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第4話 暗がりの洗礼



 アイリス・ヴァレンタインとの決闘が正式に承認されてからというもの、俺の学園生活は見事なくらい落ち着きを失っていた。


 なにしろ朝起きて顔を洗いに行けば、洗面台の向こうのやつが俺を見て「お、出た」と笑う。食堂へ行けばパンを取る手元を女子にじっと見られる。教室に入れば、さっきまで雑談していた連中が一瞬だけ声を潜め、そのあとで「いやでも本気でやるらしいぞ」「頭おかしいだろ」「でもちょっと見たいよな」などと、実に好き勝手な感想が飛んでくる。


 要するに俺は今、学園内でちょっとした見世物になっていた。


 もちろん居心地がいいかと問われれば全然よくない。

 だが、まったく悪い気もしないから困る。


 男という生き物は、綺麗な女の子に堂々と挑んだという事実だけでわりと簡単に自尊心が持ち上がるのだ。しかも相手は学園一の貴族令嬢で、未来予測の才女で、連邦の至宝とかいう肩書きだけで胃もたれしそうな存在である。その相手に俺が「勝ったら一日デートしてくれ」と正式申請を叩きつけた。これだけで、少なくとも青春の戦場においては一歩抜きん出た感じがある。


 まあその結果として、女子からの視線が「キモい」「無謀」「ちょっと面白い」の三種類に分かれたのだが。


 世の中、そう簡単にはいかない。


 そんな騒がしい一日を終えた放課後、俺はクラブ棟の更衣室で、汗まみれのシャツを脱ぎながら大きく息を吐いていた。


 所属しているのは《格闘戦技クラブ》。名前からしてだいぶ物騒だが、実態もだいたいそのままである。筋肉を信仰するやつと、異能を信仰するやつと、その両方をいい感じに混ぜて煮詰めたような連中が集まっている。部員の口癖は「まず打て」「避けてから打て」「いや避ける前に打て」のどれかで、結局みんな打つことしか考えていないのではないかと時々思う。顧問ですら「痛い目を見たぶんだけ強くなる!」とか真顔で言うので、教育方針としてはかなり野蛮寄りだ。


 もっとも、この学園においてその程度はわりと普通である。

 アーク・アカデミアの部活動には、一般的な学園ならもっとこう、文化的な香りとか、青春の柔らかい余白みたいなものがありそうなものだが、ここではそのへんがだいぶ戦闘用に最適化されている。音楽部ですら行進曲の迫力がやたらと高いし、演劇部は舞台殺陣の完成度が妙に本気だ。料理研究会に顔を出したことがあるカイル曰く、「非常食としての携行性」とか「戦地における士気向上メニュー」とか、なぜか軍事教養が混ざっていたらしい。青春の香りと鉄の匂いが半分ずつ混ざっているのが、この学園都市の常だった。


 そんな中で《格闘戦技クラブ》は、むしろわかりやすい。

 殴る。投げる。打たれる。鍛える。時々異能を上乗せする。

 以上。


 今日のメニューは基礎体術から始まり、組み手、近接戦用の体重移動の確認、それから模擬異能戦の実演だった。最後の実演では、雷撃系の二年生が間合いを詰めた瞬間に足元だけ爆ぜさせて軸を崩し、そこへ三年の先輩が容赦なく膝を叩き込んでいて、見ているだけで「うわぁ」と声が漏れた。俺も途中で引っ張り出されて何本か相手をさせられたから、今は体中が汗で重く、制服のシャツが背中に張りついている。腕も脚も気だるく、いい感じに疲労が溜まっていた。


「スコール、明日の模擬戦、相手してくれよ」


 更衣室前で声をかけてきたのは、同じ一年のゴードンだ。肩まである茶髪を雑に結んだ、いつも元気なやつである。体格はいいが頭は悪い。いや、このクラブではそれはむしろ褒め言葉に近いかもしれない。


