第3話 勝利報酬はデート券
さて、ここでひとつ“異能バトル”について詳しく説明しておこう。
アーク・アカデミアにおいて、学生同士の異能バトルは単なる腕試しでも、若気の至りでも、ましてや暇を持て余したエリート候補生たちの余興でもない。いや、体感としては余興っぽいノリで始まることもけっこうあるのだが、制度上はれっきとした教育課程の一部である。学園側もそれを明文化して認めているし、教官たちも必要とあらば積極的に決闘を組ませる。要するにこの学校、話し合いで済むことのかなりの割合を「じゃあ実力で決めろ」に着地させがちなのだ。
理由は単純明快だった。
ここで育つ学生たちは、将来、連邦軍の将校や特殊部隊、議会直属の独立機関、あるいは各貴族家の私兵組織や外交任務付き護衛官など、とにかく“何かあった時に前へ出る側”へ回される可能性が高い。異能という力は便利だが、それを使う人間が実戦を知らなければ話にならない。座学で理論を学び、演習で型を覚え、それでもなお足りない最後の一片を埋めるのが、実際に人と向き合って勝負する経験というわけである。
だから、アーク・アカデミアでは学生同士の決闘が正式に制度化されていた。
まず挑戦者は学園管理システム《イデア・ターミナル》へ申請を出す。対戦相手、対戦形式、ルール、勝敗条件、そして必要であれば勝利報酬と敗北時の代償まで記載する。つづいて相手がその挑戦を承認すれば、申請は仮成立となる。もっとも相手には拒否権があるから、誰にでも無制限に喧嘩を売れるわけではない。だが一方で、明らかに格下すぎる相手でもないのに拒否を繰り返せば、「あいつ逃げてばっかだな」と評判を落とすこともある。名門貴族や上位ランカーほど、そういう評価には敏感になるらしい。
そこへさらに、教官または監督委員による審査が入る。ここで見るのは、勝利条件が妥当かどうか、決闘の形式が危険すぎないか、片方だけが極端に不利なルールになっていないか、といった制度面の正当性だ。敗者に財布の中身を全部差し出せとか、裸で校舎を一周しろとか、そういう下品かつ不健全かつ風紀委員が血相を変えそうな内容は却下される。致死性の高い条件や、明らかに尊厳を踏みにじる類の代償も当然認められない。
そのうえで決闘場が割り当てられ、必要ならば観戦者向けの席や中継設備まで準備される。人気の高い試合だと、学園都市のあちこちにあるホロスクリーンでダイジェストが流れたりもするから恐ろしい。青春のきらめきと国家規模の娯楽性が悪魔合体したような制度だなと、俺は初めて知ったときに思った。
勝敗の確定条件は基本的に三つ。相手の無力化。相手の降参宣言。あるいは審判による続行不能判断。致命傷を与えることは禁止されているが、異能と異能が正面からぶつかる以上、怪我のリスクがゼロになるはずもない。軽傷なら日常茶飯事、骨折や霊素疲弊も珍しくなく、たまに救護班が担架を持って走る姿を見ると、「これ本当に学校か?」とちょっとだけ我に返る。
つまり何が言いたいかというと、異能バトルは遊びではないということだ。
そして同時に、この学園にいる者にとってはそこまで珍しくもない日常だということでもある。
……もっとも、“誰に挑むか”によっては話が別なのだが。
昼休み前の中央広場を歩きながら、俺は改めて周囲を見渡した。
アーク・アカデミアの中央広場は、いかにも「学園都市の顔です」といった風格をしている。大理石の噴水を中心に放射状に石畳が広がり、その周囲を学生用のベンチや花壇、案内掲示板、露店型の簡易売店などが取り囲んでいる。上を見上げれば、蒼白いマナ障壁が空を薄く覆い、その向こうを訓練用の小型ドローンが巡回していた。あれが散布する微細なマナ粒子によって、学園内部の空調や霊素濃度が微調整されているらしい。すごい時代だ。俺が感心しているのは主に、そんな高度な管理技術の下で学生たちが平気でパンを食いながら恋バナしている点だが。
