今日も採血
「はーい、小田さん。採血しますねー」
金沢は、僕のベッド脇に来て採血の準備を始めた。前日と全く同じ様子で。
翌日の金沢は、ホワイトのサイドファスナーで、ロールカラーのエレガントなワンピースのナースウエアを着ていた。前下がりのワンレングが歩く度にフワフワと揺れて、ハリウッドの映画女優のような顔立ちに清楚な感じの化粧を施し、本当に男好きのする笑顔を振り撒いていた。
だが、僕はふと疑問に思って、金沢に問い掛けた。
「え? また採血するんですか?」
僕は前日の午後の主治医の回診で、血液検査の結果を聞いていたからだ。ここは院内に検査室を持っている。組織検査まで行える設備があるくらいだから、血液検査の項目は大抵、即日に結果が出るはずだ。
事実、夕方の回診で、主治医の佐藤医師はこう言っていたのだ。
「血液を調べましたが、少々コレステロールが多いかな。あとは標準値の中に収まっていますよ。問題はありませんねぇ」
この主治医の話からすると、この採血は必要ないと思われたのだ。
「小田さん、聞いてないんですね? 佐藤先生から『ちょっと気になるから、もう一度採血してくれ』って指示があったんですよ。佐藤先生は慎重だから、念のためにと思って黙っていたのかもしれませんよ」
「はぁ、そうですか」
僕は、何か引っかかるモノを感じながらも金沢の指示に従った。
前日と全く同じシーケンスで、金沢は僕の腕から血液を採取していった。前日と違うのは、採血した腕が右腕だったということと、採血管の本数が前日の倍の六本だったことだ。
その日の夕方の回診の時に、僕は思い切って主治医の佐藤医師に採血のことを訊いてみた。
「先生、僕の血液ってどこかおかしいのですか?」
佐藤医師は首を傾げた。
「いや、おかしいところはないですよ。前にも言った通り、血液には全然問題はないですが。どうしてそんなことを訊くのですか?」
僕は、ちょっとモジモジとした。
「疑問があれば答えますよ、小田さん。何でも訊いてください。今のご時世は『インフォームドコンセント』と言って、現在の病状とか予想される副作用や代替の治療法については十分な説明しないといけないですから」
にこやかに話しかける佐藤医師に促されて、僕はおずおずと話をした。
「実は、午前中に採血をされまして。『気になることがあるから』と佐藤先生に指示されたと看護師に説明されたので、何か具合が悪いところがあるのかなぁと思いまして」
佐藤医師は、急いで僕のカルテをめくって確認していた。
「いや、僕はそんな指示を出していないですよ。それに、カルテにもそんな記録はありませんよ」
僕と佐藤医師は、しばらく顔を見合わせていた。