「おう、望むところだ。泣いても知らないぞ」

「それ、前も言って負けてたよな?」

「黙れ。あれは床が滑った」

「異能を使った先輩に背負い投げされて床のせいは無理あるだろ」

「俺の中ではまだ事故扱いなんだよ」


 周囲にいた連中がどっと笑う。

 こういう雑なやりとりは嫌いじゃない。

 痛い目を見ることも多いが、その分だけ変な連帯感があるのがこのクラブのいいところだった。


 着替えを済ませてクラブ棟を出る。

 格闘戦技クラブの拠点は、学園都市の東端、訓練塔 《エリュシオン・スパイア》の真裏にある。校舎群の中心から少し外れた場所で、夕方になるとスパイアの巨大な影が長く地面へ落ち、空を巡回するドローンの赤い光が点滅する。ここまで来ると学生の流れも少し粗くなり、訓練帰りの汗臭さや研究棟から流れてくる薬品臭のようなものが風に混ざる。


 シャツの襟元を軽く引っ張りながら、俺はそのまま北区方面へ足を向けた。

 これからカイルとレオンハルト、ついでにセリナとも合流して、決闘前の模擬訓練をやる予定になっている。場所は学園北区外縁の半地下式アリーナ。公式戦で使うドーム型の大きな決闘場よりは小ぶりだが、そのぶん融通が利く。地形変化、マナ障壁の厚み、照明、視界制限、簡易障害物の配置まである程度自由に設定できる便利な施設だ。アイリスの《星霊演算》を相手にするなら、環境変化への対応練習くらいはしておきたかった。


 にもかかわらず、その時の俺は正直かなり呑気だった。


 夕焼けが綺麗だったからだ。

 いや、本当にそれだけではないのだが、だいぶ大きな理由ではあった。


 マナ障壁の向こうに広がる空は鮮やかな朱色に染まり、都市の建物群をひとつずつ赤く照らしている。白い塔の輪郭は燃えるように浮かび上がり、ガラス張りの研究棟は夕日を受けて眩しく光っていた。中央通りの先では講義を終えた学生たちがゆるやかに行き交い、売店の前で立ち話をしている。休日が近いせいか、制服姿の男女がやけに楽しそうだった。ベンチに並んで座るやつ、露店で甘いものを買い食いしているやつ、水辺区画のほうへ連れ立って歩いていくやつ。手を繋いでいるやつまでいる。


 見ていると、羨ましいやら腹立たしいやらなんとも言えない気持ちになる。


 だけど、まあ。

 俺だってもうすぐそっち側かもしれないのだ。

 そう考えると、妙に胸のあたりが熱くなる。


 アイリス・ヴァレンタイン。

 学園一の貴族令嬢。

 未来を読む異能を持つ才女。

 連邦の至宝。

 その彼女が、俺の挑戦を承認した。


 もちろん、文面は冷たかった。事務的だった。

 けど承認は承認だ。

 制度の上で、俺は彼女と向き合う権利を得たのである。


 うまくいけば――いや、うまくいかせる。

 決闘に勝って、一日デートの約束を取りつける。

 カフェか、水辺区画か、それとも中央庭園か。最初の会話はどうする。服装は制服のままなのか。いや、学外風の私服なんてものがあの人に存在するのか。あるとしたらたぶんすごく上品で、でも意外と柔らかい色味だったりして――


