3-1.ラーメン戦争―矛盾を受け入れる勇気こそ、生の証―①
廃都の夕暮れ。
崩れた塔の下、赤雷が焦げ跡を残していた。
かつて「赤雷の怪物」と恐れられた
イヴァル・ヴォルグラスは、
崩れた壁にもたれ、拳を握り締めていた。
焼けた空気が肺に刺さる。
あの夜――
“甘味”に敗北した屈辱が、未だ指先を灼いている。
「……俺の雷が、否定された。
あのふざけた《問題児》たちに、だ」
彼の言葉は焦げた鉄のように重い。
――その静寂を、甲高い笑い声が引き裂いた。
「ホーッホッホッホッホッ!!」
イヴァルの眉間が、露骨に歪む。
(……来たか。最悪だ)
薔薇の花弁が風もない空間に舞い、
ひときわ派手な装束の女が現れる。
過剰な装飾、
誇示するような肢体、
そして耳障りなほど高らかな笑い。
――ローザリア・フローレンス。
薔薇を操る魔術師にして、
《ヴィラン連合》の新幹部。
「そんな煤けた雷で、世界を語るつもり?
笑わせないでちょうだい」
唇を歪め、見下すように顎を上げる。
「その程度の雷光で“怪物”だなんて……
分不相応の称号ね」
イヴァルは舌打ちをしたい気持ちを堪え、
視線だけを逸らした。
「……“食”が、強さなのかと考えていた」
「はぁ?」
ローザリアの笑みがすっと消えた。
「意味が分からないわね」
一歩、距離を詰める。
「説明なさい。そのくだらない結論に至った経緯を」
イヴァルは、わずかに目を伏せた。
「……奴らは“甘味”で戦った。
“食”で俺の雷を黙らせたんだ」
「“甘味”、ですって?」
ローザリアは眉をひそめた。
イヴァルは苦く笑った。
「俺は雷で世界を支配しようとした。
だがあいつらは、ただ一口で俺の“誇り”を折った」
音が消えた。
ローザリアの視線が、ほんのわずかに揺れる。
「……なに言ってんの?」
続けて吐き捨てる。
「雷が通じない?“食”で負けた?
なにそれ、全然意味わかんないんだけど」
腕を組み、ため息をつく。
「――でも」
ローザリアの口元がニヤリとゆがむ。
「あなたのそういうところ、嫌いじゃないわ!」
くるりと背を向け、仰々しく両手を広げる。
「いいじゃない!意味なんてわからなくても!」
薔薇の花弁が渦を巻く。
「ホーッホッホッホッホッ!!」
「雷と薔薇で!全部まとめて踏み潰すわよ!」
赤雷が呼応し、大地が軋む。
雲がねじれ、空が裂けた。
◆
昼。
邸宅の食卓は、湯気と匂いで満ちていた。
醤油の焦げ、
味噌の香ばしさ、
塩が引き出す清澄な魚介の香り、
油の甘み。
――空気そのものが味になっている。
「澄んだ醤油スープの線に宿る秩序
――これぞ理の完成形。俺は“醤油派”だ」
夜翔が静かに箸を置く。
「……塩が基準。
余計なものを削ぎ落として、旨味だけを残す」
一口、啜る。
「……輪郭が明確。誤魔化しがない味」
視線だけを横に流す。
「……でも」
隣の丼――赤い油が揺れる。
「これは例外」
そして、台湾ラーメンを口に運ぶ。
「……刺激の塊。非合理」
もう一口。
「……でも、嫌いじゃない。痛覚と快楽は近い」
「私は“味噌派”よ!」
一口、啜る。
「味噌はね、単純な味じゃないのよ。
旨味も脂も甘みも、全部抱え込んで、
それでも崩れない
――“まとめる力”があるの」
少し顎を上げる。
「だから一番強いのよ!」
一瞬、間を置く。
「……この完成度、理解できないのかしら?
その舌は飾り?」
タクトは得意げに笑い、
レモンを絞る手を止めずに言葉を紡いだ。
「まぜそばはね、“完成してない料理”なんだよ」
一度、麺を持ち上げる。
「混ぜるたびに景色が変わる。
香りも、温度も、味も
――全部、今この瞬間のものになる」
さらに、レモンを一滴、落とす。
「決まった答えなんてない。
あるのは、その一口だけの“風”さ」
「みゅ!(ぼくはとんこつ派!)」
ジンは満面の笑みで、スンスンと鼻を鳴らしている。
潮音は笑いながら、自分の丼を掲げた。
「白は全部の色を包むんだ。これが平和の味だろ?」
一瞬、全員が固まる。
全員の視線が、一斉に潮音へ向いた。
「……お前、それ何?」
「牛乳ラーメン。白は平和の象徴」
「白は平和、ねぇ……詩としては悪くない。
でも味としては暴力だよ」
タクトの表情は引き攣っている。
「ミルク……?温かい飲み物でスープを稀釈?
……意味不明」
真白が眉をひそめる。
「やめろやめろ!これ、ちゃんとした料理だって!
たぶん!」
湯気の中で笑い声がほどけたその時――
雷鳴が空を裂いた。
屋敷が震え、
湯気が散る。
全員が顔を上げた。
「……敵か?」
夜翔の声が低く響く。
◆
上空――
赤黒い雲が、ゆっくりと捻じれていた。
次の瞬間、
雷が“落ちた”のではない。
――空そのものが、裂けた。
赤雷が地を貫き、
同時に、
無数の薔薇の花弁が空を埋め尽くす。
「今度こそ、食でなく“誇り”で勝つ!」
「ホーッホッホッホッホッホッ!!」
空気が、笑い声で“歪んだ”。
イヴァルの眉間が、露骨に歪む。
(……この高笑い、どうにかならないのか)
音が遅れて届く。
いや違う
――音が空間そのものに焼き付いた。
薔薇の花弁が、重力を無視して舞う。
その中心で、
ひときわ派手な装束の女が高らかに笑っていた。
「下等な匂い……油と塩と、雑多な旨味。
ああ、耐え難いわね。美しくない」
顎を上げ、胸を張り、世界を見下すように。
「この私が来てあげたのよ?
感謝なさい。無粋な食卓ごと、裁いてあげるわ」
衝撃波が遅れて世界を叩き潰す。
屋敷が軋み、
卓上のラーメンが、まとめて宙へ跳ね上がった。
「みゅっ!?」
ジンの悲鳴。
夜翔の瞳が細く光る。
「……理から逸脱した、斬る」
「いやいやいやいや!!
食い物で世界滅ぶから落ち着けって!!」
潮音が絶叫する。
しかし遅かった。
床にこぼれたスープが大気に溶け込み、
香りが開戦の合図となった。
こんばんわ、アトレイです。
ようやく3話目を投稿することができました。
これもすべて皆様の応援あってこそです。
本当にいつもありがとうございます。
今回もいつも通りという感じで、
文字数が5000字を越えてしまいました。
読みやすさ・とっつきやすさを考えて、
試しに前後編に分けてみています。
少しでも読者の皆様のストレス軽減に
繋がれば幸いです。
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行っていきます。
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でわでわ。




