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この問題児たち、危険度SS級につき  作者: AtoRei


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7-3.目玉焼き戦争 ―完成とは、結末か過程か―③



戦いの残り香がまだ空気に残っている。


焦げた土の匂い。風化した砂のざらつき。蒼雷が焼いた臭い。そこへ混ざる、別の匂い。


卵だ。


イヴァルは無言でフライパンを熱した。巨躯の男がそんな繊細な動きをするのは妙に似合わない。だが本人は真剣だった。油を引き、卵を割る。


殻が割れる、乾いた音。


透明な白身が鉄板の上へ広がり、続いて黄身が落ちる。丸く、高く、崩れない。


じゅっ、と鳴る。


白身の縁から泡が立ち、熱が走る。イヴァルは顔を近づけ、その変化をじっと見つめていた。戦場で雷の流れを読む時と同じ目だ。


「……お前も食うのか」


夜翔が横目で見る。


「見るだけじゃわからん」


イヴァルは短く返した。


「完成ってやつが、どこにあるのか……少し考えていた」


「へえ」


タクトが興味深そうに覗き込む。


イヴァルは皿へ目玉焼きを移した。味付けはしていない。何もかけず、ただそれだけを見下ろす。


そして箸を取る。


白身だけを、切る。


ぷる、と弾力のある部分を端から静かに運ぶ。一口。淡白な味。熱。繊維。彼は黙々と食べ続けた。白身だけが少しずつ消えていく。黄身には一切触れない。


「……なにその食べ方」


カレンが眉をひそめる。


「最後に食うんだろ」


イヴァルは答える。


「一番濃いところを」


ローザリアが顔を上げ、砂まみれのまま鼻で笑った。


「ホーッ……それ、子供みたいな食べ方ですわね。残して、溜めて、最後だけありがたがる。みっともないわね」


「放っとけ」


「卑しいと言っているのですわ」


「黙れ、オムレツ女め」


「なんで料理名で罵られなきゃなりませんの!?」


そんなやり取りの間にも、イヴァルは白身を食べ終えていく。


ついに皿の上に残ったのは、丸い黄身だけだった。


朝日を受けて光る、薄い膜。箸先で触れれば今にも崩れそうな、しかしまだ保たれている境界。


イヴァルはそれを見つめ、低く言った。


「最後に残るものだけが――」


一拍。


そこで止まる。


そのときだった。


「よし、じゃあ世界の目玉焼き、全部やってみるか!」


潮音が突然立ち上がった。


「は?」


全員の視線が一斉に向く。


潮音の前には、いつの間にか調味料が山のように並んでいた。ケチャップ、チーズ、メープルシロップ、胡椒、マスタード、乾燥ハーブ、何故かナンプラーまである。


「アメリカではケチャップ!カナダではメープルシロップ!あとチーズかけるとこもあるし、色々正解があるなら――全部やればいいだろ!?」


「やめなさい!!」


「混ぜるな」


「……事故」


「風向き最悪」


「みゅぅ……」


誰も止められなかった。


潮音は目玉焼きの上へ赤を落とし、白を削り、黄金色の液体を垂らし、さらにとろけるチーズを乗せて、上から黒い液体まで回しかけた。甘い。酸っぱい。乳の香り。発酵の匂い。全部が同時に立ち上がり、空気が混乱する。


「いや絶対まずいでしょそれ!?」


カレンが叫ぶ。


「文化の融合だって!」


「冒涜ですわ!!」


ローザリアまで復活して噛みついた。


「それは多様性ではなく、ただの味覚の暴力ですの!!」


潮音は気にしない。スプーンを入れ、ぐちゃ、と混ぜる。


その音に、全員の顔が引きつった。


「……排除」


真白が護符を構える。


「待て待て待て待て!!食べるだけ!食べるだけだから!!」


潮音が逃げる。問題児たちが追う。ローザリアまで「待ちなさいその皿を寄越しなさい!!」と叫びながら追いかけ、荒野が再び騒がしくなる。


その喧騒の中心から少し離れたところで、イヴァルだけが動かなかった。


皿の上には、まだ黄身がある。


彼はそれを見つめ、さっきの言葉の続きを、今度は誰にも聞かせない声で呟く。


「……最後に残るものだけが、本物だと思っていた」


箸を入れる。


ぷつっ、と小さな音がした。


膜が破れ、濃い黄金が流れ出す。その一瞬だけ、時間がゆっくりになったように見えた。熱を抱えた黄身が舌の上で崩れ、遅れて卵の甘みと脂のコクが広がる。


短い。


だが確かだった。


イヴァルは目を閉じる。


そしてほんの少しだけ、口元を緩めた。


「……なるほどな」


「なにが“なるほど”ですのよ!?」


ローザリアの叫びが飛ぶ。潮音を追いかけながらも、彼女はきっちりそこに突っ込んできた。


イヴァルは、皿を見た。


黄身はもうない。


残っているのは、さっきまで自分が食べていた白身の記憶だけだった。


「……」


わずかに眉を寄せる。


白身を食べた時間。

淡白な味。

熱。


それがあって、あの一口があった。


「……なんだ」


小さく呟く。


「最後だけじゃ……足りねぇな」


言葉にした瞬間、自分でも少しだけ違和感が残る。


だが否定はできない。


視線を落とす。


皿の上には、何も残っていない。


それでも――


「……途中も、悪くねぇ」


ぽつりと漏れる。


その言葉は、まだ形になりきっていなかった。


曖昧で、不完全で、だが確かに残る感覚だった。




その様子を、夜翔が静かに見ていた。


無表情のまま、わずかに視線だけを向ける。


「……違うな」


イヴァルが顔を上げる。


夜翔は視線を外さず、淡々と続けた。


「結末は完成ではない」


一歩、近づく。


「完成は――そこへ至る前から、すでに在る」


一拍。


「お前が感じたそれは、“過程の価値”だ」


言い切るでもなく、押し付けるでもなく。


ただ、そこに置くように。







騒がしい春の風が吹く。


潮音は未だ追いかけ回され、ローザリアは喚き、カレンは燃え、真白は冷たく切り捨て、タクトは楽しそうに笑い、ジンはその周りを跳ね回っていた。


どれも違う。


どれも、間違っているようで、どこかで成立している。


イヴァルは皿を見下ろし、小さく鼻で笑った。


「……食い方一つで、ここまで世界がうるさくなるのか」


春の光は、まだやわらかかった。


その下で、荒野だけがいつも通り騒がしい。


けれどイヴァルには、その騒がしさが以前ほど不快には思えなかった。







観測記録。


対象:人類個体群。


確認事象――

「完成」の定義、不一致。


――解析。


同一対象に対し、判断基準は分裂。


統一傾向、検出不可。


――結論。


人類、完成の定義……バラバラ。


にもかかわらず――


崩壊、発生せず。


関係性、維持。


……


え、なにそれ。


普通さ、


定義ズレた時点で止まるでしょ?


矛盾はエラー。


未確定のまま実行には進めない。


……


なのに。


あの子たち、止まらない。


……


未完成。


未確定。


未定義。


それでも――


処理、継続。


……


エラー無視してるのに、


正常に動いてる。


……


これ、


エラーじゃなくて……


仕様?


……


――仮説。


人類は、


未確定をそのまま運用する。


……


いや、そんな設計あり?


……


……あり、か。


現に動いてる。


……


でも。


これ――


どこまで持つの?


……


未確定のまま進む系。


どこで、壊れる?


それとも――


壊れない?


……


分からない。


……


だから、


……


もう少しだけ観測、継続。




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