 うん、良くないな。

 疲れているときの妄想は、変な方向へ育ちやすい。


 そんなふうにぼんやり未来を見ていたせいで、俺はこのあと自分へ落ちてくる現実の気配に、ひどく鈍くなっていた。


 ヴァレンタイン家。

 アイリス・ヴァレンタイン。

 その名前がどれほど重く、どれほど触れにくく、どれほど多くのものに守られているのか。


 俺は頭では理解していたつもりだった。

 貴族だ。名門だ。連邦の至宝だ。未来予測の才女だ。

 文字にすればいくらでも重々しくできる。


 ただ知識として知っているのと、身をもって思い知るのとでは、だいぶ違う。

 庶民が上を見上げるとき、そこにはだいたい見えない段差がある。踏み越えて初めて、その高さが本当の意味でわかるものなのだ。


 その“洗礼”は、ずいぶん唐突にやってきた。


 歩道の角を曲がった瞬間だった。

 視界の端で、何かが動いた。


 反射的に身をひねるより早く、後頭部へ鈍い衝撃が叩き込まれた。


 ――ゴッ。


 頭蓋の内側で鐘みたいな音が鳴った。

 地面が傾く。

 夕焼けの色が一気に崩れ、赤と黒が混ざり合う。

 足元が消え、体の輪郭がほどけていくような感覚だけが残った。


 まずい、と思った時にはもう遅かった。

 視界が沈み、耳鳴りが広がり、意識は闇の底へ引きずり込まれていった。



          ◇



 鼻の奥を刺したのは、埃と油と湿った鉄の匂いだった。


 目を覚ました、というより、臭気に意識を引っ張り上げられた、と言ったほうが正しい。頭の中はまだ半分ほど泥の底に沈んだままで、考えようとすると鈍痛が先に割り込んでくる。殴られた後頭部を中心に、脈打つたび世界の輪郭がわずかに歪み、吐き気が喉元までせり上がる。そのくせ、耳だけはやけに冴えていた。どこかで金属が軋む音。靴底がコンクリートを擦る音。誰かが短く鼻で笑う音。そういう断片ばかりが、暗い水の中に落ちる小石みたいに、ぽつぽつと頭へ沈んでくる。


 目を開く。裸電球がひとつ、やけに高いところから心細そうにぶら下がっていた。灯りは頼りなく、倉庫らしき広い空間の隅まで届いていない。むき出しの鉄骨、剥きっぱなしのコンクリート壁、端へ雑に積まれた木箱とドラム缶、古い工具らしきものを載せた棚。学園都市の整然とした白い建物に慣れた目には、この荒れた薄暗さが異様に感じられた。人の目から隠すためだけに用意された場所というのは、どうしてこうも空気が悪いのだろう。建物にも性格があるなら、ここは間違いなく最悪だ。


 身じろぎしようとして、両腕が動かないことに気づいた。後ろ手に縛られている。いや、縛られているどころではない。手首は縄でまとめられ、その上から鎖が何重にも巻かれて、背後の鉄柱へきっちり固定されていた。拘束というより、荷物の固定に近い。ずいぶん丁寧な仕事だなと腹が立つ。口も何かで塞がれていて、開こうとすると粘ついた感触が唇を引っ張った。テープだ。しかもかなり雑に貼られている。頬の皮膚まで一緒に持っていかれそうなやつだ。


 頭の傷口から流れたらしい血が、髪の生え際で乾きかけていた。こめかみのあたりへ温いものがじわりと落ちてくる感覚があるから、完全には止まっていないらしい。どうりで気分が悪いわけだ。視界の焦点もまだ甘い。意識をつなぎ止めるだけで精一杯なのに、状況だけは容赦なくはっきりしていた。誘拐。監禁。拘束。しかもたぶん、親切な誰かのドッキリではない。


 目の前に影があった。


 ひとつ、ふたつではない。裸電球の光が揺れるたび、その数がじわじわ増えて見える。十数人。いや、もっといるかもしれない。連中は俺を半円に囲むように散って立っていて、わざわざ前へ出る者もいれば、壁際に寄りかかってニヤついている者もいる。鉄パイプを肩へ担いだ男、チェーンを手首に巻いた男、軍靴の先で床を鳴らしている男。髪を逆立てたやつ、頬に傷のあるやつ、入れ墨を入れたやつ。見た目だけなら街の裏路地で溜まっているゴロツキだが、立ち方が妙に崩れていない。武器を持つ手にも無駄がない。数歩動いただけでわかった。こいつら、ただガラが悪いだけではない。場数を踏んでいる。人を脅すのにも、痛めつけるのにも、いちいち迷いがなさそうだった。


「……起きたか」


 声がした。低く、わざわざ腹から響かせているみたいな声だった。輪の中心にいた男が一歩前へ出る。肩幅が広い。黒いコートの前は開けっぱなしで、その下に詰まった体つきが露骨にわかる。頬から顎へかけて古い傷跡が走り、口元には人を見下ろす時にしか使わなさそうな薄い笑みが張りついていた。強そうというより、躊躇なく人を殴りそうな顔だ。しかも、そういう顔のくせに妙に身なりは整っている。乱暴さを職務として着込んでいる連中の匂いがした。


