収集6
同日午後五時四分 新宿 私立速水女子高等学園前通り
朝、登校中の女子高生から長谷川佑乃の情報を聞き出してから、エイトから貰った情報を頼りに図書館や喫茶店などをあたってみたが、それらしい情報は手に入らなかった。
女子高生に使ったような聞き込み方法は公共でするには目立つので控えたが、ヨツバはナンパするような感覚で聞き込みをしていた。
結局わかったのは、喫茶店「ラフィネ」の常連だということ、毎週土曜は図書館に来て一日中本を読んでいるということしかわからなかった。
そして、今は長谷川佑乃が通っているという私立学校の正面口がよく見える道路の端に、待ち合わせしている風を装って張り込みしていた。
「エイトの情報だとー、部活はしてなくて、帰りに図書室掃除して帰るらしいよー。」
そういうヨツバの目元には、仮面舞踏会を思わせるピンク色の派手な仮面がかけられていた。
その仮面は彼の黒を基調としたスマートなファッションに妙に合っていて、一言で言えば、奇妙だった。
極力目に入らないように心がけるが、どうしても目についてしまうその格好を、なぜ張り込んでいる今する必要があるのか、まったくの謎である。
「あ、あれあれ、あの子じゃない?」
ヨツバが指で示した先には、栗色の髪が特徴的な少女が、重い足どりで正面口から出てきていた。
「綺麗な髪だねー、母親のいいとこどりだよねー。あの子に長谷川の血が流れてるなんて、思えないよ。」
そうか、長谷川の妻はイギリス人だった。
元々秘書として雇っていたそうだが、長谷川が相当気に入り結婚までこぎつけたという。
妻のほうは金目当てだったらしく、娘が生まれてすぐに離婚した。
長谷川は性根の腐った悪党だが、妻はブロンドの美女だったらしい。
しばらくの間、長谷川佑乃を目で追って、背中を見せた頃合いを見計らって尾行を開始した。
怪しまれないように、少し離れた所からゆっくりと追っていく。
彼女の後ろ姿はどこか淋しげだが、何かあったのだろうか。
時々フラッと身体が傾いて危なっかしい。
曲がり角に差し掛かったとき、彼女が急に倒れこんだ。
どうやら曲がってきた人と衝突したようだ。ぶつかってきた者は、何も言わずに走り去って行く。
悲劇のヒロイン様な長谷川佑乃の姿に女好きの血が騒いだのか、彼女が倒れ込む寸前から走り出して、いち早く彼女の元に駆け寄っていたのは他でもないヨツバだ。
「大丈夫だったー?」
ヨツバの後を追うとそこには俯いたまま顔をあげない長谷川佑乃がいた。
「怪我はしてないねー、よかった。それにしても…最近の人は優しくないよねー。」
ヨツバは走り去って行く小さな背中を見つめていった。
「あれ?あの子どっかで見たことあるような…。」
急にキョトンとしてそう言ったヨツバがそう言ったので確認してみたが、既にその人物は姿を消していた。
「ありがとうございました…」
消える様な細い声だった。
彼女はスッと顔を上げ、ヨツバをみた。
その直後に、彼女の感謝の目は疑惑の目に変わったであろうことが、見て取れた。
「あ、あなたたち、なんですか…」
理由は主にヨツバの仮面だ。
彼女は少し怯えるようにそう聞くと、即座に立ち上がった。
「あー、驚かしちゃったねー、僕ら怪しい者じゃないよ、情報ど、うぼ!?」
その先を言いそうになったヨツバの口を手で押さえ込んだ。
危うく捜査対象に素性を知られる所だった。
美女を前にすると要らぬ所まで話してしまうのが、ヨツバの悪い癖だ。
「情報…どう?」
長谷川佑乃は目を丸くしていた。
このままでは色々と勘違いされそうだったので、とっさにメモ帳を取り出して、文字を書いていく。
『情報屋の依頼でこの辺りを調査していた所だ。この辺で白い猫を見なかったか?』
怪しまれないように、猫探しという当たり障りのない嘘をついて見せた。
長谷川佑乃はフルフルと首を振って、最後に一礼して足早に去っていった。
「あーあ、いっちゃた。」
自分のせいだと思ってもいないような口ぶりに少し呆れたような目線を送る。
しかし本人は全く気にしてないようで、
「んー、佑乃ちゃんは家に帰ったみたいだし、今日の調査は終わりかなー。」
そう言って大きく伸びをして、歩き出した。
「お腹すいたー。今日はどこで食べようかー。」
辺りを見回して食事の出来る所を探すが、裏通りのど真ん中にそんな場所があるはずも無く、来た道を引き返そうとすると、ポケットの辺りに振動を感じて足を止めた。
振動の正体は携帯だった。
「ん?メールかな?」
ヨツバの携帯にも届いていたようで、同時にメールを確認した。
短い文章を確認して顔を上げると、ヨツバは和やかな笑みを浮かべていた。
「たまには皆で賑やかに…だね。」