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第2話 お嬢様の初体験はポテチですか?

 そこから、2人は5分ほど歩き、土管が置かれている空き地にたどり着いた。

「ここは?」

「さーて、今日もいるかなー?」

 竜子は土管の中を覗き込み、手を伸ばす。そして、中から箱を1つ取り出した。

 向日葵もそばに寄って箱の中を見る。すると、中には犬用の皿が2枚と子犬が1匹入っていた。犬種はドーベルマンだろうか。

「まあ……」

「お、今日も待ってたんだ。えらいねー」

 それに答えるように、子犬も元気にワンと鳴く。

「待ってて、今ご飯あげるからねー」

竜子はリュックサックの中からドライタイプのドッグフードと犬用の水を取り出し、同じく箱の中の皿に、まず水を注いだ。子犬は待ってましたと言わんばかりにぴちゃぴちゃと音を立てながら飲んだ。

 次に竜子は、ドライフードを別の皿に注ぐ。これまた子犬は美味しそうにがっつく。

「あの、東川さんはいつからその子犬の世話を?」

「うーん、3ヶ月前からかな」

「家では飼わないのですか?」

「うん、あたしん家貧乏だから。高校も学費免除してくれてるから通えてるの。あ、ほら!写真は撮らなくていいの?」

「……ハッ、そうでしたわ」

「デュークは両脇を持って写ったほうがいいかな?」

「ええ、構いませんわ。にしてもデュークですか……」

「どうかした?」

「いえ、とても

「あっれー竜子じゃーん」

 素晴らしい名前ですわ、と言おうとしたそのとき、横からの声に2人は振り向く。

「あっ……」

 その瞬間、竜子の顔から血の気が引いた。

 やってきたのは、いかにも『陽キャラ』っぽい女子3人だった。

「今日も来てくれたんだー、犬の世話偉いねー。あれこの子誰?新しい友達?」

「わたくしは四季宮女学園高等部1年英語科

「あ、どーでもいーわ。それより竜子、例のやつはよ」

「う、うん……」

 言われるがまま、竜子は子犬を箱に戻し、財布を取り出し、500円玉を2枚、3人組の1人に渡す。

「……何これ」

「えっ、約束の1000円だけど……」

「おい竜子」

「ひっ……」

「誰が小銭で渡せって言ったよオ!紙でよこせっつったろが!」

「ご、ごめん……お札は今回準備できなくて……」

「あーこれは駄目だわー、ねーどーする?」

「決まってんだろ、折檻だわ」

「ま、待って……お願いだから、乱暴はやめて……」

「いーややめねー。でなきゃお前はわかんねーからなア!」

 言うやいなや、子分らしき1人が竜子の胸ぐらを掴み、親分らしき女子がブラスナックルを右手につけ、もう1人の子分らしき女子はスマホを構える。

「こっち準備できてまーす!」

「よーしそこで押さえとけよー。真ん中ぶち抜くためになア」

 親分の女子が狙いを竜子の顔に定め、拳を構える。

 竜子は恐怖で目を閉じてしまっている。

 あわやそのままブラスナックルが竜子の顔面に当たる、その寸前で止まった。そしてブラスナックルも落ちた。

「痛だだだだだっ⁉︎」

 竜子が目を開けると、そこには親分の左腕を捻り上げる向日葵がいた。

「なっ何すんだよ!」

「そーだよ邪魔すんな!」

「先ほどから見ていましたが……あなた方3人は、俗に言う『不良』だからですの?」

「ハア⁉︎てめーうちらのこと舐めてんのかァ?」