「へえ……こいつが、例の特待生か」


 その一言で、周囲の空気が少しだけほどけた。誰かが喉の奥で笑い、別の誰かが面白そうに口笛を吹く。物珍しい見世物を見るみたいな、嫌な種類の視線がいっせいに集まった。


「もっとこう、面構えのあるやつかと思ってたがな」

「普通じゃねえか。普通のガキだ」

「普通のガキが、連邦の宝石に喧嘩売るかよ」

「しかもご丁寧に“勝ったら一日デート”だろ。正気の範囲が狭すぎんだよ」


 笑いが広がる。下卑ている。だが、それだけではなかった。連中は俺をからかっているようでいて、実際には値踏みしていた。どこまで折れずにいるか、どこで顔色が変わるか、どんな言葉に反応するか。そういう目だ。悪趣味な試験みたいなものかもしれない。


 口のテープ越しに息を荒くした俺へ、近くにいた大柄な男が金属バットかなにかの先端で後頭部を軽く小突いた。軽くと言っても、今の頭には充分すぎる痛みだ。鈍い刺激が傷口にまで響き、視界が一瞬白くなる。


「おい、起きてるなら返事くらいしろよ」


 返事ができる状態にしてから言え。そう思って睨み返すと、そいつは面白そうに口の端を持ち上げた。顔の半分を古傷が横切り、刈り込んだ髪は短いくせに妙に威圧感がある。革ベストには鋲、首には太い金属輪、指には無駄にごついリング。趣味が悪い。だが、こういうわかりやすい悪趣味さは、脅しには案外効果的だ。特に拘束された相手に向けるぶんには。


「口、外してやれよ」

 別の男が言った。

「どうせここで喚いたって誰にも聞こえねえ」

「それもそうだな」


 べり、と頬の皮膚が剥がれるみたいな痛みが走った。反射的に顔が歪む。目の端に涙が浮かぶ。剥がし方が雑だし容赦がない。もう少し人に優しくできないのかと訴えたかったが、息を通すだけで喉が焼けるように痛かった。


「……っ、は……」


 空気が入る。血と埃の混じった不味い空気だが、塞がれているよりは遥かにましだった。唇の端が切れているらしく、舌先に鉄の味が広がる。


「ほら、英雄様。何か言ってみろよ」

「学園一の令嬢を口説く名文句でも聞かせてくれるか?」

「いやいや、まずは自分の立場から説明してもらわねえとな。なあ?」


 挑発の口ぶりは軽いが、立っている位置が嫌に隙なく整っている。前に二人、左右に数人、後ろに控えるのが三人。出入口らしき方向も、壁際の影も、全部押さえた配置だ。素人の脅しならもっと密集する。こいつらは間合いを知っている。誰か一人が前へ出た時、他が邪魔にならないようわざと散っている。どこかの家付きの手駒か、訓練経験者だ。少なくとも、路地裏で偶然気が合って群れている連中ではない。


 喉を一度鳴らし、俺は唇の血を飲み込んでから言った。


「……なんだお前ら。昼間っから真正面に出てこれないからって、わざわざこんな倉庫へ人攫って、集団で説教する趣味でもあんのか」


 言ってから、自分で少しだけ感心した。頭を殴られ、縛られ、起きた先でこれだけの人数に囲まれているわりに、ずいぶんと減らず口が軽快である。良い性格と言うべきか、反省の色がないと言うべきか。おそらく両方だ。


 正面の大男は、眉をほんのわずかに動かしただけだった。感情の起伏を見せないタイプか、怒る前に一拍置くタイプか。後者なら面倒くさい。


「聞き分けが悪いな」

 低い声でそいつは言う。

「状況の説明が要るか? お前は今、身の程を教えられている最中だ」

「へえ」

「“へえ”じゃねえんだよ、ガキが」


 横から飛んできた平手が、頬を鋭く打った。皮膚が焼けるように熱い。口内をもう一度噛み、血の味が増える。こいつら、殴るたびに「自分たちは正しい」と思い込もうとしている節があるな、と妙に冷めた頭で考えた。暴力に正当性を着せたがるやつは、えてして言い訳が長い。