東側には巨大な訓練塔がそびえ立っている。内部には模擬戦場、対異能センサー、地形変動型の演習フロアなどが詰め込まれていて、俺たち候補生はほぼ毎日のようにそこへ突っ込まれている。西側には研究棟。ガラス張りの壁面越しに白衣の研究員や学生が忙しなく行き交い、時おり内部で霊素反応の閃光が走る。いかにも近寄ってはいけない感じがするが、たまにあそこの売店でしか手に入らない限定菓子が出るので侮れない。
そして北側には、決闘アリーナ群へ続く通路がある。広大なドーム型施設がいくつも並び、外壁には過去の名勝負を映したホログラムが流れている。通りがかった学生が「あの試合、最後の読み合いやばかったよな」とか「あれ、三年前の首席戦だっけ」とか語り合っているのを見ると、この学園において決闘がどれだけ文化として根づいているのかがよくわかった。
俺はその光景を見ながら、胸の奥がじわじわ熱くなっていくのを感じていた。
次にあそこへ立つのは、俺かもしれない。
いや、“かもしれない”じゃない。
俺は立つ。
立ってみせる。
問題はその舞台へ上がるまでに、いくつもの面倒くさい手順と、もっと面倒くさい人間関係を越えなければならないということだった。
昨夜の共用ラウンジで、セリナは珍しく最初から最後まで真面目な顔をしていた。
「ええかスコール、アイリス様に挑戦するんなら、条件設定が肝心や」
ペンを持ったまま、彼女は俺をまっすぐ見た。
普段みたいに軽口を混ぜつつも、目だけは妙に真剣だった。
「条件?」
「そうや。勝つための策も大事やけど、その前に申請が通らな意味ない。勝利報酬をどう書くか、敗北時の代償をどう設定するか、そこがまず最初の壁や」
「報酬はもう決まってるだろ。一日デート」
「せやな。そこはアンタの脳みそが最初から一貫して気持ち悪いくらいブレてへんから助かるわ」
「一途と言ってほしい」
「一歩間違えたら不審やけどな」
言いながら、セリナはノートに大きく丸をつけた。
『勝利報酬:一日デート』
その文字列を見ただけで、俺の心臓はなんだか勝手に跳ねた。
字にすると現実味がすごい。
夢物語が急に制度へ接続された感じがして、妙に生々しい。
「でもな」とセリナは続けた。「それだけやと片手落ちや。一方的なご褒美だけ設定すると、審査側が“対価のバランスが悪い”って言う可能性がある。特に相手がアイリス様やと、学園も周囲も神経質になる」
「じゃあ、どうする?」
「負けた時の代償をつける。しかも、相手にとってわかりやすく得になる形でや」
「得になる形……?」
「せや。一週間、アイリス様の従者として雑用をこなすとかどうや」
一瞬、俺の頭の中に映像が浮かんだ。
朝の登校に付き従い、荷物を持ち、教室の椅子を引き、お茶を淹れ、たまに冷たい目で見下ろされる俺。
……あれ?
状況としてはかなり負けているはずなのに、なんだろうこの、別ベクトルで妙なご褒美感は。
「おい、顔が緩んどる」
「違う、今のは純粋に制度的合理性を考えてだな」
「嘘つけや。アンタ、ちょっと嬉しそうやったやろ」
「気のせいだ」
「いや、目が完全に“それも悪くないな”って言うとったで」
「人の表情を読むなよ」
「アンタほど露骨やったら読まんでもわかるわ」
くそう、鋭い。
しかも否定しきれないのが悔しい。
だけど彼女の案自体は実に理にかなっていた。
勝てばデート。負ければ従者業務。
対価の釣り合いという意味では、たしかに悪くない。相手が学園首席の名門令嬢であることを考えれば、敗北側が一定期間奉仕するという構図にも制度上の説得力が出る。
「なるほど……負けた時も、アイリス側にメリットがあるように見せるわけか」
「そういうこっちゃ。交渉はな、対等に見せかけるのが大事なんや。ほんまに対等かどうかやなくて、まずはそう見えること」
「怖いこと言うな、お前」
「現実やで」
さらりと言ったその一言に、妙な重みがあった。
俺は少しだけセリナの横顔を見る。灰色の髪の先に入った水色のメッシュが、ラウンジの照明を受けて淡く光っていた。笑うと八重歯が覗いて快活そのものなのに、たまにこういう現実的なことを言うから油断ならない。
