収集8
同日午後五時六分 新宿 清水百貨店裏通り
新宿区の有名百貨店の裏通りは、大通りから一つ外れただけだというのに昼間でも歩行者の姿は見受けられない。
左に広がる大きな壁は清水百貨店の上品なコンクリートで、太陽を独り占めしているため、ここへその光は注がれてこない。
右のほうにも大きなビルが立ち並び、小さな建物ばかりになっているこの通りは山に挟まれた民家の様だった。
そんな裏通りにある一軒のビル。
三階建てのコンクリート造りの何の変哲もないビルだが、ここは暴力団長谷川組の支部「長谷川画商」に他ならない。
小さく折り畳まれたメモ用紙を時折開いて、道を確認しながら歩いていたイツキリもその姿を視認した。
あれが、長谷川画商か…。
思っていたより小さくて地味だ。
暴力団の支部だというから、もっと派手なものをイメージしていたがこれなら難無く入り込めるだろう。
「よし…」
小さな声で気合いを入れて、少しずつ近付いていく。
カツカツと私のブーツの音が反響して不気味だ。
表通りからは近いというのに音は無く、吹いてくる向かい風も冷たかった。
まるで「いくな」と警告するかのようなその風に、一瞬歩むことを戸惑うが気合を入れなおしてまた歩みだす。
暴力団の支部を前にして、少し緊張しているだけなのだ。そう言い聞かせた。
ビルの入口の一歩前で立ち止まり、周りを警戒し理由も無く服装を整えた。
いざ潜入!
心の中でそう宣言して、入口の前に立つ。
・・・が、本来自動ドアであるはずの入口が作動せず、いつまでたっても開かない。
「なんで?あれ?」
何度も入り口近くを踏んでみたり、センサーの方に向かって手を振ってみたりしたのだが、うんともすんとも言わないのだ。
そこでようやく気づいたのだが、店の入口は中からカーテンが掛けられ中の様子がわからないようになっている。
「んー…?」
これはなにかあると勘づいた私は、キョロキョロ辺りを見回した。
すると、向こうの道路の端に何か紙が落ちている。
近付いてみると、上の部分に乱暴に張られたセロハンテープが一枚。
ビルのどこかに張り出しておいた物が、風に吹かれて飛んでしまったようだ。
裏返して内容を読んでみる。
・・・長谷川画商より臨時休業のお知らせ・・・
いつもご利用頂きましてありがとうございます。
この度、私どもの私情により暫くの間臨時休業とさせていただきます。
再開は11月下旬ごろとします。
急な事ですが、よろしくお願い申しあげます。
「臨時休業ねー…」
文章は当たり障りなく、文字も印字。
暴力団とは感じられない内容だが、臨時休業とは一体何があったのか気になる。
「これはナナセ君に報告かな?」
ウェストポーチから携帯を取り出して見ると、新着メールが一件。
ポーチのなかでマナーモードにしていたのだが、気がつかなかった。
「とりあえず、今はっと。」
新着メールは後で見るとして、先にカメラを起動させて先程の紙を撮った。
ナナセ君に報告する時に手間がかからないし、確実な情報を伝えられる。
紙は落ちていた場所に戻しておく。
臨時休業なら仕方が無い。今日の潜入調査は中止である。
内心ほっとした気分で、長谷川画商のビルから離れていった。
「・・・と、そうだった。」
改めて携帯を取って、忘れかけていた先程のメールをみる。
送信者:ボス
件名:報告会もかねて…
本文:皆さん、依頼の方はどうですか?
各々から次々に情報が入って来ています。
頼もしい限りですね。
さて、そんなわけで、情報を共有する場を設けます。
本日午後六時、情報堂会議室にて夕食をいかがですか?
「夕食会?」
情報を共有する場か…。
ちょうど今情報を手に入れたばかりだ。
この情報を皆に伝えられるし、皆の情報も聞くことができる。
携帯の時計をみると、午後五時十五分と表示されていた。急がないと間に合わない。
ボスからのメールに「わかりました」とだけ打ち返信し、表通りに出てタクシーを拾った。