糸口2
「あ、エイト。ちょっといいですか?」
私がだした解散命令に従い、次々に部屋をでるメンバー達。
その最後尾にいたエイトに声をかけた。
「なんすか?ボス?」
彼女は人懐っこそうな笑みを浮かべながら、私の座る席の近くまで寄ってきた。
「ああ、イツキリの席に座って下さい。」
そういうと彼女は言われた通りに、私の正面にあるイツキリの席に座った。
「な、なんか、緊張するっす…」
「ふふ…叱るわけじゃありませんよ。頼みたい事があるんです。」
彼女は目を輝かせた。
「また、ボスからの依頼っすか??!!」
「そういう事にしときましょう。」
笑って返した後、そのまま話を始めた。
「また人物の調査をお願いしたいのです。」
「もしかして、さっき話してた永地組の若い男すか?」
「いえ…そちらではなくて…相葉奈津についてです。」
彼女は意外だったらしく、目を丸くした。
「相葉奈津さんすか…?確かに佑乃さんとの関係や暴力団との関わりは気になるっすけど、私的には永地組の若い男のほうが気になるっす。」
「気持ちはわかりますが…相葉奈津を優先したいのです。お願いします。」
私が頭を下げると、エイトは慌てて了承した。
「わ、わかったっす!相葉奈津についてっすね?喜んでやらせてもらうっす!」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、失礼しますっす!」
彼女はそう言って席を立ち、食堂から廊下に出るドアを開けた。
「ぉわあ!な、なんすか、びっくりしたっす!」
エイトが突然驚いたのでこちらも驚いて、思わず立ってしまった。
「あははー、みっかっちゃった?」
ドアの向こうから気の抜けた特徴的な声が聞こえてくる。
「もー!驚かさないで欲しいっす!」
「あはは、ゴメンゴメン。」
「ボスに何か用事っすか?」
「うん、まあねー。」
「そうっすか。じゃあ、お疲れ様っす!」
「お疲れー。」
エイトの階段を駆け上がる騒がしい音が聞こえる。
それが完全に止んだのを確認して、声をかけた。
「ヨツバ。いいですよ。」
「あり?ボスにもばれてた?」
あれだけ特徴的な声を聞けばわからないはずがない。
「あなたは、昔から変わりませんね。」
「昔って…いつの話してんですか。」
「昔の話…です。」
ヨツバは困った顔を見せたが、すぐにいつもの調子に戻って笑った。
「…で、どこから盗み聞きしてたのですか?」
「んー?最初からー。」
「…はぁ…。」
全く、困った男だ。
何かの勘が働いているのか、私が誰かと二人きりで話ていると、いつもそれを盗み聞きしているのだ。
「まぁ、情報屋としては頼もしい限りですけどね。」
私が開き直るとヨツバは自分の座っていた席に座り、いつものように突っ伏した。
「ボスー…聞きたいことがあるんだけどー…。」
突っ伏して、顔が見えない状態のまま聞かれると、不気味である。
「どうぞ。」
「なんで、相葉奈津ちゃんなの?」
「…と言うと?」
ヨツバはいつの間にか顔だけをあげていて、笑顔で答えた。
「佑乃ちゃんが危険人物なのか知りたいならさ、佑乃ちゃん本人の調査を強めるか、新たに出て来た永地組との関係や、若い男のことを調べた方が効率的だと思うよ?」
「…」
「奈津ちゃんもさ、暴力団関係かもしれないけど、証拠がないし、僕の見間違いかもしれないよ?…一方、サンヤがみた若い男は永地の車に乗ったっていうし、それを裏付ける証拠もある。」
彼は少しずつ、ヒタヒタと私を追い詰める。
「そんな状況での調査優先順位は…言わなくてもわかるでしょ?」
言葉の端々にトゲがあり、私の心を確実にえぐってくる。
「…そもそも、今回の依頼は腑に落ちないんだよね。前にも言ったけど危険性があるかもしれない人を情報堂に入れようなんて、おかしな話でしょ?それに、周りの人間まで調べさせるなんて、そんなに欲しい人材なのかな?佑乃ちゃんは。」
言葉の端々に感じる…僕には全部おみとおしである、と。
「そ、それは…」
「僕の憶測でしかないけどさ…」
本能が働いて、逃げ出したくなる。
「佑乃ちゃんが十番目の候補だなんて、嘘でしょ。」
「っ!!」
ふいに核心に触れられ、反応してしまう。
怖い、恐い、コワイ、こわい。
彼を欺くことが、こんなにも恐ろしく、難しいものだとは、知らなかった。
「ねぇ、ボス…。」
今の彼は私の知る彼じゃない。
ひょうきんな青年から掛け離れた、裏の顔。
「…依頼についての詮索は…自由かな?」
裏の顔の上にいつもの笑顔が張り付く。
奇妙だ。奇妙だ。奇妙だ。
「…うん、まあ、それを言っておきたかっただけだから。」
あ…。 いつものヨツバだ。
いつものヨツバは席をたち、ドアノブに手を掛けた。
「一見騙されてるように見えると思うけど、本当は皆知ってるよ。ボスが何か隠してるって。それでも何も言わないのは、ボスにはどうしても言えない理由があると、わかっているからなんだ。」
背を向けたまま喋るヨツバに、私は何も言えなかった。
心は罪悪感に支配された。
「それでも僕はボスを問い詰めた。嘘は嫌いだし、僕は隠し事をしてない時の、まっさらなボスが好きだから。それに、ほら…僕は性格悪いから、ね。」
ガチャリ。 ドアの閉まる音を聞くと、私は背中にかかっていた重い重圧から解放されたような気持ちになった。
「騙されてるようにみえて、皆知ってる…。」
同時にヨツバの言葉が次々に頭によぎって来て、罪悪感の波が私を飲み込んだ。