それにしても、なんというか。
その瞬間のセリナは、やけに格好よく見えた。
理屈が通っていて顔が近くて、八重歯が見えていて、こっちの作戦を自分ごとのように詰めてくれる。おかげで俺の心臓が一瞬だけ変な跳ね方をしたのだが、これは断じて浮気ではない。そこだけは声を大にして言いたい。あくまで本命はアイリス・ヴァレンタインであり、セリナは頼れる軍師であり、軍師の八重歯が思いのほか破壊力高いだけである。
……だめだなこの言い訳、誰に話しても信じてもらえない気がする。
「…申請はもうちょっと吟味してからのほうがいい?」
「いや、予定通り今からにしよや。アンタが腹くくれてるなら」
「今から?」
「勢いも大事やで。変に一晩寝かせると、人間は臆病になるもんや」
それは確かにそうだった。
俺は勢いで走り出すタイプだが、一度立ち止まると無駄に現実を考え始める。アイリスの家格。自分の立場。勝率。噂。笑いものになる可能性。そういうものを全部並べてしまったら、たぶん心のどこかが勝手にブレーキを踏む。
なら、今だ。
そう思った瞬間、逆に頭が妙に冴えた。
俺は胸ポケットから学生証を引っ張り出し、ラウンジの端に設置された《イデア・ターミナル》へ歩み寄る。半透明の操作盤へ証をかざすと、青白い光が走り、視界の前にホログラムの申請画面が展開された。
挑戦者名。
被挑戦者名。
決闘形式。
ルール。
報酬条件。
敗北時の代償。
観戦公開の可否。
項目のひとつひとつが、現実の重みを持って俺の前へ並んでいく。
「挑戦者――スコール・キャットニップ」
「被挑戦者――アイリス・ヴァレンタイン」
「決闘形式――一対一、制限時間十五分、場外なし、致死攻撃禁止」
「勝利報酬――一日デート」
「敗北代償――一週間の従者業務」
最後の送信確認画面が表示される。
そこには、小さく注意書きが出ていた。
『本申請は学園規定に基づき審査されます。被挑戦者が承認した時点で仮成立となり、以後の不当な撤回は評点および信用記録に影響する場合があります』
心臓がどくんと跳ねた。
これを押したら、本当に始まってしまう。
「……スコール」
少しだけ離れたところから、セリナが呼んだ。
振り返ると、彼女はいつもの調子で腕を組んだまま立っている。だが笑ってはいなかった。
「行くんやろ?」
「……行く」
「ほな、押しや」
短い言葉だった。
けれど、不思議と背中を押すには十分だった。
俺は深く息を吸い、送信欄へ指先を落とした。
送信。
小さな電子音。
画面に『申請を受理しました』の文字。
それだけだった。
「……ふぅ」
気づけば、肩にいらない力が入っていた。
思った以上に喉が渇いている。
「終わったな」
「始まったんやで、ここから」
「そうとも言う」
セリナは軽く笑ったが、その直後にはもう次の作業へ頭を切り替えていた。
「観戦公開はオンにしたな?」
「した」
「よし。どうせなら人目のある勝負にしといたほうがええ。アイリス様側も断りにくくなるし、仮に承認された後で妙な圧力がかかっても、隠しようがなくなる」
「圧力って……」
「相手はヴァレンタイン家やで? 家格そのものが権力みたいなもんや。制度の表だけ見て、全部が平等やと思わんほうがええ」
またしても妙に現実的なことを言う。
しかも、たぶん正しい。
アーク・アカデミアは実力主義を掲げている。そこに嘘はない。平民出身だろうが貴族だろうが優秀なら評価されるし、実際にのし上がった先輩もいる。しかし一方で、この国が家柄と血統と権威で動いている側面を見ないふりはできない。名門家の子弟には最初から注目が集まるし、失敗ひとつで噂になる一方、些細な成功でも勝手に伝説になる。そういう偏りは嫌でも存在する。
そしてヴァレンタイン家は、その偏りの頂点に近い場所にいる。
噂が広がり始めたのは、信じられないほど早かった。
翌朝の食堂で、俺はパンを取りに行こうとしただけで二度見された。
席に座れば、隣のテーブルの会話がぴたりと止まる。