「そーだそーだ!怪我したくなかったら出すもん出して早くママの所へ帰んな!」

「……愚問でしたか、ならばこの方の左腕は折らせて頂きますわ」

 ぐぐぐぐぐッ、と捻りをきつくする向日葵。

「痛だだだだだ!折れる!マジで折れるから!おいお前ら見ていないで助けろ!」

「「は、はい!」」

 子分2人が向日葵を引き剥がしに行くと、向日葵は親分を突き飛ばし、子分2人を両腕でいっぺんに放り投げた。

「「うわあああああっ!」」

 2人とも背中から地面にどさりと落ち、衝撃と遅れてきた痛みで起き上がれずにいる。

「さて……念のため聞きますが、まだやりますか?」

「ふざげやがって……てめえなんか、ワンパンで沈めてやる!」

 ブラスナックルを拾ってつけ直した親分が、起き上がりながら向かってきたが、向日葵はわかっていたかのように、スッと避けて親分の足を引っ掛けて転ばせた。

 親分はそのまま目の前の土管にガン!と顔面を打ちつけてのびてしまった。

 その後、やっと起き上がった子分2人は、倒れている親分を見るなり、慌てて親分を担いで「「覚えてろよ!」」と捨て台詞を吐いて退散した。

「ふう」

「……」

 そして、その一部始終を見ていた竜子は、驚きで言葉を失っていた。

「大丈夫ですか?東川さん」

「……なんで」

「ん?」

「何で……助けてくれたの?あたし、あなたとは顔を合わせたばかりなのに……」

「あら、わたくしは当たり前のことをしたまでですわ」

「でも……怖くないの?」

「恐怖を言い訳に目の前の人権を見捨てるなど、夏海家末代までの恥ですわ」

「け……もしかして、お金持ちなの?」

「そこまでではありませんが、実家は財閥ですの」

「そこまで以上じゃん!」

「そんなことより!」

「うわっ、びっくりした」

「写真をまだ1枚も撮っていませんわ!取材が目的だというのに!早く済ませなくては爺やを待たせてしまいますわ!」

「爺やもいるのか……すごいお嬢様……あ、デュークが水飲んでる」

「シャッターチャンス!」

 向日葵がものすごい勢いで連写する。

「おおお……」

 気迫に圧倒される竜子。だが向日葵は止まらない。デュークをいろんなアングルで撮影している。

「さあ、ここからは東川さんも写ってもらいますわ」

「うん!」

 こうして向日葵の取材は、写真を十何枚、いや何十枚か撮って終わった。


 次の日、向日葵は桜と紅葉に取材結果を報告した。2人は「歴代新聞部員で最速のクリアだよ!」と、驚いた。

 それから1週間後に、新聞が出来上がった。向日葵の取材でわかった竜子の真相は、『新入生の1人が捨て犬の世話!真心溢れる素晴らしい行動』と、大きく見出しをつけられていた。

「東川さんって、優しい人だったんだね」

「何だか疑ってたことが申し訳なく思えてきたわ」

 噂話をしていた2人も新聞を読んでいた。


 その日の朝のホームルームにて。

「皆さんにとって嬉しいお知らせがあります……来週の月曜日は、有栖川宮記念公園まで遠足に行きます……」

『やったー!』

 教室が歓喜で賑やかになる。

「ちなみにおやつの金額に上限はありません……食べ切れる量ならいくらでも構いません……」

『わーい!』

「質問がある人は……いる?」

「はい」

 向日葵が手を挙げた。

(婆やが「この質問をすると、学校の人気者になれますよ。確率は五分五分ですけどね」と言っていましたわ。早速使ってみましょう!)

