしようもないでしょう。どうか御考え直し下さい」


「む……」


 どうやら分かって下さったようで、そのまま何も言わずに部屋を出て行かれました。……分かって下さったのですよね?



          *      *      *



 クリスティーナ様が正妃に決定しました。ユリアの話ですと私達保守派への暗殺者が4倍に増えたそうですが、陛下が護衛の兵――後宮なので女性兵――を増やして対応しているようです。もう少し経てばソフィーア様達も後宮を離れ、私は落ち着いて暮らせるようになると思ったのですが……。


「陛下、これは何ですか?」


 陛下に「これにサインをしろ」と言って渡された書類には『国王特別秘書官任命書』と書いてあります。何ですか特別秘書官って、我が国にそんな役職はありませんよ?


「君が私の執務を手伝えるように新しい役職を用意した。国王特別秘書官は側室から選ばれる非常勤の秘書官だ。ハンソン伯爵に相談したところ君はデスクワークには長けるものの正妃としての夜会や外交の場での仕事の適正はあまりないと言われたのだ。

ならばデスクワークに集中できるような役職を作るのが一番だと考えたのだ。ああ、クリスティーナのことなら心配はいらない。彼女は側室の存在を認められないほど狭量ではないし、デスクワークにおいては君の方がはるかに優れていることも理解できている。自分が正妃になれるなら構わないと言ってくれたよ」


 ……外堀が完全に埋められています。陛下、何がそれほどまでにあなたを駆り立てるのですか?確かに私の執務能力は優れていますが、優秀な部下を多く抱える陛下がそこまで熱心になるほどではないと思うのですが。



          *      *      *



 その後、クリスティーナ様が正式に王妃になり、ソフィーア様達革新派の側室は実家に帰り、派閥の貴族たちも王宮での権力をだいぶ減らしました。暫くは暗殺者が煩そうですがそのうち静かになるでしょう。


 そして私は陛下の特別秘書として毎日を忙しく暮らしています。……と言うか陛下、直轄領の視察にまで引っ張り出さないでください!


「はっはっは、君がいてくれるだけで視察の日程が2割は削減できるのだよ。帳簿の誤魔化しを見抜く目に関して君はだれにも負けないしねえ」


 ええ、ええ、その通りでございます陛下。でしたら夜の仕事の方はもう少し遠慮していただけませんかね、そうすれば後数日は早く帰れるのですが?


「君の本業は私の側室だろう」


 私の本業は秘書官ですよ陛下。


<了>







   おまけ・ユリアから見た陛下とクラーラ



 クリスティーナ様が正妃になられ、クラーラ様が国王特別秘書官と言う役職につきました。めでたいことです。


 しかし、陛下もクラーラ様が好きならそうとはっきり仰ればいいのに執務能力がどうこうと下手な言い訳ばかりするせいでただでさえ鈍いクラーラ様は全く気付いていません。


 ですが傍から見れば陛下がクラーラ様にべたぼれなのは明らかです。今回もこうして天領視察の名目で旅行です。クラーラ様は完全に仕事だと思っていらっしゃるようですが。クラーラ様、普通は仕事の合間に湖を散策したりしませんし、陛下はあれで公私の区別がつく方ですから夜の仕事は挟まりません。


 何で陛下があれほどまでにクラーラ様に夢中なのかは実際のところは分かりませんが、まあ間違いなく後宮入りした日のことでしょうね。後宮での権力争いとご自分の執務で疲れ切っていた陛下にはその両方を共に分かち合える女性は最高の癒しだったのかと思います。まあ、弱ったところを突くのが一番落としやすいのは女に限った話ではないということでしょう。


 何はともあれ悪態をつきつつも今のクラーラ様は幸せそうです。それが結婚生活が充実しているからなのか、自分の能力を生かせる仕事があるからなのかは分かりませんが、私はクラーラ様が幸せならそれで充分です。どうかこんな日々がずっと続きますように。


この小説はサークルの部誌用の原稿として書いた小説です。

どういう事かと言うと。


先輩「新入生部誌の原稿書いてね」

私「はい。えっと、どんなこと書けばいいんでしょうか?」

先輩「何でもいいよ。そう言えば小説家になろうで書いてるんだっけ。じゃあ小説書いてよ」

私「分かりました」


以上です。なんで断らなかったんだとか書くにしてもなんでこんな初めて触れるジャンルなんだとか主人公TSの意味がなかったとか突っ込みどころが多いのですが楽しんでいただけたら幸いです。



もし読者様の希望が多かったら再構成して長編にとかも考えています。まあまずそんな希望は無いでしょうが。

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[一言] 鈍感系、苦労性主人公は 面白いっすねぇ 続編があればお願いします
[一言] ぜひぜひ!長編お願いします! そして今度はドロドロした女ではなく公務をバリバリやる仕事女性の面をもっと出してほしいです
[一言] 長編希望です べた惚れ陛下の正妃クリスティーナがどう思っているかとか気になりますね
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