廊下を歩けば、すれ違いざまに声が飛んでくる。
「おい、見ろよ。あれが噂の」
「マジで申請したのか、アイリス様に?」
「よりによってデート賭けてって、頭おかしいだろ」
「いや、でも制度上はアリなんだよな……」
「アリかどうかの前に命知らずすぎるだろ」
女子生徒の何人かはあからさまに眉をひそめた。
「信じられない……下品」
「アイリス様をそんなふうに扱うなんて」
「庶民ってこれだから」
最後のやつは普通に聞こえているぞ。
だいぶ刺さるぞ。
しかも反論しづらいところだけ抜いてくるの、やめてほしい。
男子は男子で複雑そうだった。
「無謀だ」と言いつつ、どこか羨ましそうな目をしているやつが多い。そりゃそうだ。学園男子の九割九分は、アイリス・ヴァレンタインを“遠くから拝む対象”として扱っている。そこへ俺みたいなやつが、制度を盾に真正面から「デート賭けて戦おう」とぶっ込んだのだから、呆れと嫉妬と感心がないまぜになるのも無理はない。
教師陣の反応もさまざまだった。
実技担当の教官は、朝の点呼で俺を見るなり露骨にため息をついた。
「キャットニップ」
「はい」
「貴様はなぜ、才能をだいたい全部ろくでもない方向に使う」
「ろくでもないことをする時ほど、人間は本気を出すものかと」
「開き直るな」
「ですが、規定には則っています」
「それが余計に腹立たしいんだ!」
怒鳴られた。
ごもっともである。
一方で、別の教官は妙に面白がっていた。
「ほう、ヴァレンタイン嬢に挑戦か。気概だけは評価しよう」
「だけ、ですか」
「だけだな。勝算はあるのか?」
「それは今から作ります」
「よろしい。勝つ前提で戦略を練る者は嫌いではない」
この人、たぶん戦場向きだなと思った。
物事の面白がり方が若干危ない。
そうして半日もしないうちに、学園中がこの話題で持ちきりになった。
挑戦申請そのものは、制度上、誰にだって認められている。だけどそれと実際に“誰へ出すか”はまったく別問題なのだ。
相手がただの優等生なら、ここまで騒ぎにはならなかっただろう。
しかしアイリス・ヴァレンタインは違う。
ヴァレンタイン家。
その家名を聞いて、ただの名門貴族を思い浮かべるやつは、この学園にはいない。
この一族は、星暦以前にまで遡る古代セレスティア系の記録継承者であるとされ、連邦の成立史と深く結びついている。表向きは歴史編纂と星霊術研究を担う由緒ある貴族家。だが実際には、議会、軍、研究機関、そのどれに対しても無視できない発言力を持つ。特に未来予測や記録保持に関する適性は他家の追随を許さず、戦略立案や国家判断において彼らの助言が重く扱われてきた。
乱暴に言えば、彼らは“家柄がすごい”のではない。
“家の存在そのものが制度の一部”なのだ。
歴史的正統性。
政治的影響力。
文化的権威。
それら全部を背負った血統。
新聞はヴァレンタイン家の動向を記事にするし、議会は彼らの顔色を窺い、軍は彼らの星読みを作戦へ反映させる。国民にとっては畏敬の対象であり、学園の学生にとっては雲の上の存在だ。
その直系令嬢が、アイリス・ヴァレンタインである。
銀髪碧眼。
凛とした所作。
冷ややかに見えて、必要な相手には必ず礼を失しない口調。
そして《星霊演算》という、未来の分岐を読み解く希少異能。
学園首席。
品行方正。
才色兼備。
もはや“人”というより“概念”みたいな持ち上げられ方をしている。
だからこそ、俺の申請は騒ぎになった。
庶民上がりの特待生。
記憶喪失の転校生。
なにやら物騒な噂付き。
そのうえ女好きときている。
そんな俺が、連邦の至宝とも呼ばれる貴族令嬢へデートを賭けた決闘を申し込んだのだ。炎上しないほうがどうかしている。
昼過ぎ、俺は中央通路でついにカイルとレオンハルトに捕まった。
「お前、ほんとに出したのかよ」
「出した」
「アイリス様に?」
「アイリス様に」
「勝利報酬が?」
「一日デート」
「敗北時の代償が?」
「一週間の従者業務」
「妙にちゃんとしてやがる……!」
