収集5
同日午前九時三十分 新宿 私立速水女子高等学園
ホームルームが終わり、一時限目の準備に追われる生徒達。
皆、いち早く準備を終えて一分でも学習の時間を伸ばそうとしている。
というのも、定期テストが近づいているからだ。
東京新宿区の裏通りにある、私立速水女子高等学園は有名な私立校で、幼小中高大とオールエスカレートのエリート学校だ。
そのため学習能力も他校に比べると桁違いで、教育方針も無論厳しく、生徒は常に追い詰められているようなストレスを感じていることだろう。
有名な私立校だというのに派手な格好をしたギャルや、授業を平気でサボったりする生徒がちらほら見かけられるのはそのせいだ。
入学当初は成績優秀で、模範生徒だった者がそういった具合にグレルことも、珍しくはないという。
ただ、親が権力者だったり金持ちだったりするので、退学や停学処分になることはまずなく、野放し状態だ。
一部の真面目な生徒の間では恐れられている存在・・・その一人が、相葉奈津である。
相葉奈津は授業の準備をするそぶりも見せず、里沙、喜美、麻矢、ひなと一緒に階段の踊り場でたむろしていた。
「はー、まぢありえねー、八代。」
ひなは怠そうに不満を吐き出す。
八代とは、里沙と私のクラスの担任で、ハゲで臭くてキモいじじいだ。
「ちょっと遅刻しただけなのに、くどくどしい…」
ひなはさらに付け足した。
八代は話しが長い事で有名だ。
ここにいる五人は皆、遅刻の常習犯で、遅刻するたびに門で待ち構える八代に説教を喰らう。
「つか、いーかげんなれたっつの」
里沙は笑いながらひなに言う。
それに続いて私も言った。
「ま、ひなは転校してきてまだ日が浅いしーしょーがなくね?」
それを聞いたひなは笑って、「確かに」とだけ言った。
会話がひとくぎりついた所で、麻矢が新しい話題をふってきた。
「てかさ、奈津、今日なんか上機嫌だよねー、なんかあったの?」
麻矢は私の腕を、肘で突っついた。
「あ、わかるぅー?」
頬に手を添えて、わざとらしく乙女なポーズを取った。
「そーいや、教室に入って来る時も、妙にニコニコしてたねー。」
里沙も肘で腰のあたりをぐりぐりといじる。
それがくすぐったくて少し笑いながら、話しを始めた。
「フフ…、あのね、今朝登校中に、超絶イケメンな二人組に、声かけられちゃってさーっ!!」
イケメン、という単語に、喜美が目敏く反応する。
「まじ!?ナンパ?!」
羨ましそうに言う姿に、少し鼻が高くなるが、あれがナンパでないことはわかっている。
「ナンパっつーか…人探してたみたいで、ウチのガッコに居るかー、て聞かれた。」
ナンパではないとわかると、喜美は一気にテンションを下げた。
「なんだ、ナンパじゃないのか。」
しかし、今度は麻矢が興味を示したようで、深く聞いてきた。
「誰、誰?誰を探してたの!?」
ひなや里沙も興味しんしんと言った様子だったので、一部始終話す事にした。
「なんかさー、いつもの道歩いてたら、いきなり声掛けられて、最初は無視しようとしたんだけど、もう一人が道塞いでるし、よくみたら二人ともイケメンだしで、話し聞いたわけ。んーと誰だったかなー、やば、今朝の事なのに覚えてない…はせ…?はせ…」
誰だったかなーと、記憶を巡らすが全くでてこない。
その人物について聞かれて、私は答えたはずなのだが。
「長谷川佑乃?」
「あー、そうそう!長谷川佑乃!ひな、よくわかったね!!」
私がひなの答えに驚くと、麻矢はすぐに呆れた口調で言った。
「忘れんの早っ、つか、長谷川佑乃ってこの間ひなが話してた奴じゃないの?」
麻矢の言葉に、ひなは頷きながら言った。
「そーそ。あいつ。でもなんで聞いてきたわけ?」
ひなは少し不安そうに顔を曇らせていた。
「さあ、どんな子なのか教えてってゆーから、テキトーに…」
「なんて答えたの?!」
ひなが鋭く睨みをきかせた顔でそう迫ってきて、少し怯みながらも答える。
「い、いや、暗くて目立たない奴とだけ…」
「あの事は?聞かれたの?!」
「あ、あの事??」
ひながなんの事を言っているのかわからず、助けを求めるように麻矢のほうに目をやった。
「まぢ!?覚えてないの?…ありえん…ひな、奈津はあの事覚えてないっぽい。多分言ってないし、聞かれてもないんじゃない?」
「…そか、よかった。」
「奈津、まぢ覚えてないの?あの事。」
「…うん。」
あの事?なんだったか記憶に無い…。
長谷川佑乃と、ひな…あれ、なんだったかなー…。
…あ、ああ!
「あー!思い出した!!!」
私があの事について思い出すと、ひなは大きくため息をついた。
「はあー、たく、まあ、今回は忘れてくれててよかったけどー。」
「確かに。そのイケメン達にうっかり口を滑らせてたら、ヤバいしね。」
「でも、なんで長谷川佑乃の事聞いてきたんだろーね。」
「んー、わかんないけど…」
ひなは少し考えてから、その場に居た全員に向かい直って、言った。
「皆、長谷川佑乃の事聞かれたら、とりあえず知らないって言っといてね。あいつの家かなりの金持ちだから、親が調べさせてんのかも、探偵とかに。」
「OK、わかった。」
麻矢の同意に、全員が頷いた。
「それと…」
ひなは、何かを決意するような目で私達一人一人に目を配ってから、周りに聞こえないようにか、小さくボソッっと呟いた。
ひとつの短い文章を私達に伝えると、いつもの声に戻って、
「…じゃあ、早速今日から。」
とだけ告げ、立ち上がってそのまま階段を上っていってしまった。
残された私達は、お互い顔を見合って不気味に笑いあう。
「面白そうだね、おもいっきしやろ!」
喜美の言葉に、全員が頷いた。