「バナナはおやつに入りますか?」

『……へ?』

 その台詞が出て、教室が3秒ほど静寂に支配され、さらにその3秒後。

『ぶふーっ!あーっはっはっは!』

 教室にいた全生徒が大爆笑した。よく見ると、冬雪も笑いをこらえるのに必死だ。

「うくくくくく……おほん。そうですね、バナナがおやつかどうかは、個人の自由とします……」

 こうして、みんなが笑顔のまま、朝のホームルームが終わった。


 そして、迎えた遠足当日。

「お待たせ夏海さん!」

「そんなに急がなくても、わたくしは待ちますわよ?」

 そして2人は、一緒に弁当を食べる。

 ちなみに紅葉は友達と、桜はギャル仲間と一緒に弁当を食べている。

「いただきます」

「いただきまーすって、わあー!」

「ど、どうしましたの?」

「夏海さんのお弁当箱、重箱じゃん!」

「そういう東川さんのお弁当は、なんというか……可愛らしいですわね」

「そう?ありがとう!」

「しかし、足りるのですか?体育科なのにこんな少量で……ちなみに何部所属ですの?」

「自転車競技部だよ。食べる量はあまり考えていないなあ、今まである分だけを食べていたから。そういえば、夏海さんはどうして新聞部に入ったの?」

「ウッ!」

 不意を突かれ、BLTサンドを喉に詰まらせる向日葵。

「だ、大丈夫?」

 急いで水筒の中のニルギリの紅茶を喉に流し込む向日葵。

「こほん、あの部活動はわたくしが入らなければ廃部になると聞いたので、夏海家の者として見捨てるわけにはいかなかったのです」(本当は弱みを握られて半ば強制的に入れられたなどとは死んでも言えませんわ!)

「へ〜、そうなんだ」

「ですが、いいこともありましたの」

「いいこと?」

「東川さんと再会できて、こうしてお弁当に誘ってくれるまでに発展したことですわ」

「でもね、それは夏海さんのおかげでもあるんだよ。夏海さんが体を張ってあたしを助けてくれたからなんだよ」

「ですから、それは当たり前の行動に過ぎず……」

「その当たり前ができるのが、すごいんだよ」

 その台詞で、向日葵の顔が少しほころんだ。

「あっ、そうだ!その卵サンドとあたしのウインナー、交換しよ?」

「いいですわよ。って……こ、これが噂に聞くタコさんウインナー!」

「えっ、そんなに珍しいのこれ?」

「はっ……お、おほん。で、では交換といきましょう」

 それから、2人は弁当を食べ終え、おやつの時間になった。

「そうだ!おやつも交換しない?」

「もちろんですわ」

「まずはあたしから。今回は奮発したんだー」

 竜子はリュックサックからポテトチップスを一袋取り出した。

「こ、これは……?」

「ポテチだけど……まさか知らないの?」

「ええっ⁉︎そんなに有名なのですか?これが?」

「そうだよ!いやー、よもやポテチを知らない人と食事を共にするとは……とりあえず食べてみてよ」

 言われるがまま、包みを開けて恐る恐る1枚取り出し、小さく一口、パリッ。その瞬間、これまで体験したことのない味と食感が、向日葵の口内を占領した。

(何なんでしょうこの食感……味としての程よい塩気もさることながら、なぜか手が止まりませんわ……!)

 1枚、また1枚と食べ進める向日葵。

「おーっと、これ以上はさすがに食べすぎだよー。あたしのおやつだから」

「はっ……!申し訳ありません!つい……」

「いいっていいって。それよりどう?美味しかった?」

「ええ、悪くありませんでしたわ」

「次は夏海さんのおやつ、見せてよ!」

「ふふふ……わたくしのおやつは、これですわ!」

 そう言って向日葵がトランクから取り出したのは、バナナだった。

「……バナナ?」

「ええ、これがわたくしの『おやつ』ですわ!」

 自信満々にバナナを一房見せつける向日葵。その様子を竜子は、目を点にして見ていた。

「……あのー、夏海さん?」

「何でしょう?」

「バナナはおやつじゃないよ?」

「ええっ⁉︎」

 向日葵は驚き過ぎてのけぞった。

「で……ですが、先生は『個人の自由』とおっしゃっていましたが……」

「だとしても、本当に持ってくる人は初めて見たよ……」

「うう……」

 明らかにしょげる向日葵。

「ちなみにこれ、いくら?」

「一房2788円ですわ。婆や曰く、意外と安かったそうですわ」

「高っ!バナナ一房が2788円⁉︎このポテチが26袋買えるよ!」

「こ、これがそんな破格の値で⁉︎それで生産者の生活は立ちゆくのでしょうか……」

「無理だったら、今頃スーパーに売られていないよー」

「これだけ美味しいものは、ぜひお父様やお母様、しもべの者たちにも教えなくては!そうですわ!工場を最低1つは買収して、夏海家専用のポテチ工場にしましょう!」

「そ、壮大な話だ……ポテチを食べただけでそんな考えに行き着くなんて……あっ、そうだ!デュークは元気?」

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