カイルは頭を抱え、レオンハルトは「おお……」と無駄に感心していた。
お前は何を見てもまず感心から入るな。
「いや待て、従者業務ってお前、それ負けてもだいぶおいしくないか?」
「カイル、お前もそう思うか」
「思うな」
「おい、変なとこで共感するな」
そこへセリナが遅れて合流し、呆れたようにため息をつく。
「だから言うたやろ、アンタら男はそういうとこすぐ顔に出るって」
「違う、これは制度的にだな」
「もうええから。その言い訳、昨日から四回目やで」
「そんなにしてたか?」
「してた」
ぐうの音も出ない。
いやでも、仕方ないだろう。従者業務という言葉には、男の想像力を刺激する何かがあるのだ。もちろん俺の場合、本命は最初からデートのほうだが。
そんなふうに騒がれているうちに、夕方前、ついにターミナルへ通知が届いた。
『被挑戦者アイリス・ヴァレンタインより、申請への応答がありました』
その一文を見た瞬間、胃のあたりがきゅっと縮んだ。
周りにいた三人も一斉にこちらを見る。
「開けや、スコール」
「言われなくても今開ける」
ホログラムを展開する。
表示されたのは、たった一行の承認通知だった。
『規則に則った挑戦であれば、断る理由はありません。条件を承認いたします。――アイリス・ヴァレンタイン』
……承認。
本当に、承認された。
「うそだろ」
「マジやん……」
「アイリス様が受けた……?」
「は、はは……」
笑いが漏れた。
乾いた笑いだった。
しかし次の瞬間には血の巡りが一気に速くなるのがわかった。
受けた。
あのアイリスが、受けたのだ。
制度に則ったから。
断る理由がないから。
たぶんそれだけのことなのだろう。あの文面に私情らしいものは一切なかった。まるで“挑戦者の一人として処理しただけ”みたいな冷たさで、それが逆に彼女らしかった。
けれど、承認は承認だ。
逃げ道は消えた。
俺は本当にアイリス・ヴァレンタインと決闘することになった。
周囲の空気が変わったのは、その直後だった。
申請しただけの無謀者。
そこから一段階進んで、“あのアイリスが受けた相手”になったのだ。
噂はさらに加速した。
「アイリス様が……承諾なさったって!?」
「まさか庶民の挑戦を」
「いや、規則に則ってるなら断れないでしょ」
「それでも普通はもっと別のやり方があるじゃない」
「ヴァレンタイン家の名を考えれば、むしろ即時却下されると思ってた……」
女子たちは戸惑い、男子たちはざわつき、教師陣は眉をひそめる。
そして一部の上級生は、あからさまに俺を見定めるような目を向けてきた。
それは単なる好奇心ではなかった。
どこか、「お前はどこまで本気なんだ」と試すような視線だった。
夕暮れ時、俺はひとりで寮の屋上へ上がった。
アーク・コロニーの屋上は規則上は立入制限区域ではないが、わざわざ来る者は少ない。風が強いし景色は綺麗だが、その分だけ妙に考えごとをしやすい場所だからだ。こういう場所へ来るやつは大抵、恋に悩むか進路に悩むか、やらかした後で現実逃避しているかのどれかである。今の俺はたぶん、その全部を少しずつ満たしていた。
西の空が赤く染まり、白い塔群の影が長く伸びていた。
マナ障壁が薄青く揺らめき、その向こうに夕星がひとつ滲んで見える。
綺麗だなとしみじみ思う。
そして同時に、ここがどこまでも“管理された美しさ”の中にあることも思い出す。
アーク・アカデミア。
兵士養成都市。
青春の匂いと国家の都合が同居する場所。
俺がここで挑もうとしている相手は、ただの首席ではない。
連邦そのものの象徴に近い何かだ。
庶民と貴族。
特待生と直系令嬢。
異端の《逆位相共鳴》と、正統の《星霊演算》。
そこに“デートしたいから”という個人的すぎる欲望を突っ込んだ俺は、客観的に見れば相当どうかしている。
しかし一方で、そうでもしなければ届かない相手だったのも事実だ。
「……本当に、受けたんだな」
誰に向けるでもなく呟く。
風が言葉をさらっていった。