「庶民風情がよ」

 最初にテープを剥がした男が、唾を飛ばしながら顔を寄せてくる。

「なに勝手に貴族様へ決闘なんざ申し込んでんだ? 頭の中、藁でも詰まってんのか」

「藁が詰まってたら、もう少し暖かい人生だったかもな」

「減らねえな、こいつ」

「だから面白くねえんだろ」


 俺がそう返すと、輪の外側にいた誰かが鼻で笑った。仲間うちですら、完全には足並みが揃っていないらしい。脅し慣れた集団にも、役者と観客がいる。中心にいる数人が仕事をし、その他が空気を盛り上げる。下品な演出だが、ある意味では洗練されていた。


 大男が懐へ手を入れる。取り出したのは折りたたみ式のナイフだった。刃が開くときの小さな金属音が、妙に鮮明に耳へ刺さる。わざとだ。こういう連中は、人を刺す前より見せつける瞬間に力を入れる。


「口の利き方には気をつけろ」

 男は、ほとんど囁くような声で言った。

「貴族様に刃向かうってのは、そういうことだ」


 その言葉を聞いて、俺は逆に腹が立った。

 ナイフが怖くないわけじゃない。普通に怖い。けどそれ以上に、その言い草が気に障った。自分たちは名も名乗らず顔も隠し、暗がりで人を縛り上げておいて、よくもまあ“貴族様”の威光を背負ったような口を利けるものだ。


「……アイリス嬢の名前を、便利な棍棒みたいに使うなよ」


 言った瞬間、周囲の笑いが少しだけ止まった。今のは効いたらしい。よし、と内心で思ったが、表に出したら負けなので顔はしかめたままにしておく。


「なんだと?」

「聞こえなかったか?」

 首へ当たる刃の冷たさを無視するのは無理だったが、視線だけは逸らさない。

「俺は制度に則って、正面から挑んだ。名前出して、条件出して、堂々と勝負を申し込んだ。お前らはどうだ? 後ろから殴って、倉庫へ拉致って、人数かけて脅してる。そっちのほうがよっぽど、貴族様の品位とやらに泥塗ってるだろ」


 大男の目が細くなった。その変化は小さかったが、怒りは十分伝わった。こういうタイプは感情を露骨に出さないぶん、出た時の温度が低い。低い怒りは長引く。経験的にろくなことにならない。


「いい度胸だ」

「褒め言葉として受け取っとく」

「気に入らねえ」


 拳が横から飛んできた。頬骨のあたりへめり込み、視界が一度暗く弾ける。息が漏れ、首が横へ跳ねた。追撃みたいに肩へ蹴りが入り、拘束された腕が柱へきつく引っ張られる。手首に食い込む縄と鉄の感触がいやに生々しかった。めちゃくちゃ痛いが、それでも頭のどこかは妙に冴えていた。


「お前らさ」

 咳き込みながら、俺は言う。

「こういうの、毎回その台本でやってんのか? 脅し文句が微妙に古くない?」

「何?」

「“身の程を知れ”とか“貴族に刃向かうとは”とか。もうちょっとひねれよ。学園都市なんだから、知性の欠片くらい見せろって」


 今度は腹へ拳が入った。鈍く、重い。みぞおちに沈んだ衝撃で肺の空気が一気に押し出され、背中まで痺れる。反射で体がくの字に折れた。涙が勝手に浮く。ああもう、そうだよな、知性を要求すると殴られるよな。わかってた。


 笑い声が上がった。だがそれは、さっきまでの気楽な嘲笑ではなかった。苛立ちを紛らわせるような、少し湿った笑いだった。人は図星を刺されると、より大きな声で笑うことがある。そういう意味では、俺はそこそこ上手くやっていたのかもしれない。状況は最悪だが。


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